復讐の黒い百合~流刑となった令嬢は祖国転覆を企てる~

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二部 二章 女王との謁見

女王との謁見.2

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 嫌味を言われ苦い顔をしているワダツミをおいて、アマツはリリーに事の仔細を説明するように促した。

 リリーは寸秒、逡巡するような合間を作ったものの、たいした時間を要さずに自らを押し流した運命の激流について語り始めた。

 ストレリチアの予言と、それに影響を受けた国の方針転換。それから、暗殺の失敗と追放、魔喰らいの指輪…そして、弧月の砦の戦いに参加するに至った経緯…。

「――以上が、私の事情です。オリエント国を内側から食い潰そうという企みがないことは、この指輪が証明するでしょう」

 ため息交じりに言い切ったリリーは、左手の薬指にはめられた指輪をアマツに示すように見せつける。

「うぅむ…なるほどのぅ。その形状、本物のようじゃ」

「ご理解頂けたようでなによりです」

 頷き、さっと手を隠すリリー。大事な物を仕舞うような動作に見えたが、そんな感想を口にしようものなら、とんでもない怒声を浴びることになるだろう。

「…二つ、聞きたいことがあるのじゃが」

「どうぞ、なんなりと」

「一つ、そやつは何者じゃ?」

 アマツが指差したのは、私だ。

「今の話には出て来なかったと思うがのぅ…不肖の娘が作ったニライカナイとかいうもののメンバーか?」

 そうと言えばそうだ。だが、私を示す言葉としてはあまりに空を掴んでいるような気がした。

「この子は…」とリリーが私を見て口を開く。

 どうやらきちんと説明してくれるらしい…なんて思った矢先、リリーは肩を竦めて話し手を降りた。

「私がすることではないわね。レイブン」

「え?」

「え、ではないでしょう。貴方はペットではないのよ?自己紹介くらい自分でしなさい」

「…はぁ」

 自己紹介なんて、生まれて初めてする。どんなふうにしたらいいんだろうか。

 でも、迷っている時間なんてあまりないみたいだった。アマツの視線が真っすぐ私の顔に突き刺さっているからだ。

「…私は、レイブンと申します。リリーお嬢様の――」

 奴隷です、と口にしかけて、寸前で止まる。リリーは嫌味や皮肉を言うとき以外、そういう表現を好まないからだ。事実、続く言葉を見守る彼女の瞳はちょっとギラギラしていた。

 間違えないように、と私は一呼吸置いて続ける。

「付き人です。お嬢様がエルトランドから追放される折に、ご同行する形となってここにいます」

 その言葉が何を意味するのか、アマツは十分理解できたのだろう。肩眉をひそめて、「それは大変じゃったの」と言外に奴隷であったことを哀れんだ。

 それから、本当はまだ聞きたいことがあるが、と言葉を挟んだアマツは、時間も惜しいので本題に戻ると言い出し、私たち三人を玉座の周りに集め自分はそこに腰を下ろした。

「改めて、リリー・ブラック。エルトランド人の友よ、先の戦いでは大将首まで取る鬼神の如き働きだったと聞く。礼を言おう、ありがとう」

「…お礼を言われるようなことではありませんが、ありがたく頂戴します」

「謙遜はよせ。お主が討ったのは、ジャン・デューク・エルトランドじゃろ?」

「…はい」

 そこでリリーの表情が曇る。

 ジャン、とリリーが名を呼んだ男のことは私もよく覚えている。戦場で一度見ただけだが、とにかく、彼を手にかけるときのお嬢様の雰囲気が…異様だったのだ。

 物悲しそうにぼやいていたかと思ったら、殺意丸出しで太刀を抜き、地獄の底まで追い詰めんと攻めたて、そして、冷えた声音と共にトドメを刺したうえで、物言わぬ骸に向かって笑いながら罵っていた。

