ひび割れた魂に、君のぬくもりを

萌葱 千佳

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第6話

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 落ち込んでる奴を元気付けるってどうすればいいんだ。そう思いながらも手探りでダリオンとの共同生活は続いた。
 具体的に何かが変わったかと言えばとくに変化はないが、それでもダリオンの醸し出す空気感はこれまでと違うものになっている。まず、無理したように笑うことが少なくなった。その分笑った時のぎこちなさも減っている。少しずつ心を偽ることなく、ダリオンが過ごせるようになっているのが嬉しかった。

 自分にできることと言えばせいぜい家事くらい。ダリオンが居心地良く過ごせるようにと、不器用ながら料理をしたり、洗濯や掃除に力を入れたりと一生懸命に目の前のことをこなす。
 決して美味いとは言えない俺の料理を毎日美味しそうに完食してくれるダリオンが申し訳なくて、でも確かな愛おしさで胸がいっぱいになった。


 深夜、ふと目が覚めて、水を取りに寝室からリビングに向かう。リビングのソファではダリオンが寝ているため、起こさないよう足音を殺して歩いていると、ダリオンが苦しそうな声を上げているのに気付いた。

「ダリオン、どうした? 大丈夫か?」
 悪夢にうなされているのか、瞼を閉じたまま辛そうな表情を浮かべている。自分の体温が届くようにと願いながら、反射的にダリオンの手を両手で握った。
 安心しろ、俺が側にいるから――そう小声で囁いていると、力が抜けたようにダリオンの寝顔が穏やかなものに変わる。眉間の皺が緩み、寝息も落ち着いて規則正しくなった。良かった、もう大丈夫そうだ。ほっと胸をなで下ろしながら、しばらく自分より少し大きな手を握り続けていた。


「悪い、昨日の夜ダリオンの手握っちまった。うなされてたみたいだから、安心してほしくて。触れられたくないってわかってたのに、ごめん」
 翌朝、朝の陽ざしの中でパンを頬張りながらダリオンに謝罪する。ダリオンはぱちぱちと瞬きを繰り返すと、自分の手の平をじっと見つめる。

「……そっか、あれはカイルだったんだ。悪夢の中から、僕を救い出してくれた」
 そう言うと、花がほころぶように柔らかく微笑む。
「ありがとう。カイルの手なら怖くないよ。あったかくて優しくて、むしろ普段より良く眠れた」
「悪夢はよく見るのか?」
「……うん、そうだね。でも昨日はカイルが来てくれてからは見なかったと思う」

 俺にできること、見つけたかもしれない――そう思うと、テーブルの上で身を乗り出す。
「なぁ、そうしたら、寝る前に俺の手握らないか? ダリオンが悪夢を見なくて済むように、できることは何でもしたい」
「いいの?」
「当たり前だ!」
 そう答えると、ダリオンがぺこりと頭を下げる。

「じゃあ、よろしくお願いします」
「おう、俺に任せてくれ」
 わざとらしい口調で声に出すと、ダリオンがぷっと吹き出す。笑い合いながら、少しでもダリオンのためにできることが見つかったのが嬉しくてたまらなかった。


 その夜、一緒にソファで座りながら、手の平を向けて両手を差し出す。
「怖かったら無理しなくていい。ダリオンのタイミングで大丈夫だから」

 恐る恐るといった様子でダリオンが手を伸ばす。指先が小さく触れ合い、大丈夫なことを確認するかのようにお互いの熱を感じる。そうしているうちに、ぎゅっとダリオンから手を握られた。
「……やっぱり、カイルの手は安心する。あったかい」
 ダリオンの柔らかい声色が耳に届く。胸に溜め込んでいた空気を吐き出すように、ダリオンがゆっくりとした大きい呼吸を繰り返す。

「眠るまでずっと手繋いでるよ」
 そう言うと部屋の電気を消して、横になったダリオンの手を包み込む。
「こんなに安心して眠れるの、いつぶりだろう」
「毎日手握るから大丈夫だ。今日だけじゃないから、安心しろ」
 僕、カイルと出会えて幸せ――そう呟いた声が聞こえたと思ったら、小さな寝息が聞こえてくる。眠るまでと言ったのに、しばらくの間ダリオンから離れられず、ぎゅっと手を繋いでいた。

 
 それからダリオンは頻繁に俺の手に触れるようになった。
「カイル、手貸して?」
 休日にソファに座って映画を観ていると、ダリオンからそう告げられる。自分の意思を見せてくれるようになったのがたまらなく嬉しい。この手でダリオンの不安がなくなるんだったら、いくらだって、何回だって手を繋ぎたい。そう思い手を差し出すと、嬉しそうにダリオンが手を繋いでくれる。

 人間界に任務に行く日も、いってきますと言う代わりにダリオンと手を繋ぐ。
「もうちょっと、カイルの充電させて。もうちょっとだけ」
 自分よりも大きな身体の悪魔が、何よりも大切そうに自分の手を包み込む。俺もダリオンが誰よりも大切――そう思いながら繋いだ手に込める力をぎゅっと強くする。ダリオンが安心してくれて、笑顔を見せてくれるのが自分にとって何よりの幸せになっていた。


 手を繋ぐのがすっかり当たり前になったある日、寝る前にダリオンに問い掛ける。
「あのさ……もしダリオンが嫌じゃなければ、手を繋ぐだけじゃなくて、ハグもしたい」

 ダリオンにもっと安心してほしいと思う気持ちが何より強かったが、心のどこかでダリオンへの愛おしさを塞き止めることができないと感じていた。手を繋ぐだけじゃ足りない。俺の身体全部を使って、ぬくもりを伝えたい。
 でもダリオンが安心できるように、怖がらないようにと思いながら尋ねると、試してもいい? と小さな声が聞こえてくる。

「もし少しでも嫌だったら言ってくれ。突き飛ばしてくれてもいい」
 そう言ってダリオンの広い背中に腕を回す。力を込めすぎないように気を付けながら、手の平で背中を撫でた。
「……どうだ? 大丈夫か?」
「うん、カイルなら怖くない。あったかくて、安心する」
 そっと自分の背中にもダリオンの腕が回される。しばらく抱き締め合っていると、耳元でダリオンの嬉しそうな笑い声が聞こえてきた。

「ふふ、カイルの心臓動いてる」
「当たり前だろ」
「そうだね。……ずっと、こうしていたいな」
 すりすりと頭に頬ずりされる。ダリオンが誰よりも大事で、大切で――そんな愛おしさを込めながら、夜が更けるのも忘れてずっと抱き締め合っていた。
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