神がおちた世界

兎飼なおと

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第97話

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旅程は順調に進み、ヘンリンまであと2日というところまで近づいていた。
あれからアンリはルーカスに付き合ってもらい合間に特訓を続けた結果、同時に両手に同じものを出したり、詠唱したフリでフェイントを掛けたり、水球の種類を増やしたりと順調に成長していた。
練習相手が手加減不要な上に容赦がないため、短期間で恐ろしいスピードで経験値を蓄積しているのだ。

「さて、アンリさんの現状の実力を鑑みてヘンリンとはどう接触するかという話ですが、魔人の気配はありますか?」
「この距離じゃまだ分からねぇな」
「そうですか。では当初の予定通り正面から我が兄の使いという体でいいでしょうか?」

全員それに頷いた。
道中ヘンリンにどう接触するか話し合った。
まず一番大事なのは魔人がいるか否かだが、いることを前提に行動する事になった。
いないならどうとでもなるからだ。
そしているとなったら誰がいるか、という話になった。
これはルーカスの記憶頼りだが、可能性のある候補をルーカスにはいくつかあげてもらった。

『一番可能性が高いのは、最近城で見かけねぇバスカロンだろうな。ここ150年くらい2、3回しか見てねぇ』
『それ以前は?』
『年1……いやっ、5年か10年に1回は見た』
『なるほど、見かけなくなったということはこちらで活動をしているからとも取れますね』
『150年も何してんだよ。こっちで特に大きな変化はなかったんだろ?』
『変化を見せないためにそれだけの時間をかけたのかもしれませんよ。ただ時間に対する感覚がわたしたちとは大きな隔たりがあるようなので、彼らの感覚でどうなのかは分かりませんね』

その辺はどうなのかとルーカスに問うと、150年という時間は魔人でもそこそこ長い期間のようだ。
子供が大人になるくらいの期間はある。

『話が逸れました。ではそのバスカロンを第一候補として、どういう人物でしょうか。いきなり攻撃してくるでしょうか』
『俺の記憶じゃそうは思えねぇけど、それは魔人相手だったからって可能性もあるんだよなぁ』
『話聞いてると確定出来ることが少なくね』
『仕方がありません。前例がないので基準になるものがないのです』
『じゃあなんか色々話し合っても無駄じゃね?普通に素知らぬ顔で正面からいけばいいじゃん』
『だな。ヤバそうなら俺が逃してやるよ』
『……はぁ、分かりました。そうしましょう』

そんな感じでハウリルは最後までもっと慎重に行きたかったようだが、他3人がそうでないなら折れるしかなかった。

「ルーカスには最初から気配を隠さずに同行してもらいます、それで魔人が出てこないならそのままわたしが交渉に入ります。出てくるならルーカスが対応という事でよろしいですね?」

3人は同意を示して頷いた。

「コルトはシロから降りんなよ、お前の足じゃ戦闘になったときに逃げらんねぇからな」
「分かってるよ、生き残ることを優先すればいいんだろ。よろしくね、シロ」
「ヒヒン!」
「私はどうする?降りてたほうがいいか?」
「それでお願いします、アンリさんなら逃げに転じた場合でも即座にシロに乗り移れますからね」

ちなみにハウリルは短時間なら自力でシロと並走くらいはできる。
風属性の明確な利点だ。
そしてその日と翌日はなるべく体力を使わないように移動し、2日後にはヘンリンを眼下にするのだった。
だが目の前に広がった光景に、4人は姿勢を低くしどうするべきか悩んでいた。

「明らかに警戒してやがるな」
「それに都市を拡張しているようにも見えますね」

ヘンリンは西側が海に面しているが、他と同じく石壁と海水を引き込んだ濠に囲まれた城塞都市だ。
魔物侵攻の最前線であるためか、その城壁にはバリスタが何台も置かれ、石壁の途中にも攻撃用の穴がいくつも開けられている。
だが今はその北の一部の壁が崩され、南東方面に新たな壁と濠が作られようとしている。
遠目からでもかなりの人数が動き回っていた。

「どうすんだこれ、近づいた瞬間攻撃とかされないか?」

壁と濠を作るもの以外にも相当数の人間が警備にあたっている。
恐らくほとんどが討伐員で対人の経験は少ないはずだが、ヘンリンにはかなりの上級討伐員がいるはずだ。
全員魔術を確実に使えるうえに、教会に対して反意を考えていたならそれ以外の人間にも魔術を教えている可能性を考えてもいいだろう。
迂闊に近づけるような状況では無かった。

