縛りプレイ・リフレイン

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第1章 11話 贈り物

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「可愛い可愛いルー。私の可愛い息子。
旅立つ前にこの御守りを持って行って頂戴」

「お母様、僕は強いから大丈夫だよ。
人間なんかに捕まりはしないよ」

「いいえ、いいえ。外は厳しく、怖いのよ。
だからいつでも家族を思い出せるように
あなたに贈りたいのよ」

「分かったよ。ありがとうお母様。
僕を育ててくれてありがとう。
愛してくれてありがとう」

「あぁ、あぁ愛しいルー。いつまでも幸せに」

「今までありがとうお母様」


そうして僕は森を出た。

もう会えないお母様の姿が目に浮かぶ。
妖精の間では珍しくない疫病だった。
ここ数百年人間により森や土を汚され
森を漂う空気には妖精にとっての毒が混じっている。そこに居続ければ勿論病に掛かりやすくもなる。
森から産まれた時から膨大な魔力を所持していた僕は強力な自己防衛の魔法をほぼ永遠に掛けられる為病には縁がなかったが、お母様はそうではなかった。僕の魔法も今まで拒否し続け
結果後戻りも出来ない様な所まで来てしまった。
死に姿を見られたくないという思いが
嫌でも伝わって来るのがわかる。

だから家を出る事にした。
この森を出て、新しい人生を歩もう。
他の放浪妖精の様に独りで力強く生きる為に。

胸に掲げた御守りと共に。




*****************


 


