神がおちた世界

兎飼なおと

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第4話

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アンリ達と合流すると、さっそく魔狼の報酬という袋を押し付けられた。
中をみると銅貨がそこそこと銀貨が数枚入っている。
討伐したのはルーカスでコルトは特に何もしていないはずだが───。

「お前が持ってろ、管理がめんどくせえ」

つまり面倒を押し付けられたという事か。
ただいくらなんでもこれでは少し報酬が少なくないだろうか。
そっとアンリを見ると察したのか

「毛皮が焦げてた分減っちゃったんだよ。他のも斬り跡があるから使える面積が減るとかなんとか」
「………」
「討伐員は魔物の素材集めも仕事のうちだから、なるべく綺麗に殺すのが求められるんだよ!」

私も予想以上に減らされて驚いてるんだよ!とアンリが慌てている。
これ以上突っ込むのは心が痛むので、そういう事で納得しよう。

「中型以上のデカい魔物とかはあんまり気にしなくて良いらしいけど、小型のやつはなるべく完全な状態のほうがいいんだ。だから下級討伐員は棍棒とかの打撃武器を持ってるやつが多い」
「じゃあなんでアンリは斧なの?」
「元々斧使って村で仕事してたから、こっちのほうが慣れてる。打撃武器として使えないわけじゃないし」
「そっか、討伐員になったの最近なんだっけ」
「そういうこと。……それじゃあ帰ろうか。明日は魔狼討伐に取り掛かるから忙しいぞ」
「折角街まで来たのにこれで帰るの?ルーカスも街見てないけどいいの?」

ルーカスは無言で首を縦に振った、大丈夫なのだろう。

「思ったより時間かかったからな。言ってろ、帰る頃には暗くなってるって」

確かに出発前にそんなことを言っていた。
それに行きは明るいから良かったが、暗いときに魔物と出会うのはさすがにちょっと怖い。
荷馬車に戻り門番に借りた布を返し再びガタガタと揺られる。
これでは村に戻った時にはお尻が大変な事になってそうだ。
そのままあの硬いベッドでまた寝るのかと思うと憂鬱になる。
とここで、さらに憂鬱になる事を思い出した。
──夕食だ。
現状あてが無い。出店があったのにすっかり忘れていた。
こっちのほうが死活問題だ。
コルトは銭袋を取り出すとアンリに話しかけた。

「ごめんアンリ、村についたらこれで少し肉を分けてもらえないか?」
「ん?何に使うんだ?」
「何にって今晩食べるんだよ、街で買うのすっかり忘れてた」
「なんだ罠に使うわけじゃないんだな。戻ったら爺さんに余ってるの分けてもらえるか聞いてみる」
「ありがとう!……罠はダメなの?」
「ダメじゃない……が、毒を使うのは止めて欲しい。場合によっては肉が食えなくなる」
「やっぱり食べるんだ」

出店で様々な肉が並んでいるのをみてそんな気はしていた。

「魔物の食肉は教会が推奨してる。もともとこっちにいる生き物は魔物のせいで数が減ってるのもあるし、魔族がどんどん送り込んでくるし繁殖もしてるからいくら食っても減らない」
「うわぁ、酷いね……」
「だよな、前はもっと村の周辺も動物がいたらしいんだ。北のこっちのほうでも魔物を見かけるようになってからはあんまり見なくなったって爺さんが言ってた。私も馬以外は見たことないな」
「そっか、ならいなくなった動物の代わりに食べてる感じかな。魔物ならなんでも食べるの?」
「毒がないならな。獣型は定番だけど、虫っぽいのとか意外と美味い。最高級の珍味だと空飛ぶデカいトカゲとか強いしあんま渡ってこないけど、めちゃくちゃ美味いらしくて上級は隊を組んで狩りにいくらしい」
「………」

