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3章 旅立ち

7話

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「リンスって何?」

「髪さらさらにするやつじゃね?……あ、おい、そっちが頭用でこっちが身体だ。ボディとシャンプーって書いてあんだろ」

「ほんとだ。あ、目に入った。沁みる」

「バカ野郎」

 悶えるノエルにシャワーをぶっかける。

 東条も慌ただしい彼女を救助した後、さっさと身体を流し立ち上がった。


「先ずどれから入るよ」

「ぶくぶくしてるやつ」

「ジャグジーか。確かにあれは気持ち、い、い……」

「……」

 風呂の縁に立ち、プカプカと浮かぶそれ等を見る。

 ジャグジーの水流になすがままのその生物は、時々同じ場所でくるくると回っている。

 此方を見返してくる円つぶらな瞳は、戦意などない愛くるしい小動物のもの。
 身体は茶色い毛で覆われ、お腹を上にして気持ちよさそうに漂っている。

「魔力が低すぎて気付かなかったぞ」

「かわいい」

 茫然と立つ彼等を目にしたそのモンスターは、ゆっくりとオールの様な尻尾を使って泳ぎ、二人分のスペースを開けた。

 まるで場所を譲るように。

「おぉ……」

「ありがと」

「お邪魔します」と一声かけ、噴き出る泡にその身を委ねた。




 それから回った行く先々に、必ずという頻度で浮かんでいるそのモンスター。

 どれも穏やかな性格をしており、お腹の上にタオルを乗っけているモノまでいた。
 相当な温泉好きなのだろう。


 仲良くなった彼等に案内され、最後は露天風呂への扉を開ける。

 熱く火照った身体を、吹き抜ける風が一気に冷ましていく。
 全員で身震いして湯船に避難した。

「はぁ~、この瞬間がたまらねぇ」

「ごくらく」

「きゅぅ~」

 だらしなくほどける表情に、冷たい風が心地いい。

「やっぱ冬の露天は至高だよな。ここに雪が降ってりゃ尚良しなんだが」

「いつかの楽しみにとっとこ」

「だな」

「きゅぅ~」

 ノエルの言う通り。
 今は只、湧き上がる至福を堪能しようではないか。

「……てかお前さ、一応メスだよな」

「メスじゃない。女」

「……どっちでもいいけどよ。何で俺と風呂入ってんの?」

「ダメ?」

「いや、どうなんだろ」

 身長差的には傍から見れば親と子だ。

「そういやお前何歳よ」

「んー、二か月くらい」

「じゃあだいじょぶか」

「ん」

 年齢的にも親と子だった。




「かーうめぇ」

「うめぇ!」

「「「きゅあっ」」」

 片手を腰に添え、珈琲牛乳を煽る二人と十数匹のラッコもどき。

「やっぱこれよな」

「漫画で見た通り。美味い」

「きゅあい」

 半裸で飲む風呂上がりの珈琲牛乳は、古今東西正に格別である。




 着替えた後は勿論、

「あばばばばば」

「あばばばばば」

「「「きゅきゅきゅきゅきゅきゅ」」」

 マッサージチェアに座り、日頃の疲れを癒していく。

 自分の回復速度が桁外れになってから、寝た後に疲労感はほぼ感じたことが無かったが、そういうことではない。

 マッサージなんて、いつ受けても癒されるものだ。

「こぉれかぁらどうすぅるよぉ」

 東条が今日の予定を尋ねる。

「大ぃ学に沿ぉって回ぁる」

「なぁぜ?」

「ふぅ……。大勢の人が集まるとしたらそーゆー場所。そこに適当に食料撒いてけば、好きな所行けるし高感度も上昇」

「なぁる」

 一石二鳥の良い案だ。流石ノエル。

「うし。……存分に休んだし、適当に飯食って行くか」

「おう」

「「「きゅおう」」」

 腹が減っては戦はできぬ。食堂へと今日の朝食を漁りに行く彼等だった。





 ――入口で尻尾をパタつかせる温泉仲間に、手を振り別れの挨拶をおくる。

「モンスターっつっても色んなのがいるんだな」

 新しい出会いに、自分の中の固定観念を修正する。モンスターだからといって、一概に人を襲うモノばかりではない。

 それを知ったからどうという事でもないが、面白い情報ではある。

「……まぁ、今更か(ボソッ)」

「ん?」

 隣にいる、埒外の存在を見つめる。

 こんな奴がいるのだ。害意のないモンスターがいてもおかしくはない。

「いや、何でもねぇ。先ずは何処大から行く?」

「んーどしよ」

 歩きながらスマホを開き、近場を検索する。
 基準は人が集まりそうな場所、ではなく、面白そうな施設が多い場所。

「お、ここにしようぜ」

「……筑波女子大学。……女子大学?」

「別に深い意味は無いぞ?ただ、そっち方面に行けば動物園とかもあるし?ほら、東京ドームもある、東京ドーム」

 ノエルはやけにテンションの高い東条にジト目を送る。

 顔は隠れて見えないというのに、その下の下手な作り笑いが目に浮かぶ。

「……別にどこでもいいし、そこでいいや」

「よしゃ」

「よしゃ?」

「ふひゅ~、ひゅす」

 晴天の下、鳴り響く罅割れた音階は、これからの安気な二人旅を詠っているようであった。

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