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第92話
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ルーカスは翌朝日が昇り始める少し前に合流した。
あのあと血の海となった場所を半泣きでキレイにし、討伐した魔物の肉を食べ、交代で火の番と見張りをし、最後のアンリの番の時に空から降りてきたようだ。
その時にハウリルも起きたようだが、続きの見張りはルーカスが引き受けたらしく、アンリとハウリルは再度寝たらしい。
コルトが起きたときにはルーカスは持ってきた荷物を4人分に分け終わっていた。
「それで輸送用の魔物でしたか、どうやって見つけるのです」
「それがよぉ、合流ついでにざっと気配を探ったんだが、こっちはどうもよく分かんねぇ。ある程度魔物の種類が分かれば目的の奴がどの辺にいんのか絞れると思ったんだが、滅茶苦茶なんだよ」
ルーカスは首を傾げながら、本来生息地がかなり離れて共存するはずのない者同士が共生関係と結び、向こうとは違う独自の生態系を築いているらしく意味分からん、と文句を言っている。
本来はいないはずの生物達なので、ルーカスの知る魔物の生態からは考えられないような状態になっているようだ。
「向こうにいたときは全くそんな事気にしてなかったじゃん」
「数も種類も少ねぇからな。こっちは俺らのとこ並みに魔物が密集してやがる、どうなってやがる」
「そっちがせっせと運んだ結果だろ」
「……いやっ、まぁそうなんだけどな」
決まりが悪いのかルーカスが眉間に皺を寄せている。
「ルーカスを責めても仕方ないでしょう、魔物の輸送について関わっていない者を責めても時間の無駄です」
「分かったよ、それもそうだ」
「…とりあえず付近の魔物は追っ払っといたから先に進んどいてくれ、俺はもうちょっと範囲広げてなんかいねぇか見てくる」
「いいでしょう。わたしたちはこの先の渓谷の入り口まで進むので、何もなくても1時間で戻って下さい。あの辺りは魔物が多いので」
「了解」
短く了承したルーカスは自分の分の荷物を手に取ると、飛び上がってあっという間にどこかに行ってしまった。
一瞬の風すら感じない身のこなしだった。
それを見送ったコルトたちも先に進むべく野営の後始末をすると、ハウリルの先導でその場を後にした。
進む先は道なき道の深い森の中。
鳥や虫の鳴き声が響き、生い茂った草木が行く手を阻んでいる。
ルーカスは付近の魔物を追い払ったとは言っていたが、用心するに越したことはない。
なんせ本人も向こうとは生態系が違うことを認めているのだ。
例外が起きても不思議ではない。
なのでアンリとハウリルはかなり警戒しながら慎重に進んでおり、コルトもそんな2人を後ろから黙って見守りながら黙々とついていく。
一応アンリの分の荷物もコルトが持っている。
いざという時にアンリがすぐに動けるようにと引き受けた。
だが、せいぜい遭遇したのは巨大なネズミっぽい魔物くらいで、それもアンリとハウリルが早々に退治してしまった。
「警戒しすぎな気もしてきたな」
「いえっ、逆にここからはもっと気をつけねばなりませんよ。そろそろ水辺が近いはずなので」
水場には水を求めて生物が集まってくる。
それは魔物とて例外ではない。
そして水音がかすかに聞こえ始め、ハウリルの言う渓谷が近づいていることを察したとき、アンリが急に足を止めて武器を構えた。
それを見てハウリルも杖を構えて警戒すると、悠然とした感じで一頭の頭に角の生えた真っ白な馬が現れた。
