エンドロールから始まる異世界転生

明石

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第一章 嫌われ者の少年と帽子の少女

第六話 風邪と花

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 次の日、僕はベッドから起き上がれずにいた。
 体が重く、苦しい。どうやら風邪を引いたらしい。

 昨日、あれだけ雨の中でそのまま外に出たりしていたから当然と言えばそうだが、ここまでしんどいとは思っていなかった。いつ以来だろうか。あんまり覚えていない。なにかを考えようとすれば頭が痛くなる。

 「ただの風邪ね、昨日雨の中外に行くからよ。おとなしく寝ときなさい。」

 おばさんはそういうと、僕のおでこに水で濡らして小さく折りたたんだタオルを置いた。
 熱があるせいか冷たいはずのタオルがちょうどよく気持ちよく感じる。

 「そういえば、おじさんはもうでかけたんですか?」

 「ええ、最近森から獣が多く出るようになったから様子を見に数人とでかけたわ。ほら、ちょうど寒くなって森も食料が少なくなってきたから食べるものを求めて来てるんでしょうね。」

 おじさんはああ見えて村一番の狩人だ。
 若い頃は国の軍学校を出て軍人として仕事をしていたらしい。その後、おばさんと会ったりと色々あって軍人を辞めて狩人になってここに住むようになったとのことだ。
 元軍人だけあって他の村人とは動きが違うらしく、獣が村に出た時などはよく頼りにされている。

 反対されたのに僕を引き取って育てていても、村人に直接的な嫌がらせをされたりしないのはその辺が理由なのだろう。

 「さて。久しぶりの晴れだから色々しないとね。洗濯物を干して庭の手入れをするから、なんかあれば窓から呼んでね。」

 おばさんは、僕のずれた布団をかけ直して出ていった。

 また部屋で一人になる。眠ろうと目を閉じるが、寝れそうにない。さっきまで寝ていたからだろう、体は相変わらずだるく、しんどいのにこれじゃ治るのか心配だ。

 眠れないので仕方なく、天井を見つめる。

 .......あまりにも暇すぎる。体を横に倒し、窓から外を覗く。
 
 最近の天気じゃ考えられないほどの晴天だ。遠くにおばさんが洗濯物を干しているのが見える。昨日、来ていた服は泥とかがついて汚れていたから洗うのが大変だっただろうな。

 緩やかな風が吹き、庭に咲いている植物や花を揺らした。
 今日外に出れれば思いっきり遊べただろうにと風邪を引いたことを少し後悔する。まあでも唯一の友達とも今は喧嘩別れしたままなので、風邪を引いてなくてもそんなにだったかなと思う。

 おばさんは洗濯物を干し終えたのか、次は庭の植物に水をやり始めた。おばさんから庭に咲いている花に目を移す。ほとんどの花はもう萎れてしまって今咲いているのは黄色の花びらが大きい花のみだ。

 もう少ししたら寒くなってくるので、しばらく花は見れなくなる。おそらく今咲いているのが最後になるだろう。そういえばエメットと遊んだいつかの時にうちの庭について話したっけな。


