縛りプレイ・リフレイン

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第1章 8話 大図書館

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ターナーは街の地下にある、
『闇街』内の大図書館へと足を運んでいた。


ーー「多分それは『妖精語』だな。文献で見た事がある。そうだな、街の地下にある図書館にでも向かってみたらどうだ。シュゲル婆さんなら分かるだろうさ」


便箋にてシューバに相談を持出した時
返信でこの図書館の事を紹介された。

天井まで続く本棚が通路の奥先の暗闇までズラリと並んでおり、全く終わりが見えない。
それでも、シューバに渡された通行証代わりだと言うカルマル焔のランタンを持ち、闇に支配された図書館の通路を歩いていると右隣の本棚から巨大な獣の手が伸びて来て
ターナーの頬を黒く長い爪で一撫した。


「いらっしゃあい。エルフのお客さんェ。
…何をお探しでェ?」


それは老婆の様な喋り方に対し
声は若い幼女の様に甲高く、館内に響いた。
堪らず首に冷や汗をかくも、
冷静に重量のあるそれを両手で除けて、
小荷物入れに用意していたお金を巨大な爪に
袋ごと掛けてやる。
すると爪は身を引き、まるで品定めする様に
ターナーの周りを囲む様に行き交った。


「…妖精語に関する図書を探してます。貴女に聞けば分かるだろうと言われて」


その時爪の動きがピタリと止まった。


「ヘェ。これまたマニアックな本を読むんだねェ。妖精はお前らなんかにゃ見えもしないのに調べてどうするんだいェ?…まぁ調べに来たのはお客さんで二人目だけどねェ」

「……一人目はいつ頃来たんですか?」

「ずぅ~~っと昔だねェ。それも700年位前かねェ。魔女戦争が起こる前さね」


すると手は引っ込み、手の主が代わりに
棚からズルリと通り抜けてきた。

灰色の長髪で頭頂部には黒い獣の耳、
足首まである黒いレースのワンピースに
足元の隙間からは黒色の尻尾が覗いている。
手はレースの長い袖に隠れて見えないが
先程の巨大な手のシルエットが浮かんでいた。

「シュゲル婆さん」なんて言葉が似合わない
ケットシー族の幼い見た目の女だった。


ターナーは続きを聞き出そうと
シュゲルをじっと見遣る。
するとシュゲルはそれに肩で返事をし、
自分の通り抜けた所から1冊の分厚い本を
取り出して目にも留まらぬ速さで
ペラペラと紙を捲り始めた。


「普通の男だったかねェ。
それもまたどこにでも居そうな平凡な。
あっしはソトの世界の事は詳しくは分からない。だけンどもそのお客さんからは
直感的に『英雄』の気配がしたんだェ」


ふと、シュゲルの発した言葉に反応する。
しかしすぐにターナーは女の持つ本に
目線を合わせた。


「その本を貸した後すぐ、荒れていた世界は静まり、600年の平和が訪れたェ。もしかしたらアンタも『英雄』同様、この森の歴史書に刻まれる一人になるかもしれんさねェ」


最後まで捲り終わったらしく
本を勢い良く閉じ、ターナーに向かって
軽くポイッと投げて渡した。

それを受け取り無意識に本の題名を唱える。


「『北グレンテル領 森の伝説』…?」

「森のれっきとした歴史書だェ。ソイツも一緒に持ってってやんな。何百年もずっと森に
行きたがってたんだェ」

「……ソイツ“も”?」


そう言うとシュゲルは頷き
そのまま宙に浮かんだ。
そして暗闇の奥先まで続く長い廊下に向かって
手を伸ばした。
すると暗闇から明るく光る1冊の本が
シュゲルの手に吸い込まれるように飛んで来た。それを彼女は難なくキャッチし、表紙を優しく撫でる。

ターナーが困惑していると
彼女は最も少女の愛らしい笑みを浮かべながら
手元の本をターナーに渡した。


ー『妖精語 全集ー北グレテンテル領偏ー』



「因みにあの森の子達は『コルボックル』って言うんだェ」

「『コルボックル』…」


本を一ページ捲り、挿絵の妖精を眺める。
その姿はあの森で見たものと同じ
全てを包み込む暗闇から2つ光る巨大な両目がこちらを覗いている構図だった。


「そんじゃシューバちゃんに宜しくねェ」


投げかけられた一言に反射的に顔を上げ
もう一度シュゲルを視界に捉えようとしたが
既に彼女は姿を消しており、目の前には
ただただ暗闇の奥深くまで永遠に続く巨大な本棚が来た初めと変わらずズラリと並んでいた。


「何故…シューバさんだと…」


ポツリと呟かれた声は
館内に響くこと無く消えていった。
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