神がおちた世界

兎飼なおと

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第91話

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「弱ったところを助けられたからでしょうか?」

荷物の支度が整い、アーク商会に色々と情報共有をしていたハウリルと合流すると、3人は西門に向かっていた。
ヘンリンの独立の噂はそこまでまだ広まっていないようだが、門に近い地域に近づくほど空気が少し変わっていった。
それに少し辟易としてしまったが、前を歩く2人はそれよりも先程のお姉さんの話で盛り上がっている。
結局あの後どう答えていいか分からず、もうこの街にはいないと早口に答えて早々に部屋から退散した。
罪悪感が凄い。
どうやらアンリはその時のことをハウリルに報告しているらしい。
ハウリルが面白そうに聞いている。

「ですがそれを利用して彼女を引き込める可能性はありますね」
「お前はそういうのホントやめろよ、私で終わりにしろ」
「さすがに冗談が過ぎましたか」
「当たり前だろ!?」

──仲いいなぁ。……いいんだよね?

何を喋っているのか雑踏の中よく聞こえないが、それまで普通に会話をしていたと思ったら、突然アンリがハウリルに怒りの形相で何かを詰め寄り出したので、ちょっと不安になった。
ハウリルはそれをいつも通り受け流しているが、本当に大丈夫だろうか。
そうこうしているうちに西門に着き、ハウリルが3人分の身分証を門番に見せた。
コルトはアンリと並んで、表情に出ないかドキドキしながらそれを見守る。

「外には何用で?」
「教会が何やら人を集めているというのでその調査です」
「……フラウネール様が知らないとは」
「いつものことですが、それが何か?」

さも当然ですと言わんばかりのいつもの笑顔で威圧すると、門番はビビったのかそれ以上は何も言わなかった。
アンリも横で腕を組んで睨めつけ始めている。
それが功を奏したのかは分からないが、門番は身分証をハウリルに返すと、すぐに通行の許可が降りた。
3人はなるべく足早にならないように意識しながら門を通り抜ける。
そして門を出てすぐ外では話に聞いていた通り、討伐員と思われる人達が野営を始めており、馬車が大量に集められていた。
そこを外側に用があります的な気分で歩いていく。

──声を掛けられませんように、掛けられませんように!

なるべくハウリルに知り合いに見られないように、それとなくコルトが先頭に立って歩く。
心臓の音が他人に聞こえるのではないかというくらいバクバクと鼓動する。
周りの視線がすべてこちらを向いているような気さえしてくる。
そして、歩くこと数分。
一番外側と思われるところまで来ると、先ずコルトが脇で野営している人に用があるようなフリで道を外れると、続いてハウリル、最後にアンリの順に横の森の中に入る。
それと同時に3人は一気に駆け出した。
ハウリルが風で3人を押し、アンリがコルトの腕を掴むと一気に駆け出した。
とりあえずルンデンダックが見えなくなるまで走る予定だ。

──わっ、脇腹が痛くなってきた。

全身に魔力を巡らせて懸命に走るが、土台の肉体が残念なので段々口の中が鉄っぽい味で溢れてくる。
それでも自分のせいで捕まるのだけは嫌なので、意識を半分手離して体を動かすことだけに集中し、なんとか目標地点まで走り切ることが出来た。
とりあえずその場に膝をついて息を整えるが。

「ぜぇ、ぜぇ……はぁ…ぜぇ…」
「大丈夫か?」
「……はぁ…ぜぇ……うっ…おぇっ…」
「大丈夫かよ!?」

あまりに限界でえずくと、アンリが慌てて水を差し出してきた。
とりあえず受け取るか、呼吸がなかなか落ち着かないので受け取っただけになってしまう。

「とりあえず深呼吸しましょう、慌てるのは良くありません。ゆっくり吸って吐いて下さい」

背中をさすられ深呼吸し、しばらくしてようやく落ち着くことが出来た。

「うぅっ、すいません」
「気にすんなよ。私らとお前じゃ魔力量も体の鍛え方も全然違うし、ついてこれただけ上出来だろ」

それはそうだが気を使われるのが情けなかった。

「こっからは歩きでいいんだよな?」
「そうです。変に走って魔物の群れにでも遭遇したら大変な事になります。こちらの魔物は東よりもかなり強いので」
「例えばどんなのがいるんだ?」
「そうですね。まだ理解できる見た目のものですと、全身を鱗に覆われ、尻尾の先端の棘のついた球を振り回しながら襲ってくる魔物は割とよく見るタイプでしょうか」
「理解出来ない見た目ってなんだよ」
「全身ブヨブヨで複数の目が常に全身を移動しており、不定形で謎の液体を飛ばしてきます」
「想像つかないし、謎の液体って何」
「割とそのままを口にしたつもりですが…、謎の液体は謎の液体です。燃えたり凍ったり溶けたりと効果が様々なのです。忘れられない見た目をしているので会えるといいですね、わたしは逃げます」
「逃げんのかよ!」
「わたしの属性とは相性が悪いので会いたくないんですよ、切り刻んでも元が不定形なせいか全く手応えがありません。火か雷でもなければ退治できないタイプです」

