7 / 22
第六話
しおりを挟む
赤子をあやすような穏やかな風が、ふわふわと頁を揺らめかせる。
あたたかい木漏れ日と、若い木の葉がこすれ合うホワイトノイズのせいで、少しうとうとしてしまったらしい。元は頭の上にあったはずの花冠がずり落ちて、胸元まで転がっていた。
唐突に動いてしまったからか、花冠のれんげにとまって羽を休めていた紋白蝶が飛び立っていってしまう。
寝ぼけた目でそれを追いかければ、その先には、少しいびつな形の花冠をかぶり、キャラキャラ笑いながら愛犬と駆け回る妹の姿があった。
そうだ、外で遊ぶのが好きなあの子にせがまれて、仕方なく庭で本を読むことにしたんだっけ。
どうしてもって言うから花冠を一緒に作って、早く本が読みたかったから少し適当になったそれを、交換こしようって勝手に奪って駆け出して行ったんだ。
自由奔放で天真爛漫なあの子のペースに飲まれるばかりだけど、何だかんだそんな時間は嫌いじゃなくて。
ドサッ、そんな音がした。
反射的に立ち上がり、転んでしまったらしい妹のところに駆けつける。
あんなお転婆でも、伯爵家の大事な一人娘だ。かすり傷でもこさえて帰れば、お母さまが卒倒するし、妹を溺愛する兄に「お前が見ていなかったから」なんて怒られてしまう。
「う、うぅうう~~~~っ、いたいよ、にいさま、ニトにいさまぁ」
「シャル、どこが痛い? 擦りむいたか?」
「おひざ……」
泣きべそかく妹をなだめながら、膝についた土やら草やらを払いのける。
案の定、少し血がにじんでいる。
毎度毎度おなじみのことに、やれやれとため息を吐いて、何度やっても次の日には忘れてしまう妹の頭をポンポンと撫ででやった。
「分かってると思うけど、お母さまにも兄さんにも内緒な」
患部に手を翳し、目を閉じる。元々魔術は得意だが、妹のおかげで、治癒魔術の練度だけピカイチになってしまった。
少しでも痛ませるとうるさいから、慎重に。細かい汚れを取り除いたら、小さく幾筋か走る擦り傷に、妹と同調させた魔力を流し込む。これくらいの傷だったら本当に一瞬のことだ。
「痛いの痛いの、どっかいけ!」
処置が完了したところで、振り払うような仕草を見せるのがお決まり。流石にもう恥ずかしいのだが、こうしてやらないと、まだ痛いとか言って不機嫌になるのだ、このお姫様は。
「にいさま、いつもありがとう! にいさまはきっと、すごいおいしゃさまになれるね!」
「はいはい。次はないからな」
「うん!」
治った途端、調子のいいことを言って、無邪気にニコニコ笑う妹に、このセリフを言うのは何度目だろうか。きっと、これからも、数えきれないくらい言うことになるんだろう。
あたたかい木漏れ日と、若い木の葉がこすれ合うホワイトノイズのせいで、少しうとうとしてしまったらしい。元は頭の上にあったはずの花冠がずり落ちて、胸元まで転がっていた。
唐突に動いてしまったからか、花冠のれんげにとまって羽を休めていた紋白蝶が飛び立っていってしまう。
寝ぼけた目でそれを追いかければ、その先には、少しいびつな形の花冠をかぶり、キャラキャラ笑いながら愛犬と駆け回る妹の姿があった。
そうだ、外で遊ぶのが好きなあの子にせがまれて、仕方なく庭で本を読むことにしたんだっけ。
どうしてもって言うから花冠を一緒に作って、早く本が読みたかったから少し適当になったそれを、交換こしようって勝手に奪って駆け出して行ったんだ。
自由奔放で天真爛漫なあの子のペースに飲まれるばかりだけど、何だかんだそんな時間は嫌いじゃなくて。
ドサッ、そんな音がした。
反射的に立ち上がり、転んでしまったらしい妹のところに駆けつける。
あんなお転婆でも、伯爵家の大事な一人娘だ。かすり傷でもこさえて帰れば、お母さまが卒倒するし、妹を溺愛する兄に「お前が見ていなかったから」なんて怒られてしまう。
「う、うぅうう~~~~っ、いたいよ、にいさま、ニトにいさまぁ」
「シャル、どこが痛い? 擦りむいたか?」
「おひざ……」
泣きべそかく妹をなだめながら、膝についた土やら草やらを払いのける。
案の定、少し血がにじんでいる。
毎度毎度おなじみのことに、やれやれとため息を吐いて、何度やっても次の日には忘れてしまう妹の頭をポンポンと撫ででやった。
「分かってると思うけど、お母さまにも兄さんにも内緒な」
患部に手を翳し、目を閉じる。元々魔術は得意だが、妹のおかげで、治癒魔術の練度だけピカイチになってしまった。
少しでも痛ませるとうるさいから、慎重に。細かい汚れを取り除いたら、小さく幾筋か走る擦り傷に、妹と同調させた魔力を流し込む。これくらいの傷だったら本当に一瞬のことだ。
「痛いの痛いの、どっかいけ!」
処置が完了したところで、振り払うような仕草を見せるのがお決まり。流石にもう恥ずかしいのだが、こうしてやらないと、まだ痛いとか言って不機嫌になるのだ、このお姫様は。
「にいさま、いつもありがとう! にいさまはきっと、すごいおいしゃさまになれるね!」
「はいはい。次はないからな」
「うん!」
治った途端、調子のいいことを言って、無邪気にニコニコ笑う妹に、このセリフを言うのは何度目だろうか。きっと、これからも、数えきれないくらい言うことになるんだろう。
123
あなたにおすすめの小説
お荷物な俺、独り立ちしようとしたら押し倒されていた
やまくる実
BL
異世界ファンタジー、ゲーム内の様な世界観。
俺は幼なじみのロイの事が好きだった。だけど俺は能力が低く、アイツのお荷物にしかなっていない。
独り立ちしようとして執着激しい攻めにガッツリ押し倒されてしまう話。
好きな相手に冷たくしてしまう拗らせ執着攻め✖️自己肯定感の低い鈍感受け
ムーンライトノベルズにも掲載しています。
公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜
上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。
体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。
両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。
せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない?
しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
クラスのボッチくんな僕が風邪をひいたら急激なモテ期が到来した件について。
とうふ
BL
題名そのままです。
クラスでボッチ陰キャな僕が風邪をひいた。友達もいないから、誰も心配してくれない。静かな部屋で落ち込んでいたが...モテ期の到来!?いつも無視してたクラスの人が、先生が、先輩が、部屋に押しかけてきた!あの、僕風邪なんですけど。
獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果
ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。
そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。
2023/04/06 後日談追加
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる