推しの悪役令息が嫌々結婚させられる田舎貴族の冴えない中年モブに転生してしまったので、せめて無害な紳士になろうと思います。

槿 資紀

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第五話

「あ……?」

 ザワザワと、波打つような耳鳴り。妙に体が気だるい。二日酔いになるほどの酒をこなした覚えは無いのだが。

 靄がかかった曖昧な記憶をどうにか手繰り寄せる。確か、シリルの就寝を見届けた後、俺は執務室へ向かって、恙なく引継ぎが出来るよう、最後の確認をしていた。

 そこに王弟殿下が現れ、あくまで普段通りに晩酌に誘ってきたのだ。まさかここで毒杯を、と覚悟を決めたものの、供されたのは何の変哲もない隣国産のワインで。

 しかし、不自然にも、以降の記憶が全くないのだ。ぷっつりと途切れたように、一口ワインを含んだその時点から、一切である。

 思考の鈍りをどうにかしようと考えを巡らせていれば、ふと、ゾワ、と、決して看過してはいけないと本能が訴える、何かしらの感覚が去来した。

 追って、輪郭のはっきりしない、しかしてどこまでも聞き覚えのある声が鼓膜を揺らすのがわかる。間違えようもない、シリルの声だった。

「シ、る……? あ、れ、おぇ」

「……起きたか、ロッド」

 恐る恐る目を開けた。よもや、俺があずかり知らないところで処刑が執行されようとしているのではないかと、薄ら寒い予感がしたのだ。

 結論から言えば、その予感は間違いだった。しかし、思いもよらないことが、当事者であるはずの俺を置き去りに起こっているのは確かだった。

「なん、ぇ……? シル、ふく、ぁ」

 呂律が上手く回らず、間抜けな発音が零れ出る。俺は必死なのに、それに体が全くついてきてくれず、いたくもどかしい。

 シリルは目を細めて妖艶に微笑み、首を傾げた。絹糸のような髪が冴え冴えと輝く月のように白い鎖骨にはらりと零れる。

 麗しいひとは、俺の体の上に、一糸まとわぬ姿で跨っていた。もっとまずいことには、俺の服もまた、どういうわけか剥ぎ取られて、素っ裸を晒しているのだ。

「杖という役目を終えたお前に、次の役目を言い渡そう。今日からお前は僕の愛妾だ、ロッド」

 手足が痺れ切って動かせない。今すぐ、ここから這い出て逃げないといけないのに。このまま過ちを犯す前に! いったいあのワインには何が盛られていた⁉

「ぁ、お、おうてい、でんか、がっ、おゆるし、にっ、ならな」

「まさか、お前に睡眠薬や筋弛緩剤を盛ったのは奴だぞ。僕がやらせた。次は混ぜろだの何だの戯言を抜かしていたがな」

「こ、こんなっ、こと、いけない、だめだ、シル……っ」

「僕のためなら何を捧げたっていいのではなかったか」

 これのどこがシリルのためになると言うのか。俺が捧げられるものはすべて捧げた、他に何を求めることがある⁉

「む、むりだ、おれ、は、貴方でも、勃たない、時間の、無駄でっ」

「お前が勃たないのなら僕が挿れたらいいだろう」

「っ、は……?」

 平然ととんでもないことを言うが、何だったらそっちの方がもっと無理だろう。特別優れた容姿を持っているわけでもない、いくらか体型管理に気を遣っているだけの、くたびれた中年だぞ! そんなので勃つシリルなんて解釈違いにも程がある。

「お前が何と言おうと、僕はお前のありったけを手に入れる。僕の傍から離れることは許さない。お前の人生の全ては僕のものだ。勝手にすべてを捧げた気になっていたようだが、これしきで足りると思ったら大間違いだ、痴れ者め」

「だからって、ゲテモノ、をっ、口に、含まなくても、いい、じゃないか……っ」

「ゲテモノかどうかは僕が判断する。お前が口を挟むな」

「俺のからだ、なのにぃ……」

「お前のものは僕のものだ」

 そう言って、シリルは俺の首から腹にかけてをゆったりと撫でた。その手つきはやたら支配的で、それでいて愛おしげにも思えた。忌々しいことに、俺の心を突き動かすのは、罪悪感ではなく、甘ったるい背徳感だった、

 力の入らない俺の膝裏をつかみ、ぎぎぎ、と開脚させてくるシリル。すっかり柔軟さをなくした関節が悲鳴を上げる。

「お前の体、どこもかしこもカチコチではないか。しっかりしろ」

「わかったろう、こんな体で遊んでも、甲斐がない、すぐに、こんなことは」

「ああ、もう、抱くといったら抱く! いい加減観念しろっ」

 シリルは片眉を吊り上げながら俺を睨みつけ、バシンと俺の尻を叩いた。勢い余って喉から甲高い悲鳴が漏れる。尻の肉がジンジンと痺れてくるにつれ、とてつもない羞恥が頭蓋骨と脳の間を埋め尽くすように襲い掛かってきた。

