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一話①
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太陽の暑さがやっと和らいできている。
夏の日差しは苦手だ。鉄板の上で焦がされているみたいで、実際に俺の皮膚はすぐに真っ赤になってヒリヒリした痛みが数日続く。
そんな状態にそろそろうんざりしてきた頃合いだった。暦は10月を迎えたところで、朝晩の風が少し透き通ってきた気がする。
やっと外での撮影でもやるか、という気になって休日に海の見える公園へ繰り出してきた。
ファストフードのバイトで貯めたお金で、一眼レフを買えたのは高校2年生の春になってからだった。
本当はもっと早く買って、先輩に「俺も一眼レフ手に入れましたよ。モデルやってくださいよ」って言いたかったけど、その時にはもう先輩は卒業してしまった後だった。
せっかく買ったのだからと、それまでよりも少しだけ熱を帯びて写真と向き合った。進学先も写真を学べる美大を考えていたけれど、その道は断たれた。単に俺には写真の才能がなかっただけだ。
写真科と並行受験していた同じ大学のグラフィックデザイン科に合格し、高校卒業後の俺は無事に美大生になった。色彩の基礎から学び、視覚効果や心理学も齧りつつ、たまにギリギリになりながらも単位を落とさずにストレートで大学を卒業し、今は広告代理店でデザインを仕事にしている。デザインの世界に正解はなく、終わりもない。冷えたビールを飲んで『うめぇー!!」とうなる時はもう25歳かぁ、と思ったりもするけど、たぶん俺はまだ25歳で、これから先デザインを生業にしていくのなら何歳になっても『まだ』と思い続けるのだろう。
カシャ、とシャッターが耳触りの良い音を立てる。
撮るものはほとんどが風景だ。風に揺れる木の枝とか、ポップコーンをついばむ鳩とか、寂れたベンチとか。
散歩気分で歩きながら撮影することは良い気分転換になるし、今の仕事のインスピレーションにも繋がる。良い趣味だと思う。
あの、美術室の前で先輩を見つけた時から10年近く経った。ずっと撮りたい人は一人だけだ。
近くで中華でも食べて帰ろう。カメラを置いたらジムに行って、食べた分を消費しつつ筋力トレーニングのメニューもいくつか。どれだけ食べても太らない体質を、女の子には羨ましいと言われるけど、なんとなくそれってどうなんだろう?と思ったりはする。俺は別に中性的とか言われたいわけじゃない。多少、肉付きも良くないとお声もかからないし。
目に入った中華料理屋で、肉野菜炒め定食を注文する。セルフサービスの水を取りにいきながらスマホをいじっていると同期の間宮から連絡が入っていた。
『ひま?飲みに行かん?』
『夜ならOK』とだけ返した。しばらくして『19時駅前集合』という短い文面と、店のリンクが送られてきた。間宮には既読だけつけておけば「了解」という意図が伝わる。
間宮は大学でできた友達の一人でもあった。所属部署は違ど、たまたま同じ会社に入社が決まり、学生の頃よりも会う頻度は高くなっている。今では一番気の許せる友達だ。
ジムで汗をかいて、サウナに入って整えてからシャワーを浴びる。こざっぱりした気持ちでジムを出る頃には太陽はほとんど落ちかけていた。
間宮との待ち合わせ時間より少し早めに到着したので、駅前の花壇に座って人間観察のふりをしつつ流行のリサーチをする。他者が手がけたCMや街頭ポスターのデザイン。街の空気に溶け込みつつ、目を引くような色彩。その商品の何を伝えたくて広告を打つのか。
街頭テレビが切り替わって、裸の上半身にざっくり編まれたボルドールージュ色のカーディガンを羽織った男性モデルが写し出される。灰色の背景の中で、踊るようにくるくる回り、最後に目元がアップになってCMは終了した。
「詠兎すまん、待たせたか?」
背後から間宮が声をかけてくる。「いや、そんなに」と答えつつ、間宮を振り返ることはしなかった。
「何見てたん?あのでっかいテレビ?」
「うん、めちゃくちゃ綺麗な人が映ってた」
「まじ?誰だろ。名前わかる?」
「瑞稀」
「あー、最近よくCM出てる人ね。今度うちが受けた広告にも出るはずだったよな」
「え、わかんね。資料来てたかな」
「とりあえず店行こうぜ。半袖で来たら寒いわ」
両腕をさすりながら間宮が前に立って歩き出す。
「朝晩は冷えるってこと覚えとけよ」
そう言いながら、さっきのボルドールージュ色のカーディガンを思い出していた。あったかそうだったな。カーディガンの中できっと細い腕が泳いでる。なんだかそれが実際に触れたことがあるかのように分かった。
