クールな義兄の愛が重すぎる ~有能なおにいさまに次期当主の座を譲ったら、求婚されてしまいました~

槿 資紀

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第二十一話 再出発

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 しばらく余韻に浸ったのち、おにいさまは、ご自身の率いる部隊に伝令を出し、先に王都に帰還するようお命じになりました。そして、僕を伴っておにいさまもご帰還する旨を、お父様に伝えるように、とも。

 僕とおにいさまは、王都に戻る前に、三年間僕の面倒を見てくださった大叔父様に、謝罪とご挨拶をすべく、ノルムに立ち寄ることにしたのです。

 ノルムに向かうのは僕だけで、おにいさまも部隊の皆様と一緒に王都へ戻っておいてほしいと一度はお伝えしましたが、「今一度リエルの傍を離れたら正気を保てない」と涙ながらにおっしゃったので、心配やら嬉しいやら、複雑な気分に苛まれつつ、承服するほかありませんでした。

 大叔父様に頂いた視察費用の残りは、すべて上質なレドナードの麦酒を購入し、領民の皆さんへのお土産にすることといたしました。魔鉱石を使って麦酒の品質が輸送にも耐えられるよう魔法を施し、馬車を何台か借りての規模になったのでした。

 ノルムに到着した僕たちを、穏やかに出迎えてくださった大叔父様。その傍らには、叔父様……お母様の兄であるエカランジュ伯までいらっしゃいました。

「なんとなくねぇ、こんなことになるのではないかと思って、呼んでおいたんだよ」

「王都に戻るのだろう、リエル。もとより、そんなことだろうと思っていた」

 呆れ顔で腕組みし、エカランジュ伯は嘆息なさいました。何でも、僕がノルムに移住して二年が経ち、僕の仕事ぶりが安定したところで、エカランジュ伯からお父様に、正式な養子縁組の打診をなさったそうなのですが、お父様は頑なに僕の親権を手放そうとしなかったようです。

「試すような真似をして済まなかったな、黄金騎士アウレール卿。貴殿の執念、御見それした。まさかリエルを探す片手間に帝国の侵攻を撃退してしまうとは。いやはや、敵には回したくないものだ」

「俺も、伯の攪乱に右往左往するのは二度と遠慮願いたく」

「かわいい妹の頼みは断り切れなくてなぁ」

 ただならぬ、不穏な空気感が、おにいさまとエカランジュ伯の間に漂います。ただ一人、大叔父様だけが和やかに微笑んでおいでで、いっそ底知れないと思いました。

「寂しくなるなぁ、リエル……また、いつでも顔を出しにおいで。しかし、ノルムのことを気にする必要はないんだよ。元々、私が死んだらエカランジュ領として管理してもらう予定だったのだからね」

「ごめんなさい、大叔父様……僕の我儘で、振り回すようなことを」

「いい、いい。三年だけではあったが、孫ができたようで、本当に楽しかった。死ぬ前にいい思い出ができたよ。王都には辛いことも多かろうが、幸せにおなり、ねぇ」

 ふと、僕の横にいたおにいさまが、僕の肩を抱き寄せ、片手を取りました。そして、僕の薬指にそっと口づけをして、目を丸くするエカランジュ伯と、「おやおや」と愉快なものを見るような面持ちで笑みを深める大叔父様に目配せをなさいました。

「伴侶として、リエルのことは、俺が必ず幸せにします」

「は、伴侶……?」

「あの、叔父様……実は、僕――おにいさまと、結婚することにしたんです」

「はい⁉ 結婚⁉」

 なんとまあ、めでたいと、大叔父様はふくふく笑っておいででしたが、エカランジュ伯は頭を抱えて首を横に振りました。

 しかし、ややあって、大叔父様がエカランジュ伯の背中をバシンと強く叩き、窘められました。エカランジュ伯はすぐさま背筋を伸ばされましたが、その表情は著しく引き攣っておいででした。

「まあ、なんだ……結婚式の日取りが決まったら、手紙をくれ。大変なことだろうが……それまでオレはエカランジュ領で引きこもることにするよ」

「なぁに、少なくとも、私が死ぬまでには丸く収まるだろうさ。障害は多かろうが、リエルと婿殿ならば、必ずや乗り越えられる。頑張りなさい」

「はい、大叔父様……僕はもう、逃げません。おにいさまを、二度と、ひとりにしません。二人で、どんな苦難も乗り越えてみせます」

 おにいさまは、間違いなく、イェントでも稀代の騎士です。至高の剣と言っても過言ではないと思います。しかし、おにいさまの抜き身の心を包み込む鞘が、どうしても必要なのです。

 鞘が無ければ、自他の境なく、触れるものすべてを傷つけてしまう。おにいさまが僕を求めてくださったからには、僕は、おにいさまの鞘として、おにいさまの心を守りたいのです。

 さて、その晩、大叔父様は、結婚の前祝いと称し、ノルムをあげて盛大な宴会をもうけてくださいました。僕が持ち帰った麦酒を領民のみなさまにふんだんに振舞いつつ、今までの感謝をささげる機会となりました。

 領民のみなさまは僕のノルムからの出立をいたく寂しがってくださり、結婚すると打ち明けると、お酒の勢いもあってか、当事者の僕とおにいさまを置いてけぼりにするほど、歌えや踊れやで大喜びしてくださったのでした。

