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第5話
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今日は何がいいかな、おでんにしようかな。そんなことを考えながら、夕暮れのオレンジ色に包まれた暁宵城の城下町にて食材を物色する。
天使と悪魔が正式に共存すると発表されてから、両種族の長が住む暁宵城の城下町はますます活気に溢れていた。魔界の有名なおでんの屋台が暁宵城の城下町にも出店したらしい、そんな噂を聞いて該当の店を探す。
――あった。タイミングが良かったのか、並んでいるのは数人だけだ。店頭のメニュー表を見ながら何を選ぶか悩む。
「いらっしゃい、持ち帰りで?」
悪魔の店主から声を掛けられる。ダリオンのおかげか、以前よりは悪魔に対する嫌悪感は薄れてきた。
「はい、持ち帰りで。えー全部2つずつで、大根と、はんぺんと……」
ダリオンと一緒に食事を囲み、その後に美しいピアノの音色に耳を傾けるのがすっかり毎日の楽しみになっていた。ダリオンは良い奴だ。気が利くし、優しいし、ピアノも上手い。悪魔に対して荒々しいイメージがあったが、ダリオンはどこまでも穏やかな優しさに満ちていた。
おでん屋の袋をぶら下げながら天界の家へと向かう。このおでん、ダリオンも魔界で食ったことあるかな。俺が勝手に具選んじゃったけど好きなやつあるかな。そんな浮かれた気持ちのまま、おでんが冷めないようにと帰路を急いだ。
「ダリオン、ただいま!」
元気に声を掛けると、ダリオンが玄関まで出迎えてくれる。
「おかえり、カイル。わ、すっごく良い匂い」
「おでん買ってきた! 食おうぜ」
店のロゴが入った袋を掲げると、ダリオンがその袋を指差す。
「あ、それ魔界のお店の! 今日は魔界に用事があったの?」
「いや、暁宵城の城下町に出店したんだ。そこで買ってきた」
そんなことを言いながら夕飯の準備をする。食器や飲み物を出すと、席についておでんをよそった。
「ふふ、なんかカイル楽しそう。おでん好きなの?」
たしかにおでんは好物ではあるが、今はこうしてダリオンと共に食卓を囲えるのが楽しくて仕方ない。ダリオンと出会う前の俺はどうやって飯を食ってたんだっけ。そう思うほどダリオンとの時間はいつの間にか自分に馴染んで、かけがえのないものになっていた。
今でもふとセドリックのことを思い出したりもするが、ダリオンが側に居てくれるおかげで前を向ける。悪魔のせいで傷付いた心が悪魔のおかげで回復していく、そんなジレンマを抱えながらもボロボロになった心が治っていったのは事実だった。
「美味いな、これ」
「そうだね。久しぶりに食べたよ。やっぱり美味しい」
そう言ってダリオンは今日もぎこちなく微笑む。その時、心に何かが引っ掛かった。何かを確かめるように、じっとダリオンの顔を見つめる。
「カイル、どうしたの? あ、はんぺんもう1つほしい? これあげようか?」
そう言って浮かべる笑顔はやっぱり痛々しい。身体の傷自体はかなり薄くなってきたが、引きつった笑顔と物悲しそうな眼差しは出会った時のままだ。俺はこうしてダリオンのおかげで前を向けるようになったが、ダリオンはずっと傷付いたままなんじゃないか。そう思い視線を落とすと、箸を持つ手が少しだけ震えている。
そうだ、ダリオンはずっとボロボロのままだ。俺は何をしていたんだ。目の前にいる悪魔の指先の震えが、俺の心を揺らした。
ダリオンと居られることに浮かれて、自分自身が元気になっていくことに満足していた。ダリオンの様子は見えていたのに、ずっと見えないふりをしていたことに気付く。
食後、いつものようにピアノを弾きに行こうとするダリオンを呼び止めて、ソファに並んで座った。
「ごめん、ダリオン」
「どうしたの急に、何があったの」
驚いたようにダリオンがこちらを覗き込む。
「俺、ダリオンがずっとボロボロなのに、ダリオンの優しさに甘えて見て見ぬふりをしてた。ごめん。ダリオンが俺を元気にしてくれたように、今後は俺がダリオンを元気にしたい」
「そんな、僕はこうして過ごさせてもらってるだけで十分すぎるくらいカイルにもらってるよ」
今日もダリオンは優しい。でもその言葉に小さく首を振る。
「もっとだ。俺はダリオンに笑ってほしい。幸せに生きてほしい。俺にできることなんてたかが知れてるし、ピアノも弾けないけど、ダリオンの側に居るから」
くしゃっとぎこちなく笑ったダリオンが肩を震わせる。するとその両目からじわりと涙が溢れてきて、ダリオンの頬を濡らした。
「タオル越しなら触れてもいいか?」
そう聞くと、ダリオンの頭が小さく縦に揺れる。手を伸ばして柔らかいタオルでダリオンの涙を拭うが、その涙は止まりそうにない。
「ダリオンがそうしてくれたみたいに、俺の前ではいくらでも泣いていい。大丈夫、泣き止むまでずっと隣にいるから」
その肩にタオルケットを掛けて、ダリオンの痛みが和らぐようにと思いながら涙を拭う。自分より大柄なその悪魔を抱き締めたくてたまらなくなったが、その気持ちをぐっと堪えて隣に座り続けた。
