神がおちた世界

兎飼なおと

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第31話

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アンリが浴場で色々と諦めた翌日、うって変わってコルトはウキウキで開発室で機材の準備をしていた。
本当はもう少し後から入る予定だったが、事前の解析にも来て欲しいとのことで今日から本格的に組み込まれる事になったのだ。
再び外で活動するアンリたちのための装備のための作業だ、やる気も出る。
いきなり押しかけても大丈夫なのかとも思ったが、普段からローテーションで1、2チームは余力として上に申告して好きな研究開発をやっている。
今回コルトが配属されたチームも用途は全く考えていないが、小型の飛行物の研究開発を直前までしていたらしい。
それはそれで面白そうだが動力部分の持続性に問題があるらしくあまり成果はよろしくないとのことだ。
というわけで、開発の着手には準備のためもう少し掛かるのだが、実際に外で活動したコルトの意見を聞きたいという事で事前の解析にも呼ばれている。

「コルト、電源はどうだ?」

確認のために声を掛けてきたのはこのチームの責任者である無魔のドルトンだ。

「エネルギーの充填終わりそうです」
「よしっ、アンドレア、ダブルチェックしてやれ」

アンドレアと呼ばれたのは濃紺の髪をした主にコルトの面倒をみてくれる研究員だ。
電源がいっぱいになったことを確認してもらい、いよいよ作業が始まった。
作業台に乗せられているのはそれぞれ3人の武器だ。
アンリの斧は昨日頑張ってなんとなく形を復元したらしく、破片がそれとなく斧の形に置かれている。
ハウリルの杖はそのままで、ルーカスの剣は鞘と表の刃のパーツと青白い刀身の剣本体に分かれていた。
杖について本人の許可があるのかと聞いてみると、一応壊すなという命令しか来ていないらしい。何となく腑に落ちないが、とりあえず壊されたりしないのであれば後でなんとかハウリルに返す方法はあるだろう。
気を取り直してコルトはまずアンリの武器の素材について説明すると、魔物を素材にしているという事で驚かれた。
さっそく柄の部分を研究員が解析にかけている。

「確かに成分は骨と思われますが、魔物であるせいか我々にはない成分や特徴がありますね」
「だが、うちで全く同じものは作れないって話になるな」

さらに細かい解析と代用素材をどうするかで数人の研究者達が話し合いを始めると、会話に参加していない研究員がさらに魔物について聞いてきた。
なので、多数の種類が壁外にもいて教会が専用の討伐組織を作っていること、南方に魔物討伐の拠点の街を作っていた事を説明するが、拠点についてはあまり興味が沸かないようだった。
それよりも他に魔物の素材を使った武器を見たかと聞かれたが、残念ながらコルトは見ていない。
だが、南方に行くほど魔物が多くなっており、通常の在来動物がほとんどいなかった事を報告すると研究者達は唸った。

「やっぱ魔物のほうが個体能力が高い分在来種は生き残れないか」
「うちでも飼育して武器の製造の材料にと思いますが、ちょっとリスクが高いですね」
「外で狩って必要なところだけを持ち帰るってほうがまだマシだが、量を持ち帰れないから効率が悪いって上は嫌がりそうだなこりゃ」
「残念ですね、未知の素材に興味があるんですが」
「要望は一応全部あげとけ、今はダメでもそのうち何かあるかもだぞ」

それから寸法や重さ、重心など様々なものを調べていく。
おおよそなのでいくつかサンプルを作成し、それから本人に合わせて微調整をしていく事になった。
こちらでは斧を武器として使用することがなく、開発も初めての事になるということで、今後のデータの蓄積のためにも色々試したいらしい。
粗方まとめ終わると、次にハウリルの杖の話になった。
ハウリルの杖が何が出来ているのは知らないが、ただ魔術を使用するために必要なものであることは言うと、魔術についての説明を求められた。
なので軽く説明する。

