脅されて仕方なく弟子に取った青年に、殺されるはずが溺愛されている。

槿 資紀

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第六話

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 赤子をあやすような穏やかな風が、ふわふわと頁を揺らめかせる。

 あたたかい木漏れ日と、若い木の葉がこすれ合うホワイトノイズのせいで、少しうとうとしてしまったらしい。元は頭の上にあったはずの花冠がずり落ちて、胸元まで転がっていた。

 唐突に動いてしまったからか、花冠のれんげにとまって羽を休めていた紋白蝶が飛び立っていってしまう。

 寝ぼけた目でそれを追いかければ、その先には、少しいびつな形の花冠をかぶり、キャラキャラ笑いながら愛犬と駆け回る妹の姿があった。

 そうだ、外で遊ぶのが好きなあの子にせがまれて、仕方なく庭で本を読むことにしたんだっけ。
 
 どうしてもって言うから花冠を一緒に作って、早く本が読みたかったから少し適当になったそれを、交換こしようって勝手に奪って駆け出して行ったんだ。

 自由奔放で天真爛漫なあの子のペースに飲まれるばかりだけど、何だかんだそんな時間は嫌いじゃなくて。

 ドサッ、そんな音がした。

 反射的に立ち上がり、転んでしまったらしい妹のところに駆けつける。

 あんなお転婆でも、伯爵家の大事な一人娘だ。かすり傷でもこさえて帰れば、お母さまが卒倒するし、妹を溺愛する兄に「お前が見ていなかったから」なんて怒られてしまう。

「う、うぅうう~~~~っ、いたいよ、にいさま、ニトにいさまぁ」

「シャル、どこが痛い? 擦りむいたか?」

「おひざ……」

 泣きべそかく妹をなだめながら、膝についた土やら草やらを払いのける。

 案の定、少し血がにじんでいる。

 毎度毎度おなじみのことに、やれやれとため息を吐いて、何度やっても次の日には忘れてしまう妹の頭をポンポンと撫ででやった。

「分かってると思うけど、お母さまにも兄さんにも内緒な」

 患部に手を翳し、目を閉じる。元々魔術は得意だが、妹のおかげで、治癒魔術の練度だけピカイチになってしまった。

 少しでも痛ませるとうるさいから、慎重に。細かい汚れを取り除いたら、小さく幾筋か走る擦り傷に、妹と同調させた魔力を流し込む。これくらいの傷だったら本当に一瞬のことだ。

「痛いの痛いの、どっかいけ!」

 処置が完了したところで、振り払うような仕草を見せるのがお決まり。流石にもう恥ずかしいのだが、こうしてやらないと、まだ痛いとか言って不機嫌になるのだ、このお姫様は。

「にいさま、いつもありがとう! にいさまはきっと、すごいおいしゃさまになれるね!」

「はいはい。次はないからな」

「うん!」

 治った途端、調子のいいことを言って、無邪気にニコニコ笑う妹に、このセリフを言うのは何度目だろうか。きっと、これからも、数えきれないくらい言うことになるんだろう。
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