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10.
しおりを挟む小さな和室のような場所。
対面に腰掛け、のほほんとした口調で話す男を扉(と言っても扉というか小さな抜け穴のような)の近くに座ったままじっと見つめる。
「ふふ、そんなに警戒されるとなんだか照れちゃうな」
「……」
いや、警戒しないわけが無いだろ。こいつさっき突然殺気放ってきたぞ。
その言葉にも無言を貫くと、男はまた「手強いなぁ」とのんびりと微笑んだ。
ーーついさっきのこと。
「何をしているのかな」
俺の背後から声をかけてきたこの男は、足音を立てずに近付いてくると、俺の肩に手を置いて激おこ警備員と向かい合った。
肩から手を払い落として、男に倣うように警備員に目を移して。
そのあまりに蒼白な顔に、目を見開いた。
「ーーく、紅林様……」
「紅林」と言う苗字らしい男は、今度は俺の腰に手を添えて華やかに微笑んだ。
俺は警備員のプルプルと震える唇を見つめながら、彼の肘に手刀を落としてそれを振り払う。馴れ馴れしいわ。なんだコイツ。
何故か、俺の手に目を移した警備員の顔が更に真っ青になっていく。
「わ、私は、業務を行っておりまし」
「生徒をーーそれも、昨日入学したばかりの新入生を恫喝することが業務なのかな?」
「ヒッ」
大の大人(しかもムキムキ)が特にムキムキでもない高校生相手にブルブル子犬みたいに震えているのが面白くなってきた。
正直なところ、そもそも俺が無断で校舎を出ようとしたことが悪いのだが、それはとりあえず棚に上げておく。
救いを求めるような目を向けられたが、目を逸らしておいた。
「なっ、君が、」
「まだ言うことが?」
「っ、申し訳ございません……」
にこやかに微笑んだまま懲りずに俺の腕ごと身体を抱き寄せるように手を回してきた男から、しゃがみで避ける。そのまま面倒なのでしゃがんだまま話が終わるのを待つことにした。
殺気を放ってきた男は、そう言った事に無頓着な俺が見ても分かるほど整った顔をしている。
もしかしなくても、彼もこの学園の「人気者」なのだろうか。なのだろう。
でも、少なくとも「ABYSS」にはいなかった。
「俺は彼を連れて行くけれど、いいよね?」
「は、はい。勿論でございます」
いや良くねーよ。
「そして君、クビね」
「は」
「じゃ、行こうか。佐野 国春君」
にこやかにリストラ宣言をかまして、しゃがんでいた俺に手を差し伸べた男。俺は勿論その手に応えることはなく立ち上がった。
ここでスルーして去っても良かったのだが、警備員の男を即刻リストラ出来るほどの権力を持った生徒だってわかった以上、無駄な反抗は自分の首を絞めるだけになる。
素直に立ち上がった俺を見つめ、彼は更に頬を緩めて俺の頭に手を寄せてきた。慌てて避ける。
なんだコイツ。笑ったまま頭叩こうとしてきたぞ。怖すぎんだろ。
「紅林様!!ど、どうかご慈悲を」
そう叫ぶ男に最早一瞥もくれることなく、男は俺に着いてくるようにとだけ呟いた。
で、今に至る。
人が2人入って丁度いい位の小さな部屋に案内された俺は、優雅な手つきで茶碗に何かを入れている男を見つめていた。
男は畳に埋め込まれるようにして置かれた……壺?みたいなものから杓でお湯を汲み上げ、茶碗の中に入れる。そのまま小さな泡立て器的なやつで音もなく物凄い速さでかき混ぜ始めた。
静かな空間。
気温もちょうど良く、先程まで教室の喧騒に悩まされていた俺にとっては中々に居心地のいい場所だ。
「……さっきはありがとうございました」
しばらくの間、無言の時間が続いていたけれど(俺が無視してただけだけど)、流石に彼に害意がないことは分かったので、感謝だけは告げておく。
茶碗を混ぜていた男は茶碗を見つめたまま瞬きをし、再度頬笑みを浮かべた。……彼の笑みは、桜花クンに少し似ている気がする。
「ううん、気にしないで。寧ろ嫌な場面を見せちゃったね」
「……や、助けてもらったんで」
「彼は去年からずっと、今の2年生から苦情が来てたんだ。視線が怖い、暴言を吐かれたってね。だから気に病まないでくれると嬉しいな」
あぁ、でしょうね。
金持ち校の警備員を任されたはいいけれど、チヤホヤされてのうのうと暮らしている名家のご子息達にコンプレックスが肥大したんだろうと思う。
俺が決定打になってしまったのかもしれないけど、生憎俺は自分を悪く言う人に同情を向けられるほど慈悲深い人間じゃない。
コクリと小さく頷く。そのままほんの少しだけ入り口から彼の近くへとよれば、彼も満足そうに頷いて「どうぞ」と茶碗を差し出してきた。
「俺の家は、昔からお茶を生産加工して販売してるんだ。 俺自身もこうして小さい頃から茶室で作法を嗜んできたから、茶室が好きでね」
「はぁ……」
これ、茶室か。社会の資料で見たわそう言えば。
1人納得しながら目の前に差し出された茶碗を覗けば、中には黄緑……なんか淡い緑のきめ細かい泡が立った液体が入っていた。
「お抹茶を飲んだことはある?苦味は控えめなものを使ってみたんだけど」
「……ないです」
「好き嫌いがあるから、苦手なら残してもいいよ。君から見て左の茶菓子はお干菓子。これもうちで作ってるんだけど甘くて美味しいんだ。ーーああ、作法とかは気にしなくていい。俺も気にしてない」
この人、さっき俺に殺気を向けてきた事をすっかり忘れてないだろうか。
胡散臭げな視線を隠そうともしないで男を見ると、彼はまたもや「手強いなぁ」とクスクス上品に笑った。
そして、自分も先程と同様の手順手つきで手早く抹茶を作ると(後に、「点てる」と言うのだと学んだ)、お干菓子を食べ、抹茶を一息に飲み干して見せた。
にこ、と微笑んでこちらを見つめる男。
「……いただきます」
いよいよ引き下がり辛くなってしまった俺は、せめて囁くように小さくバーで習った挨拶を呟いて、お菓子をひと口齧った。
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