「……尻を叩かれるのがイイのか、お前」

「ちがっ、今のは条件反射というやつで」

 ふぅん、と、微塵も真に受けていなさそうな声で適当に相槌をうつシリル、清々しいまでに通常運転のマイペースである。今ばかりは勘弁してほしかった。

 シリルは引き続き、俺の太ももや尻や下腹部を怪しく撫でまわしたり、たまに軽く揉んだりしながら、俺の反応を引き出すことを楽しんだ。俺の息子はご無沙汰すぎるからか辛うじて静かにしているが、下手をすれば反応してしまいそうでたまらなかった。

 シリルはややあって、徐にベッドサイドのテーブルへ手を伸ばし、何か液体の入った小瓶を手に取った。コルクを歯で引き抜いて、俺の下腹部から股間をめがけて豪快にひっくり返したその中身は、おそらく潤滑剤だろうテクスチャで……冷たい感触が敏感な場所にふりかかるたまらない感覚に、あらぬ感慨を抱いてしまい、俺は全身を震えさせた。

「は……っ、ア、ぅ……」

「……フッ、なんだ、そんなに震えて。さっきまでの威勢はどうした」

「あ、いけなっ、だめだ、ああ、ゆるして、シル、たのむから……っ」

 獲物を見据える目つきで舌なめずりしたシリルは、潤滑剤でぬかるんだ股間をいたずらにまさぐる。くちゅくちゅ、ぴちゃっ、と、聞くに堪えない水音に脳が冒され、じりじりと炙られるような、許されざる欲求が首をもたげ始める。

「……不能というのは、でまかせか」

「……っ! いや、その、これ、は」

「なら、どうして僕に手を出さなかった? まさか、本気で僕を息子のように見ていたなどと抜かすのか? 僕はずっと、お前とシたかったのに……だから、お前にだけは、この体に触れることを許していた、それでもなお不能だと言うから、仕方なく溜飲を下げてやっていたのに、結局、僕に食指が動かないだけだったと言うのか⁉」

「ちがうっ、貴方と出会う前、事業を盛り上げる過程で、何度か、競合商会からハニートラップを仕掛けられたことがあって、本当に、死んだように、反応しなかったんだよ……だから俺も訳がわからなくて、なんで今に限って、こんな……っ」

 異性愛者だった前世からの自意識では、どんなに美しい容姿をした相手であっても、やはり身体的特徴が男性そのものである以上、どうしてもその気にはなれなかった。

 それは、今まで散々世話を見てきたシリルに対しても同様だったはずなのだ。それに、まさか、シリルがそんな願望を抱いていたなんて思いもよらなかった。

「貴方は、気持ち悪く、ないのか……? 俺みたいな中年の体なんか触って……俺は、どうしても、そう言う目的で誰かに体を触られたり、触らされたりするのに、抵抗を感じてしまったんだ、だから、貴方にも、そんな思いをさせたくなかった」

 シリルは面食らったように目を見開き、自身のローションで塗れた手のひらと、俺の全身を交互に見回す。そして、みるみる頬を真っ赤に染め、分かりやすく生唾を飲んだ。

「その口ぶりだと、僕に触られるのには、抵抗は感じないと……? むしろ、僕に触られて、お前は……」

「……っ、おやめ、を……俺、おれは、どうして、ああ、なんて浅ましい……っ」

 そうもはっきりと言葉にされると恥ずかしくて頭が爆発しそうだ。魅力的な彼に対して、この世で唯一、邪な気持ちを抱かない人間であることを、至上の誇りと思っていたのに。

 シリルは黙りこくって、徐に俺が被っているマスクを剥ぎ取ろうと手を伸ばした。ギラギラとかっぴらいた美しい瞳は凄まじく強迫的で、俺は咄嗟にずり上がっていくマスクのふちを両手で抑え、抵抗した。

「その手を外せ」

「いっ、いやだ、たのむ、俺の心の最後の砦だ」

「だから剝がすのだろう。もう貴様の忠誠など不要だ。さっさとだらしなく欲情したお前の顔を僕に見せろっ」

「お願い、シル……っ」

 シリルは鋭く舌打ちし、なおもゆるく兆している俺の息子を掴んでゴシゴシと扱いた。途端、腰から脳天にかけて凄まじい背徳感と甘い痺れが迸り、たまらず指先の力が弱まってしまう。その隙を見逃すシリルではなかった。

「ハッ、ハッ、っぁ……、う、シル……ッ、見ないでくれ……」

「……かわいいな、おまえ」

 ポロリと、彼自身思いもよらないような、零れ落ちたような呟きだった。その声色のどこにも、小馬鹿にするような響きはない。ドクンと心臓が跳ね上がった。

 やけにうっとりとした手つきで、シリルは俺の額に張り付いた前髪を横に撫でつけた。そのまま俺の頬に手を添え、ゆっくりと近づいてくる、月の妖精のような美貌。俺は場違いにもすっかり魅入られて、ただ恍惚のため息を漏らすことしか出来ず。

 そのまま、俺とシリルは、深く口づけを交わした。まるでそこから、麻痺毒が注ぎ込まれるような心地がして、俺はすっかり、彼を受け入れることになんの疑問も抱かなくなったのだった。
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