「とりあえず先に魔人がいるかどうか確認しましょう、どうです?」
「気配は感じねぇが……ん?」
「どうしました?」

何かが見えたらしくルーカスは目を凝らし始めた。
コルトも見ているほうに目を凝らしてみるが、残念ながらコルトの視力では良く分からなかった。
すると突然アンリが驚いた声をあげた。

「おまっ、目が!?」

その声にコルトとハウリルもルーカスを見ると、白目の部分が黒く染まり角膜が金に光っていた。


「あぁ気にすんな、竜人固有の能力だ。……やっぱありゃグリフォンだな。なるほど……追いつけねぇのはあれが理由か」
「ぐりふぉん?」

聞いたことがあるような気もするが、記憶が不確かなのでアンリとハウリルを見るが、2人も分からないらしく首を横に振られた。
なのでルーカスに説明を求める。
するとこっちにはいないんだな?と確認を求められ、ハウリルが聞いたことはないと言い、アンリも。
それを聞いたルーカスは、ヘンリンから目を逸らさず眉間に皺を寄せて険しい顔をした。

「グリフォンはな、鳥の上半身と獣の下半身を持った魔物だ、雑魚に懐くような魔物じゃねぇ」
「…まさかヘンリンの中にいるのですか!?」
「いる。それも1匹2匹じゃねぇ。色々重なってて数は分からねぇが、あのシルエットは見間違えねぇよ」

こちらでは存在が確認されず、そして半端な魔人にも懐かない魔物。
それがこちらの街の中に少なくない数がいる。
それはつまり。

「魔人がいる」

コルトは生唾を飲み込んだ。
そして改めて街を見る。
彼らは魔人に無理矢理働かされているのだろうか。
そんな不安を胸に見てみるが、働く彼らの表情まではこの距離では分からなかった。

──もし無理矢理働かされてるなら……。

自分は冷静でいられるだろうか……。

──無理だ……。そんなの目の前にしたら絶対耐えられない。

きっと自分は耐えられない。
具体的にどうとは言えないが、きっと何も考えずに魔人を責め立てる。

「コルト、大丈夫か?」

ふと、アンリの心配そうな顔が視界に入ってきた。
それに我に返って顔を上げると、目の色が戻った無表情のルーカスと、困った顔をしたハウリルの顔が目に入ってきた。

「何を考えているのか大体分かりますが……、どうしますか?ここで待ちますか?」

それは暗に邪魔になるならここで待っていろという要求だった。

──どうしよう…どうする……。

ここで自分がなりふり構わなかったらどうなるか。
そんなものは決まっている。
彼らを助ける助けない以前に戦いになれば彼らは死ぬ可能性が高い。
なら彼らを安全に助けるためにはどうするべきか。

──……落ち着け。まだ彼らは無理矢理働かされてるって決まったわけじゃないんだ……。

コルトは両手で頬を打った。

「大丈夫…大丈夫……です。でも、もし僕が邪魔になるようだったら、アンリ、僕を思いっきり殴って欲しい」

その申し出は予想外だったのかアンリが目を剥いた。

「えっ、はっえっ!?えっ、いいのか!?」
「これは予想外ですね」
「おっ、お前がいいなら……いいけど……そのっ、まぁなんかもっと穏便に止めてやるよ」

あからさまに困惑しながらもアンリは同意してくれた。

「はっ、殊勝な心がけじゃねぇか。んで、どうする?まだ様子みるか?」
「いえっ、もう行きましょう。あの状態ではこれ以上様子を見ても得るものが無さそうです。その前に1つだけ確認を。その魔人はバスカロンでしょうか?」
「いやっ、奴は犬だ。鳥は飼い慣らせねぇ。鳥だとしたらネフィリスだな」
「どういった方です?」
「……気難しい奴だ、他者を良く見下してるからこんなところ嫌がるはずなんだが……」
「なるほど……。アンリさん、一応戦闘の心構えをお願いします」
「分かった」
「では行きましょうか」

それを合図にみんな立ち上がり、ルーカスを先頭に歩き始める。
コルトはそれを少し後ろから見ていた。

──魔族は何がしたいんだろう……。

大量の人を駆り出して、共族の街を拡張させて何がしたいのだろうか。
それも教会の偉い人を取り込んでまでだ。
共族を内側から支配するとしても、それなら独立させるよりは内部から侵食したほうが早いはず。

「ヒヒン?」

不自然に立ち止まっていたせいか、シロが鼻をコルトに擦り付けてきた。

「あぁごめん、行くよ」
「ヒヒーン!」

シロが足を折り乗りやすいようにしゃがんだので、コルトはありがたくその背に跨る。
乗ったことを確認するとすぐにシロは立ち上がり、先にいく3人に追いつくように駆け出した。
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