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第一章 嫌われ者の少年と帽子の少女
第三話 親なし
しおりを挟む「やってしまった...」
家に帰る道すがら、誰に話しかけるでもなく呟く。
途中から彼女の様子が変だということになぜ気づかなかったのだろうか。
足取りも重い。まるでおなかにパンケーキが詰まっているような、そんな感じだ。
いつのまにか空は分厚い黒い雲が覆っていた。雨が降りそうだ。でもどうでもいいかな。風が少し冷たい。
家について屋根の下に入った途端、せきを切ったように大粒の雨が降り出した。
「ただいま、」
声をかけるが誰もいない。そういえば、おばさんとおじさんは町に行くって言ってたな。
いつもと同じはずなのに、自分一人しかいない家はなぜか知らない他人の家に思える。
自分の部屋に戻り、着かえずにベッドに飛び込んでそのままうつ伏せで寝転がる。
外は大雨のようで滝のような雨が降っているのが、横の窓から見える。
なにがいけなかったのだろう。僕はただ川の向こうの村を見たことがないから行ってみたいと言っただけなのに。
「ダニエルはいいよね、...」
エメットの言葉が頭の中で何度も繰り返される。
そういえば彼女は、村に母さんと二人で住んでいると言っていたがそれ以上のことは何も話さなかった。
最初はあまり話すのが好きではないのかとあまり気にしなかったが、僕が話していると質問したり相槌を打ってくれたりと決して人と話すことが嫌いなようには見えなかった。
とすれば、彼女は村での生活に何か話したくないことがあるということか。そんなことは薄々気づいていた。
後々考えてみれば、そのサインをエメットは出していた。村での生活について話さない、話題を変えようとするなどなど。にも関わらず、僕は自分の話ばかりを話し続けた。おばさんやおじさん以外で自分の話を聞いてくれる人に会えたのが嬉しかったのだ。
「また、話せるかな...」
僕が小さくつぶやいた言葉は、雷雨の音によってかき消されていった。
ーーーーーーー
玄関のドアが開く音に僕は目が覚める。少し寝ていたようだ。だるい体を無理やり起こす。
雨はまだ降っていたが、先ほどの雷雨ではなくパラパラと小雨程度になっていた。
帰ってきたであろうおばさんたちを出迎えるためにベッドから出て立ち上がる。
玄関まで行くとちょうどおばさんたちが家に帰ってきて町で買ってきたであろう荷物を下ろし一息ついている最中だった。
「お帰りなさい、雨大丈夫でしたか。」
「ああ、ちょうど町の方を出る時には雨が弱まっていてね。なんとか、、」
着ていた雨具を脱ぎながらおじさんは話していたが、ふとこちらを向いて一瞬固まった。
「ダニエル、お前その顔、おいソニア、ちょっと見てくれ。」
おじさんはなぜか半笑いで買ってきた荷物を仕分けているおばさんを呼ぶ。
「なによ、今荷物を仕分けてるのに。あら、ダニー、」
おばさんもおじさんと同じように一瞬固まった後、おじさんと顔を見合わせ笑い出した。
「...僕の顔になんかついてます?」
人が落ち込んでいるのに、知らないとはいえ顔を見て笑われると少しむっとしてしまう。
そんな僕の内心に気づいたのかおじさんは
「ごめんよダニエル、悪気はなかったんだ。でも一旦鏡で自分の顔を見てみなさい。」
と僕に謝りながら説明した。笑われたことに未だ納得がいっていなかったが、とりあえず言われた通り鏡で自分の顔を見てみることにする。さぞかし面白いのだろう。
棚から手鏡を取り出し、自分の顔を見てみる。
「...なにこれ。」
顔にはでこのあたりからほおの下まで数本の線のような跡がついていた。さっきベッドにうつ伏せで飛び乗ったまま寝てしまったからついてしまったのだろう。
おじさんは僕が鏡を見ているのを眺めながらほら言っただろうといいたげな顔で僕を見てくる。
「...面白いことは確かですが、なにもそんなに笑うことでもないですよ。」
「すまん、でダニエル、なんでそうなったんだ?ただベッドで寝てただけか、」
「そうだけど、違います。」
「じゃあ、なんなんだ?」
「それは...、色々あって、秘密です。」
なぜだかおじさんたちに落ち込んでいたことを話したくなかった。二人を心配させたくないというのもある。そんな僕におじさんは
「なんだ、ダニー隠し事か?」
おじさんは僕が話さなかったことにさらに興味を持ったのかなんとかして聞き出そうとしてきた。
「おじさんしつこいです、いくら聞かれても教えませんよ。」
「ダニーの言う通りよ、言いたくないなら聞かないのがやさしさでしょ。」
みかねたおばさんがおじさんをたしなめた。
「まだ聞こうとするなら私があなたの秘密を言うわよ、ダニー、実はアルバートおじさんは私と結婚する前のデートでね...」
「待ってくれ、悪かった。もう聞かないからそれだけは、」
おじさんは手を合わせて謝りながらおばさんに懇願する。
「どうするダニー?」
「おじさんも謝ってますし聞かないでおきます。」
「あらそう、じゃあまたの機会にとっておきましょうか。」
そう言っておばさんは笑いながら荷物の仕分けに戻っていった。おじさんは間一髪助かったというような顔でおばさんの手伝いを始めた。
少し前から家にいたのに、ようやく家に帰ってこれたと感じた。落ち込んでいた気持ちが少しましになったような気がする。
とりあえず、次会った時に謝ろう。許してもらえなかった時はそんときだ。そう心に決め、僕はおじさんたちの手伝いをすることにしたのだった。
ーーーーーーー
あれから数日が経った曇りの日だった。昨夜は色々考えていてあまり寝れなかった。だから珍しくいつもよりも遅く目が覚めた。
顔を洗って部屋を出るとちょうどおじさんとおばさんが出かける準備をしていた。
「あら、おはよう。今日はずいぶん遅いわね。」
「あまり寝付けなかったので、それよりどこか出かけるんですか。」
「ええちょっと町の方にね。夕方までには帰ってくるから、朝食と昼食はキッチンに置いてあるからそれを食べて。」
「わかりました、それと僕もでかけたいのですがいいですか?」
「え、どこにでかけるの?」
「ちょっと小川まで。」
おばさんはそれを聞くと表情が曇り、
「今日も行くの?昼過ぎから雨が降るわよ、やめときなさい。」
と言った。確かに雨が降るのに小川まで行く理由はないだろう。
...ここ数日毎日小川に通っているが一回もエメットに会えなかった。もう来ないかもしれない。でも今日もし来ていたら、僕は謝る機会を逃してしまう。だから..
「...実は行かなければならない理由があって。」
「なんで行かなきゃならないんだ?それは最近毎日小川に行っているのと関係があるのか?」
おばさんの横で話を聞いていたおじさんが訊ねる。
どうしよう、僕はエメットの話を二人に話したことがなかった。
話す機会は何度もあったがなぜか話せなかった。もしかしたらおじさんたちはエメットと遊ぶのを嫌がるかもしれない、そう思ったからだ。またエメットと最初に会ったバケツを拾ってもらった日に、彼女の話をした時におばさんが顔を険しくしたことも、話すことへの抵抗を強めた。
思えばおじさんたち(特におばさん)は僕を他の人と会わせるのを避けている節があった。
村の人が訪ねてきても、自分の部屋に戻らせたりしていた。もしかすると僕が小川の向こうに行けないのもそういった理由があるからかもしれない。
ならば、おじさんたちにエメットのことを話すのは良くない。かといってこんな日にわざわざ小川に行くもっともらしい理由をでっち上げれる気もしない。
僕はふぅと大きく息を吐いた。
「去年、水を汲みにいった時にバケツを誤って流してしまって人に拾ってもらったって話をしたことがありましたよね、エメットっていう村に住んでる同い年くらいの子なんですけど…」
おばさんの顔がさらに険しくなった。
「その子となにかあったの?」
「バケツ拾ってから再会して、仲良くなって一緒に遊んだりしてたんです。」
それを聞くとおばさんの表情が少し和らいだ。
「..そう、それは良かったわね。今日もその子と遊ぶってこと?」
「いえ、実は数日前に喧嘩しちゃって、僕が悪いんですけど...だから会って謝りたいんです。」
二人はしばらく黙り込んだ。悩んでいるのだろうか。やがておばさんが口を開く。
「わかったわ。」
その言葉に安堵した。ただおばさんは続けて
「でも約束して。小川まで行ってもいいけど雨が降ってきたら家に帰ること、そしていつも通り小川の向こうには行かないこと。わかった?」
と言った。おばさんの目がまっすぐ僕を見ている。僕はその視線から目を逸らすようにして頷いた。
後ろめたいことがあったわけでもなかったが、なぜだか目を合わせることができなかった。
おばさんはそんな僕を見てまだなにか言いたげだったが、おじさんに肩に手を置かれ少し見つめ合った後、「わかってるわよ」というように頷き、こちらに向き直った。
「外に出る時は気を付けるのよ、じゃあ私たちは行ってくるわね。」
「わかりました、いってらっしゃい。」
そういって出かける二人を僕は見送った。
ーーーーーーー
町の方に向かいながらソニアはほっと息をつく。
