復讐の黒い百合~流刑となった令嬢は祖国転覆を企てる~

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二部 二章 女王との謁見

女王との謁見.1

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 物陰から飛び出してきた人影は三つ。男が二人に、長身でポニーテールの女が一人。誰もが真っ黒の服を身にまとい、手には短刀を持っていた。

「お嬢様!」

 私はとっさに叫んだが、前に立っていたリリーがその必要もないくらいの素早さで反応した。

 リリーは、銀の下地に彼岸花の装飾があしらわれた鞘から流麗な動作で太刀を抜き放つと、弾かれたように私を自分の後ろへと押しやった。

「下がっていなさい!」

 刺すように鋭い語気。私を守ろうとしてくれたことは一目瞭然だが、だからこそ私は胸やけがしたみたいな気持ちでその背中を見つめることとなる。

(これではまた、あべこべです、お嬢様)

 躍りかかる謎の人物たちは、躊躇なくリリーとワダツミに向かって剣閃を閃かせる。

 屈強そうな男と長身の女がリリーの相手で、ワダツミにはもう一人の男が襲いかかっていた。

 正眼に構えたリリー目掛けて、まずは男が短刀を真っすぐ突き出す。

 肩口を切り裂かんとする軌道だったが、刺突の達人でもあるリリーはそれを素早く横にかわすと、間断ない動作で袈裟、逆袈裟と続ける。

 男は、それを左腕で受けた。おそらく、籠手を着けているのだろう。

「ちっ、小癪な!」

 リリーが苛立った声を放つ。その隙に、男は横一文字に短刀を薙いだ。

 素早く、リリーが太刀で防御する。

 眩い火花が散った。

 その輝きに魅入る前に、私も白い紙を懐から取り出し、魔力を込める。

 私のこれには、たいした殺傷力はない。リリーの援護程度の役にしか立たないが…何もしないよりマシである。

 リリーは、自らの防御が押し切られるより先に後ろへと飛んだ。私も当然それに合わせて動く。この動きについては、散々練習してきたものだ。タイミングも完璧である。

 間合いができる。

 呪いの、あるいは、魔導の間合いだ。

「レイブン!」

 待ちに待った命令がきた。

 無言のままに、持っていた紙を放れば、それらは黒い鳥の形を模し、男の元へと飛んだ。

「む」とぼやいた男は、私の呪いを剣先で軽く弾き、無力化する。

 いつもなら、この隙にリリーが突進して、あの命を穿つ刺突で敵の息の根を止めるのだが、今回はそうもいかなかった。相手も同じように二人いるからだ。

 大柄な男の隙を埋めるべく、長身の女が、武器である短刀を無造作に私たち目掛けて放った。

 武器を手放すという、ありえない行動。それにより、私は一瞬だけ固まってしまう。

「ばかっ!」

 ぐいっ、と私の体が真横に引かれる。引いたのはリリーだ。

「ぼさっとしない!死にたいの!?」

 あわや剣先が私の肩に刺さる、という瞬間、リリーのフォローのおかげでなんとかかわす。顔を上げて謝罪を口にしようとしたが、当然、そんな暇も与えてもらえず、男が猛追してくる。

 魔力を紙に込めるが、間に合わない。

(お嬢様!)

 フォローが効かない以上、リリーに全てを任せる形となる。

 奴隷で、消耗品で、剣であり盾であるくせに、なんと不甲斐ないことだろう。結局は主人頼みだなんて。

 短刀を手にした男が、真っすぐ、リリーに刺突を放つ。

 私などの目では追えない一撃だが、リリーの目にはきちんと追えているらしく、彼女は太刀を目の高さに寝かせて構えた、なんとも見慣れない姿でそれを的確に防ぎ、迎え撃った。

