血統鑑定士の災難

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血統鑑定士の災難【本編】

19 鑑定士長との出会い【過去】①

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まだ私が自分の事を「僕」と言っており、教会に隣接する孤児院というとても狭い世界で生きていた頃。

私はこの狭い世界で充分幸せを感じていて、満ち足りていた。

ここには様々な理由で預けられたり、門前に捨てられたり、または街中に置き去りにされたりと色々な子供が集まっていたが、王都に存在する教会の中で一番大きく、教皇の御膝元という事もあり、教会が運営する数ある孤児院の中でも随分と恵まれた環境下で暮らすことが出来ていた。

時々、貴族の私生児という特に自慢できる事でもないのに、貴族と血が繋がっているというだけで威張り散らす子供もいたが、総じてそういう類の子供は修道院長の小柄だが随分とパワフルなばあ様に拳骨という説教をされていた。


ある晴れた日、教会と孤児院を繋ぐ渡り廊下のある中庭で、孤児院で世話になっている祝福前の子供達と共に幼年期の子達の面倒を見ながら遊んでいた時だった。

まだ日が高い昼間でも、月の光のような静謐な輝きを放つ嫋やかな雰囲気を持った、教会と孤児院にいる大人たちの平均身長よりも頭一つ分背の高い人が、同じくらいの背丈の王宮鑑定士長だという初老に差し掛かった男性と孤児院の責任者である修道院長のばあ様を連れ立って教会の奥からやってきた。

中庭の中央に植えられた木の木陰に入り同年の子達と共に絵本を読み聞かせて貰っていた私は、渡り廊下を歩いてくる人影に気付き、3人の姿を確認すると、どうやら先日、孤児院の門前に捨て置かれたあの小さく弱々しい赤ん坊の鑑定をするのだろうとぼんやりと考えた。

そこで以前、教会に祷りを捧げに、というより願掛けに来たそこそこ裕福な商家の当主が孤児院に訪れた鑑定士長を見かけると、態々王宮から鑑定室の長である鑑定士長を呼んで迄も、孤児の鑑定をするなんて・・・と眉を顰めていた事を思い出した私は、読み聞かせをしてくれていた年老いたシスターに何故、孤児たちの鑑定をするのか。と訊ねた。

あの頃は男の言う言葉の意味は良く分からなかったが、あまりよろしくない雰囲気で呟かれた男の言葉に、鑑定を受けることが良くない事なのではないか?と思ったからだった。

なぜ男の呟きが聞こえたかというと、その日は掃除当番の日で、たまたま近くで掃除をしていた私を一瞥もせず、男は孤児を人と認めていない様子で、ない者と捉えており態々私を避けるという事無く呟いたのだった。

子供になんて説明したら良いか悩んだシスターは数秒ほど思案した後、にこりと微笑むと「貴方たちの為なのよ」とだけ言って私の頭をひと撫でするとまた絵本へと視線を戻し読み聞かせを再開させてしまった。

答えになっていない答えに私はへそを曲げ、読み聞かせの輪から出ると別の木陰に入り幹に身体を預けて座る。

子供だからと説明を省かれる事が好きではなかった私は、シスターの答え方に少しだけだが憤っていた。

幼いながらも声を上げて当たってしまう行為が良くない事だと解っていたから、荒れた心を宥める為にいつの間にか居なくなった3人が居た渡り廊下をただぼんやりと見つめてから空を見上げ目を閉じた。

そよそよと頬を優しく撫でる風が心地よくて眠気を誘う。

暫くうとうととしていると「なんだ、お前さんは他と遊ばんのか?」と声が降ってきた。

ビクリと両肩を跳ね上げて驚き、慌てて声のした方へ顔を上げれば、鑑定士長と呼ばれている男性がこちらを覗き込むように立っていた。

「子供はよく食べよく遊び、そしてよく眠る。これが大事だぞー。あ、あとよく学ぶ。これも不可欠だな」

ははは。と朗らかに笑いながらよっこいせ、と声をあげて隣に座る鑑定士長に目を白黒させながらただ様子を見るばかりの私に「警戒されてるなぁ」と眉尻を下げた。

突然の接触に驚きつつも、私はこの人なら先程シスターに投げかけた疑問に答えてくれるのではないかと考えた。

そう思った私はすかさず先程の言葉を投げかけてみる。

すると、鑑定士長は「ふむ・・・」と顎に手をやり考えるそぶりを見せた。

その一連の動作が先程のシスターと重なってしまい、この人も自分が子供だからと答えを誤魔化すのか・・・と落胆しかけた時だった。

「ちょっと話は長くなるぞ?」という言葉で始まった説明はまだ10歳にも満たない私には到底理解できない言葉の羅列もあったが、解らなければ直ぐにその言葉の意味を訊ねる私に根気強く教え説明を続けてくれた。
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