アンリはなんてことはないという感じだが、それはちょっと引いてしまう。
チラッと荷台のルーカスを見ると、歯を剝きだして本気でヤバイものを見たという顔をしている。
コルトも生態系を壊す魔物を駆除するのは賛成だし、食べるのも理屈は分かるから賛成だけど、さすがに限度があると思う。
虫やトカゲは食べ物とは認識出来そうにない。今後出てきても全力でお断りしたい。
恐るべきは生活習慣の差か。

「あのっ、ちなみにホールカウってどんな魔物?」
「牛っぽい魔物だよ」

コルトは心の底から安堵した。
それから男二人は村につくまでの間、村で出てくる肉が獣型の肉である事を切に願うのだった。





その夜、貰った肉がなんなのか敢えて聞かなかった二人は、気が重くなりながらもそれぞれのベッドの上で向かい合って今日の報告と情報のすり合わせを行っていた。
窓がないため外から見られることはないが、一応防音はしてある。
ルーカスが頑張った。

「じゃあ問題なく中級になれたんだ」
「試験官のやつがやり手で手を抜くのに苦労したがな。絶妙に危ないところをついてくるから、上手く避けるとバレんじゃねぇかってヒヤヒヤしたぜ」
「試験官ってハウリルさんだよね」
「あーそんな名前なのか、興味ねーから流してた。お前とも喋ってたな。何聞かれたんだ?」
「僕は討伐員にならないのか聞かれたんだよ。戦いは無理です!って断ったよ」
「得意げに言ってんじゃねぇ、少しは強くなる気を持て。まぁ、お前のへっぴり腰じゃ一生掛かっても中級は無理な気はするがな」

そんな事はない。そんな事はないはずだが、ちょっぴり自信がなかった。

「そんなことより、予想通り教会が色々捻じ曲げてるな」
「正直どっから突っ込めばいいか分からないよね」
「化け物だってよお前ら」
「悲しいけど、君に言われたくないなぁ……」

見たことはないがルーカスの本来の姿は頭に角が生えていて、ついでに全身に鱗があるらしい。
魔力で無理やり今の姿になっているらしいのだから魔族凄い。
ついでに”ルーカス”というのも偽名だ。本名は教えてもらってない。

「ここ最近の軍の装備は全身隠してるから、それで化け物って思われてるのかな?」
「中身が同じ人間ってバレたくないから教会が隠してる可能性もあると思うけどな」

もともと同じ種族のはずなのに、なんでこんな事になってしまったのか。

「そのお陰で疑われてないのは助かるがな。バレたら間違いなく殺されるぜ、どんな殺され方するのか、ガキの反応考えたらワクワクするな」
「なんてこというんだ!」
「なら言動には気をつけろ」
「うっ……」

思い返すとさすがに色々あれだったので言い返せない。
アンリが深く追及してこないから良かったものの、最悪の場合はルーカスが躊躇なく殺してそのままとんずらだ。
いくら本来は敵対していると言っても人を殺したくないし、死ぬのは見たくないし、死んで欲しくない。
都合がいいと言われたって、それは本心からなのでどうしようもなかった。
ルーカスは真剣な顔でコルトに向き合った。

「そういう契約だから守ってやるが、俺も万能じゃねぇ。お前も行動には気をつけろ。こっちに来たいって志願して、あいつらも期待して送り出したんだ。肝心のお前の行動のせいで全部ダメになったらどうすんだよ」
「……分かってるよ」
「俺らもまだこっちに慣れてないから、ある程度把握するまでは深入りするなよ」

