神がおちた世界

兎飼なおと

文字の大きさ
上 下
5 / 99

第5話

しおりを挟む
翌日の昼過ぎ、3人はアンリが見つけた魔狼の巣穴に向かっていた。
巣穴に一番近い街道の端に馬車を寄せ、そこから先の森の中は徒歩だ。
できれば1日で終わらせたい。
ルーカスの提案で先頭をアンリ、真ん中をルーカス、殿をコルトという縦隊陣形で進んでいるが、コルトは遅れ気味だった。
というか二人が早い。地元のアンリとそもそも身体の作りが違うルーカスとではコルトが遅れるのも仕方がなかった。
遅れないようにヒーヒー言いながら頑張っているが、二人の背中なが見えなくなってから
数分が経過していた。
そして背後から音が鳴る。
条件反射で振り返ると、大きな魔狼が迫ってくるのが見えた。
体が動かず、あっ、死んだ…。と思ったのも束の間。
凄い勢いで飛んできた斧がぶち当たり、視界から魔狼が消えた。
腰が抜けて尻もちをつくと同時に左右から飛び掛かって来た魔狼の脳天に柄頭と鞘がそれぞれ振り降ろされた。
見上げるように後ろを見ると、涼しい顔をしたルーカスが立っていた。

「狼は群れで狩りをするんだが、その時一番弱そうな個体を狙うんだよ」
「………えっ?」

それはつまりコルトは囮にされたという事だろうか。

「探す手間が省けただろ」
「先に言えよ!!」

何があっても守ると言っていたが、だからといって許可なく囮に使うのは違うのではないだろうか。
はっはっはっと笑うルーカスの脛に声を荒げながら攻撃をくわえるが、服で見えないのを良い事に鱗を戻しているのか、手応えがない。
なんて奴だ。
見えるところ、顔面を殴るしかない。

「二人とも無事か!?」

息を切らしながら遅れてやってきたアンリが頑張って顔を殴ろうとして軽く受け流されているコルトと、受け流しているルーカスに安堵する。

「ごめん、はぐれた事に気付かなかった」
「気にしなくていいよ、全部こいつのせいだから!」

悪い悪いと全然反省してない顔でのたまう男を指さして避難する。
アンリも胡乱な視線をルーカスに投げていた。

「まぁまぁこれで魔狼を3匹始末したんだ。前のと合わせて8匹。もう片付いたも同然だろ?俺は念のため巣穴の確認に行ってくるから、そこの3匹縛っといてくれ」
「「はぁ!?」」

囮にしたうえにさらに作業まで押し付ける気である。
抗議の声をあげようとしたが、首根っこを掴まれて持ち上げられた。

「お前はこっちな。いても役に立たないだろ」

失礼ではないだろうか。
戦闘がダメなだけで教えてもらえば魔狼を縛ることくらいは出来る。
アンリもわけわからんという顔で呆気に取られているが、ルーカスは森の中とは思えないスピードでさくさくと歩きはじめ、あっという間に視界からアンリが消えてしまった。





ネコの仔のように運ばれること数分。
適当な木の根本にコルトは落とされた。

「なにすっ!」
「お前さ、俺を舐めてるだろ」

予想外の問いが降りかかってきた。

「人の忠告聞いてるようで右から左に流してるのがバレバレなんだよ。そんで、口でいうより現実を突きつけたほうが早いと思った」
「そんな事はない!」
「いいやあるね、明らかに俺と他のやつらとで態度が違う。昨日も言ったがお前を守るのが仕事だが万能じゃねぇ。なのにこっちの忠告は聞き入れねぇし、かと言っていざって時も動けねぇし、怒りたくもなるだろ」

いきなり何なのだろうか、その話は昨日で終わったはずだ。

「俺が魔族だからアンネリッタや他の奴らのほうに傾くのは理解する。だがあいつらは味方じゃねぇ、敵だ。それを心に刻め、お前らも俺らも戦争中なんだ」
「それは……分かってるよ」

……でも、戦争中なのは上の都合だし、やっぱり彼らを敵だなんて思えないし思いたくない。
実際に会って話てしまったら、敵だなんて全く思えなくなってしまった。
自分が本来どう思われる立場なのかは分かってる、でもそれでも僕は彼らを敵だなんて思いたくない。
言いよどむコルトにルーカスはため息をついた。

