ひび割れた魂に、君のぬくもりを

萌葱 千佳

文字の大きさ
5 / 12

第5話

しおりを挟む
 今日は何がいいかな、おでんにしようかな。そんなことを考えながら、夕暮れのオレンジ色に包まれた暁宵城の城下町にて食材を物色する。
 天使と悪魔が正式に共存すると発表されてから、両種族の長が住む暁宵城の城下町はますます活気に溢れていた。魔界の有名なおでんの屋台が暁宵城の城下町にも出店したらしい、そんな噂を聞いて該当の店を探す。
 ――あった。タイミングが良かったのか、並んでいるのは数人だけだ。店頭のメニュー表を見ながら何を選ぶか悩む。

「いらっしゃい、持ち帰りで?」
 悪魔の店主から声を掛けられる。ダリオンのおかげか、以前よりは悪魔に対する嫌悪感は薄れてきた。
「はい、持ち帰りで。えー全部2つずつで、大根と、はんぺんと……」

 ダリオンと一緒に食事を囲み、その後に美しいピアノの音色に耳を傾けるのがすっかり毎日の楽しみになっていた。ダリオンは良い奴だ。気が利くし、優しいし、ピアノも上手い。悪魔に対して荒々しいイメージがあったが、ダリオンはどこまでも穏やかな優しさに満ちていた。
 おでん屋の袋をぶら下げながら天界の家へと向かう。このおでん、ダリオンも魔界で食ったことあるかな。俺が勝手に具選んじゃったけど好きなやつあるかな。そんな浮かれた気持ちのまま、おでんが冷めないようにと帰路を急いだ。


「ダリオン、ただいま!」
 元気に声を掛けると、ダリオンが玄関まで出迎えてくれる。
「おかえり、カイル。わ、すっごく良い匂い」
「おでん買ってきた! 食おうぜ」
 店のロゴが入った袋を掲げると、ダリオンがその袋を指差す。
「あ、それ魔界のお店の! 今日は魔界に用事があったの?」
「いや、暁宵城の城下町に出店したんだ。そこで買ってきた」
 そんなことを言いながら夕飯の準備をする。食器や飲み物を出すと、席についておでんをよそった。

「ふふ、なんかカイル楽しそう。おでん好きなの?」
 たしかにおでんは好物ではあるが、今はこうしてダリオンと共に食卓を囲えるのが楽しくて仕方ない。ダリオンと出会う前の俺はどうやって飯を食ってたんだっけ。そう思うほどダリオンとの時間はいつの間にか自分に馴染んで、かけがえのないものになっていた。
 今でもふとセドリックのことを思い出したりもするが、ダリオンが側に居てくれるおかげで前を向ける。悪魔のせいで傷付いた心が悪魔のおかげで回復していく、そんなジレンマを抱えながらもボロボロになった心が治っていったのは事実だった。


「美味いな、これ」
「そうだね。久しぶりに食べたよ。やっぱり美味しい」
 そう言ってダリオンは今日もぎこちなく微笑む。その時、心に何かが引っ掛かった。何かを確かめるように、じっとダリオンの顔を見つめる。

「カイル、どうしたの? あ、はんぺんもう1つほしい? これあげようか?」
 そう言って浮かべる笑顔はやっぱり痛々しい。身体の傷自体はかなり薄くなってきたが、引きつった笑顔と物悲しそうな眼差しは出会った時のままだ。俺はこうしてダリオンのおかげで前を向けるようになったが、ダリオンはずっと傷付いたままなんじゃないか。そう思い視線を落とすと、箸を持つ手が少しだけ震えている。

 そうだ、ダリオンはずっとボロボロのままだ。俺は何をしていたんだ。目の前にいる悪魔の指先の震えが、俺の心を揺らした。
 ダリオンと居られることに浮かれて、自分自身が元気になっていくことに満足していた。ダリオンの様子は見えていたのに、ずっと見えないふりをしていたことに気付く。


 食後、いつものようにピアノを弾きに行こうとするダリオンを呼び止めて、ソファに並んで座った。
「ごめん、ダリオン」
「どうしたの急に、何があったの」
 驚いたようにダリオンがこちらを覗き込む。

「俺、ダリオンがずっとボロボロなのに、ダリオンの優しさに甘えて見て見ぬふりをしてた。ごめん。ダリオンが俺を元気にしてくれたように、今後は俺がダリオンを元気にしたい」
「そんな、僕はこうして過ごさせてもらってるだけで十分すぎるくらいカイルにもらってるよ」
 今日もダリオンは優しい。でもその言葉に小さく首を振る。

「もっとだ。俺はダリオンに笑ってほしい。幸せに生きてほしい。俺にできることなんてたかが知れてるし、ピアノも弾けないけど、ダリオンの側に居るから」
 くしゃっとぎこちなく笑ったダリオンが肩を震わせる。するとその両目からじわりと涙が溢れてきて、ダリオンの頬を濡らした。

