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㉞天国と地獄は隣り合わせ−1
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巨大な門はお師匠様が前に立ったら自然と開いた。
俺たちは子象に跨ったままのお師匠様の後に続いて門を潜る。
そして目の前に拡がる鄙びた風景に、ここが本当に天界かと拍子抜けする。
「もう少し綺麗かと思った」
俺はちょっとガッカリしたけれど、これで不自由はないって事らしい。
穏やかな田園風景に人の姿はなく、鮮やかな蝶や鳥が優雅に飛び白い馬が草を食む。
「生き物がいるのって不思議ですね」
「あれは神々の眷属です。必要があって呼ばれなければああしてのんびりと過ごしています」
なにそれ。思ったよりも楽そう。
それだったら元の世界の会社員の方がよっぽど働いてない?
俺も天界に就職しようかなと一瞬だけ思ってしまったくらいだ。
「相変わらずつまらん場所だ」
フンッと鼻を鳴らしつつハヌマーンが言った。
こいつは千年ぶりに帰ってこれた感慨とかないらしい。
「そう言わず、息を深く吸ってみなさい。空気が甘いと感じるでしょう」
お師匠様が笑みを浮かべたままそう言い、根が素直なハヌマーンは大きく胸を膨らませて空気を吸った。
「おぉぉっ! 天界の空気だ!」
急に何を言ってんのと思いつつ俺も息を吸ってみた。
ん~、確かに甘い。
焼き立てのパンの匂いや、早朝の空気を連想させるような香ばしさだ。
でも排気ガスや化学物質に汚染されてなきゃ、この程度は空気も美味いんじゃないかなんて捻くれた俺は思う。
「そなたは納得していませんね? ではこれを食べてみなさい」
お師匠様にそう言われてその辺の木から摘んだ葉っぱを渡され、こんな物が食える訳ないと思いつつ口に入れてみたらすうっと溶けてハッカのような味だけが舌に残った。
「不思議な感じですね」
「天界の食べ物はみなこのように霞みたいな物です。これだけでも十分に生きていくことが出来るのです」
霞を食べて生きていくって、まるで仙人だな。
でもまだ若くて油っ気の抜けていない俺はこれじゃあ物足りない。
肉汁たっぷりのハンバーガーとか、甘辛いタレの掛かった焼き鳥とか、辛くて酸っぱい豚キムチ丼とかそういう物を食べたくなる。
「ここで下界みたいな食事を摂ることは無いんですか?」
「ありません」
なるほど。ハヌマーンが退屈する訳だ。
「ロクぅ、どうする? 天界にいる間中、こんな物しか食べられないなんて、力が出ないよ」
俺はロクの袖を引いてコッソリとそう囁いた。
ロクは俺の耳元に顔を寄せ、甘い物以外を想像してみたらどうだと言ってきた。
(甘い物以外?)
「私と口を合わせる際に、甘い物以外の食べ物を想像したらどうなる?」
「え、どうなるんだろう?」
「してみるか?」
「え、今?」
「食事をして来ると言えば、少しくらいは二人きりになれるだろう」
「ん……そうかな」
俺はロクの誘いにぐらりときた。
お腹が空いている訳ではなかったけど、甘味以外を感じ取れるのか確認しておきたかったし、いわば敵地にいるようなものだから少しでもロクを強化しておきたかった。
「お師匠様、ちょっとその辺を見てきても良いですか? ロクと二人で食事もしておきたいですし」
「構いませんよ。ミロクは何処だと心の中で呼んだら伝わりますし」
「ミロク、様?」
「ええ」
ふわふわと笑っている顔は仏像っぽく、弥勒菩薩という名前がピンとくる。
俺の知る名前と微妙にマッチしているのが気になるんだよな。
「ミロク様の上司はお釈迦様だったりして……」
「シャカという名前の神はいません。そなたの神名にしますか?」
「いえ、しません」
そんな畏れ多いことをしたら、今度こそバチが当たりそうだ。
俺はロクを引っ張って彼らから離れた。
ハヌマーンが着いてきたそうにしていたけれど、お師匠様とつもる話をしていろと言って無理矢理に置いてきた。
俺はロクと二人きりになって、不思議に思ったことを早速伝える。
「ねえ、ロク。俺の知っている話では緊箍児を嵌められていたのは孫悟空という名前の猿だし、嵌めたのは三蔵法師という僧侶だった。でもハヌマーンという名前の猿の神も、弥勒菩薩という名前の仏様もいて微妙に重なってる。偶然の一致とはちょっと思えないんだけど」
「チヤの世界と交流があるか、影響を及ぼしている?」
「交流があったら、獣人たちが異世界人の召喚を行っているのもばれてるんじゃない?」
甘い物が存在しない筈の下界に、「お取り寄せ」なんて裏技で甘い物が伝わっているときっと神々は知らない。
下界に暮らすハヌマーンですら知らなかった。
「神々は下界に興味がない。異世界にも興味がないのか?」
「どうだろう。後でお師匠様に聞いてみようか?」
「そうだな。あの師ならば素直に答えてくれるかもしれない」
「うん。それで、甘くない味だけど――」
「試すか?」
「うん」
俺は近くに誰もいない事をもう一度確認してからロクの首に両腕を回す。
もうすっかり抱き上げられるのも、貪るようなキスをするのも慣れてしまった。
俺は当たり前のように口を開けてロクの舌を招き入れ、尖った牙で噛まれるのも怖くないし啜られて夢中で応えた。
俺たちは子象に跨ったままのお師匠様の後に続いて門を潜る。
そして目の前に拡がる鄙びた風景に、ここが本当に天界かと拍子抜けする。
「もう少し綺麗かと思った」
俺はちょっとガッカリしたけれど、これで不自由はないって事らしい。
穏やかな田園風景に人の姿はなく、鮮やかな蝶や鳥が優雅に飛び白い馬が草を食む。
「生き物がいるのって不思議ですね」
「あれは神々の眷属です。必要があって呼ばれなければああしてのんびりと過ごしています」
なにそれ。思ったよりも楽そう。
それだったら元の世界の会社員の方がよっぽど働いてない?