「やっと、友達についてダニエルから話してくれたわね。」
「そうだな。もっと早く話してくれると思ったんだが、」
と隣でアルバートが苦笑いを浮かべる。
ダニエルが友達のことを隠して遊んでいるのはずっと前から知っていた。
ある日、狩りから帰ってきたアルバートが少し嬉しそうにソニアに話しかけた。
「ダニエルはまだ帰って来てないよな?」
「えぇ、まだよ。最近は朝から小川にでかけることが多くなったわね。なにしてるのかしら。」
「さっき帰り道でダニエルを見かけたんだが、なんとな、同い年くらいの子と二人で遊んでいたんだ。びっくりして声を掛けられなかったよ。」
それを聞いてソニアは少し不安になった。多分だけど、その遊んでいた子というのは村の子どもだろう。本来ならば友達を作って遊んでいることは喜ばしいことであるのだが、問題は相手が村の子どもということだ。村か、嫌な記憶が蘇る。
「…どうだった、ダニエルの様子は?いじめられたりしてなかった?」
おそるおそるアルバートに訊ねる。そうであってほしくないが。
「いや、そうは見えなかった。普通の子どもみたいに仲良く遊んでいたよ。遠目だったから相手の子はよく見えなかったけどたぶんあれはミヤさんところの子どもだろう。」
なるほど、ほっと胸を撫で下ろす。
ミヤさんは数年前に子どもと一緒に二人でこの村に移り住んだ女性だ。たしか子どもの名前はエメットだったかな。何度か見かけたことがある、帽子をいつも被った女の子だ。噂ではハーフだと聞いた。
数年前に移り住んだ二人は、ダニエルを引き取った時にあった色々を知らないだろうから、普通に接してくれているのだろう。
「でも、俺やソニアにも友達のこと話してくれないのはなんでだろうな。」
「そうね、女の子の友達ってことを伝えるのが恥ずかしいんじゃない?あるでしょ、ダニエルくらいの男の子にはそういう時期が。」
そういうとアルバートはなるほどと納得したような顔をした。
「で、どうする?ダニエルに聞いてみるか?」
アルバートの言葉に私は少し考えた後、
「いや、ダニエルが自分から話してくれるまで待つことにしましょ。村や森の方で遊んでいるわけじゃないし。悪いことしてるわけじゃないんだからダニエルが話したいと思うまでね。」
その時はそう二人で話して聞かないことにしたのだ。
でも、まさか話してくれたタイミングが喧嘩した時だったとは思わなかった。
「仲直りできるといいんだが。」
「できるでしょ、ダニエルなら。できなかった時はその時よ。」
そう話しながらソニアとアルバートは町へ向かった。
ーーーーーーー
おばさんたちが出かけた後、僕はキッチンに椅子を持ってきて、外を眺めながら遅めの朝食を食べることにした。
普段ならこんなことをしていると怒られるのだが、家に自分しかいないことをいいことに肘をつきながら少し乾いて硬いパンをほおばる。
毎日小川に通ってはいるが実際会ったらあの時のようになにも言えなくなるかもしれない。そして謝っても許されないということが何よりも怖い。
「あぁ。」
意味もなく声を出す。パンを食べている最中に声を出したのでむせた。
慌ててコップに入った水を飲み干す。
謝るってちょっと前に決めたじゃないか…でも、
「なんて謝ればいいんだろ...」
あれからずっと考えてはいるがなにがいいのかわからない。これがおじさんやおばさんならば、もっと楽にできるのに。パンを小さくちぎっては食べを繰り返しながら考える。
しかし結局何も決まらずに先にパンが無くなってしまい、仕方なく僕は小川に向かいながら考えることにした。
ーーーーーーー
空は曇っていたが、所々の雲の切れ目から日が差していた。
ちょっと前までは半袖で過ごしていても暑いくらいだったのに今日は風が吹くと長袖でも少し肌寒いくらいだ。
小川までの道を歩きながら考える。今日こそ来てくれるだろうか。
小川に着いた。当然ではあるが誰もいなかった。橋にもたれかかりながら来るかどうか分からない相手を待つ。
しばらく待ったがここは静かで人が来る気配すらなかった。足元にはいつもと変わらず川が流れている。もう会うことはできないのだろうか。
頭上に水滴が落ちてきたような感覚がして思わず空を見上げる。いつのまにか切れ目のあった空は分厚い雲で覆われていた。すぐではないかもしれないが雨が降るだろう。おばさんたちとは雨が降ってきたら帰るという約束だったな。
このまま雨が降るまで待ち続けて帰るべきなのか。...いや違う気がする。
なぜだかわからないが今日会って謝らなきゃすべてが駄目になって二度と戻れなくなる。そんな予感がした。だから待つんではなく...
