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第1章
株式会社廣川
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東京でも栃木でも平日昼間の喫茶店の風景は変わらない。
井戸端会議に夢中な主婦達と「長い休憩中」のサラリーマンで店内は賑わっている。
久我山康太郎はアイスコーヒーを飲みながら周囲を見渡した。
わざわざ都内から宇都宮までやってきたのに、有名な餃子には目もくれず全国チェーンの喫茶店で携帯片手に暇を持て余している。
客先であるスーパーマーケットの担当者との商談なんて10分で終わる。菓子のサンプルを渡して「宜しくお願いします。」で終了だ。
広域量販営業部に異動してから車の運転が職務で1番の時間を占めていると常に感じている。
康太郎はタバコに火を点けながらふと考えた。
「新卒の時は、俺ってこんなやつじゃなかったよな…」
就職活動中の学生であった当時は食品メーカーを第一に考えていた。
加工食品メーカーの営業課長を父に持つ康太郎の家には、常に父のお土産の缶詰やレトルト食品が溢れていた。
父がお土産を持ってくる度に大喜びしていた康太郎に、父は嬉々と商品一つ一つについて説明してくれた。
そんな父の背中を見て育った康太郎にすれば、食品メーカーを志す事はごくありふれた事であった。
勿論父の会社にもエントリーしたが、二次面接でお祈りの連絡が届いた。
それでも諦めずに他の食品メーカーを何社か受けた所、数社から内定を貰った。
その数社の中で創業180年と歴史があり、名物商品である「廣川クッキー」が有名な「株式会社廣川」があった。
子供の頃祖父母の家に行くとよくお茶請けとして「廣川クッキー」を食べていたので個人的に馴染みもある。
「株式会社廣川」は首都圏の百貨店を中心に、販売員を常駐で置き広く展開を行っていた。
会社説明会で人事が言った客とのやりとりだけでなく販売員の管理も行うやり甲斐のある仕事と言う言葉に惹かれた。
康太郎が入社した当時の廣川は現在の小売市場を考えると明らかに出遅れていた古い体質の会社であった。
百貨店以外の客先に対してはほんの僅かな量販店と、「廣川クッキー」のみに魅力を感じ取引を行っている商社以外首都圏では販路がなかった。
それでも長い歴史の中で大規模なリストラを行うことなく会社は存続していた。
しかし近年、最大の客先である大手百貨店同士の相次ぐ合併、ご近所親戚同士でも減っていく付き合いの中で「贈り物需要」は年々弱まっていた。
その一方で駅や空港、はたまた量販店のサービスカウンターに置いてある「手軽なお土産」の需要は強まっている。
今までの「株式会社廣川」の経営方針とは真逆に進む市場の流れに会社は重い腰を上げざるをえなかった。
康太郎が入社し、百貨店営業部で勤務して8年が経った頃、上司の営業部長である山本に呼ばれた。
山本は入社してから百貨店で廣川の販売員としてスタートし、本社の営業部長までのし上がった所謂叩き上げの部長である。
親分肌で面倒見がよく、周囲から慕われ康太郎も尊敬していた。
「久我山、いつもご苦労様。」
山本は康太郎の目を見つめ、いつもの落ち着いた声で話した。
「ありがとうございます。部長こそいつもお疲れ様です。」
康太郎は若干の不安を感じつつも平静を装い答えた。
「うちの販売員からは勿論、最近は百貨店のマネージャーからも評判いいぞ。」
山本は目を細めて話す。
「お前の物腰柔らかな対応はどの現場でも通用するだろう。」
康太郎は勘付いた。山本が酒の席でなくわざわざ社内で呼び出して誉める場合は説教か上から言われた厄介ごとを話す時だ。
(俺なんかやらかしたっけ…?)
「今まで首都圏の量販店は各担当営業が個々に受け持っていたが、今後は量販店専門のチームで対応する事とし、広域量販営業部を新設する。」
山本は落ち着いた口調で続けた。
「量販店の営業は丁寧なフォローが必要だ。お前が適任だと俺は思っている。」
康太郎は山本の予想外の言葉に目を丸くした。
「量販店ですか…?僕の他にどなたがその部に…」
山本はいたずらっぽい顔で笑った。
「部長は大阪営業所の西本さんが就任する予定だ。量販店を得意としてるからな。」
都内に居ても厳しいと評判が聞こえてくる西本が上司となると気が重くなった。
たまに営業所を交えての会議で同席した事はあるが、切れ者で数字に強く、冷徹なイメージが残っていた。
(今まで量販店なんて担当した事ないのに西本さんの下でどうやってやればいいんだ…)
康太郎が視線を下げ曇った表情となると、山本は康太郎の肩を叩き力強く言った。
「いいチャンスだ。しっかり揉まれてこいよ。」
ーー入社してからの事を思い出し吹き出してしまいそうになった。
広域量販営業部に異動したばかりの頃は、山本の期待に応えようと奮起しようとしていたが今では喫茶店で「長い休憩」をとっている。
やり甲斐がわからないままいつの間にか係長になっていた。
出社し、外回りの準備をしていると西本から会社からの誕生日プレゼントだと昇進の話を言われた。
35で係長なら社内的にもそこまで遅いわけではない。古い会社な分、上が痞えているという事情もある。