「魔術か…、面白いな」
「魔力研究所のほうでその発想が出なかったのはなんでですかね?」
「うちは共鳴者がいるから先史文明の土台がある科学と魔力の融合ばっかで魔力単体でものを考える方向に行きにくいんだろ。これもまとめて上に報告しとけ」
「今試してみてもいいですか?」
「そうだな。おいっ、廃材で試してこい」

それからコルトと一部の研究員は大量の廃材を抱え、武器の試作品を試し撃ちしたりする実験室に移動すると、様々な方法で廃材に魔術を刻んだりまたは威力を確認したりした。
魔術の使用経験があるということで少しだけ手ほどきをし、問題なさそうだったので研究室に戻ると、杖の表面を入念に調べているところだった。
文字が魔術の使用に必要であるならば、それがどこかにあるはずである。
そこで中に埋め込むか表面に刻むかで、まずは表面に刻むほうから調べているらしいが、どうやら当たりだったらしく、人間の目で視認出来ないほどの細かい文字でかなり色々刻まれているらしかった。
そのため今までどんな魔術を見たかを聞かれ、拡大鏡を使いつつある程度あたりをつけながら探っていくらしい。
あまりハウリルが魔術を使っているところは結局見ていないが、どんな事をやっていたのかを紙にも書きながら記憶を掘り起こしていく。

「うーん、個人的にはこのまま収奪して解体してみたいですけど、やめといたほうが良さそうですね。多分これ個人用にかなりカスタマイズされてるんで、これも同等品なんて用意出来ませんよ」
「ちっ、一応上は向こうに余計な喧嘩をふっかけたくないみたいだしな。技術だけもらっとけ」
「……思ったよりこちらで再現出来ませんね」

技術力はこちらのほうがかなり高い自負があるようだが、未知の素材や未知の技術に対してはどうにも出来ないのが少し悔しそうだ。
さらに杖の素材についても調べてみるが、どうやらこれも魔物を素材に使っているようだった。

「ダメだな、魔物が材料だとさっぱり分からん。やっぱ別働隊作ってくれねぇかな」
「もうひと押し何か欲しいですね」
「コルト、なんか思いつかないか?」
「えっ!?えぇと……」

急に振られても何も思いつかない。
話の流れ的に別働隊というのは魔物の調査だと思うが、と向こうでの事を考えていて思い出した。

「そういえば、向こうでは魔物の肉をよく食べてました!」
「……食えるのか!?」

一応ほぼ毎日何かしらの魔物の肉を食べていたが特に体調に不調はない。
野菜系が不味かった分、寧ろ肉ばかり食べていたくらいだ。
さすがにこちらで出る食肉用の畜産品のようなものではないが、十分常食に耐えられる食感と味だった。
それをいうとアンドレアがこれは行けるかもしれないと呟いた。

「魔力作物で魔力量を維持出来るなら、確かに魔物の肉でも代用は可能どころか効果は高そうですね。それに常食に耐えられる味であるなら上も動くかもしれません」
「あー、確かに。お前らくっそ不味そうに食うもんな。ダーティンの倅も顔には出さねぇけど、いつも一呼吸置いてるしな」
「よく見てますね。ではこれも報告書にまとめておきましょう。コルトくんありがとうございます」
「あっ、いえ!こちらこそ……」

ここでふと、コルトは教会の神について思い出した。
魔力を得るために捕獲され、生きながら体を食われ、そして現在も保存されているという魔族。あの男はそれを聞いて激昂していたが、魔物についてはどうなのだろうか。
外では特に反応していなかったので、コルトたちも食肉用の畜産動物に対して何も思わないのと案外同じ感覚なのだろうか…。
でもあの男が何を思おうが魔物はどんどん送り込まれているし、今更魔力を捨てるなんてことも出来ない。だがこの状況は、
──魔族に依存している?
背筋が冷えた。
物理的に侵略されるのではなく、もっと根本的なものを握られている感覚。
これ以上考えるのは危険だ。
コルトは頭を左右に振ると今考えた事を無理やりかき消した。
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