2メートルを超える体高は、まさに恐怖を掻き立てる。
ハウリルはすかさずコルトになるべく下がるようにと指示を出し、コルトもそれに従ってなるべく刺激しないようにゆっくりと下り始めた。
「なんでこんなときにルーカスがいないんでしょうね」
「ハウリル、こいつは」
「一角馬、見た目のままですが魔物の中では強いほうです。白い個体というのは初めて聞いたことがありませんが、上級討伐員が一人は欲しいですね」
つまり、この3人では厳しいということだ。
そんなことを知ってか知らずか、一角馬はコルト達をジッと見つめ、そして突然前足を持ち上げて嘶くと、地を踏み鳴らしながら突進してきた。
それをアンリが受け止めようと武器を構えるが、それよりも早くハウリルがコルトとアンリを掴むと思いっきり横に飛ぶ。
ギリギリのところを一角馬が通り過ぎていったが、その衝撃だけでコルトは頬に切り傷が走った。
一角馬のほうはそのまま後ろにあった木に衝突をし、その突進力でぶつかった木は根本からなぎ倒された。
「いけません!あれを正面から受け止めるのは危険です。踏みつけられれば骨を砕いて踏み抜かれます。背後に立っても蹴り飛ばされて死にます」
「はぁ!?じゃあどうすんだよ!」
「横です、胴体を狙って下さい!」
言うがいなや、再度一角馬が突進をしてきた。
今度は3人共反応してそれを避け、ハウリルのほうは同時に辺りの木々を暴風でなぎ倒した。
当然馬のほうもそれに巻き込まれたが、その健脚で倒れる事無く地に立っている。
そして小馬鹿にしたようにブルルンと鳴いた。
「アイツ今こっちを馬鹿にしただろ!馬のくせに!」
「そんなのんきな事を言っていられる相手ではありませんよ」
ハウリルは風の刃をいくつも生み出して一角馬に飛ばすが、一角馬はそれを跳躍して避け、上からお返しとばかりに角を一振りして同じように風の刃をこっちに飛ばしてきた。
コルトはアンリに突き飛ばされてそれを回避すると、邪魔になると急いでその場を離れる。
その間にアンリが斧を振りかぶるが、角で受け止められ、そのまま投げ飛ばされた。
「やろぉ、水球!」
素早く体勢を立て直したアンリが詠唱をすると、こぶし大の水の塊が一角馬の背後に生成され、そして剛速球で放たれた。
さすがに背後に生成されたものを避けることは出来なかったようで、首に直撃を受けた一角馬は頭を回してふらつく。
すかさずアンリが斧を振りかぶり、同時にハウリルも魔術が完成したらしい。
一角馬の周囲を風がうずまき、その馬体がゆっくりと持ち上がる。
さすがに空中では身動きが取れない。
これで決まったとアンリの斧が胴体に直撃するそのときだった。
一角馬がそれまでに無く大声で嘶くと、馬体から魔力が弾け体を持ち上げていた風も、斧を振り下ろそうとしたアンリも、もろとも全部がぶっ飛ばされた。
「アンリ!」
受け身も取れずに背中から木に叩きつけられたアンリは、痛みのせいかすぐには起き上がれないでいる。
代わりになんとか踏みとどまったハウリルがアンリの隙を埋めるべく、連続で大量の風の刃を叩きつけているが、ほとばしる魔力に馬体に届く前にかき消されていた。
──どうしよう、どうしよう!!ああああ、どうしようじゃない、僕がなんとかしなきゃ。
一角馬は今はコルトには注意を向けていない。
早々に後ろに下がったせいか、視界にすら入れていない。
コルトは手に魔力を込めると、大急ぎで地面に魔術式を書き出した。
──何がいいんだ、こういうとき一番効果的なのは…あぁ分からない!とりあえず知ってるやつ!!
