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2章 別の戦い
16話
しおりを挟む「ギェェェェエエエッ!!」
「ひっ」
「逃げろぉッ!!」
バカデカい鳥型のモンスターが男達に突っ込み、同時に待機していた中型の鳥が一斉に屋上へ降り立った。
「……は?」「ぎゃぁぁっ」「いやぁッ!!来ないでぇっ」「ギェェエッ!!」「ギエッ」「グゲェッ!!」「来るなぁッ!!」「助けてぇッ!!」
一瞬何が起こったのか分からなかった人間達は、デカい鳥に隣の同族が食われる様を見て我に返る。
寝起きドッキリも甚はなはだしい。
「ッ!!」
ライトのスイッチの下で寝ていた佐藤は、急いで全てオンにした。
ライトアップされた目の前に現れたのは、恐ろしい速度で広がっていく地獄だ。
「佐藤ッ!!」
彼と同時に起き、明かりがつくのを待っていた葵獅が叫ぶ。
「後ろを頼むッ!!凛ッ、絶対離れるなッ!!」
「うんっ!!」
「分かりましたっ!!」
顔を歪め周りを見回す葵獅は、すぐに少女の姿を見つけた。
「池に向かうッ」
「うんっ」「はいっ!!」
葵獅が先頭に立ち、凜が二人の背中の服を掴み、佐藤が後ろ向きに立つ。
「速足で行くぞっ」
「佐藤さんっ脚を大きく上げながら、転んじゃう」
「はいっ」
葵獅は襲ってくる黒鳥を両腕の炎で迎撃しながら。
凜は後ろの見えない佐藤に指示を出しながら。
佐藤はぎこちない後ろ走りで、襲ってくる黒鳥を迎撃し、尚且つ近場の人を襲っている黒鳥を吹き飛ばしながら。
目的の少女まであと少しの所に迫る。
「紗命ッ!!」
「ッ!!皆はんっ!!」
彼女は十数人を背に、池の水を操り大きな天蓋を作って空と地、両方の敵の侵入を阻んでいる。
天蓋は回転し、黒鳥が体当たりしても流し押し返している。
紗命の近くにいる黒鳥を燃やし殴り飛ばし、天蓋を挟んで紗命を中心に葵獅と佐藤が並んだ。
「頼む」
「はぁい」
天蓋に穴が開き、凜が飛び込む。すぐに再び穴が閉じた。
「葵っ、頑張ってっ!!」
「あぁッ」
凛は大きな背中にありったけのエールを送る。
「ふふっ、佐藤はんもきばりや」
「応援っ、痛み入りますっ!!」
そう言って笑う紗命の額には、玉の汗が浮かんでいた。
「走れる奴はこっちへ来いッ!!」
「こちらへ逃げてきて下さいッ!!」
外の二人が黒鳥を蹴散らしながら大声で叫ぶ。
真ん中に道を作り、逃げてきた人を素早く中に入れる。
「見せてくださいっ」
凜が傷を負った人に呼びかけ、コートを脱ぎ、自分の服を引き裂き止血を試みる。
突然のことに怯えていた人達も、四人の勇姿に恐怖を溶かされ、力になろうと自分の服を引き裂いて包帯代わりにしたり、守ってくれている三人に口々にエールを飛ばし始めた。
「ふんッ!!」
「ぶギィッ」「グェッ」
空中から飛びかかってくる黒鳥の足をひっつかみ、
目の前から突っ込んできたもう一匹に叩きつける。
そのまま右から来る一匹を炎上した鳥で殴りつけ、
左から来る一匹へぶん投げた。
鍛え上げられた肉体と、燃え盛る炎を両手に、獅子奮迅の戦いをする益荒男。
葵獅の上気した筋肉は荒々しい輝きを放ち、唸る焔は美しき残像を描く。
荘厳ささえ感じる武闘は、敵味方問わずその心を燃やす。
葵獅の周りには、既に十五匹の焼き鳥が香ばしい香りを上げていた。
――対する佐藤の戦いはとても静かに行われていた。
あれから彼はほとんど動いていない。
風魔法の強みは半不可視の長距離攻撃。