「そう言えばお使いは?」


床の掃除を終え、予測通りに
ターナーにグチグチと怒られながら
壁を借りた布で拭いていると
ふとターナーが投げかけた。


「あっ」


完全に忘れていた。
何にしろ最初の店でこのルーという少年との出会いのせいでバタバタしていたためだ。
我ながら仕方ないと思う。


「だと思いましたよ。予測通りです」

「…俺の評価どうなってるんだよ…」
 

大きな溜息と共にターナーは手を止め
ハンモックに眠る少年を指さした。


「で?コレはどう説明するんです?」

「…あー、んーと…、拾った?」

「ハァ!?こんな幼い子供…いや、家出だとしてもこの子に家族が居るはずですよね?今すぐ返して来なさい!」

「いや、そのだな」

「そのだのなんだの言い訳は要らないんです!私たち下手したら捕まっちゃうかもしれないんですよ!?」

「いや、だからだな」


なんと言い訳しようかと考えていると
むくりとルーが起き上がった。
眉間にはシワが深く刻み込まれ
いかにも不機嫌そうにこちらを睨んでいる。


「ル、ルー。助けてくれ」

「ル・ルー?この子の名前ですか?」

「違う違う」


ターナーが怪訝な顔をする。
それに顔を降って否定をし、
ルーに顔を向ける。

何か言ってくれ。説明がめんどくさい。
パクパクと口を動かしルーに訴える。
するとルーはゆっくり欠伸をして
ターナーに向かい満面の笑顔を咲かせた。


「僕ね、僕ね、ルー!って言うのー!」


ターナーはため息を吐きルーの頭を撫でた。
 

「…そう、ルー君、ですね。
ルー君のお母さん達はどこですか?」

「えっとねーえっとねー、いなーい!」

「は?」


構わずルーはターナーの手に頭をすり寄せ
満面の笑顔で答える。


「だからね、ルーは一人で街に来たのー!
そしたらー、シューバが居たから付いてきたー!」

「それは……」
 

ターナーが困った顔でこちらを見る。
ーもう何でもいい。そいつの言う通りでいい。
肯定のつもりでそれにコクコクと頷くと
ターナーは少し考えた後ルーを抱きしめた。
 

「はぁ、わかりましたよ。負けました。
確か孤児院は隣国の都心にある筈です。帰り道のルートに有りますからその時までなら一緒に居てあげられます」

「ほんとー!?」

「私もシューバさんだけだとストレス溜まりまくりそうなので丁度良かったですよ」

「おいそりゃどういう事だよ」

「シューバ、よわいもーん!」

「ちょ」

「おや、よく分かりましたね」

「おま…」

「ボク強いからー!いっぱい戦うー!」

「シューバさんより頼もしいな」

「お前ら悪魔かよ…!」
 

宿に子供の黄色い声といい大人の笑い声が響く。
5扮後に宿主からお叱りを受けるまで
その笑い声は続いた。



*****************
   



「あ、思ってたより美味しい」


ターナーは鍋から掬いとった
ガルジア肉のスープを味見と称して
すすった後そう呟いた。


「そりゃどうも」


あれから罰として御使いに行かされ
急いで買ってきた材料をルーと一緒に
煮込んだ物だ。

ちなみに味見はしていない。

 ほぼルーが魔法を使って味付けをしていた。
なんでも一人旅を始めてから習得したスキルらしく、簡単なものから凝ったものまで幅広いジャンルをほぼマスターしたらしい。

最強魔法生物ドラコンを「食材」と言った時には堪らず笑ったが。


「この時間帯じゃ安い食材しか手に入らないと思ってたのに案外美味しくなるもんですね」

「ボクのまほー!すごいでしょー!」

「私も地味に料理スキルは極めてますが
ルー君には負けちゃうなぁ」

「えー、お兄ちゃんのご飯食べたーい」


ルーが目を輝かせてターナーに抱きついた。
ー本当に恐ろしい奴。
本性を知っている自分からすると
コイツが擦り寄ってくるだけで
とんでもなく鳥肌モンだ。
 

「明日のお昼ご飯、一緒に作りましょうか。
森でピクニックしましょう」

「やったー!!お兄ちゃん大好きー!」

「特別です、ルー君の為ですよ。
あーあ、シューバさんもこんくらい素直だったらなぁ」

「気持ち悪い事こっち向いて言うなよ……
あ、ちょっと待てよ」


ターナーの白い眼差しを受け流し
小荷物バックを手に取る。
中から空色の液体が入ったガラス瓶を
3本取り出しそれぞれに投げ渡す。

実はあの商品棚から高価な品を
一つくすねてきたものだ。
確か名前は、


「ブルージルのエキス、ですか」

「流石。よく分かったな」

「散りばめられた奇魔力結晶が液体の中に見えました。よくこんな希少なものを手に入れられましたね。まぁシューバさんの事ですから
誰かからくすねてきたんでしょうけど」

「……流石」

「シューバ、ブルージルって何?」

「ん、ブルージルはこの国一番の研究者だ。
しかも数年に一度だけしか世に出ない奴。 
それも研究の成果が出た時だけ」

「己の体液から多彩な魔力結晶を生み出すことに成功した唯一の研究者です。確か前回は
上級パフ系のエキスでしたね」

「へぇ~、そんな人間も居たんだね」

「アイツはとんでもなくムカつく奴だけどな」

「思ったんですけどシューバさんって
意外と人脈広いですよね…」

「幼い頃に色々とあってだな」

「貴方に幼少期があった事が一番驚きですよ
…まぁ、それは後ほど聞く事にします。
それで、今回のエキスは青ですか…」


瓶を頭上のライトにかざし、軽く揺らす。
ライトによって中の結晶がキラキラと
反射し輝く。
 

「青魔力結晶は幸運、アイテムドロップアップ系だねぇ、よいしょっと…どれどれぇ?」


ルーがスープを飲み干し終わると、
ターナーの膝の上に乗り一緒に瓶を覗き込む。


「へぇ、意外とよく出来てるんだね」

「エキスと言ってもブルージルの体液だけどな」

「うえっ!?きもーっ!」
 
ルーは急いで瓶から遠ざける様に
大きく体を反らし、目に涙を浮かべて
産まれたての小鹿のように
ぷるぷると体を震わす。
すぐさまターナーから
ー大人気ない、と冷たい目線が刺さる。
それに苦笑いして答える。