とりあえず急いで一角馬の周囲を取り囲むように地雷の魔術式を書き出す。
踏むと爆発するだけの簡単なものだ。
そしてなりふり構わず一角馬の視界に入るように飛び出した。
「吹き上げろ、雷!」
さらに詠唱を重ねると、一角馬の足元から文字通り上に向かって雷が走った。
足元という死角からの攻撃を諸に受け、一角馬は悲鳴をあげる。
だがコルトの魔力量では大した威力にはならなかったらしい。
首を2,3振り、前掻きをすると、コルトのほうに首を向けた。
「こっちだ!」
さらに気を引くために小さな雷球を作ると、一角馬が興奮して前脚を上げ、そして着地と同時に掛けてくる。
だが2歩進んだところで仕掛けた地雷が爆発した。
再度雷球を飛ばすと、ハウリルも合わせて風の刃を飛ばす。
だが再び爆発を耐えた一角馬の周囲に風が吹き荒れ両方着弾を阻止されてしまい、今度こそ一角馬はコルトに向かって来た。
「おらぁ!!」
だが、直前で立ち直ったアンリが斧をぶん投げ、さらに続けざまにいくつもの水球が襲いかかる。
一角馬は足を止めてその長い角で斧を弾き水球もかき消そうとした風は僅かに吹き荒れたときだ。
目の前に無手のアンリが迫り、一角場の角を掴むとそのまま首に絡みついた。
「この野郎、大人しくしろ!」
「ヒヒィーーン!」
アンリは角を右手で掴み、左腕と両足で首を締め上げる。
一角馬も負けじと首を振り回すし、前足や後ろ足で立ち上がって暴れまわる。
暴れることでコルトが仕掛けた地雷も発動し、揃って爆発に巻き込まれるが、アンリはそれを根性で耐えていた。
こうなってはコルトもハウリルも手が出せない。
どうしようかとオロオロしていると、突然一角場の動きがピタッと止まった。
アンリはそれを幸いに首の側面から背中側に周り一息ついている。
コルトとハウリルも何事かと様子を伺うと、一角馬は一点を見つめて突然怯えたように嘶いて首をふり、耳を伏せて足踏みをし始めた。
コルトもつられて一角馬の視線の先を見ると。
「お前らが戦闘始めたから何事かと戻ってみりゃ、面白そうなことやってんじゃねぇか」
何故か不満そうな顔をしているルーカスが、剣を腰に収めながら歩いてきた。
一角馬はルーカスの姿を見ると直感的に魔族であることを理解したのか、目に見えて狼狽えながらガクガクと震え始めている。
そのあまりの怯えっぷりに先程までの恐怖を忘れ、逆に可哀想になるほどだ。
背に乗るアンリも痛ましいものを見る顔で一角馬の顔を覗き込んでいる。
そしてルーカスが一角馬の目の前まで来ると、しげしげとその全身を眺め、顔を軽く叩いている。
「馬体が白いからユニコーンかと期待したんだが、こりゃただの白い馬だな」
期待させやがって、と心底残念という顔でルーカスはため息をついている。
勝手に勘違いして勝手に落ち込むのはちょっと馬が可愛そうではないだろうか。
一角馬の目が少し悲しそうな感じになった気がする。
「ゆにこーん?」
「角持ち馬の最上位種だ。まぁ、さすがにあれをこっちには連れてこれねぇか」
「強いのか?」
「それなりにな。そもそも一角馬自体が魔物の中じゃそこそこ強ぇほうだ」
「じゃあこいつも」
「魔物の中じゃ強ぇよ、一角馬の中じゃ雑魚だがな。でも丁度良かったじゃねぇか、こいつならそこそこ知能もあるし荷物持ちにはなるぞ」
「ヒヒン!?」
一角馬が驚いたような反応でルーカスを見ている。
「おやっ、言葉が分かるのですか?」
ハウリルが警戒しながら近づくと、アンリに手を貸し背中から降ろした。
降ろされたアンリのほうも色々と限界だったのか、すぐその場にへたり込んでいる。
コルトも慌てて近づくと、肩を貸して助け起こした。
「喋れねぇけど意思疎通は出来るぞ」
「不思議ですね。人間社会にいるわけでもないのに、こちらの言葉が分かるとは」
「あぁ考えたことねぇけど、言われりゃ確かにそうだな」