 二人で小川のそばの木立で遊んだ時、彼女は木のそばに咲いている小さい花をわざわざしゃがんで眺めていた。

 「なんて名前の花?」

 あまり自分から話しかけてこない彼女が僕に聞いてきた。

 「うーん、なんだろう。花びらは白いけど、形は違うしなぁ。わかんない。」

 僕がそう答えると彼女は少し残念そうな表情を見せた。彼女の期待を裏切りたくなくて、いや自分のいいところを少しでも見せたくて僕は慌てて続けた。

 「あー、でももしかしたらうちの庭に咲いてる花に似てるかも。」

 「ほんと!?」

 「うん、ソニアおばさんが庭で育ててるからまた聞いておくよ。」

 僕は何も解決していないのにエメットが嬉しそうにしているのを見て少し得意げになった。

 「なんなら、今度うちの庭を見に来る?今の時期だったら他の花も色々咲いてるよ。」

 「...うん。」

 途端にさっきまで明るかった彼女の表情が曇り、曖昧な返答しか返ってこなかった。

 「...もしかして、うちに来るの嫌?」

 「嫌じゃないよ、ただ...ボクが行くのが迷惑になるんじゃないかなって...」

 そういうエメットの声はだんだんと小さくなって最後には聞こえなくなった。

 「そんなことないよ!おじさんもおばさんもきっと喜んで迎えてくれるよ。」

 慌てて訂正する。彼女はその僕の言葉を聞いても少し疑っているようだった。それでも、

 「...わかった。」

 そうエメットは言った。

 「...結局、花が咲いているうちに庭を紹介することができなかったな。」

 庭を見ながらそう呟く。
 そんなことを考えていたがやがて眠気に襲われいつのまにか眠っていた。



ーーーーーーー
 


 誰かが話している声が遠くから聞こえる。
 うっすらと目を開ける。ぼやけた視界には窓から、庭の入り口でおばさんが誰かと話しているのが映った。
 誰か訪ねて来たのだろうか。はっきりとしないが、おばさんより少し背が低いのでおじさんではないことは確かだ。
 体を起こしてよく見ようとする。でも、なかなか力が入らない。体が熱い。さっきより熱が上がっているようだ。諦めて顔だけ窓に向けて話している内容を聞こうと集中する。

 「....は今風邪を引いていてね。.......てるのよ。」

 「そうですか......りました。......これ......に。ボクのせいです。......ごめんなさい。」

 「気にしない......で外に出たのが理由だしね。......してあげて。」

 断片的にしか聞こえないが自分のことを話しているようだ。
 話が続いていたのでもっと詳しく内容を聞こうと意識したが、頭がぐるんぐるんし始めた。ふらふらする。もう無理だ、そのまま寝てしまいそうだ。聞き取ろうとするのを諦めた。
 そういえば、おばさんと話していた相手の声はエメットに似ていたような気がした。しかしそのまま眠気に負けて眠ってしまった。



ーーーーーーー



 次に目が覚めると日はとっくに暮れていて、枕元には水の入ったコップが置かれていた。

 その水が注がれているコップを見て、喉が渇いていたことを急に思い出しすぐにコップを持って飲む。
 思っていた以上に冷たい水が喉を通って体に流れていく。
 そういえばさっきまで起き上がるのもしんどかったはずなのに。でこに手を当てる。熱はだいぶ下がったような気がする。だるさや頭痛もない。
 ベッドにぼんやりと座っていると、おばさんがドアを開けて入ってきた。

 「あら、起きてたの。熱はどう?頭、痛くない?」

 「はい、熱もだいぶ下がって元気になりました。心配かけてすいません。」

 「そう、よかったわ。本当なら私が魔法で直せたら良かったんだけど、その手の魔法は使えないから。」

 そういうとおばさんは枕元のコップに目を移した。

 「ああ、水飲んだのね。まだ飲む?」

 「いえ、もう大丈夫です。」

 「そう、そこにはこれを入れようと思ってたの。」

 そういうおばさんの手には数本の小さな白い花があった。

 「花瓶に入れたかったんだけど小さいからサイズがちょうど合うものがなくてね。だからコップを使うことにしたのよ。」

 「そうなんですか。なんかすいません。水入れてきますね。」

 「全然大丈夫よ。ちょっとこれ持ってて。」

 おばさんは僕にその花を渡すと、コップに杖を向けて慣れた手つきで水を注いだ。渡された花を見る。うちの庭で咲いている花とよく似ているが違うものだ。

 「この花、どこかで。」

 「その花はね、エメットちゃんが持ってきてくれたの。あなたへのお見舞いって。」

 「エメットが?」

 「そう、あなたが風邪を引いたのは自分のせいだって謝ってたわ。だからダニーが風邪を引いたのは雨の中外に出たのが原因だから気にしないでって言っといたわ。」

 「そうですか。でもなんでエメットは僕が風邪を引いたことを知ってたんだろう。」

 風邪を引いてから外にも出てないし誰も家に訪ねて来ていない。どうやって知ったのか。
 おばさんの後ろから声が聞こえた。
 
 「それは俺が話したんだ。」

 「おじさん、もう帰ってきてたんですか。」

 「ああ、さっきな。」

 「それで話したってどういう?」

 「朝、狩りに行く途中で例の橋で立ってるのが見えてな。話してみたらお前を待ってたらしくて、今日は風邪を引いて寝てるから来れないって教えたんだ。そのまま帰ったと思ってたんだけどなあ。」