「取り敢えず、持っといても損は無いモンだ。いつ使うかは勇者のお前の意思に任せる」

「…それはどうも有難うございます」


ターナーの瓶を握る手が強ばる。
何秒か沈黙が訪れた後
ターナーの顔が変わった。


「あ、そう言えば」


己の小荷物入れを漁り、あるものを取り出した。


「木箱?」


見るからにそれは至って普通の木でできた
中くらいの安っぽい木箱だった。


「ソレから森の匂いがするー!いい匂い」

「森……?あぁ、そういやターナー、
俺が倒れた後も生き残ってたよな。
なんか良いものでも見つけたのか?」

「良いもも何も…開けられないから分からないんですよ、コレ」

「え?」

「シューバさんが教会に転送された後
確かに生き残ってましたけど、あの後
森の中で何者かの魔力妨害を受けまして」

「ちょっとそれは、初耳なんだが」

「シューバさんには言ったじゃないですか!」

「いや、妖精語の事だけじゃねえか!便箋に
「ウバラバ」「アッタン」って何かわかりますか?
とか書いてあったから何かと思えば…!」

「その妖精語も妨害時に聞こえて、
その後森の出口にこの木箱が落ちてました」

「僕、妖精語得意だよ。その言葉の他にも
何か言われたよね?なんて言ってた?」

「あ、えーと、
『ウバラバ、アッタン』
「女神の匂い」

『マハタン、シバナ』
「再会の思い出」

『ウバラバ、トゥーナ、シバナ』
「女神との懐かしい思い出」

『ナルナド、カルナ・F・ターナー』
「あなたは恩人、カルナ・F・ターナー」

一応言葉の意味も図書館から借りたこの本で
調べておきました。どうぞ」


合わせて二冊の本を取り出し、二人に渡す。
シューバがパラパラと捲っているうちに
みるみるルーの顔色が変わっていった。


「…うわぁ、コレ、凄く悪趣味……。
森の妖精が何百も本に閉じ込められてる…」

「え!そうなんですか」

「文献はそういうもんだ。昔の研究者達は本の状態を保つために捕まえた妖精を研究し終わった後に無理やり魔力気体に戻して紙に練り込んでる。胸糞悪いが、そうしないと昔の本はその時代の魔力で汚染された大気に耐えきれずすぐに腐って読めなくなっていたからな…」


そのままルーの持つ分厚い本を優しく取り上げる。
ルーは己の手を見つめたまま動かなかった。


「…………これだから人間は…」

「ルー?大丈夫ですか?」

「…、うん、大丈夫だよお兄ちゃん。
それよりその妖精語の意味からすると
もう一度その森に行かなくちゃいけないかも知れない」

「どういう事だ?」

「実はナルナドの意味は二つあるんだ。
妖精の中では隠語とされてるけど」
 

そうしてルーは空中に妖精文字を書き始める。
浮かび上がった光る文字に手のひらをかざし
スペルを一文字消した。


「ルナド。意味は罪人、又は盗人」


ルーがその言葉を呟いた途端
ターナーの持つ木箱が黄金に大きく輝いた。


「何ですかこれ!?」

「おい!ルー!説明してくれ!」

「やっぱりね、コレは妖精の罠だ」

「ハァ!?」


罠と聞いてシューバは急いで魔法陣を展開していく。
ターナーは輝く木箱を小荷物入れに
仕舞おうとするがそれをルーに咎められる。
すると木箱は徐々に輝きを失い、元の木箱に戻った。


「こういう意地悪な事をするのが妖精は好きだからね。
妖精界では罪もない奴を痛め付けるのは禁忌とされてる。だから一旦、ソイツに開かない宝物を持ち帰らせれば、ソイツは「盗人」になる」

「…ターナーお前…それこそ死ぬかもな」

「…?どういう事です?」

「僕エルフと妖精の仲は良いとは思ってたんだけどな…。
取り敢えず今の木箱なら開けられるから開けてみなよ」

「…??」


ターナーは困惑しながらも箱に手をかけた。
すると、今までビクともしなかった蓋が
いとも簡単に開けられた。


「本当だ」

「あ、中になにか入ってるよー!」


箱の中央に一つ、赤い小さな物がコロりと転がっていた。


「コレは…木の実?」


瞬間、木箱が爆発した。


「!??」

「もー!無駄な魔力使わせないでよー!」


ルーによってシールドも発動されていたらしく
箱以外に被害は無い。
シューバは炭になった木箱の残骸に向かって
手のひらを広げたまま動かない。


「まぁでも流石に僕でも気持ちは分かるな」

「ああ、こんだけ侮辱されちゃあ俺も黙ってらんねぇ」

「ど、どういう意味なんですか」

「あー、いいか、勇者様?さっきのは枯木の
最後の木の実。つまりうんこだ」

「うん…こ!?」

「死んだ木の便を送り付けるなんて妖精にとって最上級の侮辱の行為だよ!宝物なんか渡す気も更々無いって事だね」

「ホラ、さっさと支度しとけ。早目にケリをつけようぜ」

「わーい!僕妖精と戦うの初めてー!」


困惑しているターナーの前で
忙しく荷物をまとめる二人。
シューバは指を振り、魔法で食器を片付けていく。
ルーは小荷物入れに己の魔法呪文が書かれてあるメモ用紙を数枚入れていき、また新たに書き連ねていく。


「妖精の魔法は手強いから気を付けてね。
一応対策魔法は用意しておくから!」



そして二人に連れられ
あの森の入口に向かう事になった。
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