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ローベルトの最も素晴らしいところはどこか。
そう問われたら、エミリオは間違いなくこう答えるだろう。
「人脈作りが上手いところだろうね。あれはなかなか真似できないよ」
父である国王陛下に命じられ、エミリオはローベルトの後ろ盾となるべく入学式の夜に行動を起こした。他の貴族子弟からの陰湿な虐めから守りやすいよう、いち早く友人という立場に収まったのである。
毎年のことではあるが、王立学院に入学してくる平民たちは成績が優秀であるがゆえに、それを生意気と嫌う貴族子弟たちから嫌がらせを受けることが多い。
ローベルトの場合は成績優秀なだけでなく容姿も優れており、実家は大商会で下手な貴族よりも金を持っているというおまけ付き。これで嫉妬されないはずがない。
だからエミリオは、常にローベルトの周囲に目を光らせていた。
もしもローベルトが理不尽な目に合わされ、身分を笠にやりたい放題されてしまうようであれば、すぐに助けられるよう見守っていたのである。
危惧していた通り、入学してしばらくするとローベルトは一部の生徒から嫌がらせをされ始めた。
そこまではエミリオの予想通りだったのだが、想定外だったのはその先のことだ。
なんとローベルトは、自分に絡んでくる貴族子弟たちを手の平の上で転がすように上手くあしらい始めたのである。
その爽やかで人好きする笑顔と巧みな話術を武器に、因縁をつけてきた相手を上手く持ち上げて丸め込み、懐柔して、気が付けばくだらない話をして笑い合えるくらいの友人になってしまうのだから、これにはエミリオも大いに驚いた。
そうやって半年が過ぎる頃には、エミリオは同じ学年の生徒の大半と仲良くなってしまったのである。
それが証明される出来事があったのは、秋に催された学院祭の時のことだった。
ピアスの片方を失くしてしまったローベルトのために、多くの生徒たちが失せ物探しを手伝ったのである。その中にはローベルトと同じ下位クラスだけでなく、上位クラスの生徒までいたくらいだ。
「ローベルトにはこの前、婚約者への贈り物のアドバイスもらったからな。おかげで婚約者との仲が深まった。礼にピアス探しくらい手伝うさ」
「わたくしたち、前期試験の時には勉強を見てもらって助かりましたもの。そのお返しですわ。ねえ、皆様」
「ええ、おかげで良い成績がとれましたわ」
「わたしもです」
「ローベルトさんに教えていただいたカフェ、とても素敵なお店だったわ。他にも素敵なお店があったらまた教えてね。ピアス探し手伝うから、ね?」
「ブラント商会の販促品、良さそうな品があればまた譲ってくれると助かる。気に入った物があればわたしも人に勧めるから」
口々にそんなことを言いながら、皆が熱心に学院内を探し回る。
多くの人間が一斉に動いたおかげで、ピアスは比較的早く見つかった。
ローベルトは大喜びで、探すのを手伝ってくれた生徒たち一人一人に感謝の言葉を言って回った。
「本当にありがとうございました。とても大切にしていた物なんです。心から感謝します」
頭を下げられた生徒たちは恩付けがましい態度をとることなく「良かったな」「見つかって良かったですわね」「もう失くすなよ」と笑顔を見せていた。
そんなことがあった日の夜。
「ピアスが見つかってよかったね。僕も探すのを手伝った甲斐があったよ。ところで、すごく一生懸命探していたけど、そのピアスってそんなに大事な物なの? 誰かからの貰い物とか?」
エミリオとしては特に深い意味はなく、話の流れから何の気なしに訊いてみただけだ。
ローベルトも平然とした感じで明るく答えたのだが、その内容はエミリオが想像していたよりもかなり重いものだった。
「実は俺、養子なんだ。で、このピアスは本当の父親からもらったものなんだ。たとえ片方だけでも、できれば失くしたくなくてな」
気まずい顔のエミリオを気にも止めず、ローベルトは昔を懐かしむように話し始めた。
十才になるまで、ローベルトは東の大国であるフォーデン帝国の首都で暮らしていた。母子家庭ながらも愛のある生活が終わりを告げたのは、母親が流行り病で亡くなったからだ。
その時、ローベルトを引き取ると言ってくれたのが今の義父、母親の実兄であるブラント商会頭だったのである。
新しく家族になってくれた伯父一家は、ローベルトを温かく迎え入れてくれた。教育をしっかりと受けさせてくれて、家業についても色々と教えてくれたのである。
おかげでなに不自由のない中で成長できた。王立学院に入学できたのも、すべて家族のおかげだとローベルトは思っている。
「俺は本当に恵まれているし、なにより運がいいと思う。あんな素晴らしい家族を得られ、愛されているんだから」
にこやかにそう言うと、ローベルトはまた耳のピアスに指で触れた。
「俺は今の家族が大好きだけど、血の繋がった本当の両親のことも大好きなんだ。だからさ、ピアス失くしたって気付いた時は本気で焦った。見つかって本当に良かったよ。エミリオも探すのを手伝ってくれてありがとな」
「うん。でも、そうか……だからあんなに必死に探していたんだね」
「俺が実父から直接もらえた唯一のものだからな」
そう言うローベルトの表情には、父親への確かな愛情が溢れていて……。
ローベルトがいかに亡くなった実母のことや今の家族のことを大切に思っているか、それが言葉の端々から感じられて……。
エミリオはそれをとても羨ましいと思った。
なぜならエミリオと家族の関係は、お世辞にも「良い」と言えるものではないからだった。