その他ハウリルが色々と聞いていると、すっかり戦意をなくしてしまった一角馬は、何故かコルトとアンリの後ろに隠れてしまった。
巨体過ぎて全く隠れていないが、そこからルーカスを見ている。
「この様子だとなかなか知恵も回るようですね。そんなにルーカスが怖いんでしょうか」
「そんなに強く脅したつもりはねぇんだけどなぁ」
「ならこのまま仲間に出来るんじゃないか?」
「どうですか?」
「…ヒヒン」
了承したようだ。
ひとつ嘶いて首を上下に振っている。
「不思議ですね。行動まで人間のようです、喋れないのが勿体ない」
「でも餌はどうするの?さすがに人と同じものを食べるとは思えないけど」
「ほっとけばいいだろ。こいつだって馬鹿じゃねぇんだから、腹減れば適当にその辺の草でも食うだろ」
「雑だなぁ」
一応食べ物は自分で探して欲しいというと、一角馬はそれにもヒヒンと鳴いて了承した。
一時はどうなるかと思ったが、あっという間にその場が収まってしまい、何故か余計に疲れる気がしたコルトだった。
あのあと血の海となった場所を半泣きでキレイにし、討伐した魔物の肉を食べ、交代で火の番と見張りをし、最後のアンリの番の時に空から降りてきたようだ。
その時にハウリルも起きたようだが、続きの見張りはルーカスが引き受けたらしく、アンリとハウリルは再度寝たらしい。
コルトが起きたときにはルーカスは持ってきた荷物を4人分に分け終わっていた。
「それで輸送用の魔物でしたか、どうやって見つけるのです」
「それがよぉ、合流ついでにざっと気配を探ったんだが、こっちはどうもよく分かんねぇ。ある程度魔物の種類が分かれば目的の奴がどの辺にいんのか絞れると思ったんだが、滅茶苦茶なんだよ」
ルーカスは首を傾げながら、本来生息地がかなり離れて共存するはずのない者同士が共生関係と結び、向こうとは違う独自の生態系を築いているらしく意味分からん、と文句を言っている。
本来はいないはずの生物達なので、ルーカスの知る魔物の生態からは考えられないような状態になっているようだ。
「向こうにいたときは全くそんな事気にしてなかったじゃん」
「数も種類も少ねぇからな。こっちは俺らのとこ並みに魔物が密集してやがる、どうなってやがる」
「そっちがせっせと運んだ結果だろ」
「……いやっ、まぁそうなんだけどな」
決まりが悪いのかルーカスが眉間に皺を寄せている。
「ルーカスを責めても仕方ないでしょう、魔物の輸送について関わっていない者を責めても時間の無駄です」
「分かったよ、それもそうだ」
「…とりあえず付近の魔物は追っ払っといたから先に進んどいてくれ、俺はもうちょっと範囲広げてなんかいねぇか見てくる」
「いいでしょう。わたしたちはこの先の渓谷の入り口まで進むので、何もなくても1時間で戻って下さい。あの辺りは魔物が多いので」
「了解」
短く了承したルーカスは自分の分の荷物を手に取ると、飛び上がってあっという間にどこかに行ってしまった。
一瞬の風すら感じない身のこなしだった。
それを見送ったコルトたちも先に進むべく野営の後始末をすると、ハウリルの先導でその場を後にした。
進む先は道なき道の深い森の中。
鳥や虫の鳴き声が響き、生い茂った草木が行く手を阻んでいる。
ルーカスは付近の魔物を追い払ったとは言っていたが、用心するに越したことはない。
なんせ本人も向こうとは生態系が違うことを認めているのだ。
例外が起きても不思議ではない。
なのでアンリとハウリルはかなり警戒しながら慎重に進んでおり、コルトもそんな2人を後ろから黙って見守りながら黙々とついていく。
一応アンリの分の荷物もコルトが持っている。
いざという時にアンリがすぐに動けるようにと引き受けた。
だが、せいぜい遭遇したのは巨大なネズミっぽい魔物くらいで、それもアンリとハウリルが早々に退治してしまった。
「警戒しすぎな気もしてきたな」
「いえっ、逆にここからはもっと気をつけねばなりませんよ。そろそろ水辺が近いはずなので」
