影宿りの家(かげやどりのいえ)

刈部三郎

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再来する密室

封印された地下室

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階段の冷気が背後から忍び寄るようにまとわりつく中、
霧人は地下室の床にしゃがみこんでいた。

床の中央部分――そこだけ土の湿度が“妙に”高い。
水をこぼしたようでもなく、人が倒れたときの汗でもない。
まるで、土の下から何かが“呼吸した”かのようにしっとりしている。

「この湿気の偏り……十年前にも、全く同じ場所で確認されていたはずだ」

霧人が呟くと、柊が目をむいた。

「十年前の事件記録を読んだのか?」

「当然。“密室”の研究は趣味みたいなものだからね」

霧人は土に触れ、その感触をたしかめながら言う。

「まず、見落としがちな事実から話そう。
 ――この地下室には、換気口が一つだけ存在する」

壁の上部、直径1センチほどの金属の穴。
そこから外にはつながっているが、
人間どころか子猫すら通れない小ささだ。

「だが問題は、そこじゃない」

霧人の指が、床の中央にある僅かな“へこみ”をなぞった。

「これだ。
 この地下室は、過去に“空気圧調整室”として使われていた可能性がある」

「空気圧……?」

柊は困惑する。

霧人は立ち上がり、壁に手を当てた。
重厚なコンクリートを指で叩く。

「内部が二重壁になっている。
 空気が通過する“空洞”が、この家には埋め込まれているんだ」

「っ……! そんな構造は設計にないぞ!」

「記録には、ね。
 ——だがこの家は五回以上改築されている。
 そのうち二回は“影山家の内部で勝手に変更された”と資料に残っていた」

柊が顔を青くする。

「じゃあ……誰かが、地下室に“意図的に”手を加えていた……?」

霧人は肩をすくめる。

「可能性は高い。
 そしてその改造のせいで、地下室はある条件下で“負圧室”に変わる」

柊「負圧って……そんなの、殺人に使えるのか?」

霧人「使えてしまうんだよ」

霧人は地下室全体を見渡し、静かに言った。

「急激な負圧が発生すれば、
 空気は一瞬で逃げ、肺は押し潰される。
 被害者は混乱し、声も出せず、数十秒で倒れる」

柊「……夕真は、その負圧で……?」

霧人「確定はしていない。
 だが肺の圧迫痕は、物理的に押さえつけられた痕とは限らない。
 “外から空気が引き剥がされる”と、似た壊れ方をする」

柊は唇を噛んだ。

「そんな……! 負圧を起こすなんて……誰が」

霧人は階段の方へ向き直り、照明の紐を探した。
古いスイッチを引くと、黄色い間接照明がうっすらと天井に灯る。

その薄明かりの中で、霧人の影は一層細く長く伸びた。

「——問題はそこじゃない」

柊「え?」

霧人は言い放つ。

「負圧の仕掛けは、地下室の中から操作できない」

柊「……!」

霧人「つまり、誰かが“外側から”負圧トリックを起動した。
 だが外側の鍵は封印されていた」

柊は完全に言葉を失う。

霧人は、重い扉を手で押しながら言った。

「柊。君たちは“外側の鍵が封印されていた”と言った。
 だが、本当に“唯一の出入口”がこの扉だけだと思っているのか?」

柊の息が止まる。

霧人は指さした。

「この部屋には、もう一つ“外”につながる経路がある」

柊「――どこだ!? 換気口か!?」

「違う。換気口では人を殺せないし、人も通れない」

霧人の視線が止まったのは――


そこには、普通の家なら“傷”としか思わないような、
わずかな直線状の陰影があった。

だが霧人は、迷いなくそれを示した。

「天井だよ。
 ここには昔、別の通路があった。
 今は塞がれているが……完全には消えていない」

柊は震える声で問う。

「じゃあ……犯人は、天井から?」

霧人「犯人が通ったかどうかはまだわからない。
 けれど“この部屋は閉じられた箱ではない”」

──沈黙。

家全体が息を殺しているようだった。

霧人は柊の方を向いた。

「柊。
 君は気づいているはずだ。
 十年前の事件も……同じ構造で起きたことを」

柊の拳が震えた。

「兄は……兄の事件は……
 やっぱり事故じゃなかったんだな……?」

霧人は静かに首を振る。

「違う。
 あれは“事故でも自殺でもない”。
 ——十年前から、この家には“殺すための仕組み”があった」

柊の目が見開かれた。

霧人は最後に付け加える。

「だが、今回はそれだけじゃない。
 犯人は“負圧トリックを使わずに”殺せる方法を、もうひとつ持っていた。
 この部屋の構造を知り尽くした者だけが使える、別の方法を」

柊「別の……方法?」

霧人「それはまだ言えない。
 証拠を確保する前に口にしたくないんだ」

霧人は部屋を後にしながら言った。

「だが確信はある。
 この家の中に、“この密室を操れる人物”がいる」

階段へ向かう霧人の背中は、
重苦しい地下室の空気を振り払うように真っ直ぐだった。
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