「別に敵意を持てなんて言ってないだろ?」
「………」
「自分が弱いのは分かるよな。だから少しは警戒してくれ、俺の意見を蔑ろにするな」

蔑ろにしたつもりはなかったのだが……。
でも確かにちょっとアンリ達よりは冷たい態度を取っていた気がする。
ルーカスはしゃがんでコルトに目線を合わせた。

「お前が平和な地で生まれ育ってるのは分かってる。だがこっちは違うんだよ、それを分かっててこっちに来るって決めたのはお前だろ?」
「……僕に人を殺せと?」
「言ってねぇし、お前には無理だろ。だから俺がいる」

僕の代わりに人を殺すために忠告を聞けという事か。
それは結局僕が殺していることと変わらないのではないだろうか。

「違う。俺が人を殺さなくても済むように忠告を聞けって言ってんだ。物事の一番簡単な解決法なんて皆殺しだからな。相手がいなけりゃ揉め事なんてないんだ」

絶対的自信に溢れる強者の発言だ。
自分の隣にいるのは強い力を持った存在だ。

「もう一度確認するぞ。出産までは待ってやる、だがそっから先は絶対にダメだ。目的を見失うな。田舎でお守りをするのがお前の仕事じゃねぇ」

コルトは無言でうなづいた。
言ってることは一部理解する。
それよりもこの男をあまり人に近づけたくない。

「分かった。約束する、ココの出産が終わったら絶対に村を離れる」
「よしっ、じゃあ説教は終わりだ。さっさと巣穴の確認して戻るぞ。どうせまた街に行くことになんだろ。めんどうなことはさっさと終わらせるぞ」

ガタガタ揺れ過ぎなんだよあの馬車、ケツに優しくしろ!とブツブツ文句を言いながら歩き出したルーカスの背中を見つめ立ち上がると、コルトはルーカスと出会ってからここ数日のことを思った。
護衛だと最初に引き合わされとき、魔族が護衛である事に少し不快感を感じた。
魔族は一方的に攻めてきて北側をめちゃくちゃにしたと習ったので、知識だけの印象として良い感情がなかった。
でも、ここ数日は行動を共にしてみて軽いところはあるが理性的で乱暴なところは見られないし、アンリ達にはあまり友好的ではないが協力的ではある。
知識だけで嫌な奴と決めるのはどうかと思っていたが、やっぱり魔族は魔族でしかないのだろう。





魔族特有の魔力感知で辺りを探り、付近で一か所だけ固まっているところに向かうと、ほどなくして魔狼の巣にたどり着いた。
ルーカスが中を確認し、数匹の仔狼を捕まえる。
親を殺した存在に捕まっているとはつゆ知らず、元気に尻尾を振る姿はとても野生の獣にはみえなかった。
1匹を地面に降ろすとピョンピョン歩きながらクンクン鳴いて足にまとまわりついてくる。
こちらの狼同様、子狼は愛らしいなとは思ったが、庇護欲が湧くかと思えばそうでもなかった。
だがルーカスは違うみたいだ。
抱きかかえて顔面を舐められながら、よしよしとあやしている。
先ほど人を殺す殺さないと話していたとは思えない。

「可愛いのは分かるけどさ、情が湧いたらどうするんだよ?」
「なんで?」
「……えっ?だってこのあと殺すんでしょ?」
「情云々は関係ないだろ」

何を言ってるのか一瞬分からなかった。
今も腕の中で可愛いとあやしてるのに、行動と発言が全く噛み合っていない。
すぐに殺してしまうのに、なんで情を抱くような事をするのか。
これが魔族の普通なのだろうか。
そんなことを考えているうちに背中を向けたルーカスは、一匹ずつ子犬を絞め殺していった。
見せないようにする配慮が出来るくせに、可愛がっていた存在を躊躇なく殺す事が出来る精神性が理解出来ない。

「僕は君が理解出来ない」
「突然何言ってんだお前」
「だって、なんで殺せるんだ、直前まで可愛がってたじゃないか!」
「可愛いのとそれを殺せるかは別の問題だろ」
「なんでだよ!」
「なんでってどう転んでもこいつら殺す以外の選択肢はないだろ?じゃあお前はこいつらどうしたかったんだよ」
「……それは…」
「生かしたかったわけじゃねぇならこれでいいだろ」

腕の中で死骸になったものを持ちやすいように抱え直すと、戻るぞと声をあげてルーカスは歩き出す。
コルトは自分の隣の存在に身震いするのだった。
しおりを挟む

処理中です...