水場には水を求めて生物が集まってくる。
それは魔物とて例外ではない。
そして水音がかすかに聞こえ始め、ハウリルの言う渓谷が近づいていることを察したとき、アンリが急に足を止めて武器を構えた。
それを見てハウリルも杖を構えて警戒すると、悠然とした感じで一頭の頭に角の生えた真っ白な馬が現れた。
2メートルを超える体高は、まさに恐怖を掻き立てる。
ハウリルはすかさずコルトになるべく下がるようにと指示を出し、コルトもそれに従ってなるべく刺激しないようにゆっくりと下り始めた。
「なんでこんなときにルーカスがいないんでしょうね」
「ハウリル、こいつは」
「一角馬、見た目のままですが魔物の中では強いほうです。白い個体というのは初めて聞いたことがありませんが、上級討伐員が一人は欲しいですね」
つまり、この3人では厳しいということだ。
そんなことを知ってか知らずか、一角馬はコルト達をジッと見つめ、そして突然前足を持ち上げて嘶くと、地を踏み鳴らしながら突進してきた。
それをアンリが受け止めようと武器を構えるが、それよりも早くハウリルがコルトとアンリを掴むと思いっきり横に飛ぶ。
ギリギリのところを一角馬が通り過ぎていったが、その衝撃だけでコルトは頬に切り傷が走った。
一角馬のほうはそのまま後ろにあった木に衝突をし、その突進力でぶつかった木は根本からなぎ倒された。
「いけません!あれを正面から受け止めるのは危険です。踏みつけられれば骨を砕いて踏み抜かれます。背後に立っても蹴り飛ばされて死にます」
「はぁ!?じゃあどうすんだよ!」
「横です、胴体を狙って下さい!」
言うがいなや、再度一角馬が突進をしてきた。
今度は3人共反応してそれを避け、ハウリルのほうは同時に辺りの木々を暴風でなぎ倒した。
当然馬のほうもそれに巻き込まれたが、その健脚で倒れる事無く地に立っている。
そして小馬鹿にしたようにブルルンと鳴いた。
「アイツ今こっちを馬鹿にしただろ!馬のくせに!」
「そんなのんきな事を言っていられる相手ではありませんよ」
ハウリルは風の刃をいくつも生み出して一角馬に飛ばすが、一角馬はそれを跳躍して避け、上からお返しとばかりに角を一振りして同じように風の刃をこっちに飛ばしてきた。
コルトはアンリに突き飛ばされてそれを回避すると、邪魔になると急いでその場を離れる。
その間にアンリが斧を振りかぶるが、角で受け止められ、そのまま投げ飛ばされた。
「やろぉ、水球!」
素早く体勢を立て直したアンリが詠唱をすると、こぶし大の水の塊が一角馬の背後に生成され、そして剛速球で放たれた。
さすがに背後に生成されたものを避けることは出来なかったようで、首に直撃を受けた一角馬は頭を回してふらつく。
すかさずアンリが斧を振りかぶり、同時にハウリルも魔術が完成したらしい。
一角馬の周囲を風がうずまき、その馬体がゆっくりと持ち上がる。
さすがに空中では身動きが取れない。
これで決まったとアンリの斧が胴体に直撃するそのときだった。
一角馬がそれまでに無く大声で嘶くと、馬体から魔力が弾け体を持ち上げていた風も、斧を振り下ろそうとしたアンリも、もろとも全部がぶっ飛ばされた。
「アンリ!」
受け身も取れずに背中から木に叩きつけられたアンリは、痛みのせいかすぐには起き上がれないでいる。
代わりになんとか踏みとどまったハウリルがアンリの隙を埋めるべく、連続で大量の風の刃を叩きつけているが、ほとばしる魔力に馬体に届く前にかき消されていた。
──どうしよう、どうしよう!!ああああ、どうしようじゃない、僕がなんとかしなきゃ。
一角馬は今はコルトには注意を向けていない。
早々に後ろに下がったせいか、視界にすら入れていない。
コルトは手に魔力を込めると、大急ぎで地面に魔術式を書き出した。
──何がいいんだ、こういうとき一番効果的なのは…あぁ分からない!とりあえず知ってるやつ!!