『おばさんごめんなさい。』
心の中で謝り、僕は橋を渡るために進んだ。
あれほど行ってみたかった向こう岸へと渡るのは思っていたよりあっけなかった。たった十数歩、進むだけでたどり着いた。
後ろを振り向いた。橋を挟んで対岸には先ほど自分が立っていた場所が見える。再び前に向き直ると村への道に沿って歩き出した。
村への道は緩やかな下り坂になっていた。エメットはこの坂を上って会いに来てくれてたのか。
少し下っていくと村が見えてきた。
たどり着いたはいいものの、彼女がどの辺に住んでいるのか僕は知らない。村の人に聞くことにするか。でも自分が誰かわかるのかな、不審に思われるかもしれない。
そんなことを考えながら坂を下り終えて村へと入った。
ーーーーーーー
村は僕が思っていたものとは違う場所だった。
何軒も家が建っていて形や大きさもそれぞれだがおおむね、おじさんの家と変わらないように見える。むしろ庭や家の色におばさんがこだわっているあたり、綺麗なくらいだ。
それよりも気になることがある。村に入ってから何人かの村の人を見かけてはいるがどうも僕は避けられているらしい。
最初に見かけた少し年配の女性は家の外で水やりをしていた。
僕はその女性にエメットの家の場所を訪ねようとしたが女性は僕を見て、いぶかしげな表情を一瞬見せた後、はっとした顔になりそそくさと家の中に入っていった。
他の村の人も何人か見かけたがいずれも僕と目線を合わせないようにするか、睨むような視線で僕を寄せ付けないようにしていた。
確かに町から離れたこの村に急に見たこともない子どもがうろついていたら不思議に思うことはあるかもしれないが、露骨に避けられたり睨まれたりすると嫌な気持ちになる。
ここまで来てエメットに会わずに帰るわけにはいかないので、自力で探すことにした。
しばらく歩くと少し開けた原っぱに出た。原っぱでは数人の子供たちが遊んでいた。ちょうどよかった、大人より年が近いから聞きやすいしもしかしたらエメットの友達がいるかもしれない。
近づいて声をかける。
「すいませーん、エメットって子の家を探してるんだけど知りませんか?あの,いつも帽子をかぶってる、」
遊びに夢中になっていた子たちがこちらに気づく。
「エメットって誰だ?」
「...あのツノ帽子のことじゃね?いつも帽子被ってるじゃん。」
「ああ、そういやそんな名前だったな。」
彼らは口々に話し出す。エメットが名前を憶えられてなかったり、変なあだ名をつけられていることに少し疑問をもったが、どうやらようやく知っている人に出会えたようだ。
「ていうか、まずお前は誰だよ。」
うち一人が僕に向かって訊ねる。
「僕はダニエル、村から少し離れた小川の近くに住んでいるんだ。」
それを聞いて彼らは顔を見合わせた後、一人が僕に向かってこう言った。
「なんだ、お前村はずれの親なしかよ。」
続けて
「母ちゃんが言ってたぞ、お前は親なしだから近づかない方がいいって。」
と言った。今何て言ったのか、急に言われて頭が回らない。
親なし、たしかに自分の親はおじさんたちじゃないけど、なんでそこまで言われないといけないのか。わからない。
そんな僕の戸惑った様子を見て彼らは面白がり、続けて言う。
「親なしはとっとと村から出て行けよ。」
「そうだ、そうだ。」
周りの子たちからも声が上がる。
「で、でも..」
言いかけた言葉は周りの
「出ていけ、出ていけ」
コールにかき消される。もう、無理だ。ここにはいられない。
少しずつ後ずさりをする。しかし彼らは近づいてくる。
「早く行けよ、」
一人が僕を強く突き飛ばした。
強い力で押され、急だったこともあり体勢を崩し、そのまま地面に倒れこむ。
運悪く倒れこんだところには昨日の雨っできたであろう水たまりがあり、頭から突っ込んだ。
口に水と砂利が入ってくる。