それでも今の康太郎にとって昇進はあまり喜びを感じられなかった。
「さて、後2軒回って帰るか…」
アイスコーヒーを飲み干し全国チェーンの喫茶店を後にした。
井戸端会議に夢中な主婦達と「長い休憩中」のサラリーマンで店内は賑わっている。
久我山康太郎はアイスコーヒーを飲みながら周囲を見渡した。
わざわざ都内から宇都宮までやってきたのに、有名な餃子には目もくれず全国チェーンの喫茶店で携帯片手に暇を持て余している。
客先であるスーパーマーケットの担当者との商談なんて10分で終わる。菓子のサンプルを渡して「宜しくお願いします。」で終了だ。
広域量販営業部に異動してから車の運転が職務で1番の時間を占めていると常に感じている。
康太郎はタバコに火を点けながらふと考えた。
「新卒の時は、俺ってこんなやつじゃなかったよな…」
就職活動中の学生であった当時は食品メーカーを第一に考えていた。
加工食品メーカーの営業課長を父に持つ康太郎の家には、常に父のお土産の缶詰やレトルト食品が溢れていた。
父がお土産を持ってくる度に大喜びしていた康太郎に、父は嬉々と商品一つ一つについて説明してくれた。
そんな父の背中を見て育った康太郎にすれば、食品メーカーを志す事はごくありふれた事であった。
勿論父の会社にもエントリーしたが、二次面接でお祈りの連絡が届いた。
それでも諦めずに他の食品メーカーを何社か受けた所、数社から内定を貰った。
その数社の中で創業180年と歴史があり、名物商品である「廣川クッキー」が有名な「株式会社廣川」があった。
子供の頃祖父母の家に行くとよくお茶請けとして「廣川クッキー」を食べていたので個人的に馴染みもある。
「株式会社廣川」は首都圏の百貨店を中心に、販売員を常駐で置き広く展開を行っていた。
会社説明会で人事が言った客とのやりとりだけでなく販売員の管理も行うやり甲斐のある仕事と言う言葉に惹かれた。
康太郎が入社した当時の廣川は現在の小売市場を考えると明らかに出遅れていた古い体質の会社であった。
百貨店以外の客先に対してはほんの僅かな量販店と、「廣川クッキー」のみに魅力を感じ取引を行っている商社以外首都圏では販路がなかった。
それでも長い歴史の中で大規模なリストラを行うことなく会社は存続していた。
しかし近年、最大の客先である大手百貨店同士の相次ぐ合併、ご近所親戚同士でも減っていく付き合いの中で「贈り物需要」は年々弱まっていた。
その一方で駅や空港、はたまた量販店のサービスカウンターに置いてある「手軽なお土産」の需要は強まっている。
今までの「株式会社廣川」の経営方針とは真逆に進む市場の流れに会社は重い腰を上げざるをえなかった。
康太郎が入社し、百貨店営業部で勤務して8年が経った頃、上司の営業部長である山本に呼ばれた。
山本は入社してから百貨店で廣川の販売員としてスタートし、本社の営業部長までのし上がった所謂叩き上げの部長である。
親分肌で面倒見がよく、周囲から慕われ康太郎も尊敬していた。
「久我山、いつもご苦労様。」
山本は康太郎の目を見つめ、いつもの落ち着いた声で話した。
「ありがとうございます。部長こそいつもお疲れ様です。」
康太郎は若干の不安を感じつつも平静を装い答えた。
「うちの販売員からは勿論、最近は百貨店のマネージャーからも評判いいぞ。」
山本は目を細めて話す。
「お前の物腰柔らかな対応はどの現場でも通用するだろう。」
康太郎は勘付いた。山本が酒の席でなくわざわざ社内で呼び出して誉める場合は説教か上から言われた厄介ごとを話す時だ。
(俺なんかやらかしたっけ…?)
「今まで首都圏の量販店は各担当営業が個々に受け持っていたが、今後は量販店専門のチームで対応する事とし、広域量販営業部を新設する。」
山本は落ち着いた口調で続けた。
「量販店の営業は丁寧なフォローが必要だ。お前が適任だと俺は思っている。」
康太郎は山本の予想外の言葉に目を丸くした。
「量販店ですか…?僕の他にどなたがその部に…」
山本はいたずらっぽい顔で笑った。
「部長は大阪営業所の西本さんが就任する予定だ。量販店を得意としてるからな。」
都内に居ても厳しいと評判が聞こえてくる西本が上司となると気が重くなった。
たまに営業所を交えての会議で同席した事はあるが、切れ者で数字に強く、冷徹なイメージが残っていた。
(今まで量販店なんて担当した事ないのに西本さんの下でどうやってやればいいんだ…)
康太郎が視線を下げ曇った表情となると、山本は康太郎の肩を叩き力強く言った。
「いいチャンスだ。しっかり揉まれてこいよ。」
ーー入社してからの事を思い出し吹き出してしまいそうになった。
広域量販営業部に異動したばかりの頃は、山本の期待に応えようと奮起しようとしていたが今では喫茶店で「長い休憩」をとっている。
やり甲斐がわからないままいつの間にか係長になっていた。
出社し、外回りの準備をしていると西本から会社からの誕生日プレゼントだと昇進の話を言われた。
35で係長なら社内的にもそこまで遅いわけではない。古い会社な分、上が痞えているという事情もある。
それでも今の康太郎にとって昇進はあまり喜びを感じられなかった。
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