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㉒意外な才能−2
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「また出た!」
何処からともなく現れる大猿の姿は兵士たちにとって恐怖でしかなかった。
時も場所も図らずに出てくる伝説の化け物に自分たちでは敵わない。
無造作に稲でも刈るようにサクサクと倒されていく。
「なぁ、いつまでこんな事をやらされんだよ?」
「倒すまで、じゃないか?」
「倒せるわけないだろ! それに大猿ってのは何匹いるんだ? 一匹倒しても他のが襲ってくるんじゃ意味がない!」
「どうやら大猿は閣下に恨みがあるらしい」
「閣下に?」
「大きな声じゃ言えないが、王家に騙されたって言ってるらしい」
「閣下もそれを認めたのか?」
「それは知らんが、疚しいことが無ければこんなにムキになって捕まえようとはしないんじゃないか?」
「反乱組織の鎮圧だなんて言っておいて、結局は上の奴らの尻拭いかよ!」
兵士たちの間から不満の声が止まらない。
しかもマキシム卿は兵の声など聞くような人ではないから、不満を鎮める努力もしなかった。
「なぁ、誰か閣下をお止めしろよ」
「出来るかよ! 下っ端の話なんて聞く人じゃない!」
「だったら俺も、大猿に倒されようかなぁ。こう、上手いこと爪が掠ったフリをして」
「バカ、そう都合よくいくか」
「でもまだ死んだ奴はいないんだろう?」
「そうなのか?」
「ああ。負傷者は多いが、死人が出たという話は聞いていない」
「「……」」
話していた兵士たちは思わず顔を見合わせた。
軍隊では必ず交代で休むので、全員分の天幕も寝床も無い。
にも関わらず、既に天幕はいっぱいだと言う。
「衛生兵も足りていないんだよな?」
「閣下が減らしたんだそうだ」
「包帯も薬も不足している」
「負傷兵は手当もして貰えず、寝てるしか無い状況だ」
「「……」」
二人は顔を見合わせると負傷者が寝ている天幕にそっと潜り込んだ。
服と顔さえ汚しておけばバレない。
なんせ負傷しても手当もされずに放って置かれるのだから、それに既に同じように負傷したフリをした兵士が混じっているのだから。
勿論、職業軍人である彼らが職務怠慢を疚しく思わなかった訳ではない。
一人の男が口の中でボソボソと呟いた。
「俺だって、国の為なら――家族を守る為なら精一杯に戦働きをする。敵に背など見せない。けれど俺たちは誰と戦っているんだ? 誰の為に戦っているんだ? こんな事に意味があるのか? お前たちは考える必要なんて無いって言うけど、それは大将を信じてついて行けたらの話だ。この人なら任せても大丈夫、この背中に付いていきたいって思える人――ロクサーン侯爵様だったら俺だって」
ハァ……と溜め息が聴こえ、それから静かになった。
まさかその小さな呟きを聴いている者がいるとは思いもしないのだった。
***
「どうだ、イチヤ? 俺の分身も、それが伸縮自在なのも役に立つだろう?」
ハヌマーンがドヤ顔で胸を反り返らせたが、確かにとても便利な能力だった。
人目につかないサイズのハヌマーンを天幕に忍ばせ、情報を集めたり噂話を撒いたりする。
これ以上は無いくらい、諜報に向いた能力だった。
「うん、見直したよ。すっごく便利。君の天職は密偵なんじゃない?」
「密偵とはなんだ?」
「えーと、諜報活動を行う人。密かに、バレないように秘密とか情報を探り出すんだ」
「それの何が楽しい?」
「楽しいとかじゃなくて、人の役に立つから商売として成り立つって事。やりようによっては凄い額を稼げるんじゃないの?」
もしもこの世界にまだ無いなら情報ギルドとか作りたい。
合言葉が無いと依頼人と会わないとか、秘密は絶対に漏らさないとか、敵対する依頼は受けないとかルールを作って運営するんだ。
俺は他人の秘密を暴く事には余り興味がないけど、秘密組織とかギルドの運営には凄く興味がある。
