禁断の部落へようこそ

魔理沙

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禁断の部落へようこそ 肆

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私の名前はハル。對馬田(つしまだ)ハル。とある地主の元手伝いをしていた女だ。私が地主様の家の手伝いをするようになった理由は私の家の女たちは手伝いをする事が決められていた。私の家は代々地主一族に仕えていた。
家主である旦那様も奥方様も親戚である分家の方々も、皆お優しい方たちだった。そう、思っていた。そんな考えが間違っていたのだと何一つ知らないで。最初に産まれたご息女様が、耳が聴こえず喋れない子と分かってからは何もかも変わった。いや、今思えば最初からこういう方々なのだと気付かなかったのだ。
まだ母親のお乳が必要な年齢のご息女である、名前は牡丹様といたします。本当は牡丹様と名付けたのはあの部落に住んでからなのですが。それまでは名前すら付けてもらえず、名前も呼んでもいただけなかったのです。
牡丹様が産まれて1年と数ヶ月経ってから地下室に閉じ込められた。地主である最初に産まれた子供が障害児なんて知られたくない、それだけで。
「こんな……こんな幼子になんてことを……。……。」
お優しいと思っていた。なのに。私はこんな家にいさせて良いわけないと思ったが。どうやっても一番下の立場の家政婦でしかない私には地下室の鍵の在処を教えるわけが無い。
直ぐに飢えて死んでしまうと思っていたのに。不思議な現象が起きた。一月、二月経っても。半年、一年経っても飢えて死ぬことは無かった。その理由を知るのは私が死んでからの事だった。

私が死ぬ間際、思い返したのはあのコトリという人外の方。そしてご息女である牡丹様。ご無事でいるならそれで良いと思いながらこの世を去った。
極楽に逝ってから間もない頃。私の前にコトリさんが現れたのだ。
「久しぶりね。突然此処まで来てごめんなさい。あなたに話があるの。」
「私に……?」
話があると聞いて愕然とした。行方不明になった牡丹様は今このコトリさんの住む部落に住んでいるらしい。問題はそこでは無かった。
旦那様たちの受けた酷い仕打ちのせいで暗い部屋も毎日訪れる夜も恐ろしいと泣き叫ぶのだと言う。
「きっと何時か善くなると、そう信じて私も何とかしたけれど。駄目だったの。それでこの前泣きながら。」
あなたの名前を呼びながら助けてと言っていたと話を聞いた。それからは早かった。私は不死者となり、二度と極楽へも帰れなくても転生すらも出来なくても。私は味方であり続けようと決めて部落の慰安地区へと向かった。
「これは……。」
「あなたが仕えた屋敷に似てるでしょう?あの人数だもの。これくらい広くないと。ああ、あなたの住む家はこっちよ。」
そう言うと屋敷ではなく、平屋ほどの大きな離れに案内された。
「あなたの役割を教えるわ。あの娘が来たらあの頃みたいに慰める。話を聞くも良し、散歩をするでも遊んであげるも良しよ。あなたの思う方法でも良いわ。そしてあの娘の望む事をしてあげて。あの娘が来ない間はあなたは何をしてても良いわ。」
「あの、旦那様方は……。」
「……。優しいわね。そうね。」
あの娘にしてきた事をしてるだけよと事も無げに言った。なんて事をするのですかと、口論したが。
「何か勘違いしてるようだから言うけれど。私が自分から何もしてないわ。他でもないあの娘が望んだ事よ。立ち話もなんだから入ってからするわ。」
何でも牡丹様はこちらに来てからも心は不安定なままだったらしく、自分を壊した旦那様たちの事を憎み恨むようになり。
自分の受け続けた仕打ちを味合わせてやると言ったのだ。
「ただ愛されたかった、人として接して欲しかった人たちからあんな仕打ちを受け続けて正気でいられると思う?なら甘いわね。あなたが一番知ってるでしょう?あの愚か者たちはあの娘に何してきたか。」
「そうです、ね……。」
気持ち悪いと罵るのは日常茶飯事、お前なんかさっさといなくなれば良いのにと散々酷いことを毎日言われ続けてきた。牡丹様が何も聴こえないのを良いことに。
「それに。あの娘は確かに何も聞こえなかったけれど。どんな事を言ってるのか顔見れば分かってたらしいわ。自分なんていらないなんて事、昔から分かってたって。なのにただ閉じ込めるだけで酷いことなの?私からしたらまだ甘いくらいよ。今あの娘があの愚か者たちをどう思ってるのか本人から聞いたら良いわ。」