練習の段階で、ならば天蓋の中から攻撃すればという案が出たが、そうすると何故か水も風も操作ができなくなる。
これは魔力操作が未熟なせいで、お互いの魔力が衝突することによって起きる現象なのだが、そのことに彼らが気付くのはまだ先である。
普段ひ弱そうに見える彼だが、誰も心配はしなかった。
天蓋に守られていなくても、佐藤は充分に戦えるのだ。
しかし今や、その顔には大量の脂汗が走っている。
「すぅぅ~~~、ふぅ~~~――」
深く深呼吸をして、精神を集中させる。
ザシュッ「ギェッ」ザシュッ「ギュッ」ザシュッ「グッ」ザシュッ「グィッ」
狙った敵の首が半不可視の刃に切り裂かれ血を吹き出す。
途中までは風の塊をぶつけ敵を飛ばしていた。
しかしそれだと良くて気絶、悪いと再び向かってきてしまう。
大勢の敵に囲まれ、危機的状況へと追い込まれた集中力が、敵を殺すために最も合理的な魔力操作を可能にした。
それからはただ淡々と、眼鏡をかけたギロチンとして敵の命を刈り取っている。
彼の周りには夥おびただしい血と死体が転がり、処刑された罪鳥の数は二十五を超えている。
断頭台は痛む頭に顔を顰しかめ、次の罪人へと刃を伸ばした。
――ギョロリと赤い目を動かし、黒鳥の親玉は辺りの惨状を見渡した。
嘴くちばしで捕まえた一匹は丸呑みにし、右足で踏み潰した一匹を啄ついばみがてら、左足の下で呻く一匹を爪で串刺しにする。
狩りは順調だ。
子供達も食事にありつけている。
ここら周辺の生物は弱くて助かる。
身を守る術を持つ者もいるみたいだが、時間の問題だろう。
――親鳥はそれらの元へ、子供達を向かわせた。
しかし、
――しぶとい。
既に半数の子供達が殺されている。
逃げ惑う人間はもういない。
大方食い尽くし、残るは固まる集団だけ。
だというのに、どうしても崩せない。
生意気にも奴らは死に物狂いで足掻き続けている。
これ以上大切な我が子達を殺されるわけにはいかない。
血に濡れた鉤爪が、その腰を持ち上げた。
――「ふぅッふぅッふぅッ、無事か佐藤っ!!」
攻撃の勢いが弱まったのを認め、葵獅が敵から眼を逸らさずに叫ぶ。
しかし彼の声音の中に心配の色はない。
今の今まで後ろから敵が来ないのは、信頼する仲間が背中を守ってくれているからだ。
そんなことは分かっている。分かっているが、仲間の無事は返事で持って確認したい。
「――っ!!はいッっつぅ」
後ろから聞こえた力強い声に佐藤の身体が反応する。
直後頭の中を走る激痛に顔を歪め隙ができるも、なぜか敵も襲ってはこなかった。
「紗命はっ!!」
「お陰様でぇ」
いつもと変わらぬ口調に葵獅も思わず笑ってしまう。
「あと何匹いるっ!!」
「……三十弱ってとこやろかぁ、」
「……多いな、……持つか?」
「どうやろ、うちん前に佐藤はんが倒れそうやけどなぁ」
「……怪我したのか?」
「いんや、恐らく魔力の使い過ぎちゃうやろか。くたばってる敵はんの数で言えば、葵はんの倍近くはあるわぁ」
「……ほぉ」
一瞬の驚きの後、葵獅の口角が獰猛に持ち上がる。
これは競争ではない。命がけの防衛戦だ。
しかし、元より戦いの職についていた自分が、まさか倍の差をつけられてるとは思わなかった。
称賛と同時に、葵獅の闘争心に薪がくべられる。
「佐藤ッ!!返答はいらん!!敵はあと半分だ!!絶対に倒れるなッ!!終わったら飲むぞ!!」
葵獅とて頭痛に侵されていないわけではない。常人なら頭を抱えて蹲うずくまる程度にはきている。