立ち上がろうと体を起こすと背中からまた誰かに押され、水たまりに再ダイブする。足を地面で擦ったらしい。傷口が痛くてしばらく立ち上がれなかった。顔だけを上げて周りを見る。
僕を囲む子どもたち、少し奥の家の前で冷ややかな目でこちらを見ながらコソコソと話す大人たち、周りの全てが僕を嫌っていることを感じた。
ふと近くの建物のそばに見覚えのある姿が見えた。
エメットは、いつもの帽子をいつもよりも深く被ってこちらを見ていた。表情は距離が少し離れているのと帽子を深く被っているせいでよく見えない。
助けてもらおうと手を伸ばそうとした。しかし寸でのところで伸ばしかけた手をまた地面に落とす。エメットを巻き込むわけにはいかない。
しばらく彼女はこっちをうかがっていたが、彼らのうち一人が彼女がこっちを見ていることに気が付いた。
「おい、ツノ帽子がこっち見てるぞ、」
「おい親なし、お前が探してるツノ帽子はそこだぞ」
エメットは彼らに気付かれたことを知るとくるりと向きを変え、反対側へと走っていった。途中で一度足を止め、こちらを振り返ったがしばらくしてまた走って行ってしまった。相変わらず表情は見えなかったが、なぜか悲しそうに見えた。
「ツノ帽子が逃げるぞ、追いかけるか?」
「面倒だからもういいだろ。」
良かった、なんとか逃げれそうだ。でも、
僕は彼女が巻き込まれずに済んだという安堵と助けてくれなかったという悲しみでぐちゃぐちゃだった。
痛む足と手を使って体を無理やり起こす。勢いよく体を起こしたため周りの泥が、僕を囲んでいた彼らに飛んだ。
「うわ、きたねえ。泥がかかったじゃんかよ。」
「もう行こうぜ、こいつといると服も汚れるし不幸も移りそうだ。」
「ああ、そうだな。じゃあな親なし、とっとと帰れ。」
そういって彼らは去っていった。残ったのは手と足の痛みと苦い泥水の味だった。
ーーーーーーー
泥水を吸った服で帰り道を歩く。さっき歩いた道だが傷の痛みもあり、のろのろと歩いた。
そんな村の中を歩く僕をみて村の大人たちは何も声をかけない。こそこそとこちらをみて何かを話す。小さい声なんだろうが、聞きたくなくても内容が頭に入ってくる。
「...泥だらけよ、どれだけソニアさんたちに迷惑をかけるのかしら、」
「...大体なんであんな子をそのまま育てているのかしら。」
「...ソニアさんとこはほら、なかなか子供に恵まれてないでしょ。だから...」
聞きたくない、知りたくないことばかりが流れ込んでくる。
「..大体どこの子かわからない子を育てるなんて気色が悪くて私にはとても...」
「外にでてるとこなんてめったに見たことないのに。」
「...そういえばそうね、もしかしたら周りに見られたくないのかもしれないわね。」
「もしかしたら育てているのを後悔しているのかも...」
「だからあの時、孤児院に連れていけばいいと言ったのに...」
もうたくさんだ。痛い足を引きずりながら走って村から出る。
しばらく走って行きに下ってきた坂の途中で息が切れて立ち止まる。今までで一番最悪の気分だ。
雨がポツポツと降り出す。やがて雨脚が強まり、体についた泥を中途半端に流した。
橋を渡り、雨に濡れながら帰り道を少しずつ歩く。頭の中がぐちゃぐちゃで何があったか整理しきれていなかった。エメットに謝りに行っただけなのに。
頭の中でさっきの村での言葉が繰り返し流れる。
『親なし』
泣きたいのになぜか涙がでなかった。もしかしたら泣いているのかもしれないが、雨で濡れて涙なのか雨なのかわからなかった。
家には既におばさんたちが帰ってきているのか明かりがついていた。二人はもう帰ってきているようだ。
ずぶ濡れのままドアを開けるとそこにはおじさんとおばさんが立っていた。
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