「そう、ですね。お話を聞くのが良いですね。お願いいたします。」
その時数十年ぶりに再会した牡丹様はすっかり肉付きも肌色も良くなっていた。
「ハル、さん……。」
喋る事など出来なかった牡丹様が私の名前を呼んだ。普通の子供と変わらないと聞いていたが、本当に良かったと心から泣いた。けれど
私が思っていた以上に、牡丹様の心の闇は深く苦しんでいた。
此処に来て長く経つけれど、今でも暗闇が怖くて堪らない。毎日やってくる夜も怖い。だから自分は夜のやってこない此処にしかいられない。
それだけでも何も言えなかったのに。
「アイツらが謝る度に思うの。なら何でやったの?なんで今になって謝るのよって。そしたら、アイツらは!謝れば許してくれるってあたしに言ったのよ!!ふざけないで欲しかった!私を人だとも思ってもいなかったクセに!なのに立場が逆転したら謝れば許してくれる、出してくれると思ってる!そう分かった時から、憎くて憎くて堪らない!何度だって殺してやりたいくらいよ!ねえ、ハルさん。それでも私は間違ってるの?私をこんな風にしたのは全部アイツらじゃないの!!」
「…………。何も間違ってないわ。」
私は何も分かってはいなかった。所詮旦那様たちはそういう方々だったと今になって悟った。私が屋敷の手伝いを辞めて、そして死ぬまでの長い間牡丹様は苦しんでいた。もう過ぎ去った時間は戻らないけれど、私はあの頃のように寄り添おうと誓った。
最初は牡丹様と呼んだらもう私はお嬢様なんかじゃない、そう嫌がったため牡丹ちゃんと呼んでお母さんのように話してと要求した。もうご息女ではなく、私の娘として接しようと思い直したら簡単だった。
「これ、すごく美味しい……!」
「本当?嬉しいわ。」
私が来るようになってから私と食事、就寝するようになった。これまで手伝いが食事の世話もしていたが。媚びへつらう視線が煩わしかったらしい。
「もうウンザリだった。私に許してもらう魂胆なんて見え見えなのよ。作るご飯だってそうよ。大して美味しくも無かったし。」
「………………。そう。……。」
辛かったわね。今日から一緒に食べようねと頭を撫でて言ったら。牡丹ちゃんは泣きながら
「うん……。」
もうアイツらの作るご飯なんて食べたくないと訴えた。先ずは一緒にご飯食べたりして過ごそう。そう考えて
「それじゃあ一緒に食べましょう。そうね。何か、食べたいのある?」
「え?…………。天ぷら。」
一回だけ向こうの部落に住んでいる子たちに食べさせてもらったの。とても美味しかったからまた食べたいと言ってくれた。天ぷらなら作れるから
「それじゃあ作るわね。」
「本当?」
初めて見たかもしれない。この子の心からの笑顔を。思い返したら私と過ごしたあの頃だけは、何時でも笑顔だった。
「………………。」
牡丹様。ハルです。アイスクリームをお持ちしました。
そう紙に書いて買ってきたアイスクリームを渡した。目を輝かせて美味しそうに食べる牡丹様は
「ヴぁりがどお!」
ありがとうと伝えようと精一杯に伝えた牡丹様は。何時も明るい笑顔で伝えてくれた。そんな牡丹様は何時しか壊された。他でもないあの方たちに。

牡丹様が部屋に来たら慰める。そうは言っても何をしたら良いのか。いや、我が子のように接して苦しんでいたら良いだけと決めて。
私は離れでは家事をこなしたりした。けれど。
「ふぅ……。」
あっという間に時間が余ってしまう。どうしようかしらと思ってたら。庭には畑があるのを思い出した。そこで
「野菜の種と農具を?良いわよ。」
「ありがとうございます。」
「良いのよ。揃えて欲しいものがあるなら全部揃えるからと言ったのは私だし。」
私の作った野菜の天ぷらを食べさせてあげたら、きっと喜んでくれる。そう思って畑仕事をした。
「ふぅ。やっぱり畑仕事って慣れてないから結構疲れるわね。少し休もうかしら。」
一年中夏であるこの部落。けれど何故なのか他の季節の野菜も作れるらしかった。とはいえ、暑いのは変わらないから休もうと縁側に座ったら。
「ふぅ、一仕事したらお茶が美味しいわね。ん?あら?」
誰かの怒鳴り声が聞こえてきた。それに続けて叫び声も。
「………………。」
多くある2階の部屋の窓に付着した赤黒い染み。そして聞こえてきたのは牡丹様の心の叫び。