声を上げれば当然痛む。無理やり筋肉で押さえつけているに過ぎない。
しかし、既に限界を超えて戦っている仲間へエールを送らずにはいられなかった。
そこに発破が加わったのも、彼らしいと言えば彼らしい。
――佐藤の脳は極限の痛みと集中力に、不必要な情報をカットしていた。
今は目の前の敵のことだけで精いっぱいだった。
気を抜くとすぐにでも倒れてしまう。確信できる。
佐藤は考える。
今までこれほど頑張ったことがあるだろうか、ないだろう。これからですらない気がする、いや、もしかしたらあるのかもしれない、こんな世界だ。
あぁ、
(……つらい)
もういいじゃないか、そんな弱音が持ち上がって来た時、
仲間からの声が届いたのだ。
不思議とその声は彼の極限を邪魔することなく、暗い気持ちを優しく燃やしていった。
――少し経つとまた声が届いた。その声は先ほどとは違う。猛り、燃え盛る業火だ。
この気持ちに気付けないほど、馬鹿じゃない。
この気持ちを無下にできるほど、男が廃れてはいない。
何より、飲みに誘われてしまった。
眼鏡を正し、自然と笑みが浮かぶ。
気合一括。
「――ッはいっ!!」
消えかけのマッチにガソリンをぶっかけた。
――葵獅は背中に打ち付ける眼鏡な一括に苦笑する。
返答はいらんと言ったのに聞いちゃいない。後ろから、くすくすと可愛らしい笑い声も聞こえた。
気持ちの換気は十分だ。もはや負ける気がしない。
誰もがそう思う中、
暗闇が動いた。
――「……?」
最初に違和感に気付いたのは紗命だった。
操る水に抵抗を感じる。
その力は徐々に、徐々に強まっている。
誤差の範囲だった抵抗が、ほんの数秒で確かなものとなった。
((……風?))
「――ッ!!」
佐藤と葵獅、二人の後ろ髪を撫でた強風が霧散するのと、
前方の暗闇がぶれるの、
紗命が水の形態を変え、眼前に壁の様に展開するの、
全てがほぼ同時に起こった。
ヒュゴォッ――
水の壁に強風が叩きつけられる。
水面は大きく揺れているが、攻撃性は低いらしく耐えられる範疇。しかし、
――風が止まない。
予め母の攻撃の予兆を感じ退避していた黒鳥が、がら空きとなった後方から猛然と襲い掛かった。
「「――ッ!!」」
突如出現した水壁に気を取られるも、迫る危機が二人を現実へ引き戻す。
少なくなったとは言え、天蓋がなくなったことで無差別に襲いだした黒鳥を、二人が必死に食い止める。
その光景を見て、紗命は心の中で盛大に舌打ちをした。
強風は今も尚続いている。
一般人を守ろうと天蓋に戻せば数秒も耐えられない。
今の紗命の力では、手持ちの水全てを使った壁でようやく対だ。
それに加え魔力がガンガン削られている。
あとどれくらい持つかも分からない。
紗命は暗闇から現れた巨鳥を睨みつけた。
今まで暗闇に身を潜め狩りを見ていた黒い巨鳥の一撃は、辛くも少女によって防がれた。
巨鳥は本能で、最優先で消すべき相手を理解し、揺さぶりをかける作戦に変更する。
「っ?……ッ!!」
水壁にかかる圧が霧散した。かと思えば右方向から嫌な気配を感じ、紗命は急いで水壁を右へ展開する。
佐藤と黒鳥を分断し、間一髪のところで豪風を遮った。
逃げそびれた黒鳥が風と水の板挟みに遭あい、ゴボゴボと藻掻き苦しむ。
「グゥエェエッ」
それを見た巨鳥が攻撃を止め一鳴きすると、人間達に群がっていた黒鳥が戦闘を止め駆け足で巨鳥の後ろへと戻っていく。
子供達が自分の元へ集まったのを確認し、
――(左――ッ!!)