機会があれば是非、やってみたいと思う。
「金などに興味はない」
「でもお金と権力があったら色んな事が出来るよ?」
「ハーレムもかっ?」
「うん」
ハーレムが作れると聞いてハヌマーンはすっかりその気になった。
いけない、いけない。彼だけではきっと失敗するに決まってる。
釘を刺しておかなくちゃ。
「でもね、君一人じゃきっと上手くいかないよ」
「あん? 勿論、イチヤも一緒にやるに決まっている」
「やらないよ。俺はいせ――やる事があるもの」
危なかった、異世界に帰るって言っちゃうところだった。
今はまだ、ハヌマーンには俺が異世界から来たと知られない方が良いだろう。
「やる事?」
「もうっ、最初に話しただろ? 俺は甘い物を探してるの。あんたの不死薬が駄目ならまた別のものを探さなくっちゃ」
「それは俺の “密偵” で探せないのか?」
「……」
うわぁお、盲点だった。
ハヌマーンと諜報ギルドを運営して、依頼を受けながら同時に探すって手もあるね。
「あ、でもそれだと時間が掛かり過ぎるな」
幾らなんでも運営が軌道に乗るまでは時間が必要だろうし、そんなにこっちにいては駄目だろう。
それに――。
「俺は狙われているから」
「狙われている? あの男にか?」
「いいや、他の人にも」
きっと、時間が経てば経つほど俺の効果は強くなるだろうし、バレる可能性だって上がるだろう。
俺は余り長くこの世界にいない方が良いんだ。
厄介な事になる前に――帰らなくちゃ。
俺はロクに最後まで抱かれさえすれば良い、と言い出す事が出来なかった。
抱かれたいけど、それはきっと俺たちの別れになる。
したら最後。
「チヤ?」
気遣わしげにロクの目がキュッと細められ、耳がぴるぴると動くのを見て胸がほんわかと温かくなり、それから痛くなった。
この仕草を見られなくなるなんて――。
「耐えられない」
俺はロクに聴こえないように小さく呟いて、ギュッとその胴体に抱き着いた。
慣れた匂いもしなる身体も俺のものだと思った。
俺のものだ、と思った。
何処からともなく現れる大猿の姿は兵士たちにとって恐怖でしかなかった。
時も場所も図らずに出てくる伝説の化け物に自分たちでは敵わない。
無造作に稲でも刈るようにサクサクと倒されていく。
「なぁ、いつまでこんな事をやらされんだよ?」
「倒すまで、じゃないか?」
「倒せるわけないだろ! それに大猿ってのは何匹いるんだ? 一匹倒しても他のが襲ってくるんじゃ意味がない!」
「どうやら大猿は閣下に恨みがあるらしい」
「閣下に?」
「大きな声じゃ言えないが、王家に騙されたって言ってるらしい」
「閣下もそれを認めたのか?」
「それは知らんが、疚しいことが無ければこんなにムキになって捕まえようとはしないんじゃないか?」
「反乱組織の鎮圧だなんて言っておいて、結局は上の奴らの尻拭いかよ!」
兵士たちの間から不満の声が止まらない。
しかもマキシム卿は兵の声など聞くような人ではないから、不満を鎮める努力もしなかった。
「なぁ、誰か閣下をお止めしろよ」
「出来るかよ! 下っ端の話なんて聞く人じゃない!」
「だったら俺も、大猿に倒されようかなぁ。こう、上手いこと爪が掠ったフリをして」
「バカ、そう都合よくいくか」
「でもまだ死んだ奴はいないんだろう?」
「そうなのか?」
「ああ。負傷者は多いが、死人が出たという話は聞いていない」
「「……」」
話していた兵士たちは思わず顔を見合わせた。
軍隊では必ず交代で休むので、全員分の天幕も寝床も無い。
にも関わらず、既に天幕はいっぱいだと言う。
「衛生兵も足りていないんだよな?」
「閣下が減らしたんだそうだ」
「包帯も薬も不足している」
「負傷兵は手当もして貰えず、寝てるしか無い状況だ」
「「……」」
二人は顔を見合わせると負傷者が寝ている天幕にそっと潜り込んだ。
服と顔さえ汚しておけばバレない。