 人の心の機微に疎い私でさえ、あのときのリリーが愉悦に浸っていたわけではないことぐらいは理解している。そうしなければ、何かがこらえきれなかったのだろう。

「次期王妃じゃったアカーシャ・オルトリンデ、その婚約者は――」

 不意にリリーの顔が、サリアとかいうシスター服の女を殺したときと同じ色に染まった。それを見て、私もなんだか息苦しくなって反射的に口を開いた。

「陛下、その話はおやめください」

 その場にいる誰もが、目を丸くして私を見つめた。まさか、必要とされない限り口を開かない私が女王陛下に物申すなど思ってもいなかったのだろう。

 しかし、こちらとしてはそんなもの関係ないとしか言いようがない。

 私の主人はリリーだ。

 そう、奥様が決めた、命じたんだ。

 リリーを守ってあげること。

 その命令を守ることが、私がいる意味なのだ。

 だから…リリーが辛い思いをすることは、できることなら避けたい。彼女が望まない限りは。

 とはいえ、理由も無しに女王陛下の言葉を遮るのは…まあ、まずいだろう。それなりの理由を付け足さなければならない。

 こういうとき、バックライト夫人が、奥様がくれた言葉や知識は本当に役に立つ。

「アカーシャ・オルトリンデは、もう亡くなられておいでです。死んだ人間の話は、そう長々とするものではないと…私のようなものでも聞き及んでおります」

 アカーシャ・オルトリンデは死んだ。この言い分はリリーがよく口にすることだ。

 厳密には、アカーシャだった女は死んでいない。リリー・ブラックとして生きながらえているというのが事実だ。ただ、これはリリーなりのケジメだということも私は理解している。

 分からない人間には馬鹿馬鹿しいことだと思われるかもしれないが、名前というのは、存外大事なものなのだ。

「レイブン、貴方…」

 一番驚いた顔をしているのはリリーだったが、彼女はそのうちバツが悪そうに顔を逸らすと、「陛下。もう一つの質問をお願い致します」と切り替えてみせた。

 顔色にいつもの勝気さが戻ったのを見て、私もほっと安堵の息を漏らして話の続きを聞く態勢に移る。

「そうじゃな。他人の事情に土足で入る真似はここまでにしよう」

「ありがとうございます」

「よい。それで、二つめの質問じゃが…お主の事情は分かった。エルトランドを敵視しておるというのも十分に理解できた。…で?その先に何を望む。儂に、儂らオリエントに何を求めておる?」

 重要な問いかけだ。きっと、リリーにとっても、私にとっても、今後を左右する問答になるだろう。

 リリーはぐっと顎を引くと、冷たい光を瞳にたぎらせて言った。

「物資や手勢、移動手段――それらに始まる、“力”と呼ばれる諸々です」

 力。

 私も、喉から手が出るほど欲しているものだ。

「“力”のぅ…それで何をする?」

 アマツは特段驚いていなかった。予想できたのだろう。

 だが、その先までは予想できていなかった。

「エルトランド王国の滅亡」



 ぽん、と口から飛び出たその言葉は、リリーの淡白な声音からは信じられない呪いと破滅の言葉だった。

 エルトランド王国の滅亡。

 それはたしか、リリーがルピナスという旧友に宣言していたものだ。

 きっとそこには、私が想像している以上の意味があったのだろう。ワダツミもアマツも、ぽかんと呆気に取られた表情を浮かべていた。

「え、エルトランド王国の滅亡、じゃと…!?」

 そう言ったのは元の口調に戻っていたワダツミだ。

「おい、黒百合、言葉を間違えておるぞ!お主が望むのは『ストレリチアへの復讐』じゃろう!王国の滅亡というのは、些か過剰な言い回しじゃ!」

「いいえ、間違っていないわ。私が望むのは、もはや個人単位の報復ではなく、国家単位の報いよ」

「…お主、自分が言っていることの意味を、本当に理解しておるのか…!?」

「もちろん」

 リリーはワダツミを横目にしてから、アマツをじっと険しい目つきで見つめた。

「それは東国オリエントも望むところではないでしょうか?」

「お、おい!失敬じゃ――」とワダツミが顔を青くして口を挟もうとしたとき、アマツが素早くそれを制した。

「ワダツミ。少し黙っておれ」

「う、あ…はい…」

 じろり、とアマツがリリーを睨む。その視線には先ほどまでの飄々とした様子はない。

「違うな。オリエントは支配なぞ望んでおらん」

「ならば、国が潰れるまで侵略戦争の矛先に立ち続けますか?」

「侵略してくる度、撃退を繰り返す。決して我々は服従せぬということを示すまでよ」

「お言葉ですが、それは何の解決にもなりません」

 リリーの真っ向からの反撃に、さすがに気分を害したのかアマツが目を細め、鋭い面持ちを浮かべる。

「…ほぉ、何故じゃ。一応、聞こうかのう」

 だが、リリーは止まらない。劇の台本をそらんじるように、堂々と、そして淀みなく持論を展開する。

「あの国の中枢で生まれ育った私だから断言できます。エルトランドは、本質が支配者です。国家の繁栄=支配領土の拡大と被支配者層の絶対的な服従――そういう前提で政治が行われている国なのです。つまり、エルトランド国がエルトランド国である限り、周囲、つまりは他民族への侵略と一方的な支配は終わりを迎えません」

「…」

 アマツは無言でリリーを見つめる。

 私個人の目線から見れば、決め手が欠けているように見えた。リリーの言葉は合理的だが、まるで歴史の教科書でも読んで聞かされているような感覚になるのだ。

 つまり、具体性が足りないのである。

 エルトランドに虐げられ、血反吐を吐くような経験をした人間の言葉が、足りない。

「…百聞は一見にしかず、ね」

 不意に、リリーが独り言を吐いた。それから、ドレスの裾を翻すと私に向かって手招きする。

「レイブン。こちらに来なさい」

「…はい」

 理由は分からなかったが、大人しく従う。そうすると、リリーは「ごめんなさい」と小さく呟いて、私を抱き寄せた。

「あっ」

 強くなるリリーの香り。艶やかな奥様を思い出す、胸が苦しくなる匂いだ。

 同時に私のシャツがまくり上げられる。ちょうど、背中が女王に向けて晒されている形だ。

 いつもなら、リリーが人前で肌をさらすなと叱るのに…ちょっと不思議な感じがした。

「ご覧下さい、アマツ女王。これが――エルトランドの“支配”です」

 リリーの冷たい指先が、私の背をなぞる。傷を見せているのだろうが、そんなことより彼女の指の感覚のほうが私には大事だった。

(…ぞくぞく、する…奥様も、よくこうしてくれていた…)

 バックライト夫人が私に与えてくれていたもの――この温みは、その一つでもある。

 とある夜、リリーにお願いしてからは、時折、彼女が私に触れることはあった。だが、深くても、唇を軽く重ねるくらいである。それ以上のことは、してもらっていないし、していない。

 私の郷愁をよそに、リリーとアマツは続ける。

「…惨いのぅ」

「見える傷だけではありません。レイブンは、奴隷として体も主人に捧げておりました」

「…奴隷ともなれば、そうもなるか…」

「極めつけは、レイブンの死生観です」

「死生観?」

「はい。アマツ女王、レイブンは、自らの体を“モノ”と認識し、魔力を流して強化する呪いを使います」

「自らの体に魔力を流す…まさか…いや…」

「ええ、尋常ではありませんが、事実です。普通、人は自分をモノ扱いできない。それができてしまうのは、そういうふうに扱われて育ち、生きてきたからです」

 リリーは早口でそう言うと、そのまま、私が身を挺してリリーを庇ってきたことを説明した。その過程で指を失ったことも語っていた。

「エルトランドという国を存続させるのは、こういうことを自国で起こさせる、そのリスクを未来永劫抱え続けるということなのです。――アマツ女王、どうか、私の申し上げたことをもう一度お考え直し下さい」
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