攻撃の気配に紗命は即座に反応した。
周囲から感じる嫌な気配、基もとい魔力の変化に、紗命は全集中力を研ぎ澄ませていた。
この戦いで大量の魔力を扱った三人は、微かだが魔力の知覚をものにしていたのだ。
そのおかげで彼等は今均衡を保てている。
しかし、
(右ッ……上ッ……後ろッ……左ッ……左ッ!!――)
三秒間隔で来る怒涛の攻撃に、紗命はついていくので精一杯。
加えて、彼女は今までずっと魔法を行使している。
相手はこれが初戦、先に燃料が切れるのがどちらかなど、誰が見ても分かる。
紗命の綺麗な肌を、大量の冷たい汗が流れていく。
(寒気がする……)
(頭痛い……)
(目ぇもチカチカしてきた……)
(……こら、不味いかもなぁ……)
「クソッ!!」
顔がみるみる青白くなっていく紗命を横に、葵獅が声を荒げる。
自分は紗命ほど上手く魔力を扱えないし、壁を作っても吹き飛ばされる上に前が見えなくなる。
何もできない事に歯噛みしていると、
「葵獅さんッ!!次正面が開けた瞬間一緒に魔法を打ち込んでくださいっ!!あいつが操れる風は一方向だけですっ!!」
「ッ分かった!!」
観察を続けていた佐藤が動いた。
「紗命さん、次の一撃は補助できないかもしれません」
その言葉に、紗命は頷うなずきだけで返す。
佐藤は観察と同時に自身の風魔法を相手の風にぶつけ、微弱ながらも威力を弱めていたのだ。
そして、チャンスはすぐにきた。
「「――ッ!!」」
腕の炎を一つに集約した特大の火炎放射と、風でできた大鎌が巨鳥目掛けて牙を剥く。
突然の反撃に意表を刺され、巨鳥の判断が遅れた。
巨鳥が驚き、攻撃を中断し、魔力を練り、顕現させるまで、実に四秒。……遅すぎる。
「ッ!?ギッグゲァァアッ!!」
風刃が巨鳥の胸を大きく切り裂き、そこへ炎の暴力が殴りかかる。
剥き出しになった肉を焼き、一瞬で全身を炎上させた。
「ぐぅッ!」「ふぅっふぅっふッ」
苦しみにのた打ち回る巨鳥へ、二人は頭を蝕むしばむ激痛を押して追撃をかけようとする。
しかし、巨鳥の方が一手早かった。
翼を広げ、練った魔力を全力で自身にぶつける。
「ッしゃがめッ!!」
風を受け炎上したまま突っ込んできた巨鳥は、人間達の頭上ギリギリを通り後ろの池へ墜落した。
――ジュゥジュゥと煙を上げながら立ち上がる身体は、焼け焦げ、羽も半分以上燃え落ちている。
自力で飛ぶのはもう不可能だろう。
その目には、湧き上がる殺意と一人の男が写っていた。
「――っ」
巨鳥が翼を広げるのと、葵獅が集団から離れるように走ったのはほぼ同時。
「俺から離れろっ!!」
「葵ッ!!」「っ!?」
直後、風を受けた肉弾が葵獅目掛けて飛び出した。
「――ッ」
葵獅は前方に大きくジャンプしてそれを躱す。
巨鳥はけたたましい音を立てながらテナントの一つに突っ込み破壊した。
「っ……皆っ!!こっちよ!!全力で走りなさいッ!!」
凛は他人の血に濡れた手で葵獅の逆を指さし、紗命を抱っこして走り出す。
有無を言わせぬの彼女の言葉に、怪我人を担いで一斉に走り出す人間達。
幸い巨鳥は見向きすらしない。
葵獅はその光景を横目に見ながら薄く笑った。
「……俺は良い女を持ったな」
屋根を吹き飛ばし出てきた敵が、再度突進の構えをとる。
対する葵獅は、動かず、目を離さず、魔力を感じ取り、筋肉の準備を済ます。
――風が吹いた瞬間、彼は全力で横に走りジャンプした。
「ッゲギッ!!」
巨鳥は葵獅を通り過ぎ、段差に嘴をぶつけへし折られ、再び池へ落ちていった。
打ち出された後に、自分でスピードを制御することはできないらしい。
すぐに立ち上がり羽を広げたその時、水が盛り上がり巨鳥の全身に絡みついた。
見れば、紗命が凜に抱かれながら右手を掲げ、佐藤が大鎌を作り巨鳥へ駆けていく。
葵獅もすぐに理解し、射程に入れるため近づき、火炎放射を打ち出した。
「グギャェェエッ!!」
風刃が首を切り裂き、炎が追撃をかける。
しかし致命傷には至っていない、炎も水と合わさり威力が減退している。
滅茶苦茶に暴れ火を消した巨鳥が、不意に、ギョロリと集団を見た。
誰もが嫌な予感を感じた。
勘のいい者はその場から走り出す。が、
「違うっ!!その場に捕まって下さっイッ!!」
佐藤の指示は頭痛に中断され、
ゴウッ
――巻き上がる強風に、十数人が宙へ投げ出された。
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