神がおちた世界

兎飼なおと

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第96話

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ルンデンダックを出てから1ヶ月が経とうとしていた。
あれから2つの街に寄ったが、どちらもコルネウスの痕跡はなかった。
今は途中の草原地帯で、一行は女性の胴体を持った蛇のような魔物、エキドナと戦っていた。
エキドナがいるというルーカスの忠告があり迂回も考えたが、落石事故が多いという岩山を超えなければならず、さらに超えた先も広大な湿地帯で、ハウリル曰くそこもかなりめんどくさい魔物が生息しているとのことだった。
それならアンリの修行ついでにこのまま草原を進んで、魔物を排除するほうが楽だろうとなった。
ちなみにここまで来る間に段々ルーカスの威嚇が通用しないどころか、逆上して襲いかかってくるものが増えてきていた。
どうやらこちらに連れてこられた恨みから、ある程度知能がある魔物は魔族と分かれば問答無用というような状態になっているらしい。
という事でかれこれ15分、主にアンリが魔物と戦っていた。
変幻自在に動く長い尾の動きに回避行動を強いられパッと見は劣勢だが、それでも確実に鱗に覆われた尾にダメージを入れている。
ラグゼル製で刃にオリハルコン合金が使われているのだ。
鉄よりも重く鋭く磨かれたそれは、半端な強度の素材なら掠っただけでも切れ込みが入る。
当たりさえすればあとはアンリの体力次第だった。
対してコルトとハウリルは修行という名目なので見ているだけである。
ルーカスも最初にハンデと言いながら人型の胴体の両腕を引き千切ってからは、胡座をかいてそれを見ていた。
ヤバそうになったら助けに入るとは言ってはいるが、なんとものんびりしたその様子に、コルトはハラハラして気が気じゃなかった。

「おらぁ!」
「ア゛ァ゛……」
「ヒヒン!」

そう不安に思っていると、アンリの斧の一撃が蛇の尾3分の1ほどの場所を切断した。
それにシロが嬉しそうに嘶いている。
先ずは邪魔な尾を短くしろという最初のアドバイスを忠実に守り、鱗に覆われたそこを何度も切り付けてやっと切れたのだ。
だがアンリは喜ぶこともなく、痛みにもがく蛇の短くなった尾に槍の部分を深く突き刺して地面に縫い留める。
蛇の動きが止まった。
アンリはすかさず身体を居合のように深く構え、踏み込みながら振り抜いた。

「水斬り!」

掛け声と同時に手から出たのは回転刃状の高圧水流。
2メートルにも及ぶそれは、いとも容易く蛇の胴体を抉るようにして切り飛ばした。
蛇の上半身が血飛沫を上げながら地面に落ちる。
それから数秒、残った下半身も倒れた。
アンリの勝ちだ。

「素晴らしい!エキドナを1人で倒せるなら中級として申し分ありません」

ハウリルがニコニコしながらアンリを褒めている。
アンリも最初の頃よりもずっと強くなっている事を感じて、エキドナの死体を見ながら感慨深そうだ。
だがそこに水を指すやつが1人。
案の定ルーカスだ。

「両腕がねぇやつ相手に調子乗んなよ」
「全くあなたは……。ここは素直にアンリさんを褒められないんですか?」
「あのなぁ、両腕がねぇって結構な弱体だぞ。身体のバランスを取るのが難しくなるから、体の動きが無茶苦茶悪くなる」
「なんで経験則で語ってるんだよ」
「親父にもがれたんだよ。再生速度の確認とか言って、ガキの頃から何回か突然不意打ちで切り取られた」
「……なんともコメントしづらいですね、共族でそれは虐待以前に殺人の範疇に入りますが………」

もがれたと言いつつ両腕は今も普通に存在しているし、再生速度の確認ならそれが魔族の家庭の普通の可能性がある。
とりあえず3人は曖昧に笑うしかなかった。
水を差されて空気が重い。
だがルーカスは気にせず落ちていた尻尾を拾うと皮を剥ぎ始めた。
食べるつもりらしい。

「まぁでもほぼ無傷だし、討伐は及第点だろ。それより魔術が詠唱で良い感じで発動したじゃねぇか、あれならどんな魔人でも初見なら一撃入れられるぞ」

口角を上げて何故か自分の事のように嬉しそうな表情をしている。

「あなたにはエキドナよりもそっちのほうが重要でしたか」
「当然だろ。俺と組むのに俺が出来る事をこいつが出来るようになったってしょうがねぇだろ、俺との実力差がありすぎて逆に足手まといだ」
「ひっでぇ!そりゃお前には一生勝てないかもしれないけど、どんな魔物でも倒せるようになるくらい強いほうが絶対いいだろ」
「俺が面倒見てやってんだぞ、そんなのは”当たり前”だろ。俺が言ってんのは魔物じゃねぇ、魔人のほうだ。魔人相手に魔物気分の戦闘が出来ると思うなよ、普通の共族が魔法で出来ることは遥かに高レベルで出来るんだ」