 後ろ髪を引かれつつ、申し訳程度の引継ぎをエカランジュ伯と行ったのち、僕とおにいさまは王都へ向けてノルムを発ちました。

 数日間の移動を経て、僕たちは王都の手前の宿場町にまで到着しました。あと数時間ほどかけて、ひとつ山を越えれば王都というところです。

 しかし、夜に山を越えるのは山賊や魔獣と遭遇する危険があるため避けたいとのことで、宿を取り、休息がてら朝を待つことになりました。いくらおにいさまに無比の強さがあると言っても、避けられる消耗は避けた方がいいというお考えです。

 僕は、宿に到着してから、ふと、これからの事を考えました。というのも、二人で同じ宿の同じ部屋で過ごすという状況が、レドナードでの一夜を想起させたのです。

 おにいさまは、これからも、僕と、ああいう交わりをお求めになるのだろうか、と。

 僕とおにいさまの間で結婚の同意がなされたとはいえ、それが公然のものとなるのはまだ先の話。

 それまでは、どうしても、世を忍んだ関係にならざるを得ません。夫婦でもないのに、同じ部屋で寝起きするのはもとより、夜にどちらかの部屋へ訪れることもおかしな話です。

 ズクンと、下腹の、あらぬところが疼きました。どうやら、あの夜、おにいさまによって、たまらないものを植え付けられてしまったようなのです。

 結婚を認めて頂く前から、おにいさまの評判を穢すようなことはしたくありません。学院時代の僕は、見境のない男色趣味のあるふしだらな人間として、まことしやかに噂をされていたのです。

 今のおにいさまは、救国の英雄として、国全体から注目を浴びておいでです。同じくらい、色眼鏡で見られるリスクが付き纏います。

 変な話、当分のお預けが想定される分、今晩で発散しておいた方がいいのではないかと、そんな考えが浮かびました。

 ですが、もしおにいさまがご気分でなかったら。単刀直入に僕からお願いするのも、何か作法を違えてしまったらと思うと尻込みしてしまいます。

 こんな時、誰に相談すればいいか。ひとしきり悩んで、思いつくのは一人しかありませんでした。

 宿の食堂で食事を済ませ、おにいさまと交代で、入浴を済ませようという折。

 僕は着替えの中にコッソリとユリウスさまから頂いた指輪を忍ばせ、浴室に入ってからそれを指に装着しました。以前よりも指の骨が太くなっていたようで、小指に嵌めてぴったりでした。

 いつもより気持ち入念に全身を洗い、湯船につかります。そして、ひとつ深呼吸をしてから、賭けに出るような気持ちで、指輪に魔力を注ぎました。

『びっっっっっっくりした……えっ、リエ? リエル・シャイデンであってるよね?』

『はい、お久しぶりです、ユリウスさま。本当は、ふたたびこのように連絡するのも厚かましい話なのですが、ご報告したいことと、どうしても、ユリウスさまに相談したいことがありまして……申し訳ありません。お時間大丈夫ですか?』

『え、うん、めっちゃ暇。執務室の窓から空に舞い降りちゃうくらい暇』

『出入り口から穏便にお出になってくださいませ……』

『いやさあ、書類の山片付けるまでドア開かない呪いかけられちゃって。あ、でも待って、誤解しないで、ちゃんと暇だから。三年ぶりのリエルより優先すべきことなんてこの世にないし……それでそれで? 報告と相談ってなに? リエルはホウレンソウがちゃんとできる子で素敵だね♡』

『ありがとうございます……』

 ユリウスさまは完全におかしなテンションになっておいででした。この時間まで執務室にカンヅメだなんて、それはそれで気がかりですが、ここはユリウスさまの寛大さに甘えさせていただきます。

『それでは、まずは報告から……ひょんなことから、おにいさまとばったり再会いたしまして』

『おお! ついにやったか』

『はい。それで、求婚していただきまして』

『おお! お?』

『色々ありましたが、結婚することにいたしました』

『…………お、おお~!』

『そこでご相談なのですが』

『ん、待って。ちょっと待って、一旦さ、息継ぎさせてもらっていい? 藪から棒が乱立しすぎてさすがのボクも混乱してるから。具体的には魔力操作ミスって上空十五メートルから墜落した。大横転ってやつ』

 暢気に念話などしている場合ではありません。慌てて僕は指輪に魔力を注ぐのを中断しました。ややあって、指輪がピカピカと光ったので、すぐに応答します。

『お待たせ! ごめんね、本当にリエルはボクのことびっくりさせる天才だね! そう言うところが昔から大好きだよ』

『恐れ入ります……』

『それで? 何がどう色々あって結婚を決意することになったんだい? 流石に話が急転直下過ぎて理解が追いつかないよ』

 至極ごもっともなご意見でした。事の次第を他でもないユリウスさまにお話するのはいたたまれませんでしたが、相談する内容にも関わることでもあるため、腹を括ります。

 そして、僕は出来るだけかいつまんで、僕とおにいさまがどのように思いを通じ合わせたのかについて、ユリウスさまに聞いて頂いたのでした。

『――と言うことで、今晩のうち、おにいさまのご意思をうまく伺いたいと言うか、あわよくばいい感じにもつれ込みたいと思っているのですが、こういった時にどのような作法を取ればよいか分からず、ユリウスさまにご助言を頂こうと考えた次第です。いかがでしょう』

『こういう時、どんな顔をすればいいか分からないんだけど……とりあえず、押し倒せばいいと思うよ』

 ユリウスさまは、どこまでも静かな声で、そう仰いました。そして、魔力のパスがスン……と消えるのが分かりました。

 僕は、女神様に見放されてしまったような気分で、さりとて戦場に挑むような覚悟で、ようやく浴槽から這い出たのでした。
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