ひび割れた魂に、君のぬくもりを

萌葱 千佳

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第7話

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「それじゃ、行ってくる」
 見送りに来てくれたダリオンの身体をぎゅっと抱き締める。俺たちの間ですっかりハグが習慣となり、おはよう、いってきます、ただいま、おやすみと何かにつけて抱き締め合っていた。
 ダリオンが安心してくれるのが何より嬉しいが、自分も幸せな気持ちで満たされていく。もう隣に居るのが当たり前になったダリオンとぬくもりを分かち合う時間が何よりも愛おしいものになっていた。

 ある日、人間界から戻ってくると、暁宵城の城下町はいつにない活気に包まれている。色とりどりの電飾を見て、今日はお祭りの日だと思い出した。まだダリオンは外に出るのは少し不安が残るらしい。病院には定期的に通っているようだが、それ以外の時間はほとんど家で過ごしている。
 ダリオンは魔界出身だし、やっぱり祭りは好きなのだろうか。今は無理でも来年には一緒に祭りを回れたらと思わず考えてしまう。出店で祭りらしい食べ物をいくつか見繕い、ダリオンが待つ家に向かって急いだ。


「なぁ、ダリオンって祭りは好きなのか?」
 ダイニングテーブルに向かい合ってたこ焼きを頬張りながら、そんなことを口にする。

「魔界の祭りにかける想いは凄いからね。そりゃもちろん好きだけど、こうしてカイルと一緒に穏やかに過ごす日も同じくらい好きだよ」
 そう言って微笑むダリオンの表情からぎこちなさは薄くなっていた。自分にとってもダリオンと過ごす日常は何よりも大切だ。目の前のダリオンが同じ気持ちで居てくれることが嬉しくてたまらない。

「俺もそう思うけど、いつかダリオンと一緒に祭りも行ってみたい。今日の暁宵城の祭りもすごく華やかだったから、来年は一緒に行こうぜ」
 するとダリオンの微笑みが力ないものに変わる。

「……さすがに、来年の今頃までお世話になるわけにはいかないよ。そんなにカイルに甘えられない」

 頭がガツンと殴られたかのように感じる。自分はこれからもずっとダリオンと一緒に居たいと当たり前に思っていたのに、ダリオンはそうじゃないという事実が胸に突き刺さる。

「そっか、そりゃそうだよな」
 わざとらしく明るい声を作ったが、ダリオンにはバレていないだろうか。セドリックへの失恋と同じくらい、いやそれ以上に胸が苦しい。食後にソファに座って他愛のないことを喋ったり、いつものように寝る前にハグをしたり、体温は触れているのに心の距離はたまらなく遠くに感じてしまう。

 なんで俺、こんなに苦しいんだろう。寝室で1人ベッドに腰掛けながら胸に手を当てる。
 ダリオンとずっと一緒に居たい。それだけじゃなくて、たくさんダリオンの笑顔が見たい。もっと手を繋いで、ハグをして、お互いのぬくもりを分かち合いたい。自分がダリオンの帰る場所になりたい。自分の1番がダリオンであるように、ダリオンにとっての1番も自分がいい――ハッと顔を上げる。

 そうか、俺、ダリオンのことが好きなんだ。だからこんなに胸が苦しいんだ。胸の奥がじんわりとあたたかくなり、息をする度にその愛しい名前が零れそうになる。そう気付くと今の自分の状態に納得した。
 でも明日から、どんな顔をしてダリオンに会えばいいんだろう。この想いは隠すべき? 打ち明けるべき? そんなことを思い悩みながら、ベッドの中へと潜り込んだ。


 ダリオンが、好き――そう思いながら朝食を共にする。
「はい、コーヒー」
 自覚すると、どうして今までこの想いに気付かなかったのか不思議なくらいに、自分の中でダリオンへの想いは育っていた。いつもの朝のはずなのに、スプーンを持つ手が小さく震える。

 コーヒーを渡してくれるその大きな手が好き、笑う時に少し下がる眉の形が好き、俺の名前を呼ぶ柔らかい声が好き――目の前の悪魔に散らばる大好きなところがありすぎて、思わず視線を逸らす。
 視界の隅でも、朝日に照らされて毛先が明るく染まる栗色の髪も好きだと思うと、昨夜とはまた違った胸の苦しみが訪れた。

「どうしたの? 今日のカイル、何だかちょっと変」
 よく俺を見ているダリオンが何かに気付いたのか、顔を覗き込んでくる。

「体調悪い? 無理してない?」
 熱を測るように、ダリオンの大きな手の平が俺の額に添えられた。どんな時も俺を気遣ってくれるその優しさに触れて、また心臓の鼓動が早くなる。こんなの、好きにならないほうがおかしい。そう思いながらいつも通りの笑顔を作る。

「大丈夫だ、何ともない」
「ほんと? なら良かった。少しでも違和感があったらすぐに休んでね」
 柔らかい微笑みに包まれて、バクバクとうるさい心臓は一向に収まらない。人間界に向かう準備を終えると、玄関先でダリオンにぎゅっと抱き締められる。

「いってらっしゃい。気を付けてね。今日もカイルに幸せだけが降り注ぐように祈ってるよ」
「……うん、いってくる」

 身体が離れ、名残惜しそうに指先が絡み合う。離れたくない、ずっと一緒にいたい、そんな想いでダリオンの瞳を見上げると、下がり眉の愛おしい笑顔が俺を見つめていた。――やばい、大好き。頬が一気に熱くなり、バレないように思わず勢いよく家を出る。

 どうしよう、どうしよう。俺、ダリオンのこと、好きになっちゃった。大好きだ。こんなの、どうすりゃいい。そう慌てふためきながら、人間界の上空を全速力で羽ばたいていった。
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