 剣先だけで、相手の苛烈な突きを弾く。まるで曲芸だ。

 一度、二度、三度四度と突きをさばく。

 短刀の切っ先は、リリーのドレスの裾をかすめることもなく、明後日の空間を貫き、穿つばかりだ。

「そうではないわ」

 ぼそり、とリリーが呟く。

 冷えた、無機質ながらもぞっとする声だった。

「――刺突のやり方、教えてあげる」

 真っ赤な唇が艶やかな三日月を描いた、次の瞬間だった。

 ひゅん、とリリーが手にした太刀の切っ先が、空気を穿った。

 右片手刺突。

 太刀に慣れてきたリリーのこれは、間違いなく精度を上げていた。

 それは瞬きをする暇もなく、男の喉元に迫ったのだが、惜しくも短刀の柄で軌道を逸らされる。

「くっ」

 だが、うっすらと喉をかすっていた。赤い血の線が――リリーの瞳と同じ色の赤が、私の目に焼きつく。

「まだよっ!」

 さらに一発、リリーが鋭い刺突を淀みなくつなぐ。

 それは見えない空気の層を貫いた後、間合いを離そうとしていた相手の鎖骨下にすさまじい勢いで風穴を空ける。

「ぬぅっ!?」

 ぷしゅっ、と血飛沫が上がる。たいした傷ではないが、動きがあまりに洗練されすぎていた。あれでは相手も気勢を削がれたに違いない。

「逃がしはしない…!」

 リリーはそのまま相手の心臓を狙って腕を引いた。だが、すんでのところで男とリリーの間にもう一人の女が割り込む。

「ちっ」

 引いた剣先で女の首元を狙うも、すんでのところで横にかわされ、攻め時を失う。

 二対一――私さえ役に立つ存在だったなら、こんな苦境にリリーを立たせなかったはずだ。

(見ているだけは、違う、ゴミだ。消耗されることのないゴミと、私は同じじゃない…!)

 リリーにも、ワダツミにも、他のニライカナイのメンバーにも禁止されている呪いを使う、その心の準備をする。

 奴隷という、消耗される運命にある私(モノ)。

 その入れ物に、魔力を流し込む。

 魔力の源泉はすでに頭の中にあった。黒い光を放つ、大きな川だ。

 それを両手ですくい、喉に流し込む。

 そういうイメージ。

 それが、私に分不相応の力を、剣と盾と、翼を与えてくれる。

 バチッ、バチッ、と音が鳴り、まずは左手に魔力の鉤爪が生成される。

 リリーのかつての仲間、マルグリットに斬り落とされた指は、こうして新たな形で私の元へと戻ってきた。

 体が痺れて、誰のものだか分からなくなるような感覚だった。でも、それこそ“また上手くいっている”証拠でもあった。

 そのまま繰り返し魔力を飲み込めば、また私はリリーの力になれる。

 そう思って、さらに魔力を体に流し込もうとした、そのときだった。

「レイブンっ!」

 素早く後退してきたリリーが、乱暴な動作で私の手を掴んだ。

 そのせいで、魔力のコントロールが乱れる。

「お嬢さ――」

 何をするんですか、と口にしかけたところ、落雷のような怒鳴り声が頭上より降ってくる。

「その術はもう使うなと、あれほど言ったでしょう!?」

 驚くほど真剣で、そして、怒気に満ちた声。とても怒っている、とさすがの私でも理解できた。

 真紅の瞳はごうごうと燃えるように光を放ち、その奥で渦巻く感情には、ただの怒り以外の…私の知らない想いが宿っているようであった。

「そこまで!」

 不意に、ワダツミの声が響く。私は何がなんだか分からないうちに、彼女のほうを見やる。

「…もう、腕試しは十分でしょう、お婆様」

 すると、ワダツミの言葉を引き金にしたみたいに、短刀を持った三人がその場で膝をついた。同時に、闇の中からしわがれた笑い声が聞こえてくる。

「ほほほ…バレておったか」

 いつものワダツミみたいな口調と共に柱の後ろから現れたのは、豪奢な着物に身を包んだ老齢の女性であった。

「当たり前です。私はお婆様の孫ですよ?…お考えの一片くらいは、想像できます」

 そうか。なるほど。

 私は息を荒げているリリーの隣で、ぼうっと老婆を眺めた。

(この人が…オリエント国女王、アマツ様…)



 現オリエント国女王、アマツ。その孫であるワダツミに魍魎じみた人だと言わせるお方。

「サザンカ、ソウゲツ、オウド、手間を取らせたな、下がってよいぞ」

 アマツは枯れ木のように細い手足を動かしてワダツミのそばに寄ると、膝をついた三人へとそう言った。

「はっ」と短く、サザンカと呼ばれた女が返事をすれば、アマツは彼女らのほうを振り返ることもなく続ける。

「オウド、浅手じゃろうが、しっかりと手当てしておけよ」

「…はい。面目ございません」

 大柄の男が俯いたまま返事をする。その横顔には、明らかな悔しさが滲んでいる。

「よい。儂が図り違えておった。そのせいでお庭番であるお主に怪我をさせたこと、申し訳なく思うぞ。すまんな」

「いえ…そんな…」

 オウドは何かまだ言いたげであったが、もう一人の男、ソウゲツに背中を押されて謁見の間から立ち去り始めた。

 その際、彼らは、アマツとワダツミに頭を深々と下げたのだが、リリーを見やったときだけは得も言われぬ堅い表情をしていた。唯一違ったのは、サザンカだけだ。

「――ごめんね、二人とも」

 サザンカは私たちの前を通るときに、ちょっとだけ悪びれた様子で謝罪してみせた。顔の前に片手を縦に構えて、片目をつぶるその仕草は、なんというか、邪気がない。先ほどまで剣先を向けてきていた相手とは到底思えなかった。