『もうイヤ!イヤイヤイヤイヤ!!!なんでコイツらはまたあたしに謝るのよ!!なんで許してなんて言うのよ!なんでっ!!なんでよっ!!!』
私は黙り込んでどうしたら良いのか考えた。私が出来ることを精一杯しても楽になるのだろうか。そう思ってたら
「ねえ、お姉さん。」
「っ。あ、こんにちは。えーと。」
「牡丹ちゃんの為に来てくれたお姉さんでしょ?僕もこの地区に住んでるから牡丹ちゃんの事を知ってるよ。僕は燕子花(かきつばた)。」
この燕子花という男の子は牡丹ちゃんよりも前にこの慰安地区に住んでいる子だと話した。生前ほぼ全身酷い火傷を負ってしまい、牡丹同様長い間屋根裏部屋に閉じ込められた。醜いからという理由で。
「一応手当てだとか、包帯の交換もしてくれたよ。だけど気持ち悪いだとか臭いだとか言われたよ。してはくれたけど嫌々してたのは分かってた。その頃から家族に期待しなくなったんだ。けど、本当に酷い火傷したから今でも小さな火を見るのも怖いんだ。あ、牡丹ちゃん。」
「あ、燕子花君……。」
「………………。」
牡丹様の姿を見て絶句した。手も顔も血しぶきで汚れていた。そして手に握られた束になった髪の毛。何をしたらそうなるのか分からないほどに全身汚れた着物。姿だけでも衝撃的なのに
闇を孕んだ荒んだ目。
「ハルさん……。」
「っ!あ……。」
流れてきた牡丹様の記憶。嘗て仕えた旦那様と奥方様のいる場所は牡丹様が閉じ込められた地下室。
カツン、カツン。と音を立てて階段を下りて誰かが下りていく。
地下室へ来た誰かに旦那様たちは間違いなく牡丹と呼んだ。しかし次の瞬間旦那様は喉を引き裂かれおびただしい出血に苦しんでいる。そしてそんな旦那様に
「気安く牡丹なんて呼ぶな!!!なんで今になって名前で呼ぶのよ!!名前も付けない!お前って呼んでた奴らが偉そうに!!」
ごめんなさいと泣いて謝った奥方様も喉を潰され、吐血で苦しんでも
「ごめんなさい!?ふざけるな!!謝れば許してくれるって思ってるお前らの考えなんて分かってるのよ!!謝るくらいならなんでしてきたのよ!!お前らのごめんなさいも謝罪も何の価値もありはしないのよ!!!あんたらが謝っても暗い部屋も夜も怖くなるのが治りはしないんだから!お前らが謝る度に憎くて憎くて堪らなくなるのよ!なんで分かんないのよ!!私の親だって言うけど私の苦しみを何も分かってないくせに!!!」
そう叫んだら鉄格子の向こうにいる二人は皮膚は引き裂かれ、筋肉が剥き出しになり音を立てて引きちぎれる。
吐血しながら叫ぶ二人を見て
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!!!お前らの言葉も叫びも全部うるさいのよ!!!」
全身から血や体液を吹き出して何かが千切れていく音を聞いて、二人が苦しむ様を最後まで見て
「は、は、は。…………きたなっ!」
さっさと綺麗にしてもらわないと。と呟くとそのまま2階へと向かい、手伝いに地下室の掃除をするように言い付けるが。
「まだ、2階の掃除を終わらせておりませんので。終わったら」
言い終えないうちに顔が爛れてしまい髪の毛を掴まれ
「あんた!今あたしに何言ったのか分かってんの!?」
「あ、ぐ…………。」
「地下室の掃除しろとあたしが言ったら直ぐにやれって何回言われたら覚えるのよ!!!この出来損ないの役立たず!!」
視線の端には怯えて何も言えないで震える手伝いたちがいた。髪の毛を持ち替え顔を窓側に向けたら
ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンッッッ!!!と叩き付ける。
そして震えてた手伝いたちに振り向くと
「あんたら、あたしの言うこと聞かなかったらこうなるの覚えておきなさいよ?」
渾身の力を込めてヒビの入った窓に顔を叩き付け埋め込むと
「あんたみたいな役立たずの出来損ないとか要らない。」
そう言って窓から突き落としたら。何も無かったように部屋を出ていこうとして。
「あ。窓際もさっさと掃除してよね?後回しにしたら、あんたらどうなるか分かってるわよねえ?」
そして屋敷を出ていき私のいる離れに着いて記憶は終わった。私は
「牡丹ちゃん……。」
「ねえ、ハルさ……ん。」
あんな事する私は悪い子?と言ってきた牡丹ちゃんは泣いていた。
