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新しい婚約者
白百合の人
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少し汗ばむ温室の中。
チョキンチョキン、とジャックが茎の根本を切っていく。
僕は花を受け取り、すぐに水をはったバケツへと挿していく。
「僕はとんでもない女と婚約させられてしまったんだ」
「そうですかい」
「刃物みたいな目つきで僕をにらむんだ! 震えが止まらなかった」
「ふむふむ」
「なあジャック、婚約なんてするもんじゃないよな」
ぽりぽり、と手袋をつけたまま頬をかくジャック。
かいた土の跡が口の横に残った。
「アルフレッド様は、本当は、結婚なんかしたくない、と」
「そうだ!」
僕は大きくうなずく。
「結婚なんかしたら、ますます庭で過ごせる時間が減るよ」
はあ、とため息をつく僕を、ジャックはあきれた顔で見ていた。
「いろいろ考えなくちゃいけないことが増えますね」
「考えなくちゃいけないこと?」
「ええ。たとえば、ほら。ルイーザ様との婚約発表パーティーに飾る花の種類と色とか」
ジャックは僕に真っ白な百合を向けた。
受け取ってバケツに挿す。
今日はセオドア・マグナリード王子と、辺境伯令嬢コリン・ノースの婚約発表パーティーが開催される日だ。
僕は兄のことを思い出していた。
「婚約発表パーティーに飾る花は、白を基調にしてほしい」
らしくもなく頬を紅潮させたセオドアの目は、きらきらと輝いていた。
「コリンには白が似合う。瞳の色に合わせてブルーをアクセントにしてもいいな」
第一王子は、マグノリア城をコリン・ノース色に染め上げるつもりらしい。
「兄さんのあの恍惚とした顔……鳥肌ものだったよ」
「恋は人を変えるっていいますからね。アルフレッド様、あなたは?」
「ん?」
「アルフレッド様も変わりました? ルイーザ・ハリウェル侯爵令嬢と婚約をして」
「ばっ」
馬鹿じゃないのか?
ジャックはニヤニヤ、いじわるな顔をしている。
……完全にからかわれてるな。
「恋なんてしてないし、僕たちがするのは家同士の結婚だ。それに……」
兄上の元・婚約者だ。
僕にとって、いちばんの悩みのたねだった。
義理の姉だった人がとつぜん婚約者になるなんて、気まずすぎる。
それに――婚約が破棄された日の、ルイーザ嬢の冷たい微笑み。
僕を王にするなんてふざけたことを言っていた。
「彼女だって、僕のことをなにも知らない」
ふむ、とジャックは少し考えたようだった。
「今日のパーティーには、ルイーザ嬢も来るんですよね?」
「うん。兄貴に顔を合わせづらいだろうから、来なくていいって手紙を出したんだけど」
「顔を合わせるのは婚約破棄以来ですか?」
「そうだね」
にやり。ジャックはほくそ笑む。
「彼女にアルフレッド様を知ってもらうチャンスですよ」
「チャンス?」
「恋っていうのは、相手を知るところから始まるって――父さんからの受け売りですが」
ジャックの父は、職人かたぎの庭師だ。
鋏で生垣を整える真剣な横顔には、僕でも見入ってしまう。
若いころはいろいろな女性から好意を寄せられたのだ、というのは本人談。
「恋。それは相手を好きにさせたほうが優位にたてる戦いです。あなただって、いつまでもルイーザ様に怯えてはいられないでしょう?」
「たしかに」
「アルフレッド様を好きになってもらえばいいんですよ。そしたら、にらまれるようなこともない。どうせあなたは婚約破棄なんてできっこないんですから、穏便な関係を築かなきゃ」
……信用してもよさそうだ。
「わかった。僕のことを、ルイーザ嬢に知ってもらう」
「その意気です」
ジャックは握った拳で僕の胸を軽く突いた。
「そして、アルフレッド様も彼女のことを知ろうとすること」
「僕も?」
「当然です。結婚っていうのは、ひとりではできないことですよ」
「たしかにそうだ」