「タオル越しなら触れてもいいか?」
 そう聞くと、ダリオンの頭が小さく縦に揺れる。手を伸ばして柔らかいタオルでダリオンの涙を拭うが、その涙は止まりそうにない。

「ダリオンがそうしてくれたみたいに、俺の前ではいくらでも泣いていい。大丈夫、泣き止むまでずっと隣にいるから」
 その肩にタオルケットを掛けて、ダリオンの痛みが和らぐようにと思いながら涙を拭う。自分より大柄なその悪魔を抱き締めたくてたまらなくなったが、その気持ちをぐっと堪えて隣に座り続けた。

「……カイル、ありがとう」
「こっちこそ。いつもありがとう」
 ぽつりと言葉を交わし合いながら、夜が更けていくのを感じていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

きみに会いたい、午前二時。

なつか
BL
「――もう一緒の電車に乗れないじゃん」 高校卒業を控えた智也は、これまでと同じように部活の後輩・晃成と毎朝同じ電車で登校する日々を過ごしていた。 しかし、卒業が近づくにつれ、“当たり前”だった晃成との時間に終わりが来ることを意識して眠れなくなってしまう。 この気持ちに気づいたら、今までの関係が壊れてしまうかもしれない――。 逃げるように学校に行かなくなった智也に、ある日の深夜、智也から電話がかかってくる。 眠れない冬の夜。会いたい気持ちがあふれ出す――。 まっすぐな後輩×臆病な先輩の青春ピュアBL。 ☆8話完結の短編になります。

【完結】アイドルは親友への片思いを卒業し、イケメン俳優に溺愛され本当の笑顔になる <TOMARIGIシリーズ>

はなたろう
BL
TOMARIGIシリーズ② 人気アイドル、片倉理久は、同じグループの伊勢に片思いしている。高校生の頃に事務所に入所してからずっと、2人で切磋琢磨し念願のデビュー。苦楽を共にしたが、いつしか友情以上になっていった。 そんな伊勢は、マネージャーの湊とラブラブで、幸せを喜んであげたいが複雑で苦しい毎日。 そんなとき、俳優の桐生が現れる。飄々とした桐生の存在に戸惑いながらも、片倉は次第に彼の魅力に引き寄せられていく。 友情と恋心の狭間で揺れる心――片倉は新しい関係に踏み出せるのか。 人気アイドル<TOMARIGI>シリーズ新章、開幕!

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

青い月の天使~あの日の約束の旋律

夏目奈緖
BL
溺愛ドS×天然系男子 俺様副社長から愛される。古い家柄の養子に入った主人公の愛情あふれる日常を綴っています。夏樹は大学4年生。ロックバンドのボーカルをしている。パートナーの黒崎圭一の父親と養子縁組をして、黒崎家の一員になった。夏樹には心臓疾患があり、激しいステージは難しくなるかもしれないことから、いつかステージから下りることを考えて、黒崎製菓で経営者候補としての勉強をしている。夏樹は圭一とお互いの忙しさから、すれ違いが出来るのではないかと心配している。圭一は夏樹のことをフォローし、毎日の生活を営んでいる。 黒崎家には圭一の兄弟達が住んでいる。圭一の4番目の兄の一貴に親子鑑定を受けて、正式に親子にならないかと、父の隆から申し出があり、一貴の心が揺れる。親子ではなかった場合は養子縁組をする。しかし、親子ではなかった場合を受け入れられない一貴は親子鑑定に恐れを持ち、精神的に落ち込み、愛情を一身に求める子供の人格が現われる。自身も母親から愛されなかった記憶を持つ圭一は心を痛める。黒崎家に起こることと、圭一に寄り添う夏樹。繋いだ手を決して離そうとせず、歩いている。  そして、月島凰李という会社社長兼霊能者と黒崎家に滞在しているドイツ人男性、ユリウス・バーテルスとの恋の駆け引き、またユリウスと南波祐空という黒崎製菓社員兼動画配信者との恋など、夏樹の周りには数多くの人物が集まり、賑やかに暮らしている。 作品時系列:「恋人はメリーゴーランド少年だった。」→「恋人はメリーゴーランド少年だった~永遠の誓い編」→「アイアンエンジェル~あの日の旋律」→「夏椿の天使~あの日に出会った旋律」→「白い雫の天使~親愛なる人への旋律」→「上弦の月の天使~結ばれた約束の夜」→本作「青い月の天使~あの日の約束の旋律」

これは恋でないので

鈴川真白
BL
そばにいたい ――この気持ちは、恋であったらダメだ アイドルオタクな後輩 × マスクで素顔を隠す先輩

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

劣等アルファは最強王子から逃げられない

BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。 ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。

処理中です...