影宿りの家(かげやどりのいえ)

刈部三郎

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再来する密室

第一の死体

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霧人と柊が地下室を出ると、
階段の上の暗がりから、かすかな靴音が降りてきた。

「……影山さん? 下に、行ってたんですか?」

女性の声だ。
階段の影から現れたのは、落ち着いた雰囲気の黒髪の女性だった。

冬馬澪。
第二の死体――影山夕真を“最初に見つけた”人物。

柊が振り返る。

「澪……」

霧人は彼女の歩き方、呼吸のリズム、視線の流れを観察した。
動揺はない。
恐怖もない。
まるで“ただ事務的な確認をしに来ただけ”のようだった。

(この冷静さは……利点か、欠点か?)

霧人は静かに口を開く。

「冬馬澪さん。
 あなたが第一発見者だと伺いました。」

澪は小さく頭を下げた。

「はい……。
 あの日、朝の六時ごろ、地下室の前を通りかかった時に……
 いつもと違う気配を感じたんです」

霧人「気配?」

澪は言葉を選ぶように、ゆっくり続けた。

「……空気の動きが、まるで“吸い込まれている”ように聞こえました。
 地下室の扉の前で、一瞬だけ“ひゅう”という音がして」

霧人の目が僅かに細まる。

「負圧が戻る時の微かな音……か」

澪「え?」

霧人は首を振る。

「続けてください」

澪は頷く。

「扉を押したら、封印が邪魔で開かなくて……
 家族を呼んだら、父が外側の鍵の封印を確認して……
 みんなで扉を外すしかありませんでした」

柊「封印は……破られていなかったな」

澪「はい。
 破られているなら、私がこんなに動揺するはずないです」

霧人はその一言に反応した。

(“動揺するはずない”……?
 自分が疑われるとは思っていない口ぶりだな)

澪は続ける。

「扉がやっと開いた時には……
 兄さんは、もう……」

霧人は澪の表情を見た。
涙はない。
恐怖もない。
あるのは、深く沈むような倦怠と諦念。

柊が小さく問いかける。

「澪……兄さんの死体を見た時、何か異変は?」

澪は少しだけ遠くを見た。

「……ええ。
 一つだけ、どうしても忘れられないことがあります」

霧人「聞かせてください」

澪は呼吸を整え、淡々と言った。

「——兄さんの手が、何かを“掴もうとしていた”んです」

霧人「……何を?」

澪「わかりません。
 でも、爪の先に“細い繊維”みたいなものが少しだけついてて……
 その場では誰も気にしなかったけど、後で消えていたんです」

柊「繊維……?」

霧人は深く頷いた。

「布で窒息……とされていたが、布は現場にはなかった。
 だとすると、被害者が最後に掴んだ“繊維”こそ、
 凶器の痕跡だった可能性がある」

澪「私が見た時には、ほんの少しだけ残っていたんです。
 白くて、細くて……髪みたいな触り心地でした」

霧人「髪……?」

澪「でも、髪じゃないと思います。
 もっと“人工的なもの”でした。
 ……今は、もう残っていないんですよね?」

柊「現場の片付けの中で消えたらしい。
 ……俺も確認したが、もう何もなかった」

霧人は思索に沈む。

(繊維が“消えた”……
 つまり犯人は現場に戻って証拠を回収した?
 だが外側の封印は破られていない……)

そこで霧人はふと思いつき、澪に質問を投げた。

「澪さん。
 あなたが地下室の前を通りかかったのは“午前六時”と言いましたね。
 どうしてあの時間に?」

澪はわずかに表情を曇らせた。

「……庭の畑を見に行こうと思って」

霧人「暗いうちから?」

澪「ええ、私はいつも早起きなので」

柊が付け加える。

「澪は、十年前の事件の頃からずっと早起きなんだ。
 あの時も、彼女は一番最初に異変に気づいた」

霧人はその言葉を逃さなかった。

(十年前も“第一発見者”。
 今回も“第一発見者”。
 偶然にしては重すぎる。)

だが霧人は、言葉には出さなかった。

「澪さん。
 あなたは兄さんの遺体を見て……“不自然さ”を感じましたか」

澪は少し考えたあと、はっきりと言った。

「感じました。
 兄さんの顔は恐怖で歪んでいると思っていたのに、
 実際の表情は……“とても静か”でした」

霧人「……静か?」

「はい。
 まるで“誰かに眠らされた”みたいに。
 苦しんだ形跡がないんです」

霧人の目が鋭く光った。

「苦しんだ形跡がないのに窒息死……?」

澪「ええ。
 それがずっと気になっていました」

霧人は静かに言い返した。

「それは重要な証言です。
 少なくとも“負圧による窒息”では表情が歪むことが多い。
 だが夕真の顔は静かだった……
 つまり、“負圧以外の方法”で殺害された可能性がある」

柊「じゃあ……兄は負圧以外で?」

霧人は肯定も否定もしなかった。

「二つの可能性がある。
 一つは、犯人が負圧を使わず別の凶器を使った場合。
 もう一つは——」

霧人は階段の上を見つめた。

「“負圧が起きたふり”をさせる方法があるということだ」

澪の表情が揺らぐ。

霧人はゆっくりと彼女に歩み寄り、低い声で言った。

「澪さん。
 あなたが見た“繊維”が消えたのは、誰が片付けた後ですか?」

澪は思い出すように目を伏せた。

「……たしか、家族が全員そろってからです。
 扉を開けたときにはありました。
 でも、兄さんを運び出したあとで……もうなかった」

霧人「では質問を変えます。
 あなたはその繊維が“誰かの髪の毛に似ていた”と言いましたね?」

澪はゆっくり頷く。

「はい……。
 本当に髪みたいでした。白っぽくて……」

霧人は、天井を見上げた。

そしてひとつだけ、言葉を落とした。

「影山家の中で、白い繊維を扱う職業や習慣がある人物はいませんか?」

澪は息を呑む。

柊も同じく驚いた顔をした。

「待て霧人、それは……」

霧人は制するように片手を上げた。

「犯人は、
 “地下室に布を残さず窒息を実行できる人物”。
 しかも“繊維を自在に扱える職業や癖”を持つ人物だ」

澪の喉が小さく動いた。

柊は声を震わせて言った。

「霧人……
 もしかして、お前は……もう容疑者が見え始めているのか?」

霧人は答えず、ただ一言だけ残した。

「——次に会うのは、影山家の全員だ」

彼の目は鋭く、確信に満ちていた。

「この家の中に、“密室を作り出した者”がいる」
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