とりあえず急いで一角馬の周囲を取り囲むように地雷の魔術式を書き出す。
踏むと爆発するだけの簡単なものだ。
そしてなりふり構わず一角馬の視界に入るように飛び出した。
「吹き上げろ、雷!」
さらに詠唱を重ねると、一角馬の足元から文字通り上に向かって雷が走った。
足元という死角からの攻撃を諸に受け、一角馬は悲鳴をあげる。
だがコルトの魔力量では大した威力にはならなかったらしい。
首を2,3振り、前掻きをすると、コルトのほうに首を向けた。
「こっちだ!」
さらに気を引くために小さな雷球を作ると、一角馬が興奮して前脚を上げ、そして着地と同時に掛けてくる。
だが2歩進んだところで仕掛けた地雷が爆発した。
再度雷球を飛ばすと、ハウリルも合わせて風の刃を飛ばす。
だが再び爆発を耐えた一角馬の周囲に風が吹き荒れ両方着弾を阻止されてしまい、今度こそ一角馬はコルトに向かって来た。
「おらぁ!!」
だが、直前で立ち直ったアンリが斧をぶん投げ、さらに続けざまにいくつもの水球が襲いかかる。
一角馬は足を止めてその長い角で斧を弾き水球もかき消そうとした風は僅かに吹き荒れたときだ。
目の前に無手のアンリが迫り、一角場の角を掴むとそのまま首に絡みついた。
「この野郎、大人しくしろ!」
「ヒヒィーーン!」
アンリは角を右手で掴み、左腕と両足で首を締め上げる。
一角馬も負けじと首を振り回すし、前足や後ろ足で立ち上がって暴れまわる。
暴れることでコルトが仕掛けた地雷も発動し、揃って爆発に巻き込まれるが、アンリはそれを根性で耐えていた。
こうなってはコルトもハウリルも手が出せない。
どうしようかとオロオロしていると、突然一角場の動きがピタッと止まった。
アンリはそれを幸いに首の側面から背中側に周り一息ついている。
コルトとハウリルも何事かと様子を伺うと、一角馬は一点を見つめて突然怯えたように嘶いて首をふり、耳を伏せて足踏みをし始めた。
コルトもつられて一角馬の視線の先を見ると。
「お前らが戦闘始めたから何事かと戻ってみりゃ、面白そうなことやってんじゃねぇか」
何故か不満そうな顔をしているルーカスが、剣を腰に収めながら歩いてきた。
一角馬はルーカスの姿を見ると直感的に魔族であることを理解したのか、目に見えて狼狽えながらガクガクと震え始めている。
そのあまりの怯えっぷりに先程までの恐怖を忘れ、逆に可哀想になるほどだ。
背に乗るアンリも痛ましいものを見る顔で一角馬の顔を覗き込んでいる。
そしてルーカスが一角馬の目の前まで来ると、しげしげとその全身を眺め、顔を軽く叩いている。
「馬体が白いからユニコーンかと期待したんだが、こりゃただの白い馬だな」
期待させやがって、と心底残念という顔でルーカスはため息をついている。
勝手に勘違いして勝手に落ち込むのはちょっと馬が可愛そうではないだろうか。
一角馬の目が少し悲しそうな感じになった気がする。
「ゆにこーん?」
「角持ち馬の最上位種だ。まぁ、さすがにあれをこっちには連れてこれねぇか」
「強いのか?」
「それなりにな。そもそも一角馬自体が魔物の中じゃそこそこ強ぇほうだ」
「じゃあこいつも」
「魔物の中じゃ強ぇよ、一角馬の中じゃ雑魚だがな。でも丁度良かったじゃねぇか、こいつならそこそこ知能もあるし荷物持ちにはなるぞ」
「ヒヒン!?」
一角馬が驚いたような反応でルーカスを見ている。
「おやっ、言葉が分かるのですか?」
ハウリルが警戒しながら近づくと、アンリに手を貸し背中から降ろした。
降ろされたアンリのほうも色々と限界だったのか、すぐその場にへたり込んでいる。
コルトも慌てて近づくと、肩を貸して助け起こした。
「喋れねぇけど意思疎通は出来るぞ」
「不思議ですね。人間社会にいるわけでもないのに、こちらの言葉が分かるとは」
「あぁ考えたことねぇけど、言われりゃ確かにそうだな」
その他ハウリルが色々と聞いていると、すっかり戦意をなくしてしまった一角馬は、何故かコルトとアンリの後ろに隠れてしまった。
巨体過ぎて全く隠れていないが、そこからルーカスを見ている。
「この様子だとなかなか知恵も回るようですね。そんなにルーカスが怖いんでしょうか」
「そんなに強く脅したつもりはねぇんだけどなぁ」
「ならこのまま仲間に出来るんじゃないか?」
「どうですか?」
「…ヒヒン」
了承したようだ。
ひとつ嘶いて首を上下に振っている。
「不思議ですね。行動まで人間のようです、喋れないのが勿体ない」
「でも餌はどうするの?さすがに人と同じものを食べるとは思えないけど」
「ほっとけばいいだろ。こいつだって馬鹿じゃねぇんだから、腹減れば適当にその辺の草でも食うだろ」
「雑だなぁ」
一応食べ物は自分で探して欲しいというと、一角馬はそれにもヒヒンと鳴いて了承した。
一時はどうなるかと思ったが、あっという間にその場が収まってしまい、何故か余計に疲れる気がしたコルトだった。
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