「私、燕子花君みたいに割りきれないの。憎くて憎くて堪らないの。いないみたいに、扱えない!私、私ね。この地区に来てからも。ずっとずっと苦しかった。アイツらから逃げ出せたから全部楽になれるって信じてた!なのに何も変わんない!!それで。私がこんなに苦しむのは全部アイツらのせいだって思ったらアイツらが来たの。だけどね。私にずっとしたことを聞いて一言でも悪かったって言ってくれたら、まだアイツらを許したのに。なのに!!!アイツらは!!!暗い部屋も夜も怖いと言った私に」
それは私たちのせいでは無いでしょうって言ってきたと牡丹は泣き崩れて言った。
「もうそれからだった。期待するのを諦めるってそんなの出来なくて。私はこんなに苦しんでるのにまだ自分たちが悪かったと思わないコイツらを許せないって、思うようになったの。だから言っても分からないコイツらに力で分からせるようにしたの。」
そして私はまた牡丹様の記憶を見た。それからは元一族はそれぞれの地下室に閉じ込めて元手伝いたちは自分の命令を全て聞くようにさせた。
一度芽生えた激しい憎悪、恨みは消えなかった。地下室に閉じ込めた当初は喚き散らしては出せと怒鳴っていたらしいが。
「出せ出せうるさいなぁ。出すのかなんて決めるのはあんたらじゃない。私だから。私はあんたらみたいなクズにも最後の機会も与えたのに自分で無駄にしたのがまだ分かんないの?あんまり私を怒らせるなら分からせてやるから。」
そう言った瞬間骨も肉片も血しぶきと同時に飛び散った元旦那様。一体何が起きたのか分からないでいたら
「お前らはただ死なないだけの無力な人間。だけど私は憎しみを、恨みを抱いてる奴らをさっきのヤツみたいに殺せる。分かった?私に逆らうと何時でもこうなるの。いくらバカでも理解出来るよね?」
これまで出せと喚いていた一族たちも黙ってしまい、何を思ったのか。今さらごめんなさいと言い出し、しかも
牡丹は優しいから許してくれるよね。などと言ったのだ。この一言が牡丹の逆鱗に触れてしまいふざけるな!!と聞こえた後、一族たちの阿鼻叫喚が響いた。
地下室は瞬く間に多くの血が飛び散っていく。ブチブチッ、メキメキッという何かが千切れていく音と何かが砕かれていく音と
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっ!止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めてえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっっ!!!」
という牡丹の声ではない何人もの叫びが聞こえる。牡丹は壊れたように笑い続けた。
「ふふふふふ。痛いよね?痛いわよね?私の憎しみを全部ぶつけたんだから痛いのなんて当たり前よ!!もうお前らはあたしを怒らせた!!!もうお前らに終わりはこないのよ!ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと此処にいないといけないんだから!アハハ。アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッ!!!」
私が来るまでの牡丹様は。憎しみから抜け出せなかった。私ではなくコトリさんの所に来て話を聞いてもらっていたけれど。コトリさんだけではどうにもならなかった。
「ハル、ハルさん。辛い、辛いよぉ。もうヤダよぉっ!」
1人部屋の中、布団で眠りながら牡丹様は何時も泣いていた。
「ハルさん……。ハルさん……。」
悪夢にうなされる時も。牡丹様は何時も私に助けてと言っていた。
「ハルさん……、たす、助けて。」
だからこそコトリさんは私に此処に来て牡丹ちゃんの話を聞いてもらいたいと頼んだんだと、やっと分かった。コトリさんだけではどうにも出来なかったから。
コトリさんも1人で何とかしたかったのでしょう。天寿を全うして私を再び人として転生させたかった。けれどどうにもならなかった。
牡丹様はまだ不死者になった時点では転生は出来た。けれど不死者になる前からの激しい憎しみと恨みを抱いていた為悪霊になってしまう。そうなってしまったらコトリさんもどうしようもならない。見境なく、生きている人も死んでいる無害な霊さえも襲うだけの存在になってしまう。そうなれば消滅以外の手段しか無い。
