12 / 12
過ぐる日々を想う
10. side. ???
しおりを挟む会議という名の「お遊び」を終え、友たちは思い思いに話を始める。その内容はその時々で「何処の国を蹂躙してみたい」であったり「――が気に入らないから処刑したい」であったり多岐にわたるのであったが、今回ばかりは1つの話題に限定されていた。
私も、今回もまた大した意味を持たなかった会議資料を回収してまとめつつも、彼らの会話に耳を澄ませる。会話の中心に立っている美麗な顔の青年は、愉悦にその表情を歪めてくすくすと嗤った。
「ローズで一瞬だけれど、【タンザナイト】の魔力の香りがしたよ。魔力自体は上手く隠れているようで場所は分からなかったけれど、ね」
「はァ~~~!?場所が分からなかったら意味ねェじゃねェか!!」
「【パール】無能だね――」
「殺しますよ」
ゲラゲラと嗤いながら青年を煽る周囲の友たちに、私は苦笑を零した。どれだけの年月が経とうとも彼らの仲が変わる様子はない。それが、私の心を穏やかにするのだ。
私の右隣に座る男もまた同様の思いを持っているようで、意味のない問答に呆れつつもその表情は穏やかだ。
資料を纏め終えた私も彼らの会話に参加すべく、円卓に座る姿勢を正した。
「【パール】。何故魔力の香りを感知したのです?」
「さぁ。彼が神子として誰かを慈しんだのではないかなぁ」
「……」
「ふふ、気に入らぬと言いたげな顔じゃの」
友の可愛らしい声に、私は顔を歪める。ああ、やはり彼女は正しい事しか言わない。
私は気に入らないのだ。【タンザナイト】が神子として人間を慈しむなんて。彼は【栄光】を司る高尚な存在だ。有象無象に慈悲を裂く必要などなく、ただ高みを見つめていればいい。
人間への慈悲や友愛なんてものは、私達のような崇高な存在には不要なものだ。――彼らは、それを分からなかったようだけれど。
私が苦笑して頷くと、友は皆殊更楽しそうに笑った。
「お前は本当に彼の事が好きだねぇ」
「えぇ勿論。――だって彼は神子なのですから。私達は同胞であり友。嫌うことなど有り得ません」
「……そう言うことではなく……否、それはいい。とりあえずは、彼を見つけ出して捕らえないとねぇ」
大変だ、彼は逃げ足が速いから。
そう言ってほけほけと笑う【パール】に、あちこちから白い目が向けられる。「お前が逃がしたんだろう」と。
「感知した瞬間ローズに転移しなかったのは怠慢だよなァ?罰として今日の飲み、お前の奢りなァ」
「おや、それは心外だ。会議中に抜け出すなんて無礼な真似、この僕が出来るとでも?」
「出来るじゃろうな」
「……」
彼女に言われてしまえば、流石の【パール】も何も言い返すことは出来ない。横に座る男が皮肉気に鼻を鳴らすのを片耳に、私は水差しからカップに水を注いだ。カリルの実が入ったそれは、少し酸味が効いていて気分がすっきりする。
男にもそれを差し出せば、彼は小さく「どうも」と呟いて一息にそれを飲み干した。
その間にも【パール】たちの会話は続いていたようで、今は【タンザナイト】の出自の話になっている。
「魔力を意図的に隠すことが出来ているのならば、少なくとも自我は十分に育っているはず。つまり、自我が育っていない時に魔力を感知できなかった時点で彼はローズ出身ではないと言えるよねぇ」
「その理論で行くと、奴は【裏切りの街】で生まれたってことになるなァ」
「えぇ。それがローズにこの度出没したということは、」
「『聖女候補』ですね」
小さく呟いた私の声に、【パール】は満足そうに微笑んだ。
「アァ?奴は男だろォ?」
「君は本当に馬鹿だねぇ」
「殺すぞ」
「大方家族の人間が『聖女候補』になったのだろうねぇ。となると、ローズを経由しなければ王都に辿り着けない【裏切りの街】出身で間違いないと思わないかい?」
「――【ポインセチア】と【ブバルディア】か」
ダリアは王都を挟んでローズとは反対側にある為、今回は省いていい。私は魔法でその2つの土地から誘致された聖女候補の一覧を魔法で持ってくると、ペラペラと頁を捲り始めた。そして『聖女候補』に年の近い兄弟がいる家を速やかに見つけては会議資料の裏に書き記していく。
自然、周囲の視線は私に集まる。固唾を呑んで此方を見つめる友に、口角が上がってしまった。
裏切ったとはいえ、友を想い傍に置いておきたいと思うその気持ちは皆同じなのだ。
「……【ポインセチア】の『セイレン家』『クロト家』『アグライア家』『エドワード家』。【ブバルディア】の『エラート家』『タレイア家』『アレクト家』『デメテル家』……ですね」