雷のところでハウリルがコルトに視線を向けてきたが、勘弁して欲しい。
コルトも逃げたい側だ。

「今更ですが、やはり攻撃力が高いのは火や雷なんですよね、水や風はどうしても補助的な役割が多いんです。なのでわたしとアンリさんはどうしても攻撃力が低めになってしまうんですよ」
「でも前に魔術で森をぶっ飛ばしてたじゃん」
「草木だからできたんです。石材は結構手間取りますし、金属は魔力の無駄以外のなにものでもないです。魔物討伐は相性も大事なんですよ、どうあがいても属性で勝てない場合は逃げたほうがいいです」
「……でも殴って殺せないやつはいないだろ?」
「さきほど言った不定形の魔物は殴っても殺せないタイプですよ」
「嘘だろ!?ルーカスのやつ、魔物は殴って殺せるって言ってたけど」
「それは魔族だからでしょう。もともと属性の縛りがないうえに、魔力も桁違いなので普通に殴る感覚で多量の魔力を込めて消し飛ばしているのでは?」

あり得るか否かで言えば、やってそうが正直な感想だった。
今でも結構人目を気にしなくていいところでは気軽に魔力に物を言わせているところがあるので、こちらの最大値の魔力を軽い気持ちで込めて簡単だろという姿がありありと目に浮かんだ。

「魔物の生態以外あまりあれの言うことを真に受けないほうがいいですよ。前提として種族が違いますので」
「ぐっ……分かった……」
「とりあえず、こちらでは頻繁に魔物の生息域が変わるので、何に遭遇してもおかしくはありません。距離がひらけたのなら、魔物とは遭遇しないように最大限気をつけましょう」
「えっ、生息域変わるんですか?」

本来野生の生物は余程のことがなければ縄張りから離れる事はないはずだ。
それが頻繁に変わるとはどういうことだろうか。
それだけ魔物の生態が特殊なのだろうか。

「崖の上や洞窟の中など、あまり定住に適さない場所を好む種は変わることがないのですが、それ以外は常に魔物同士で縄張り争いをしていますし、魔族側がこちらに持ち込む種も規則性がありませんから、早いときで1ヶ月で魔物の種が変わっている時があるのです」
「えぇ!?」

そのため討伐依頼が出てから現地に行くまでの間に魔物が変わっており、難易度が変わることが頻繁にあるらしい。
下がるならいいが、難易度が上がる場合は討伐員の派遣のし直しが行われるのが通例だが、運が悪いと下位のものがそのまま餌食になったり、勝手な判断でそのまま討伐を敢行して返り討ちにあったりする。
その場合、帰ってこない討伐員の捜索に司教などの聖職者が派遣されるのだが、それがなかなか精神的に堪えるそうだ。

「わたしも帰ってこないものの捜索をしたことがありますが、大体すでに死んでるので死体の回収要員以外の役目がないんですよ」

いっそ物品だけになっているならいいが、死体が残っていると大体損壊状態が悪すぎる。
ハウリルは司教位についてしばらくは嫌がらせでその死体回収任務に頻繁につけられていた。
見ることすら憚られるのに、回収のために触らなければいけないのが本当にキツかった。
当時はまだ10代だったこともあり、何度も吐いた。
それをまた周りの人間がニヤニヤと笑いながら見るのだ。
何度こいつらも喰われれしまえと思ったか分からない。
だが人は慣れるものでそのうち何も感じなくなり、うっかりミスした他の回収員が魔物に喰われるのをニコニコと眺めるようになってからはその任務から外されるようになった。
それからだ。
フラウネールに言われて各地を回るようになったのは。
今振り返っても当時はなかなか狂っていた。

「お前も苦労したんだな……。というか、お前の性格が悪い理由を知った気がする」
「そのお陰で大体のことには動揺しなくなりましたよ」
「……そういやココの死体もどきにも反応薄かったよな」
「そんなこともありましたね。あのとき冷静でいられたからこそ、ルーカスに魔族の疑いをもてたのだと思えば、なかなか因果なものですね」

しみじみと呟いているが、それはそれでどうなんだろうか……。

「つまらない話をしました。言いたいことはこの辺りは住みやすい環境が広がっているので、どんな魔物が飛び出てくるか分かりません。街道を進めない以上、気をつけて進みましょう」

それに頷くと、アンリがコルトの状態を確認してきた。
色々と話している間に呼吸もすっかり落ち着いていた。
なので休憩はお終いということで、3人は道なき森の中をひたすら南西に向けて歩き始める。

──はぁ…魔物に遭遇しませんように。

日が沈むまでに野営に良さげな場所を見つけなければならないのだが、大体そういう願望というのは叶わない。
寝るのに丁度良さそうな場所を見つけたが、そこには先客、つまり魔物が巣食っていた。
他の場所にしようと提案したが、幸い…コルトにとっては不幸なことに、そこまで強くない種類らしい。
日もあと数十分で暮れてしまう。
コルトはしばらく顔面が縦に裂ける巨大なコウモリっぽい魔物が、ウキウキのアンリに叩き潰され、ハウリルに切り刻まれるのを眺めていた。
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