先輩の細い手足は、いつも制服の中で泳いでいたのを思い出した。
夏の日差しは苦手だ。鉄板の上で焦がされているみたいで、実際に俺の皮膚はすぐに真っ赤になってヒリヒリした痛みが数日続く。
そんな状態にそろそろうんざりしてきた頃合いだった。暦は10月を迎えたところで、朝晩の風が少し透き通ってきた気がする。
やっと外での撮影でもやるか、という気になって休日に海の見える公園へ繰り出してきた。
ファストフードのバイトで貯めたお金で、一眼レフを買えたのは高校2年生の春になってからだった。
本当はもっと早く買って、先輩に「俺も一眼レフ手に入れましたよ。モデルやってくださいよ」って言いたかったけど、その時にはもう先輩は卒業してしまった後だった。
せっかく買ったのだからと、それまでよりも少しだけ熱を帯びて写真と向き合った。進学先も写真を学べる美大を考えていたけれど、その道は断たれた。単に俺には写真の才能がなかっただけだ。
写真科と並行受験していた同じ大学のグラフィックデザイン科に合格し、高校卒業後の俺は無事に美大生になった。色彩の基礎から学び、視覚効果や心理学も齧りつつ、たまにギリギリになりながらも単位を落とさずにストレートで大学を卒業し、今は広告代理店でデザインを仕事にしている。デザインの世界に正解はなく、終わりもない。冷えたビールを飲んで『うめぇー!!」とうなる時はもう25歳かぁ、と思ったりもするけど、たぶん俺はまだ25歳で、これから先デザインを生業にしていくのなら何歳になっても『まだ』と思い続けるのだろう。
カシャ、とシャッターが耳触りの良い音を立てる。
撮るものはほとんどが風景だ。風に揺れる木の枝とか、ポップコーンをついばむ鳩とか、寂れたベンチとか。
散歩気分で歩きながら撮影することは良い気分転換になるし、今の仕事のインスピレーションにも繋がる。良い趣味だと思う。
あの、美術室の前で先輩を見つけた時から10年近く経った。ずっと撮りたい人は一人だけだ。
近くで中華でも食べて帰ろう。カメラを置いたらジムに行って、食べた分を消費しつつ筋力トレーニングのメニューもいくつか。どれだけ食べても太らない体質を、女の子には羨ましいと言われるけど、なんとなくそれってどうなんだろう?と思ったりはする。俺は別に中性的とか言われたいわけじゃない。多少、肉付きも良くないとお声もかからないし。
目に入った中華料理屋で、肉野菜炒め定食を注文する。セルフサービスの水を取りにいきながらスマホをいじっていると同期の間宮から連絡が入っていた。
『ひま?飲みに行かん?』
『夜ならOK』とだけ返した。しばらくして『19時駅前集合』という短い文面と、店のリンクが送られてきた。間宮には既読だけつけておけば「了解」という意図が伝わる。
間宮は大学でできた友達の一人でもあった。所属部署は違ど、たまたま同じ会社に入社が決まり、学生の頃よりも会う頻度は高くなっている。今では一番気の許せる友達だ。
ジムで汗をかいて、サウナに入って整えてからシャワーを浴びる。こざっぱりした気持ちでジムを出る頃には太陽はほとんど落ちかけていた。
間宮との待ち合わせ時間より少し早めに到着したので、駅前の花壇に座って人間観察のふりをしつつ流行のリサーチをする。他者が手がけたCMや街頭ポスターのデザイン。街の空気に溶け込みつつ、目を引くような色彩。その商品の何を伝えたくて広告を打つのか。
街頭テレビが切り替わって、裸の上半身にざっくり編まれたボルドールージュ色のカーディガンを羽織った男性モデルが写し出される。灰色の背景の中で、踊るようにくるくる回り、最後に目元がアップになってCMは終了した。
「詠兎すまん、待たせたか?」
背後から間宮が声をかけてくる。「いや、そんなに」と答えつつ、間宮を振り返ることはしなかった。
「何見てたん?あのでっかいテレビ?」
「うん、めちゃくちゃ綺麗な人が映ってた」
「まじ?誰だろ。名前わかる?」
「瑞稀」
「あー、最近よくCM出てる人ね。今度うちが受けた広告にも出るはずだったよな」
「え、わかんね。資料来てたかな」
「とりあえず店行こうぜ。半袖で来たら寒いわ」
両腕をさすりながら間宮が前に立って歩き出す。
「朝晩は冷えるってこと覚えとけよ」
そう言いながら、さっきのボルドールージュ色のカーディガンを思い出していた。あったかそうだったな。カーディガンの中できっと細い腕が泳いでる。なんだかそれが実際に触れたことがあるかのように分かった。
先輩の細い手足は、いつも制服の中で泳いでいたのを思い出した。
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