俺も天界に就職しようかなと一瞬だけ思ってしまったくらいだ。
「相変わらずつまらん場所だ」
フンッと鼻を鳴らしつつハヌマーンが言った。
こいつは千年ぶりに帰ってこれた感慨とかないらしい。
「そう言わず、息を深く吸ってみなさい。空気が甘いと感じるでしょう」
お師匠様が笑みを浮かべたままそう言い、根が素直なハヌマーンは大きく胸を膨らませて空気を吸った。
「おぉぉっ! 天界の空気だ!」
急に何を言ってんのと思いつつ俺も息を吸ってみた。
ん~、確かに甘い。
焼き立てのパンの匂いや、早朝の空気を連想させるような香ばしさだ。
でも排気ガスや化学物質に汚染されてなきゃ、この程度は空気も美味いんじゃないかなんて捻くれた俺は思う。
「そなたは納得していませんね? ではこれを食べてみなさい」
お師匠様にそう言われてその辺の木から摘んだ葉っぱを渡され、こんな物が食える訳ないと思いつつ口に入れてみたらすうっと溶けてハッカのような味だけが舌に残った。
「不思議な感じですね」
「天界の食べ物はみなこのように霞みたいな物です。これだけでも十分に生きていくことが出来るのです」
霞を食べて生きていくって、まるで仙人だな。
でもまだ若くて油っ気の抜けていない俺はこれじゃあ物足りない。
肉汁たっぷりのハンバーガーとか、甘辛いタレの掛かった焼き鳥とか、辛くて酸っぱい豚キムチ丼とかそういう物を食べたくなる。
「ここで下界みたいな食事を摂ることは無いんですか?」
「ありません」
なるほど。ハヌマーンが退屈する訳だ。
「ロクぅ、どうする? 天界にいる間中、こんな物しか食べられないなんて、力が出ないよ」
俺はロクの袖を引いてコッソリとそう囁いた。
ロクは俺の耳元に顔を寄せ、甘い物以外を想像してみたらどうだと言ってきた。
(甘い物以外?)
「私と口を合わせる際に、甘い物以外の食べ物を想像したらどうなる?」
「え、どうなるんだろう?」
「してみるか?」
「え、今?」
「食事をして来ると言えば、少しくらいは二人きりになれるだろう」
「ん……そうかな」
俺はロクの誘いにぐらりときた。
お腹が空いている訳ではなかったけど、甘味以外を感じ取れるのか確認しておきたかったし、いわば敵地にいるようなものだから少しでもロクを強化しておきたかった。
「お師匠様、ちょっとその辺を見てきても良いですか? ロクと二人で食事もしておきたいですし」
「構いませんよ。ミロクは何処だと心の中で呼んだら伝わりますし」
「ミロク、様?」
「ええ」
ふわふわと笑っている顔は仏像っぽく、弥勒菩薩という名前がピンとくる。
俺の知る名前と微妙にマッチしているのが気になるんだよな。
「ミロク様の上司はお釈迦様だったりして……」
「シャカという名前の神はいません。そなたの神名にしますか?」
「いえ、しません」
そんな畏れ多いことをしたら、今度こそバチが当たりそうだ。
俺はロクを引っ張って彼らから離れた。
ハヌマーンが着いてきたそうにしていたけれど、お師匠様とつもる話をしていろと言って無理矢理に置いてきた。
俺はロクと二人きりになって、不思議に思ったことを早速伝える。
「ねえ、ロク。俺の知っている話では緊箍児を嵌められていたのは孫悟空という名前の猿だし、嵌めたのは三蔵法師という僧侶だった。でもハヌマーンという名前の猿の神も、弥勒菩薩という名前の仏様もいて微妙に重なってる。偶然の一致とはちょっと思えないんだけど」
「チヤの世界と交流があるか、影響を及ぼしている?」
「交流があったら、獣人たちが異世界人の召喚を行っているのもばれてるんじゃない?」
甘い物が存在しない筈の下界に、「お取り寄せ」なんて裏技で甘い物が伝わっているときっと神々は知らない。
下界に暮らすハヌマーンですら知らなかった。
「神々は下界に興味がない。異世界にも興味がないのか?」
「どうだろう。後でお師匠様に聞いてみようか?」
「そうだな。あの師ならば素直に答えてくれるかもしれない」
「うん。それで、甘くない味だけど――」
「試すか?」
「うん」
俺は近くに誰もいない事をもう一度確認してからロクの首に両腕を回す。
もうすっかり抱き上げられるのも、貪るようなキスをするのも慣れてしまった。
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