7 / 12
過ぐる日々を想う
5.
しおりを挟む赤煉瓦造りの整備された道路の上を忙しなく行き交う行商人の荷馬車。沢山の人々。大通りの両側には、雑貨店から食糧店、魔法具店、装飾品店に至るまであらゆる種類の屋台が立ち並んでいる。
そして、ある程度防音機能のある魔法馬車の中にまで、人々が賑わう声や音楽が聞こえてくるのだ。
「わぁ……!!これがローズの街なのね!なんて素敵なの……!!!」
無事ローズの関所を通過することが出来た俺達は、目の前に広がった華やかな景色に目を瞬かせた。
窓を開けて身を乗り出した妹が、街並みを見渡して大歓声をあげている。万が一落っこちたりしないように彼女の腰を支えつつ、俺も妹の身体の隙間から外の景色をぼんやりと眺める。
たった10年でブバルディアの落ち着いた雰囲気(悪くいえば畑や牧場以外何も無い)に慣れ切っていた俺には、ローズの街並みは少々――いやかなりうるさく感じる。けれど妹はそうではないようで、頬を染め年相応に喜んでいる。
旅人感満載の少女の歓声を聞いてようやく馬車に視線を向けた人々が、此方に向けてにこやかに手を振って来る。それに大喜びで返す妹に、父上が苦笑を零した。
「ルカ、はしたない真似はやめなさい」
「はーい!……兄様兄様、ローズの街並みはとっても素敵だわ!!」
「懲りないなお前」
その精神力を見習いたい。ぼそっと呆れ混じりに呟けば、妹は「兄様ったら本当につれないんだから」と頬を膨らませた。
しかし、すぐに気を取り直して彼女の横に座る父上に「いかにローズの街並みが自分を興奮させているか」について熱烈に語り始める。
対して、俺は案の定睡眠不足が祟って頭痛に襲われていた。午前中は俺の目の下の隈を心配した母上の横に座り、その腕にもたれ掛かるようにして目を閉じては見たものの、完全な眠りにつくことは出来なかった。妹ですら少しだけ心配するほど(ローズについた途端その心配は搔き消えた)今の俺の顔色は最悪らしい。
原因はわかっている。昨夜魔力を封じ込めたせいだ。つまり、さっさと宿について眠りたい。
それに、今にローズを治めている神子【パール】に俺の存在がバレるのではないかと不安で仕方がない。もし王都にいる【パール】にバレて、奴がローズ滞在中にローズに戻ってくるようなことがあれば。間違いなく俺は捕らえられ、また。
1泊2日と言えど、油断は禁物だ。神子は自分の土地でこそ最もその力を発揮することが出来る。つまり、俺は全ての力を開放したとしても、ローズの街で【パール】に勝つことは不可能なのである。
ぶるりと震える身体を無理矢理抑え、俯く。すると、母上が心配したように覗き込んできて頭を撫でてくれた。
それがあたたかくて母上に体重を掛けると、クスクスと笑って「ゆっくり休んで頂戴ね」と囁いた。
「私たちはルカと街を見て来るから、ルネはゆっくり休みなさい」
「ルネ、本当に傍にいなくて大丈夫?遠慮しなくてもいいのよ」
「大丈夫ですよ。ちょっと馬車酔いしてしまっただけですから。ルカの買い物に付き合ってあげてください」
「……何かあったらすぐに魔法具で連絡して頂戴」
「分かってます。――ルカが痺れを切らしてますよ、母上。父上もルカもいってらっしゃい」
貴族用の宿の3等室(一番格下の部屋)に案内され、荷物を置いた3人が部屋を出ていく。何度も俺を振り返る母上に手を振り返して扉を閉め、俺は寝具に倒れ込んだ。3等室は正直家族4人が過ごすには狭い空間だが、歩くことすらしんどい今の俺には歩数が少なくて寝具までたどり着けることは有難さしかない。
目を閉じることで眩暈をやり過ごし、身体から力を抜く。知らず随分身体が強張っていたらしい。
ちなみに図書館については、宿に到着するまでの間に見かけたので立ち寄ろうとしたが家族総出で止められてしまった。日が沈むまでに身体が回復すれば行かせてやるとの事なので、何とかあと数時間で体調を回復させなければならない。
「……つかれた…………」
簡素な3等室は防音機能もクソなので、外の喧騒が普通に聞こえてくる。楽しそうな笑い声に交じって、時折興奮した叫び声のようなものも。室内で落ち込んでいる自分が後ろめたくなるような賑やかさだ。ちっとも心休まらない。
……なんだか、【エメラルド】や【パール】、【ルビー】がよく行っていた酒宴を思い出す。元々明るい性格の彼らはいつも楽しそうに酒を嗜んでいた。――否。嗜んでいた、なんて上品なものではなかった。揃いも揃って絡み酒なものだから、いつも穏和な【ペリドット】や【シトリン】が割を食っていた。