「ま、恋はひとりでもできるらしいですけどね」
ジャックは百合の根本を切りながら言った。
チョキンチョキン、とジャックが茎の根本を切っていく。
僕は花を受け取り、すぐに水をはったバケツへと挿していく。
「僕はとんでもない女と婚約させられてしまったんだ」
「そうですかい」
「刃物みたいな目つきで僕をにらむんだ! 震えが止まらなかった」
「ふむふむ」
「なあジャック、婚約なんてするもんじゃないよな」
ぽりぽり、と手袋をつけたまま頬をかくジャック。
かいた土の跡が口の横に残った。
「アルフレッド様は、本当は、結婚なんかしたくない、と」
「そうだ!」
僕は大きくうなずく。
「結婚なんかしたら、ますます庭で過ごせる時間が減るよ」
はあ、とため息をつく僕を、ジャックはあきれた顔で見ていた。
「いろいろ考えなくちゃいけないことが増えますね」
「考えなくちゃいけないこと?」
「ええ。たとえば、ほら。ルイーザ様との婚約発表パーティーに飾る花の種類と色とか」
ジャックは僕に真っ白な百合を向けた。
受け取ってバケツに挿す。
今日はセオドア・マグナリード王子と、辺境伯令嬢コリン・ノースの婚約発表パーティーが開催される日だ。
僕は兄のことを思い出していた。
「婚約発表パーティーに飾る花は、白を基調にしてほしい」
らしくもなく頬を紅潮させたセオドアの目は、きらきらと輝いていた。
「コリンには白が似合う。瞳の色に合わせてブルーをアクセントにしてもいいな」
第一王子は、マグノリア城をコリン・ノース色に染め上げるつもりらしい。
「兄さんのあの恍惚とした顔……鳥肌ものだったよ」
「恋は人を変えるっていいますからね。アルフレッド様、あなたは?」
「ん?」
「アルフレッド様も変わりました? ルイーザ・ハリウェル侯爵令嬢と婚約をして」
「ばっ」
馬鹿じゃないのか?
ジャックはニヤニヤ、いじわるな顔をしている。
……完全にからかわれてるな。
「恋なんてしてないし、僕たちがするのは家同士の結婚だ。それに……」
兄上の元・婚約者だ。
僕にとって、いちばんの悩みのたねだった。
義理の姉だった人がとつぜん婚約者になるなんて、気まずすぎる。
それに――婚約が破棄された日の、ルイーザ嬢の冷たい微笑み。
僕を王にするなんてふざけたことを言っていた。
「彼女だって、僕のことをなにも知らない」
ふむ、とジャックは少し考えたようだった。
「今日のパーティーには、ルイーザ嬢も来るんですよね?」
「うん。兄貴に顔を合わせづらいだろうから、来なくていいって手紙を出したんだけど」
「顔を合わせるのは婚約破棄以来ですか?」
「そうだね」
にやり。ジャックはほくそ笑む。
「彼女にアルフレッド様を知ってもらうチャンスですよ」
「チャンス?」
「恋っていうのは、相手を知るところから始まるって――父さんからの受け売りですが」
ジャックの父は、職人かたぎの庭師だ。
鋏で生垣を整える真剣な横顔には、僕でも見入ってしまう。
若いころはいろいろな女性から好意を寄せられたのだ、というのは本人談。
「恋。それは相手を好きにさせたほうが優位にたてる戦いです。あなただって、いつまでもルイーザ様に怯えてはいられないでしょう?」
「たしかに」
「アルフレッド様を好きになってもらえばいいんですよ。そしたら、にらまれるようなこともない。どうせあなたは婚約破棄なんてできっこないんですから、穏便な関係を築かなきゃ」
……信用してもよさそうだ。
「わかった。僕のことを、ルイーザ嬢に知ってもらう」
「その意気です」
ジャックは握った拳で僕の胸を軽く突いた。
「そして、アルフレッド様も彼女のことを知ろうとすること」
「僕も?」
「当然です。結婚っていうのは、ひとりではできないことですよ」
「たしかにそうだ」
「ま、恋はひとりでもできるらしいですけどね」
ジャックは百合の根本を切りながら言った。
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