そう問われたら、エミリオは間違いなくこう答えるだろう。
「人脈作りが上手いところだろうね。あれはなかなか真似できないよ」
父である国王陛下に命じられ、エミリオはローベルトの後ろ盾となるべく入学式の夜に行動を起こした。他の貴族子弟からの陰湿な虐めから守りやすいよう、いち早く友人という立場に収まったのである。
毎年のことではあるが、王立学院に入学してくる平民たちは成績が優秀であるがゆえに、それを生意気と嫌う貴族子弟たちから嫌がらせを受けることが多い。
ローベルトの場合は成績優秀なだけでなく容姿も優れており、実家は大商会で下手な貴族よりも金を持っているというおまけ付き。これで嫉妬されないはずがない。
だからエミリオは、常にローベルトの周囲に目を光らせていた。
もしもローベルトが理不尽な目に合わされ、身分を笠にやりたい放題されてしまうようであれば、すぐに助けられるよう見守っていたのである。
危惧していた通り、入学してしばらくするとローベルトは一部の生徒から嫌がらせをされ始めた。
そこまではエミリオの予想通りだったのだが、想定外だったのはその先のことだ。
なんとローベルトは、自分に絡んでくる貴族子弟たちを手の平の上で転がすように上手くあしらい始めたのである。
その爽やかで人好きする笑顔と巧みな話術を武器に、因縁をつけてきた相手を上手く持ち上げて丸め込み、懐柔して、気が付けばくだらない話をして笑い合えるくらいの友人になってしまうのだから、これにはエミリオも大いに驚いた。
そうやって半年が過ぎる頃には、エミリオは同じ学年の生徒の大半と仲良くなってしまったのである。
それが証明される出来事があったのは、秋に催された学院祭の時のことだった。
ピアスの片方を失くしてしまったローベルトのために、多くの生徒たちが失せ物探しを手伝ったのである。その中にはローベルトと同じ下位クラスだけでなく、上位クラスの生徒までいたくらいだ。
「ローベルトにはこの前、婚約者への贈り物のアドバイスもらったからな。おかげで婚約者との仲が深まった。礼にピアス探しくらい手伝うさ」
「わたくしたち、前期試験の時には勉強を見てもらって助かりましたもの。そのお返しですわ。ねえ、皆様」
「ええ、おかげで良い成績がとれましたわ」
「わたしもです」
「ローベルトさんに教えていただいたカフェ、とても素敵なお店だったわ。他にも素敵なお店があったらまた教えてね。ピアス探し手伝うから、ね?」
「ブラント商会の販促品、良さそうな品があればまた譲ってくれると助かる。気に入った物があればわたしも人に勧めるから」
口々にそんなことを言いながら、皆が熱心に学院内を探し回る。
多くの人間が一斉に動いたおかげで、ピアスは比較的早く見つかった。
ローベルトは大喜びで、探すのを手伝ってくれた生徒たち一人一人に感謝の言葉を言って回った。
「本当にありがとうございました。とても大切にしていた物なんです。心から感謝します」
頭を下げられた生徒たちは恩付けがましい態度をとることなく「良かったな」「見つかって良かったですわね」「もう失くすなよ」と笑顔を見せていた。
そんなことがあった日の夜。
「ピアスが見つかってよかったね。僕も探すのを手伝った甲斐があったよ。ところで、すごく一生懸命探していたけど、そのピアスってそんなに大事な物なの? 誰かからの貰い物とか?」
エミリオとしては特に深い意味はなく、話の流れから何の気なしに訊いてみただけだ。
ローベルトも平然とした感じで明るく答えたのだが、その内容はエミリオが想像していたよりもかなり重いものだった。
「実は俺、養子なんだ。で、このピアスは本当の父親からもらったものなんだ。たとえ片方だけでも、できれば失くしたくなくてな」
気まずい顔のエミリオを気にも止めず、ローベルトは昔を懐かしむように話し始めた。
十才になるまで、ローベルトは東の大国であるフォーデン帝国の首都で暮らしていた。母子家庭ながらも愛のある生活が終わりを告げたのは、母親が流行り病で亡くなったからだ。
その時、ローベルトを引き取ると言ってくれたのが今の義父、母親の実兄であるブラント商会頭だったのである。
新しく家族になってくれた伯父一家は、ローベルトを温かく迎え入れてくれた。教育をしっかりと受けさせてくれて、家業についても色々と教えてくれたのである。
おかげでなに不自由のない中で成長できた。王立学院に入学できたのも、すべて家族のおかげだとローベルトは思っている。
「俺は本当に恵まれているし、なにより運がいいと思う。あんな素晴らしい家族を得られ、愛されているんだから」
にこやかにそう言うと、ローベルトはまた耳のピアスに指で触れた。
「俺は今の家族が大好きだけど、血の繋がった本当の両親のことも大好きなんだ。だからさ、ピアス失くしたって気付いた時は本気で焦った。見つかって本当に良かったよ。エミリオも探すのを手伝ってくれてありがとな」
「うん。でも、そうか……だからあんなに必死に探していたんだね」
「俺が実父から直接もらえた唯一のものだからな」
そう言うローベルトの表情には、父親への確かな愛情が溢れていて……。
ローベルトがいかに亡くなった実母のことや今の家族のことを大切に思っているか、それが言葉の端々から感じられて……。
エミリオはそれをとても羨ましいと思った。
なぜならエミリオと家族の関係は、お世辞にも「良い」と言えるものではないからだった。
応援ありがとうございます!
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