「年齢は?処刑の日から換算すると、少なくとも11歳以下である必要があるねぇ」
「……」
面倒になってきた。自分で調べてくれないか、という気持ちを込めて顔を上げると、にこりと威圧的に微笑みかけられた。人にやらせはするけど自分は何もしない。それが【パール】という男だ。
それが結果として彼の都市の発展を促したと言えば、聞こえは良いが。
私は長い髪を耳にかけ、先程見つけた名前の頁を順番に見直していく。
「順番に、12歳、8歳、7歳、15歳、13歳、14歳、10歳、3歳……ですね」
「『クロト家』『アグライア家』『アレクト家』か」
「そうじゃの。3歳は幼すぎるじゃろうて」
まさか、待ち望んでいた存在がこんなに近くまでやって来るなんて。
上がる口角を隠すために片手で口を覆い、水を飲む。それでも表情管理はうまくいかなくて、しまいには笑い声すら上げてしまった。
「その3家を全員、王城に誘致しようかの」
「………………あ、あの、そ、それだと、『聖女候補』の人間で、その、諍いになってしまうのでは……」
「それが何か?【ペリドット】」
「ぁ…………い、いえ、なんでも…………」
控えめな少女は、私の質問に委縮したように縮こまってしまった。まぁ、別にいいのだが。彼女は私たちの中でも危険な存在だから、此処で彼女に発言権はない。
私と同様、周囲の友も彼女に冷たい視線を向けているのだろう。彼女は泣き出しそうな表情で抱いていた人形に顔を埋め、消え入りそうな程小さな声で「ごめんなさい」と囁いた。
「人間同士の諍いなど我々には関係ありません。我々の目的はあくまで【タンザナイト】の捕獲および調整。その為には可及的速やかにこの3家の全員を王城に監禁し、拷問にかける必要があると思います。異論がある方は?」
「いねェなァ」
「いないねぇ」
「はーい、それでいいと思いまーす」
「良いですか?【ダイヤモンド】」
最後の判断は、皆いつだって彼女に求める。私が彼女に問いかけると、彼女もまた愉しそうに頷いて見せた。
今度こそ、隠すことなく口角を上げる。
「――では、その通りに。また、この3家の少年たちがアストリア・シンビジウムに接触しないように彼女の動向を厳重に監視してください。ただでさえ厄介この上ない愚物です。最悪の場合殺しても構いません」
「ギャハハッ!!敵には過激だなァ!!」
「勿論。彼女は【タンザナイト】を私達から解放しようと企んでいる国賊です。今は立場が彼女を延命させていますが、いずれは処刑しなければならない」
そうでしょう。ねぇ【タンザナイト】。
貴方は変わってしまった。この国の環境が、人間との出会いと対話が彼を変えてしまった。ならば、私が貴方を元に戻さなければ。
『――ぁ、あ"あ"ッ"!!!……お、まえ、いかれてるッ、いかれてるよ』
「いいえ、いかれたのは貴方の方ですよ。【タンザナイト】」
私たちが創った国を、人間無勢のものだなんて。
「拷問と調整の役目は私が頂いても?」
彼は人間思いだから、彼の家族とやらから最初に拷問しよう。娘と母親は男共や獣に輪姦させて、性奴隷にしてしまおう。
父親はーーただ奴隷にするのは味気ない。指を1本ずつ、それが終われば一関節ずつ切り刻んで殺してみようか。あぁ、男に犯させるのもいいかも知れない。
全て、彼の目の前で。
嗤い声が、室内を満たす。満たす。
少女もまた、嗤った。
「勿論じゃよ。よく務めよ。
のう、【ガーネット】」
今、お迎えに行きますね。【タンザナイト】。
10
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(3件)
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
悪役令嬢の涙
拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。
逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子
ねむたん
恋愛
セレスティーナ・エヴァンジェリンは今日も王宮の廊下を静かに歩きながら、ちらりと視線を横に流した。白いドレスを揺らし、愛らしく微笑むアリシア・ローゼンベルクの姿を目にするたび、彼女の胸はわずかに弾む。
(その調子よ、アリシア。もっと頑張って! あなたがしっかり王子を誘惑してくれれば、私は自由になれるのだから!)
