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プロローグ
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高校一年生の夏休み。暑い日だった。
写真同好会って言っても、部活動への参加が必須とされている高校の中で『とりあえず在籍だけしとけ』みたいな扱いをされてるやつだ。
文化祭の出し物も必須だから、とりあえず夏休み中に集まって写真撮ろうぜってことになったけど、みんな行く場所なんてないから漫画研究同好会と兼用の部室に11時集合。それぞれ家庭用のデジカメとか自分のスマホを持ってきた。
野球部とかサッカー部が走り回ってるグラウンドに出るのは暑いからやめておこうってことになって、各々校内を歩き回ることにした。どこまでもヘタレなんだ。俺たちは。
昇降口に飾られた小さい向日葵の花とか。理科室のなんか気持ち悪い人体模型とか。いたずらに接写してみたりして、それなりに雰囲気出れば良いかなって、そんなもんだった。
美術室に入るドアの横には、でかい窓がある。昼になるとちょうど日が差して、窓の外すぐにある大きな木の影を映し出す。
「吉名先輩」って声をかけようとして、出来なかった。
一眼レフのカメラを持って、レンズを覗いている先輩の顎のラインと、少しだけ猫背になって浮き上がっている頚椎が美しかったから。
日に当たると赤茶になる色素の薄い髪が、はらりとカメラにかかる。
無意識にスマホを持って、先輩を撮っていた。
カシャ、と俺のスマホが鳴って先輩が振り向く。薄く開いた唇が無防備で、もう一枚撮った。
「それ、文化祭で展示するなよ?」
苦笑いしながら先輩が言う。
「一眼レフって、高いっすか」
先輩の言葉は無視して、そんな質問をした。
「いや、わかんない。親父のお下がりだからこれ」
それにしては様になってますけど。とは言わなかった。
黒縁の眼鏡と長めの前髪で隠してるけど、この人は綺麗な人だ。
口数も少なくて、あんまり人と関わらないから暗い奴って思われてるけど、この人はこんなとこで写真撮ってる人じゃない。
「一眼レフ買ったら、先輩モデルしてくれますか」
そう言ったら先輩は笑った。
「高いよ?」
笑う口元に引き寄せた右手の骨が、筋張った手の甲が。
「知ってます」
「じゃあ、バイトしなきゃな」
先輩は、ニヤリと笑った。
「駅前のファストフード。俺そろそろ辞めるから空きが出るよ」
暑いから部室に戻ろうということになり、なんとなく並んで歩き始めた。
俺だって別に身長が低いわけじゃないのに、真横を向くと先輩の頬骨が目線の位置にある。目を見て話そうとすると無意識に上を向く形になり、少しだけ首が疲れる。首が疲れることがなんだか恥ずかしくて視線を逸らした。視線を外すと先輩の体のパーツが目に入る。なんとなく物珍しくて先輩の体のパーツを観察してしまう。
細い体。長い手足。かなりの猫背。
「先輩。毎日腹に1、2本線入ってません?」
「え、俺そんなに太って見える?」
「いや、猫背線」
「うわ、ばれた」
わかってんだけどね。と、先輩は言った。
「でも、小学生の頃に『宇宙人』って呼ばれてたのがうっすらトラウマなんだよね」
怪奇現象のテレビ番組とかでたまに見るリトルグレイマンを思い浮かべる。
「いや、それにしては顔が小さすぎるのでは」
「褒めてる?」
「めちゃくちゃ褒めてます」
「独特な褒め方だなぁ」
先輩は困り顔で笑う時、眉間に皺がよって眉尻が下がるらしい。
「俺、東京行くの」
全然掃除の行き届いていない部室の中を、埃が舞ってキラキラ輝いている。この空気、体に悪そう。と思って、豪快に窓を開けた。
ところどころ中の綿が飛び出してきてる年代物の布のソファーに先輩が深く腰掛けると、ヴィンテージって感じがする。
なんかすごいかっこよく見えてしまって、先輩が発した重要な何かを聞き逃したような気がする。
「え、なんて?」
「俺、東京行くんだ」
俺たちの住んでいるところから東京は別にそこまで遠いわけじゃない。普通列車で片道2時間もかからないくらいだ。
でも、やっぱり『東京』に住んでるわけじゃない奴からしたらどうしようもなく憧れる土地だ。
「あ、進学ですか」
「そう、とりあえず東京の大学受けることになってて。でも、落ちても東京には行くかな」
でも、先輩の口調は全然楽しそうじゃなかった。
覚悟、みたいなものなのか。わからないけど頑なな何かを感じた。
「なんか。寂しいですね」
「えー」
「えーって何ですか」
「そんな話したことないのに、そんなこと言ってくれるんだ。そういうお世辞上手じゃないでしょ」
「寂しいから寂しいって言っただけですから」
先輩の顔に笑みが浮かんだ。
「じゃあ、くれば良いじゃない。東京」
卒業したらさ。軽やかにそう言って先輩は、「帰るね」と帰って行った。
結局、俺たちがまともに話したのはそれきりだった。先輩は受験勉強に忙しくなり、写真同好会の活動にはほとんど出なくなった。
駅前のファストフードを覗いてみても、宣言通り先輩はもう辞めたようだった。
夏休みが明けてしばらく経った11月に行われた文化祭。
作品名『行き先』と題された写真には、窓から差し込む陽光と、大きな木のシルエット。
それから、つま先の黒ずんだ上履きがほんの少しだけ写っていた。
撮影者は『吉名 奏真』
俺はその写真を見た時に一眼レフを買うことを決意して、文化祭の帰り道。
