【R18】キミが欲しい

蜜柑マル

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無事国家試験に合格し、2年間の研修医生活を経て父が院長を務める高橋小児科クリニックで働き始めた。話が通じないこどもを相手にしなくてはならず、連れてくる親も話が通じなくてストレスがたまる日々だが、「イヤなら他に行け」と言われてもどこにも行きたくはない。せっかく開業してくれてるのに、他で勤務医になんかなれるか。ゆくゆくは院長になるわけだから、その時に転科を考えればいい。

その日もいつも通りのはずだった。いつも通り、診察を終え、ひたすらある時間を潰すために夜の街に繰り出す予定だったのに。夕方、受付時間ギリギリに入ってきた親子によって、俺の人生は変わった。

「海斗先生、いま一組入ってきたのでお願いします」

「もう終わりでしょ、なんで入れるのさ」

「受付は17時30分までですから!」

看護師はまったく、と言って「佐原さーん、さはらそうたさーん、どうぞー」と待合室に向かって呼んだ。

入ってきたのは母親に連れられた男の子。真っ赤な顔でグッタリしている。いままでもうちの病院にかかっているらしく、カルテを見ると5歳。

「どうしましたか」

母親は子どもを心配そうに見ながら、「今朝、少し熱が高くて家で様子を見ていたのですが、午後になったら急に熱があがって、」と説明する。その顔に見覚えがあった俺は母親をマジマジと見た。俺の視線に気づいたのか、顔を上げて俺と目が合った途端、母親の顔色がサッと青くなった。この顔…。

さっき、看護師はなんて呼んだ?さはら、

「佐原碧ちゃんだ」

碧は真っ青な顔で俺から目をそらし、小さな声で「…診察をお願いします」と言った。

このところ流行っているため、インフルエンザの検査をする。大人でも痛いはずなのに、涙目になりながらも泣かない子どもだった。5歳なのに。…5歳?

俺は医療用の綿棒を取り出し、「粘膜見るね、ちょっと我慢して、」と言って子どもの口の中を何度かこすり、綿棒をしまった。看護師が訝しげな目で見ているが無視する。

「インフルエンザだね、誰か周りでかかってる人いる?」

「…いえ、特には、」

「幼稚園、通ってるの?」

「…保育園です」

「保育園からかもしれないね、ま、わからないけど。とりあえず、処方薬出すから。熱は今39度だね。解熱剤も出すね。水分とらせて、食べたいもの食べさせて。なるべく消化のいいもの。栄養とらないと治らないからね」

「わかりました」

ありがとうございました、と立ち上がった碧に、「ねぇ、碧ちゃん」と声をかける。

看護師には「薬、準備するように声かけてきて」と言って追い出し、まだ真っ青なままの碧を見た。

「この子、俺の子ども?」

「…違います」

「ま、ここじゃ答えにくいよね。嘘ついてもわかるよ、検査するから」

「え…?」

「親子鑑定やる。2週間後、会おうよ。子ども、誰か預かってくれる人いる?」

「…どういうことですか」

「2週間後には、鑑定結果が出るから。それについて話し合いたいんだよ。長くなるかもしれないし、子どもいると邪魔でしょ」

「ですから、この子は、」

「ねぇ、碧ちゃん。もう、その子のサンプル取っちゃったんだよ、俺」

「え?」

俺はさっきの綿棒をチラチラ碧に見せた。

「俺のサンプルと合わせてもらうから。嘘ついてもわかるよ」

「…あなたには、関係ないでしょ。嘘でもなんでも、関わらないんだから、」

「いや、もし俺の子だったらイヤじゃん。後で慰謝料請求されたりとかさぁ。認知しろとか言われてもさぁ」

「そんなことしません!」

真っ赤な顔で叫ぶ碧になぜかイラッとする。しない?なんでだよ。すればいいだろ。

「…なんでもいいけど、しないならしないなりに書面にしたいわけ。親子だって結果出たら書類作りたいから、とりあえず会おう。来なかったら、この子の保育園に乗り込むよ」

「どこかなんて、」

「わからなくても調べようはあるじゃん。探偵とかさ。この個人情報あるんだから」

俺はカルテをピラピラ碧の前で振って見せた。

「家の周りで聞き込みとかされたら、変な噂たつかもね」

ニヤニヤして見てやると、碧は俺を睨み付けた。その鋭さに胸がギュッとなる。…なんだ?

「わかりました。2週間後、こちらに来ればいいですか」

「いや、酒でも飲もうよ。飲めるでしょ、あの時だって飲んでたんだから」

碧は俺から目を逸らすと、「どちらに行けばいいですか」と無表情で言った。

「じゃあ、あの時の居酒屋に来て。何時ならいい?」

「19時でお願いします」

「ねぇ、碧ちゃん」

俺は碧を覗きこむようにして言った。

「佐原、ってことは結婚してないんだよね。指輪もしてないし。恋人とかいるの?」

「…関係ないですよね」

碧はそう吐き捨てるように言うと、「奏太、ごめんね、大丈夫?帰ろう」と抱き上げて出て行った。

あの時の、子どもだ。確証はないが確信はある。あの子ども…奏太の目元。俺にそっくりだ。

あの時学生だったのに、碧はそれでも産んだってことだ。俺のこと、どこの大学かも、マンションだって知ってたのになんで言いに来なかった?さっきの碧の、俺を睨み付けた目付きを思い出して、俺はなぜかゾクゾクした。いい。あの目。あんな、おとなしいだけの面白くない、面倒な女だったのに。あの目で俺を見る碧を組み敷きたい。そこまで考えて、自身が勃ちあがっているのに気づく。

あんな目に遭いながら、俺の子どもを産むなんて。地味なことに変わりはないが、清潔感があり何より美しかった。あの凛とした美しさ。あの後、何があってああなったのか。じっくり聞き出して、じっくり味わいたい。あの気高い瞳を涙で濡らしてメチャメチャにしてやりたい。

俺は診察室を出て、マンションに帰った。あの、碧を抱いた部屋。さっきの碧の視線に射ぬかれながら、俺は何度も吐精した。

早く。早く会いたい。碧に、会いたい。思いがけない再会に俺の心は踊った。定型のつまらない毎日に鮮やかに色が付く。久々に楽しくなり、酒を飲みながらまた自慰行為にふける。卒業してからは何も楽しくなくなり、女もすべて切った。目の前の課題がすべて終了してしまって、何を目標にすればいいのか…医者にはなったが、毎日単調な生活を送ることに心底ゾッとしていた。苦労するのはイヤだが変化がないのもつまらない。そんな行き詰まりの俺に突如もたらされたギフト。

手に入れる。碧と、奏太を。そうしたら、ずっと楽しい。毎日が、楽しい。考えただけで嬉しくなり、頭がおかしくなりそうなくらい高揚した。


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