ルーカスからみたら共族の魔力魔法関連は所詮魔族の猿真似で、どんなに共族の中で極めたところで劣化技術でしかない。
魔人と戦うなら彼らが思いつかない、出来ない方法を取るしかないのだ。
それが魔術。
しかも口頭魔術は今のところアンリだけが使える。
ハウリルは今までの術式による魔術の手癖が抜けないため、どうしても口頭と手癖が衝突してうまく行かないでいた。
コルトはそもそも戦闘がへなちょこだ。
一応使えることは分かっているが、戦闘での咄嗟の判断が遅すぎて完全に宝の持ち腐れ状態だった。

「そのもの言い。まるで魔人との戦闘を考慮しているようですね」
「おい、魔人がいるんじゃねぇかって予想したのはお前の兄貴だろうが」
「そうですが……。戦闘になる確率が高いと?」
「わっかんねぇ。一応誰がこっちに来てるか考えてはいるけどよ、こっちで活動してるってことは候補が要するにあんま向こうで見かけねぇ奴ってことになんだろ?そうすると俺もあんま知らねぇ奴って事になる。なら戦闘になる可能性は外せねぇ」
「やはり避けられませんか?」
「……わかんねぇ……」

魔人同士の戦闘になればアウレポトラがそうだったように、地形を変えるような戦いになる。
そうなればその場にいる共族が生き残れる可能性はかなり低い。
すでに用済みなどの理由で共族自体がどうでも良くなっていた場合にはお構いなしに戦闘になるだろう。
だがもし共族と組んでいるなら、せっかく組んだ共族を殺すような選択をするだろうかとも思うのだ。
そういう訳でこれだと断定するにも、あまりにも不確定要素が多すぎて判断できないのだ。

「そういう訳だ。アンリはこの調子で魔術をもっと使いこなせるようになれよ」
「分かってる。……けど、これもコルトに色々聞いてやっと出来たやつだからなぁ」

魔術に関してはハウリルがもっとも精通しているが、属性違いもあり補助的なものしか思い浮かばず、もっと攻撃的なものが欲しいというアンリの要望に答えられなかった。
それでコルトのほうにラグゼルで何か水を使った技術は無いかという話になり、思いついたのが水圧による切断。
つまりウォーターカッターだ。
最初はそんなもので切れるのかと半信半疑だったが、実際にやってみたところこれがなかなかの切れ味だった。
ただ消費魔力もバカでかかった。
最初は水を垂れ流していた。
そのため高圧状態を保つのに大量の水が必要だった。
アンリの魔力では4発も打てば魔力が枯渇した。
これでは使い物にならない。
なので回転ノコギリのように高速回転させた、これでかなりの魔力を節約出来た。
あとはさらに魔力を節約するために、なるべく発動時間を短くなるように攻撃タイミングを合わせるだけだ。

「そうだなぁ。あとは一応アンリの武器にもミスリルを使ってるから水をまとわせることは出来るはずだから、そっちかなぁ。水斬りも今は片手だけど……」

コルトはそこでアンリの両手から水ノコが伸びてぶんぶん振っているのを想像した。
強そうだが絵面がちょっと面白かった。

「やっぱ武器かぁ」
「ラグゼルの奴らも魔術無しで武器に属性宿してたし、魔術使えんならもっと色々出来んじゃねぇの?」
「そうですね。上級討伐員は大体が武器に魔力を宿して戦えるので、武器自体にそういった性質があるなら、さらに拡張して何か出来るかもしれません」
「うーん、分かった、なんか試してみる」

そう言ってアンリは突き刺さったままの武器を引き抜くと、魔力を込め始めた。

「あんま根詰めんなよ。余裕のねぇ鍛錬なんて、逆に弱くなる事もあるからな」

尾の皮を剥ぎ、剥いだ皮の上に骨と肉にわけ終えたルーカスが満足そうな顔をしながら忠告を入れた。
さらに残ったほうにも視線を向けているが、まさか人の胴体を持った部分も食べるつもりだろうか。
と少し不安に思っていたら、そのまさかだった。
残った方の皮も剥ぎ始めている。
その瞬間共族3人の空気が変わった、それに魔族だけが気付いていない。

「………」
「疲れてる状態で身につくもんなんて何もねぇって話だよ」
「……あー、うん。そうか……、そうだな…分かった」
「分かったならいい。……よしっ、そんじゃ食うか」

やっぱり食べるらしい。
皮を剥がれた肉が雑に切断されていく。
さすがに頭部は食べる気が無いのか、一瞬で消し炭にした。

「あなた意外と悪食ですよね」
「あぁ?」

ハウリルも顔を珍しく顔を引きつらせながらそれを見ている。

「あぁ、ルーカス。その…悪いけど私らは尻尾の部分だけでいいぞ……。ていうか、尻尾だけでも十分量多いし……」
「なんだよ」
「なんだではないですよ。流石に人に似た部分を食べるのは気が引けます。そもそもあなただって人を食べるのは忌避感があるでしょうに」
「はぁ!?マジで言ってんのか?魔物だぜ?」

いくら人に似た姿だろうと、括りとしては魔物であり人ではないため何とも思わないらしい。

「魔物だろうと姿が似ていたら気分的に良くないでしょう。そこまで割り切れないですよ」
「マジかよ……」

驚愕の表情を浮かべるルーカスは、手に持った切断された胴と3人を交互に見比べる。
そしてしばらくしてため息をつくと胴体部分をあっさりと燃やし飛ばした。
そのあと何となく4人は静かな食事を始めるのだった。
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