「…」

 リリーなら皮肉の一つでも返すかな、と思っていたのだが、彼女は仏頂面で一瞥しただけだ。どうやら、私の勝手がだいぶ頭にきているようだ。

 三人が謁見の間から姿を消した後、リリーの刺すような視線はすぐに私たちを憮然と見下ろすアマツへと向けられる。

「…随分と温かい歓迎ですね。オリエント式というやつでしょうか?」

 リリーが剣先に付着したオウドの血液を左手のグローブで拭い取る。血と同化した赤い革は、素早く血と脂を吸収し、刃こぼれを防ぐのに役立つらしかった。

「もちろん、どういうことか説明して下さるのよね?アマツ女王」

 そうして、太刀も納めず敵愾心丸出しで女王を睨むリリーに、ワダツミが慌ててフォローを入れる。

「り、リリー?女王陛下にそのようなお言葉遣いはいけませんよ?礼儀というものがですね――」

「リリー?」

 ワダツミからは聞き慣れぬ呼び名にリリーは顔をしかめるも、すぐに事態を察したようで、ふんっ、と冷たく鼻を鳴らして続ける。

「礼節は双方が尽くしたときにのみ意味を成すわ。剣先を向けられてからお茶を出されても、怪しくて口もつけられないでしょう」

「うっ…リリー…頼みますからお行儀よくして下さい」

 リリーは、かつてないほどの困り顔を浮かべているワダツミを目の当たりにしても、一切の同情心を寄せる様子はなく、むしろ、彼女への皮肉として、「まぁ、私も貴方のようにお行儀よくしていたかったけれどね」と告げる有様だ。

 触れれば斬る、とリリーの端正な顔に書いてある。

 ここには突然、試すような仕打ちを受けたことによる怒りだけではなく、何度言っても言いつけを守らない私への怒りも含まれているに違いない。いや、むしろそちらのほうが大きな炎かもしれない…。

 やがて、リリーの苛立ちも知らないような声でアマツが言った。

「ははは、試すような真似をしたことは詫びるが、そんなに怒るでない。愛らしい顔が台無しじゃぞ?」

「試すには、それだけの理屈が必要と存じますが」

「んー?」

 今にも斬りかかってきそうなリリーの返事にも、アマツは飄々とした態度を崩さない。

「よもやお主、戦争相手のお膝元に来て、手放しで迎え入れてもらえると思っておったのか?だとしたらそれは、お主の想像力不足ではないかのぅ?」

「想像力不足?」

 ぴくり、とリリーの細い眉が跳ねる。

「そうとも。国を治める立場にある者が、そうそう簡単に敵国エルトランドの人間と直に言葉を交わせるはずもなかろう。それでは、周囲に示しがつかんのじゃよ」

「…示し、ですか」

 たしかに、いくら弧月の入り江で戦場を共にした経歴があるとは言え、リリーは絶賛戦争中のエルトランド人、しかも、その要人だった人間だ。容易く懐に入れてしまうのはあまりにもリスクが高いし、エルトランド人というだけで彼女を毛嫌いする人間の反感を買うだけである。

「斬り合いは、ただの力試しでも興でもない…か」

 リリーはその短いやり取りの中だけで一定の納得を得たようで、ふぅ、と短い息と共に出しっ放しだった太刀を鞘に納めた。

 独特の鞘滑りの音が謁見の間に響く。何度聞いても、これは美しい。

「アマツ女王のおっしゃる通りです。私の考えが至らず、申し訳ありませんでした」

「よいよい、こちらも失礼をぶちかましたのは事実じゃ。まあ、そういうややこしい立場にあるということを理解してくれ。女王、というものはな」

「…今や、国を放逐された私にはお察しもできない重責なのでしょう」

「いやいや、お主はよう分かっておる。剝き出しにした牙を納め、すぐに謝れるのじゃからな。うむ、少なくとも――」とアマツはそこで言葉を区切って、事の成り行きを静観していたワダツミを一瞥した。

「――国の意向を無視し、自警団なぞを立ち上げて出て行った放蕩娘よりも…儂の立場を理解できとるじゃろうて」
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