駅前のファストフードに『バイト募集してますか」と、電話をかけた。
写真同好会って言っても、部活動への参加が必須とされている高校の中で『とりあえず在籍だけしとけ』みたいな扱いをされてるやつだ。
文化祭の出し物も必須だから、とりあえず夏休み中に集まって写真撮ろうぜってことになったけど、みんな行く場所なんてないから漫画研究同好会と兼用の部室に11時集合。それぞれ家庭用のデジカメとか自分のスマホを持ってきた。
野球部とかサッカー部が走り回ってるグラウンドに出るのは暑いからやめておこうってことになって、各々校内を歩き回ることにした。どこまでもヘタレなんだ。俺たちは。
昇降口に飾られた小さい向日葵の花とか。理科室のなんか気持ち悪い人体模型とか。いたずらに接写してみたりして、それなりに雰囲気出れば良いかなって、そんなもんだった。
美術室に入るドアの横には、でかい窓がある。昼になるとちょうど日が差して、窓の外すぐにある大きな木の影を映し出す。
「吉名先輩」って声をかけようとして、出来なかった。
一眼レフのカメラを持って、レンズを覗いている先輩の顎のラインと、少しだけ猫背になって浮き上がっている頚椎が美しかったから。
日に当たると赤茶になる色素の薄い髪が、はらりとカメラにかかる。
無意識にスマホを持って、先輩を撮っていた。
カシャ、と俺のスマホが鳴って先輩が振り向く。薄く開いた唇が無防備で、もう一枚撮った。
「それ、文化祭で展示するなよ?」
苦笑いしながら先輩が言う。
「一眼レフって、高いっすか」
先輩の言葉は無視して、そんな質問をした。
「いや、わかんない。親父のお下がりだからこれ」
それにしては様になってますけど。とは言わなかった。
黒縁の眼鏡と長めの前髪で隠してるけど、この人は綺麗な人だ。
口数も少なくて、あんまり人と関わらないから暗い奴って思われてるけど、この人はこんなとこで写真撮ってる人じゃない。
「一眼レフ買ったら、先輩モデルしてくれますか」
そう言ったら先輩は笑った。
「高いよ?」
笑う口元に引き寄せた右手の骨が、筋張った手の甲が。
「知ってます」
「じゃあ、バイトしなきゃな」
先輩は、ニヤリと笑った。
「駅前のファストフード。俺そろそろ辞めるから空きが出るよ」
暑いから部室に戻ろうということになり、なんとなく並んで歩き始めた。
俺だって別に身長が低いわけじゃないのに、真横を向くと先輩の頬骨が目線の位置にある。目を見て話そうとすると無意識に上を向く形になり、少しだけ首が疲れる。首が疲れることがなんだか恥ずかしくて視線を逸らした。視線を外すと先輩の体のパーツが目に入る。なんとなく物珍しくて先輩の体のパーツを観察してしまう。
細い体。長い手足。かなりの猫背。
「先輩。毎日腹に1、2本線入ってません?」
「え、俺そんなに太って見える?」
「いや、猫背線」
「うわ、ばれた」
わかってんだけどね。と、先輩は言った。
「でも、小学生の頃に『宇宙人』って呼ばれてたのがうっすらトラウマなんだよね」
怪奇現象のテレビ番組とかでたまに見るリトルグレイマンを思い浮かべる。
「いや、それにしては顔が小さすぎるのでは」
「褒めてる?」
「めちゃくちゃ褒めてます」
「独特な褒め方だなぁ」
先輩は困り顔で笑う時、眉間に皺がよって眉尻が下がるらしい。
「俺、東京行くの」
全然掃除の行き届いていない部室の中を、埃が舞ってキラキラ輝いている。この空気、体に悪そう。と思って、豪快に窓を開けた。
ところどころ中の綿が飛び出してきてる年代物の布のソファーに先輩が深く腰掛けると、ヴィンテージって感じがする。
なんかすごいかっこよく見えてしまって、先輩が発した重要な何かを聞き逃したような気がする。
「え、なんて?」
「俺、東京行くんだ」
俺たちの住んでいるところから東京は別にそこまで遠いわけじゃない。普通列車で片道2時間もかからないくらいだ。
でも、やっぱり『東京』に住んでるわけじゃない奴からしたらどうしようもなく憧れる土地だ。
「あ、進学ですか」
「そう、とりあえず東京の大学受けることになってて。でも、落ちても東京には行くかな」
でも、先輩の口調は全然楽しそうじゃなかった。
覚悟、みたいなものなのか。わからないけど頑なな何かを感じた。
「なんか。寂しいですね」
「えー」
「えーって何ですか」
「そんな話したことないのに、そんなこと言ってくれるんだ。そういうお世辞上手じゃないでしょ」
「寂しいから寂しいって言っただけですから」
先輩の顔に笑みが浮かんだ。
「じゃあ、くれば良いじゃない。東京」
卒業したらさ。軽やかにそう言って先輩は、「帰るね」と帰って行った。
結局、俺たちがまともに話したのはそれきりだった。先輩は受験勉強に忙しくなり、写真同好会の活動にはほとんど出なくなった。
駅前のファストフードを覗いてみても、宣言通り先輩はもう辞めたようだった。
夏休みが明けてしばらく経った11月に行われた文化祭。
作品名『行き先』と題された写真には、窓から差し込む陽光と、大きな木のシルエット。
それから、つま先の黒ずんだ上履きがほんの少しだけ写っていた。
撮影者は『吉名 奏真』
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駅前のファストフードに『バイト募集してますか」と、電話をかけた。
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