コルトの故郷、壁の向こうにある東の地は豊かだ。
それも、教会側よりも遥かに、だ。
技術も発展していて、生活水準が遥かに高い。
食べる事にも住むことにも困らない、治安も良い。
娯楽も充実しているし、全員教育を受けられる。
ルーカスは半分捕獲されたような魔族の分際でかなり楽しんでいたらしく、自分から護衛を買って出たくせにそれだけは物凄く後悔していた。
劣っているのは恐らく人間の平均魔力量だけだろう。
だが発展もそろそろ頭打ちになってきたし、上層部はいい加減壁の向こうからちょっかい出されるのを何とかしたいと考えていた。
そこで教会側との和解を模索していた。
コルトの仕事はこちら側の情勢を探り、出来れば教会との交渉の足掛かりを作る事だ。
無理では?と思っているが、この件の責任者である殿下が時間が経てばまた国内も落ち着くし、そのときになれば追加人員も投入出来る可能性があるので気楽にやってほしいとのことだ。
冗談にもほどがある。
そしてコルトが選ばれた理由は単純だ。
───壁の向こう側に敵意が無いから。
ここ3年で国内での教会側を憎む意見が急速に高まっている。それまでは割と無関心が多かった。
3年前の虐殺と2年前の戦いで国内での敵意が一気に膨れ上がったのだ。
頭を抱えたのは上層部だ。
壁外との和解策を表立って進めるには国民の同意が全く得られない状況になってしまった。
だがコルトだけはそんな状況でも壁の向こうを憎めなかった。
彼らのやったことは理解できる、でも同じ人間なのだ。なんとか仲良くしてほしい。
周りの空気から言い出せなかったが、上層部には見抜かれた。
それで言われたのだ、壁の向こうに行ってみたいか?、と……。

「こうなったもんは仕方ねぇから、先の方針を決めるか」
「……うん」
「まずこの村からさっさと出たいが、狼を殺すまではダメだよな」
「だってこっちから引き受けちゃったし…。それに魔狼もだけど、ココさんの出産までは見届けたいかな」
「お前人の話聞いてたか!?」
「だって心配じゃないか、向こうじゃ一律病院で医者にかかれるけど、こっちはそんな感じには見えないし。それに、あのお腹の大きさならホントにすぐだろうし……。あとなんかこう……純粋に赤ちゃんを見てみたい……」
「いやっ、その前になんでそれまで村に泊めてもらえると思ってんだよ。生まれたての子供を他人に見せねぇだろ」
「えっ?そうかな?みんなでお祝いしたほうが良くない?」
「……お前、なんかめんどくせぇわ」

ルーカスは力強くため息をついた。
失敬な、向こうじゃ子供は大事な存在だから、産まれてきた事をみんなで祝福するし、年に1回国内行事で就学前の子供の成長祝いのイベントがあったりするからそういうものだと思っていた。
魔族は違うのだろうか?

「俺らは力が第一だから、強いやつを出し抜こうと思ったら、生まれたてのガキを狙うんだよ。人質ってやつだ」
「知的生物とは思えない」

顔面を力強く掴まれた。

「何万年も前から力で俺たちは秩序を維持してきたんだ。それに人質とろうなんて考えるやつも、思われるやつも魔族の中でも下のやつだよ。俺らはそんな事考えねぇよ、積極的に見せて回ることもないけどな」
「ほうでふか」
「だからお前ら弱っちいから、赤子は隠すんじゃないか?」

根本の基準が違うからこそ出る考え方の差なのだろうが、ルーカスはコルトたちの国でホントに何をみていたのだろうか。
監視は一応ついてただろうけど、娯楽地区に入り浸ってたらしいし、国内の雰囲気は十分に伝わってるはずだろう。
まさかこの男、娯楽地区でも風俗区のほうに入り浸っていたのではなかろうか。

「話が逸れたが、しょうがねぇから許可が取れたらガキが生まれるまでは待ってやるよ。だがそれ以上はダメだ。まだ東に近すぎて危ねぇ。もっと西に移動したい」
「……分かった」

少しの間のあとまたため息をつかれ、話は終わりだとルーカスは寝る準備に入った。
かけ布を下に敷いて少しでも柔らかさを確保しようとしている。
それから光源確保で部屋中に浮かせていた氷で覆った火球を全て消し、代わりに熱源用に自分の回りに新たな火球を生成している。
魔族の無茶苦茶な魔力量と属性の縛りがないが故の芸当だ。
自分のお世辞にも多いとは言えない魔力量と、普段あまり役に立ってない雷属性を考えると、それだけは少し羨ましいなとコルトは思った。
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