【裏切り】が起こって以降彼らのあたたかい笑い声を俺が聞くことはなくなったけれど、今もあの傍迷惑な飲み会は続けているのだろうか。
続けているのだとしたら、呑気なものだ。
ぐつりと腹の奥が沸き立つような感覚に、深い息を吐く。あぁ駄目だ駄目だ。体調が悪い時に感情を下手に揺らしたら、魔力の封が外れる。そうすればもう、終わりだ。
「……」
アストリア、と呟きそうになって。慌てて唇を噛む。
今の俺は魔法を使う訳にはいかない。関所を通った『聖女候補』とその家族に、監視の目は更に厳しくなっているだろうから。『聖女候補』に相応しい人物か見定めるために(それが本当の目的でないとして、そのことを知っているのは神子達だけだ)王国騎士に盗聴されている可能性は高い。そして俺は体調が悪いので、此処から動いて部屋中を探索することは不可能。その場面を盗撮されていればそれこそ人生終了のお知らせだ。
魔法を使うのは王都に到着した後、『聖女候補』が全員集合してそちらに全ての神子の注意が向いてからにしなければ。
「…………」
どろりと漸く俺を呑みこもうとする睡魔に身を任せる。寝ることが出来るうちに、寝なければ。
「…………としょかん、」
日没までには起きてくれ、俺。
0
あなたにおすすめの小説
『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています
六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。
しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。
「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
出来損ないの私がお姉様の婚約者だった王子の呪いを解いてみた結果→
AK
恋愛
「ねえミディア。王子様と結婚してみたくはないかしら?」
ある日、意地の悪い笑顔を浮かべながらお姉様は言った。
お姉様は地味な私と違って公爵家の優秀な長女として、次期国王の最有力候補であった第一王子様と婚約を結んでいた。
しかしその王子様はある日突然不治の病に倒れ、それ以降彼に触れた人は石化して死んでしまう呪いに身を侵されてしまう。
そんは王子様を押し付けるように婚約させられた私だけど、私は光の魔力を有して生まれた聖女だったので、彼のことを救うことができるかもしれないと思った。
お姉様は厄介者と化した王子を押し付けたいだけかもしれないけれど、残念ながらお姉様の思い通りの展開にはさせない。
三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します
冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」
結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。
私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。
そうして毎回同じように言われてきた。
逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。
だから今回は。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【完結】私は聖女の代用品だったらしい
雨雲レーダー
恋愛
異世界に聖女として召喚された紗月。
元の世界に帰る方法を探してくれるというリュミナス王国の王であるアレクの言葉を信じて、聖女として頑張ろうと決意するが、ある日大学の後輩でもあった天音が真の聖女として召喚されてから全てが変わりはじめ、ついには身に覚えのない罪で荒野に置き去りにされてしまう。
絶望の中で手を差し伸べたのは、隣国グランツ帝国の冷酷な皇帝マティアスだった。
「俺のものになれ」
突然の言葉に唖然とするものの、行く場所も帰る場所もない紗月はしぶしぶ着いて行くことに。
だけど帝国での生活は意外と楽しくて、マティアスもそんなにイヤなやつじゃないのかも?
捨てられた聖女と孤高の皇帝が絆を深めていく一方で、リュミナス王国では次々と異変がおこっていた。
・完結まで予約投稿済みです。
・1日3回更新(7時・12時・18時)
悪役令嬢の涙
拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる