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第21話
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たらふく食べ、皆で笑い合い、はしゃぎ、そんな賑やかな魔界観光もあっという間に幕を下ろした。今はヘイレンの案内で深淵の庁舎ことアビスホールに向かい、悪魔長ザハルの執務室へと通してもらっている。先程の騒がしさとは打って変わり、静かな緊張感が漂う空間を進む。さっきまでの笑い声が嘘のようだ。
「俺が行けるのはここまでだ。じゃあ2人とも、頑張れよ」
ヘイレンが向けた拳を俺とエリオットが順番に重ねる。重いドアを開くとそこに居たのは悪魔長1人だった。
「いつかこの日が来ると思っていたよ。ほら、2人とも座ってくれ」
思ってもない言葉を掛けられる。和やかに椅子に手を向けるその姿は俺たちを歓迎しているようで、その瞳の奥で俺たちを見定めているように見えた。悪魔長のどこか飄々とした掴みどころのない空気感が只者ではないと感じさせる。
「レヴァンだったね。君の活躍はずっと見ていたよ」
これまで全く関わりのない悪魔長が、俺を知っている? ――喉がひとりでに鳴った。
「さて、君の名前は?」
悪魔長の視線が隣に向けられた。エリオットが胸に手を当てて一礼する。
「ザハル様、お初にお目にかかります。上級天使のエリオットと申します。レヴァンの恋人です」
「エリオットか、よく来てくれたね。……ねぇレヴァン、エリオットと一緒に人間界で任務に取り組んだことは一度や二度じゃないだろう?」
どうしてそれを――ただ悪魔長の前で嘘を吐いても意味がないと肌で感じ取り、素直に頷く。
「エリオットと一緒に任務をクリアすると、もらえるポイントがやたら多いことには気付いてたかい?」
すっと不思議だった。同じランクの任務でも、1人でクリアするのとエリオットと一緒にクリアするのではもらえるポイントがまるで違う。自分たちはその謎の恩恵に乗っかってこうして上級へと駆け上がってきたようなものだった。
「あぁ、もちろん気付いていた。エリオットと協力して任務を進めたり、ターゲットに悪魔と天使の力の両方を送ったりすると、クリア時にもらえるポイントが多くなる」
「その通りだ、よく見てるね。なんでそんな仕組みがあると思う? これは何かのバグかな?」
答えが出ない俺たちを見て、悪魔長が楽しそうに笑った。
「これはね、俺が300年以上前に仕込んだ仕組みなんだ。天使と悪魔がより協力して任務を進めるように……ってね」
隣にいるエリオットがタイミングを見計らうように声を掛ける。
「ということは、かつて天使と悪魔が共存していた頃のシステムがそのまま残っていたということですか?」
「あぁ、そうだよ。君は賢い天使だね」
ポイントが増えるのはバグではなく、悪魔長自らが残した仕組みだった――でも一体なぜ? わからないことが増えていく。
「俺には全ての悪魔のポイントが閲覧可能だ。その中でもレヴァンの伸び率は群を抜いていたよ。最初は中級に上がって解禁された出張任務を多くこなしているからだと気に留めていなかったが、たとえそうであってもおかしい。こんなにも短期間で急激にポイントが伸びるはずかない。その時に俺は自分が仕込んだシステムを思い出したんだ。もしかしたらこのレヴァンという悪魔は天使と協力しているんじゃないかってね」
俺たちが秘密裏に進めていたことが全部悪魔長にバレていた。むしろ、わかった上で泳がさせられていた。背中を冷や汗が伝う。
「たしか今の天界には『悪魔と関わってはいけない』という規律があるよね、エリオット」
「はい、そうです」
「いくらポイントがおいしいからといって、規律を破ってまで悪魔と協力する天使は少ないだろう。となると、よっぽどの崖っぷちか、悪魔を愛してしまったか。君の場合は後者だね」
エリオットが素直に頷く。
「愛する者と自由に会えず、会話すらろくにできない毎日はそりゃ不満が溜まる。だから世界の仕組みを変えようと、いつか俺の元へと直談判に来るんじゃないかと思っていたんだ。それが今日だったってわけ。ヘイレンからの会議招集を見た時は思わずにやけてしまったよ。レヴァンはどんな天使のフィアンセを連れてくるんだろうってね」
俺もエリオットも言葉が出ない。俺たちがここに来ることまでもが、目の前の悪魔長にはお見通しだった。
「エリオットは、300年前に天使と悪魔が分断した理由を知っているかい?」
「いえ、可能な限り書物を漁りましたが、どれも書いてあるのは結果のみで、なぜ分断したかという理由を記したものはありませんでした」
「……記録に残さなかったのか。まったく、アスらしい」
これまでとは異なる口調で、どこか遠い目をした悪魔長がぽつりと呟く。
「アスというのは、もしかして天使長のアステリオン様のことでしょうか?」
悪魔長のエリオットを見る眼差しが鋭く光る。
「エリオットは、アスを知っているのかい?」
「はい、週に一度の会議でお見掛けする程度ですが」
「……アスは、今も元気かな?」
「規律を重んじる厳格な天使長様です」
大きく息を吐いた悪魔長が何かを考え込むようにしばらく口をつぐむ。
「そうだね、君たちは知っていたほうがいい。いや、知る権利がある」
悪魔長は俺たち2人と順番に視線を合わせてからゆっくりと言葉を紡いだ。
「300年前に天使と悪魔が分断したのは、俺とアスの破局が原因だよ」
思ってもいなかった言葉が飛び出す。世界の形を変えたのはひとつの恋の終わり――意味を理解するまで、時間が止まったかのようだった。破局どころか、悪魔長と天使長が恋人同士だったことすら知らない。隣のエリオットの喉仏が上下するのを視界の端に捉える。
「……ザハル様は、アステリオン様と愛し合っていたのですか」
「そうだ。アスは俺の全てだった。全身全霊で愛していた。大好きだった」
「では、なぜ別れてしまったのですか」
「愛しすぎてしまったからだよ」
さて昔話をしようか、と悪魔長がベルを鳴らすと、コーヒーが3つ運ばれてくる。香ばしい匂いが張り詰めた空気を僅かに和らげたが、依然として緊張感は続いていた。悪魔長が優雅にコーヒーカップを口に寄せる。その口から真実が告げられるのを、俺とエリオットは固唾を呑んで待っていた。
「俺が行けるのはここまでだ。じゃあ2人とも、頑張れよ」
ヘイレンが向けた拳を俺とエリオットが順番に重ねる。重いドアを開くとそこに居たのは悪魔長1人だった。
「いつかこの日が来ると思っていたよ。ほら、2人とも座ってくれ」
思ってもない言葉を掛けられる。和やかに椅子に手を向けるその姿は俺たちを歓迎しているようで、その瞳の奥で俺たちを見定めているように見えた。悪魔長のどこか飄々とした掴みどころのない空気感が只者ではないと感じさせる。
「レヴァンだったね。君の活躍はずっと見ていたよ」
これまで全く関わりのない悪魔長が、俺を知っている? ――喉がひとりでに鳴った。
「さて、君の名前は?」
悪魔長の視線が隣に向けられた。エリオットが胸に手を当てて一礼する。
「ザハル様、お初にお目にかかります。上級天使のエリオットと申します。レヴァンの恋人です」
「エリオットか、よく来てくれたね。……ねぇレヴァン、エリオットと一緒に人間界で任務に取り組んだことは一度や二度じゃないだろう?」
どうしてそれを――ただ悪魔長の前で嘘を吐いても意味がないと肌で感じ取り、素直に頷く。
「エリオットと一緒に任務をクリアすると、もらえるポイントがやたら多いことには気付いてたかい?」
すっと不思議だった。同じランクの任務でも、1人でクリアするのとエリオットと一緒にクリアするのではもらえるポイントがまるで違う。自分たちはその謎の恩恵に乗っかってこうして上級へと駆け上がってきたようなものだった。
「あぁ、もちろん気付いていた。エリオットと協力して任務を進めたり、ターゲットに悪魔と天使の力の両方を送ったりすると、クリア時にもらえるポイントが多くなる」
「その通りだ、よく見てるね。なんでそんな仕組みがあると思う? これは何かのバグかな?」
答えが出ない俺たちを見て、悪魔長が楽しそうに笑った。
「これはね、俺が300年以上前に仕込んだ仕組みなんだ。天使と悪魔がより協力して任務を進めるように……ってね」
隣にいるエリオットがタイミングを見計らうように声を掛ける。
「ということは、かつて天使と悪魔が共存していた頃のシステムがそのまま残っていたということですか?」
「あぁ、そうだよ。君は賢い天使だね」
ポイントが増えるのはバグではなく、悪魔長自らが残した仕組みだった――でも一体なぜ? わからないことが増えていく。
「俺には全ての悪魔のポイントが閲覧可能だ。その中でもレヴァンの伸び率は群を抜いていたよ。最初は中級に上がって解禁された出張任務を多くこなしているからだと気に留めていなかったが、たとえそうであってもおかしい。こんなにも短期間で急激にポイントが伸びるはずかない。その時に俺は自分が仕込んだシステムを思い出したんだ。もしかしたらこのレヴァンという悪魔は天使と協力しているんじゃないかってね」
俺たちが秘密裏に進めていたことが全部悪魔長にバレていた。むしろ、わかった上で泳がさせられていた。背中を冷や汗が伝う。
「たしか今の天界には『悪魔と関わってはいけない』という規律があるよね、エリオット」
「はい、そうです」
「いくらポイントがおいしいからといって、規律を破ってまで悪魔と協力する天使は少ないだろう。となると、よっぽどの崖っぷちか、悪魔を愛してしまったか。君の場合は後者だね」
エリオットが素直に頷く。
「愛する者と自由に会えず、会話すらろくにできない毎日はそりゃ不満が溜まる。だから世界の仕組みを変えようと、いつか俺の元へと直談判に来るんじゃないかと思っていたんだ。それが今日だったってわけ。ヘイレンからの会議招集を見た時は思わずにやけてしまったよ。レヴァンはどんな天使のフィアンセを連れてくるんだろうってね」
俺もエリオットも言葉が出ない。俺たちがここに来ることまでもが、目の前の悪魔長にはお見通しだった。
「エリオットは、300年前に天使と悪魔が分断した理由を知っているかい?」
「いえ、可能な限り書物を漁りましたが、どれも書いてあるのは結果のみで、なぜ分断したかという理由を記したものはありませんでした」
「……記録に残さなかったのか。まったく、アスらしい」
これまでとは異なる口調で、どこか遠い目をした悪魔長がぽつりと呟く。
「アスというのは、もしかして天使長のアステリオン様のことでしょうか?」
悪魔長のエリオットを見る眼差しが鋭く光る。
「エリオットは、アスを知っているのかい?」
「はい、週に一度の会議でお見掛けする程度ですが」
「……アスは、今も元気かな?」
「規律を重んじる厳格な天使長様です」
大きく息を吐いた悪魔長が何かを考え込むようにしばらく口をつぐむ。
「そうだね、君たちは知っていたほうがいい。いや、知る権利がある」
悪魔長は俺たち2人と順番に視線を合わせてからゆっくりと言葉を紡いだ。
「300年前に天使と悪魔が分断したのは、俺とアスの破局が原因だよ」
思ってもいなかった言葉が飛び出す。世界の形を変えたのはひとつの恋の終わり――意味を理解するまで、時間が止まったかのようだった。破局どころか、悪魔長と天使長が恋人同士だったことすら知らない。隣のエリオットの喉仏が上下するのを視界の端に捉える。
「……ザハル様は、アステリオン様と愛し合っていたのですか」
「そうだ。アスは俺の全てだった。全身全霊で愛していた。大好きだった」
「では、なぜ別れてしまったのですか」
「愛しすぎてしまったからだよ」
さて昔話をしようか、と悪魔長がベルを鳴らすと、コーヒーが3つ運ばれてくる。香ばしい匂いが張り詰めた空気を僅かに和らげたが、依然として緊張感は続いていた。悪魔長が優雅にコーヒーカップを口に寄せる。その口から真実が告げられるのを、俺とエリオットは固唾を呑んで待っていた。
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