「……カイル、ありがとう」
「こっちこそ。いつもありがとう」
ぽつりと言葉を交わし合いながら、夜が更けていくのを感じていた。
天使と悪魔が正式に共存すると発表されてから、両種族の長が住む暁宵城の城下町はますます活気に溢れていた。魔界の有名なおでんの屋台が暁宵城の城下町にも出店したらしい、そんな噂を聞いて該当の店を探す。
――あった。タイミングが良かったのか、並んでいるのは数人だけだ。店頭のメニュー表を見ながら何を選ぶか悩む。
「いらっしゃい、持ち帰りで?」
悪魔の店主から声を掛けられる。ダリオンのおかげか、以前よりは悪魔に対する嫌悪感は薄れてきた。
「はい、持ち帰りで。えー全部2つずつで、大根と、はんぺんと……」
ダリオンと一緒に食事を囲み、その後に美しいピアノの音色に耳を傾けるのがすっかり毎日の楽しみになっていた。ダリオンは良い奴だ。気が利くし、優しいし、ピアノも上手い。悪魔に対して荒々しいイメージがあったが、ダリオンはどこまでも穏やかな優しさに満ちていた。
おでん屋の袋をぶら下げながら天界の家へと向かう。このおでん、ダリオンも魔界で食ったことあるかな。俺が勝手に具選んじゃったけど好きなやつあるかな。そんな浮かれた気持ちのまま、おでんが冷めないようにと帰路を急いだ。
「ダリオン、ただいま!」
元気に声を掛けると、ダリオンが玄関まで出迎えてくれる。
「おかえり、カイル。わ、すっごく良い匂い」
「おでん買ってきた! 食おうぜ」
店のロゴが入った袋を掲げると、ダリオンがその袋を指差す。
「あ、それ魔界のお店の! 今日は魔界に用事があったの?」
「いや、暁宵城の城下町に出店したんだ。そこで買ってきた」
そんなことを言いながら夕飯の準備をする。食器や飲み物を出すと、席についておでんをよそった。
「ふふ、なんかカイル楽しそう。おでん好きなの?」
たしかにおでんは好物ではあるが、今はこうしてダリオンと共に食卓を囲えるのが楽しくて仕方ない。ダリオンと出会う前の俺はどうやって飯を食ってたんだっけ。そう思うほどダリオンとの時間はいつの間にか自分に馴染んで、かけがえのないものになっていた。
今でもふとセドリックのことを思い出したりもするが、ダリオンが側に居てくれるおかげで前を向ける。悪魔のせいで傷付いた心が悪魔のおかげで回復していく、そんなジレンマを抱えながらもボロボロになった心が治っていったのは事実だった。
「美味いな、これ」
「そうだね。久しぶりに食べたよ。やっぱり美味しい」
そう言ってダリオンは今日もぎこちなく微笑む。その時、心に何かが引っ掛かった。何かを確かめるように、じっとダリオンの顔を見つめる。
「カイル、どうしたの? あ、はんぺんもう1つほしい? これあげようか?」
そう言って浮かべる笑顔はやっぱり痛々しい。身体の傷自体はかなり薄くなってきたが、引きつった笑顔と物悲しそうな眼差しは出会った時のままだ。俺はこうしてダリオンのおかげで前を向けるようになったが、ダリオンはずっと傷付いたままなんじゃないか。そう思い視線を落とすと、箸を持つ手が少しだけ震えている。
そうだ、ダリオンはずっとボロボロのままだ。俺は何をしていたんだ。目の前にいる悪魔の指先の震えが、俺の心を揺らした。
ダリオンと居られることに浮かれて、自分自身が元気になっていくことに満足していた。ダリオンの様子は見えていたのに、ずっと見えないふりをしていたことに気付く。
食後、いつものようにピアノを弾きに行こうとするダリオンを呼び止めて、ソファに並んで座った。
「ごめん、ダリオン」
「どうしたの急に、何があったの」
驚いたようにダリオンがこちらを覗き込む。
「俺、ダリオンがずっとボロボロなのに、ダリオンの優しさに甘えて見て見ぬふりをしてた。ごめん。ダリオンが俺を元気にしてくれたように、今後は俺がダリオンを元気にしたい」
「そんな、僕はこうして過ごさせてもらってるだけで十分すぎるくらいカイルにもらってるよ」
今日もダリオンは優しい。でもその言葉に小さく首を振る。
「もっとだ。俺はダリオンに笑ってほしい。幸せに生きてほしい。俺にできることなんてたかが知れてるし、ピアノも弾けないけど、ダリオンの側に居るから」
くしゃっとぎこちなく笑ったダリオンが肩を震わせる。するとその両目からじわりと涙が溢れてきて、ダリオンの頬を濡らした。
「タオル越しなら触れてもいいか?」
そう聞くと、ダリオンの頭が小さく縦に揺れる。手を伸ばして柔らかいタオルでダリオンの涙を拭うが、その涙は止まりそうにない。
「ダリオンがそうしてくれたみたいに、俺の前ではいくらでも泣いていい。大丈夫、泣き止むまでずっと隣にいるから」
その肩にタオルケットを掛けて、ダリオンの痛みが和らぐようにと思いながら涙を拭う。自分より大柄なその悪魔を抱き締めたくてたまらなくなったが、その気持ちをぐっと堪えて隣に座り続けた。
「……カイル、ありがとう」
「こっちこそ。いつもありがとう」
ぽつりと言葉を交わし合いながら、夜が更けていくのを感じていた。
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