そうならない為に不死者として連れていくしか無かった。時間が止まった隔絶された箱庭の世界でいる方が良かったから。

私がこの子外離部落慰安地区へ来てからどのくらいの時間が経ったのか。今となってはもう分からない。けれど
「んん……。おはよ~、お母さん。」
「おはよう。今から起こそうって思ったのよ。」
「お腹空いた~……。」
まだ眠たそうに目を擦ってちゃぶ台の前に座ると朝食を見ながらもう1人の相手を待ってる。その相手はすぐやってきた。
「おはよう。牡丹ちゃん。ハルさんもおはようございます。」
「おはよう。燕子花君。」
「おはよ~。早く食べよ。お腹空いたけど待ってたよ。」
「うん。何時もごめんね。今日も起きるの辛くて。」
「ううん。気にしなくていいよ。燕子花君何時もキツそうだから。」
そう、燕子花君はいわゆる低血圧で起きるのが辛い子だ。今日も起きるのが辛いと言ってはいるが、まだ早い方だし顔色もまだ良い方だ。
「無理はしないで食べれるだけで良いからね。後でお腹空いたらおにぎりでも作るから。」
「ありがとうございます。」
この慰安地区に住む子供たちは精神的に不安定な牡丹ちゃんみたいな子が住んでいるが、燕子花君のように火に対する恐怖症やとても仕事が出来ない身体の弱い子もこの地区に住んでいる。
そんな燕子花君も、牡丹ちゃんの事を気に掛けていた。
何時も苦しそうに泣いている牡丹ちゃんにどうしたら良いのか考えてた。
「ねえ牡丹ちゃん。向こうの子たちがね、スイカたくさん作って余ったから食べてって。一緒に食べよ。」
「スイカ?なにそれ。」
「甘くて美味しい果物よ。」
甘くて美味しい果物。その一言を聞いた牡丹は目を輝かせ見たことも無いスイカにワクワクして
「いいの?食べたい!」
朝ごはんを食べて勉強して、向こうの部落の子と遊んだら。また戻ってきたら。お昼にそうめんを食べて井戸で冷やしたスイカを持ってくると
「わああ!これがスイカなの!?」
「うん。そうよ。立派なスイカねえ。すぐ切って持ってくるわね。」
今の牡丹は以前ほど酷くは無い。長い時間をかけて治してきた。言葉さえ間違えなければ、余計なことさえ言わなければ大丈夫なまでになった。
「おはようございます。」
「…………。おはよ。」
「あの、地下室の件ですが。」
「……。なに?アイツらを出せって言いたいの?」
あたしはずっと出すつもりは無いからと言い放つ。
「あたしがアイツらに何もしなくなったからって調子に乗らないで。許したなんて一度も言ってない。」
「………………。行こうか。」
「うん!あのさ。下らない事で足止めしないでよね。」
怒鳴る事はしなくなったけれど、トゲのある言い方は相変わらずだった。それでもほんの一言で痛め付ける事をしなくなったのは大きな進歩だと思ってる。
現に地下室に閉じ込めている一族たちにも何もしなくなった。しかしハッキリと
「何もしなくなったからってお前らを許したとか勘違いしないでよね。」
そう、何もしなくなっただけで。許してはいない。牡丹が自分たちを許したと勘違いしている。
「もうあたしは此処に来ない。お前らはあたしにしたことを毎日後悔していくだけしか出来ないのよ。」
それを最後に牡丹は地下室へ行かなくなった。ある置き土産を残して。
「ねえ、旦那様たち……。」
「ええ……。みんなそうよね。」
「すごく窶れたわよね……。」
食事は食べられず無理に食べさせようとしたら吐き戻す。それだけでなく、眠れば叫ぶか魘されるかその両方。
地下室に来た手伝いたちを見たら泣きながら
すまなかった、ごめんなさい、もうしないでと言う。
「……………………。」
良いわよ、お前たちを許してあげるわよ。お前たちはずっと現実か幻なのかも分からないまま、苦しみながら生きてくんだから。可哀想ね、死ねないなんてね。少しだけお前たちを憐れんであげるから。
「それに、手伝いたちもさ……。」
「うん……。もう処分しないとね。」
今の手伝いたちはまあマシかな。役立たずになった手伝いたちの処分もしてくれるし。
ハルさんと、燕子花君たちがいなかったら。私はここまで良くならなかったよ。今でもあの頃を思い出す時があるけれど、昔より辛くない。私も。
この地区にやってきた苦しんでる子が来たら。私に出来る事して助けたい。
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