なんせ負傷しても手当もされずに放って置かれるのだから、それに既に同じように負傷したフリをした兵士が混じっているのだから。
勿論、職業軍人である彼らが職務怠慢を疚しく思わなかった訳ではない。
一人の男が口の中でボソボソと呟いた。
「俺だって、国の為なら――家族を守る為なら精一杯に戦働きをする。敵に背など見せない。けれど俺たちは誰と戦っているんだ? 誰の為に戦っているんだ? こんな事に意味があるのか? お前たちは考える必要なんて無いって言うけど、それは大将を信じてついて行けたらの話だ。この人なら任せても大丈夫、この背中に付いていきたいって思える人――ロクサーン侯爵様だったら俺だって」
ハァ……と溜め息が聴こえ、それから静かになった。
まさかその小さな呟きを聴いている者がいるとは思いもしないのだった。
***
「どうだ、イチヤ? 俺の分身も、それが伸縮自在なのも役に立つだろう?」
ハヌマーンがドヤ顔で胸を反り返らせたが、確かにとても便利な能力だった。
人目につかないサイズのハヌマーンを天幕に忍ばせ、情報を集めたり噂話を撒いたりする。
これ以上は無いくらい、諜報に向いた能力だった。
「うん、見直したよ。すっごく便利。君の天職は密偵なんじゃない?」
「密偵とはなんだ?」
「えーと、諜報活動を行う人。密かに、バレないように秘密とか情報を探り出すんだ」
「それの何が楽しい?」
「楽しいとかじゃなくて、人の役に立つから商売として成り立つって事。やりようによっては凄い額を稼げるんじゃないの?」
もしもこの世界にまだ無いなら情報ギルドとか作りたい。
合言葉が無いと依頼人と会わないとか、秘密は絶対に漏らさないとか、敵対する依頼は受けないとかルールを作って運営するんだ。
俺は他人の秘密を暴く事には余り興味がないけど、秘密組織とかギルドの運営には凄く興味がある。
機会があれば是非、やってみたいと思う。
「金などに興味はない」
「でもお金と権力があったら色んな事が出来るよ?」
「ハーレムもかっ?」
「うん」
ハーレムが作れると聞いてハヌマーンはすっかりその気になった。
いけない、いけない。彼だけではきっと失敗するに決まってる。
釘を刺しておかなくちゃ。
「でもね、君一人じゃきっと上手くいかないよ」
「あん? 勿論、イチヤも一緒にやるに決まっている」
「やらないよ。俺はいせ――やる事があるもの」
危なかった、異世界に帰るって言っちゃうところだった。
今はまだ、ハヌマーンには俺が異世界から来たと知られない方が良いだろう。
「やる事?」
「もうっ、最初に話しただろ? 俺は甘い物を探してるの。あんたの不死薬が駄目ならまた別のものを探さなくっちゃ」
「それは俺の “密偵” で探せないのか?」
「……」
うわぁお、盲点だった。
ハヌマーンと諜報ギルドを運営して、依頼を受けながら同時に探すって手もあるね。
「あ、でもそれだと時間が掛かり過ぎるな」
幾らなんでも運営が軌道に乗るまでは時間が必要だろうし、そんなにこっちにいては駄目だろう。
それに――。
「俺は狙われているから」
「狙われている? あの男にか?」
「いいや、他の人にも」
きっと、時間が経てば経つほど俺の効果は強くなるだろうし、バレる可能性だって上がるだろう。
俺は余り長くこの世界にいない方が良いんだ。
厄介な事になる前に――帰らなくちゃ。
俺はロクに最後まで抱かれさえすれば良い、と言い出す事が出来なかった。
抱かれたいけど、それはきっと俺たちの別れになる。
したら最後。
「チヤ?」
気遣わしげにロクの目がキュッと細められ、耳がぴるぴると動くのを見て胸がほんわかと温かくなり、それから痛くなった。
この仕草を見られなくなるなんて――。
「耐えられない」
俺はロクに聴こえないように小さく呟いて、ギュッとその胴体に抱き着いた。
慣れた匂いもしなる身体も俺のものだと思った。
俺のものだ、と思った。
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