期待に満ちた瞳で、影からこっそり彼女の奮闘を見守る。今日こそレオナルトがアリシアの魅力に落ちるかもしれない——いや、落ちてほしい。
噂の聖女と国王陛下 ―婚約破棄を願った令嬢は、溺愛される
柴田はつみ
恋愛
幼い頃から共に育った国王アランは、私にとって憧れであり、唯一の婚約者だった。
だが、最近になって「陛下は聖女殿と親しいらしい」という噂が宮廷中に広まる。
聖女は誰もが認める美しい女性で、陛下の隣に立つ姿は絵のようにお似合い――私など必要ないのではないか。
胸を締め付ける不安に耐えかねた私は、ついにアランへ婚約破棄を申し出る。
「……私では、陛下の隣に立つ資格がありません」
けれど、返ってきたのは予想外の言葉だった。
「お前は俺の妻になる。誰が何と言おうと、それは変わらない」
噂の裏に隠された真実、幼馴染が密かに抱き続けていた深い愛情――
一度手放そうとした運命の絆は、より強く絡み合い、私を逃がさなくなる。
【完結】私は聖女の代用品だったらしい
雨雲レーダー
恋愛
異世界に聖女として召喚された紗月。
元の世界に帰る方法を探してくれるというリュミナス王国の王であるアレクの言葉を信じて、聖女として頑張ろうと決意するが、ある日大学の後輩でもあった天音が真の聖女として召喚されてから全てが変わりはじめ、ついには身に覚えのない罪で荒野に置き去りにされてしまう。
絶望の中で手を差し伸べたのは、隣国グランツ帝国の冷酷な皇帝マティアスだった。
「俺のものになれ」
突然の言葉に唖然とするものの、行く場所も帰る場所もない紗月はしぶしぶ着いて行くことに。
だけど帝国での生活は意外と楽しくて、マティアスもそんなにイヤなやつじゃないのかも?
捨てられた聖女と孤高の皇帝が絆を深めていく一方で、リュミナス王国では次々と異変がおこっていた。
・完結まで予約投稿済みです。
・1日3回更新(7時・12時・18時)
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
mia様
感想ありがとうございます!
可愛くて賢いルカちゃん、作者も大好きです。ルネも何だかんだシスコンかも。
9人の神子達の大集結でした。ルネに着々と危機が迫っております。アストリアがこの10年何をしていたのか……今後の展開も楽しんで頂ければ嬉しいです!
設定が凝ってて読み応えがあって面白い!主人公が若干精神弱めなのもゾクゾクします笑笑
アストリアと早く出会って欲しい気持ちと、他の神子が気になる気持ちと、家族と平和に過ごして欲しい気持ちで早くもザワザワしてます……笑
mia様
感想ありがとうございます!
感情移入していただけて嬉しいです!この先アストリアや神子についても明らかになるので、お楽しみ頂ければ幸いです。
退会済ユーザのコメントです
Hitachi様
感想ありがとうございます!
土地名や名前が多くて読むのが大変かもしれませんが、世界観を楽しんでいただければ幸いです。