悪魔祓いの跡取り息子なのに上級悪魔から甘やかされています

萌葱 千佳

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第8話

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 パタン、とドアの閉まる音が小さく聞こえる。寝返りを打つと大きく息を吐いた。アルは今日も会社に向かったんだな――立ち上がるとバイト先に行くための身支度を始める。
 あれから2週間、一度もアルとは顔を合わせていない。ドアの開け閉めの音は聞こえるので、きっとこれまで通りの生活は送っているのだと思う。

 家に居るとアルのことを考えてしまうため、俺はバイトの掛け持ちを始めた。それで金を貯めて別の場所に引っ越すのが当面の目標だ。
 アルとの思い出が詰まったこの家にはもうこれ以上居られない――ふとした瞬間にアルへの愛しさと、そんな彼から選ばれなかった切なさが押し寄せて胸をぎゅっと締め付ける。自分にできることは物理的に距離をとって、少しずつ忘れていくことしかなかった。


 2つのバイトを昼から掛け持ちして、時計を見ると23時を過ぎていた。お疲れ様です、とまだ残っている社員に声を掛けて店を出る。段々と空気は春めいてきたが朝晩は変わらず冷え込みが激しい。ぶるぶるっと身震いをすると、家への道を急いだ。

 悲しみのどん底にいても人間は飯を食わなきゃならない。どこかに寄る体力はなく、ぼんやりと冷蔵庫の中身を思い出す。冷凍うどんがあったからそれを食えばいいか、適当につゆ掛けて卵も入れて――そんなことを考えながらアパートのエレベーターを降りると、見慣れた姿が部屋の前の廊下に佇んでいた。背中に黒い羽がはためくその影を俺は1人しか知らない。慌てて引き返そうとすると、赤い瞳がこちらを捉えた。

「こんばんは」
 ゆっくりと俺の目の前まで来たアルがそっと手を握る。その手は驚くほど冷たくなっていた。

「うちで、晩ご飯を食べていきませんか?」
 その瞳がひどく寂しそうで、胸の奥がぎゅっと痛くなる。黙って頷くと、手を引かれてアルの部屋へと入っていった。


 久しぶりに来た隣人の部屋はいつも通り綺麗に片付いていた。俺の部屋はすっかり荒れ果ててるのに、自分が居なくてもアルの生活は問題なく回っているように感じてどこか切なくなる。
「食事を温めるので少し待っててくださいね」
「おい、アル!」
 キッチンに立とうとするアルの手を掴んで引き留める。
「すげー手冷たくなってるぞ。もしかしてずっと外に居たのか?」
「2時間……くらいでしょうか」
「風邪引くだろ!? いいからこっち来い」

 腕を引いてアルをベッドに座らせると、電気毛布のスイッチを入れる。アルの部屋に泊まった時にいつも自分が使っていた電気毛布だ。隣に座ってアルの身体をすっぽり覆うように毛布を掛けると、青白い顔にもそっと手を伸ばす。

「頬もすげー冷たい……耳も……」
 毛布では覆いきれない部分を温めようと、両手をアルの頬に添える。しばらく頬に手を当てて温めていると、真っ赤な宝石のような瞳からホロリと涙が零れ落ちた。
「アル?」
 親指でそっと涙を拭っても、透き通った涙が次から次へと溢れていく。

「大好きです……」
 絞り出したような声が耳に届く。

「また鯨井くんに会えた時、なんて言おうかずっと考えてました。でもやっぱり、大好きとしか言葉が出てこないんです……大好きなんです……」

 腕を伸ばしてアルの身体を抱き締める。アルもきっと自分と同じか、もしくはそれ以上に寂しかったのだろうと震える肩から感じ取った。
「腹割って話すにはまずは美味しい食事から、って初めて会った時にアルが言ってただろ。一緒に食おう」
 こくこくとアルの頭が上下に動く。その柔らかい髪をそっと撫でると、今一度きつく身体を抱き締めた。


 浴室から聞こえるシャワーの音がぼんやりと聞こえる。こんなに冷え切ってるんだから飯食う前にまず風呂入れ! とアルを浴室に押し込んできた。
 さっきまでアルに掛けていた電気毛布に今度は自分がくるまる。やたら寒いと思ってエアコンを見上げると、暖房が切れていることに気付いた。アルは何やってんだかと笑いながら、他人のことを言えないくらい自分の部屋も日々冷え切っていることを思い出す。大切な存在が側に居ないと部屋を暖めることすら忘れてしまのかと、お互いの情けない共通点に思わず笑ってしまった。
 リモコンを手に取って暖房を入れ、空になっていた加湿器に水を入れて電源を付ける。少しだけ生活感が増した部屋でアルを待つのがどこか嬉しかった。

 部屋着に着替えたアルがシャワーを終えて出てくる。頬には血色感が戻り、張り詰めたような寂しさはなくなっていた。
「ご飯の準備をしておくので、鯨井くんも今のうちにシャワーどうぞ」
 そうしてアルの家に置きっぱなしにしていた自分の部屋着を渡される。綺麗に畳まれていたそれは、きっといつ俺が来てもいいように準備してくれたんだと思うとまた胸がぎゅっと締め付けられた。
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