 なるほど、朝おじさんと会ってわざわざうちに来てくれたということか。

 「そーいえばダニー、ちゃんとエメットちゃんに謝りなさいよ。あの子、あなたに悪いことしたって凄く謝ってたわよ。」

 心当たりはある。たぶん村でのあのことだろう。伸ばしかけた手の先に彼女が走って離れていく場面が脳裏に浮かぶ。

 「なにがあったかはわからないし、あなたが話したくないなら聞かないけど。でも彼女だけが悪いんじゃないんでしょ。」

 そうだ。あの時助けてくれなかったのは悲しくて辛かった。だけど、自分にも悪いところはあった。それに、

 「ダニー、彼女と友達で居たいんでしょ。」

 自分が言おうとした言葉は先におばさんが言われた。僕の心を見透かしたかのような一言だった。
 
 「....なんで僕の考えてることがわかるんですか?」

 おばさんはおじさんと顔を見合わせて笑った後言った。

 「わかるわよ、だってあなた毎日会えないか雨が降りそうな日でも出かけてじゃない。それに、どうやって謝ろうか自分の部屋で悩んでいたの知ってるわよ。小声で謝る練習してたのも聞こえてたしね。」

 そこまでバレていたとわかると恥ずかしい。というか、もしかしてあの日に自分が話さなくても、橋に毎日出かけてる理由や、落ち込んでいた理由を知ってたんじゃ....。もう済んだことだしなるべく考えないことにする。

 「体調が治ったら、エメットに謝りにいこうと思います。」

 「そうだな、それがいい。なら今は寝て風邪を治すんだ。」

 おじさんはそう言うと僕の髪をわしゃわしゃにしておばさんと部屋から出ていった。
 寝て治せって言われても、さっきまで寝てたから眠気なんて一切ない。枕元に置いてある小さい花を散らさないように触る。
 どこかで見たことがあると思ったら、あの木立のそばに咲いていた花だ。まだその時の約束覚えてくれてるかな。
 明日風邪が治ったら、謝りに行く前に今度こそ、この花についておばさんに聞いておこう。花びらをそっと撫でながら僕はそう決意したのだった。


ーーーーーーー



 次の日に風邪は治ると思っていたが、なんだかんだで治らず完全に体調が戻ったのは二日後だった。
 ベッドから起き上がって大きく背伸びをする。腕を伸ばすと同時に大きなあくびをする。久しぶりに体を動かしたような気がする。顔を洗って部屋から出る。

 「おはよう、もう大丈夫なの?」

 「はい、おかげさまでもうばっちりです。」

 「そう、それは良かった。じゃ席に座って食べなさい。もうできてるわよ。」

 おばさんは僕の分をテーブルに置くと、またキッチンに戻って食器を洗い始めた。

 「お、もう元気そうだな。寝すぎて体はなまってないか。」

 おじさんが僕の様子を見て笑って言う。

 「なんか自分の体じゃないって感じはしますが、元気だし大丈夫です。」

 「今日はどうするんだ。俺とソニアは町に用事があってでかけるが、一緒に来るか?」

 朝食を食べている横で既に食べ終わっていたおじさんが僕に訊ねた。
 町に行くのについてくるかなんて聞かれたのは初めてだ。今まではそんなこと聞かれなかったのに。村から出てみたい気持ちもあったが、今日することは既に決まっていた。

 「町にも行ってみたいですが、僕にはやることがあるので。今日はエメットに謝りに行こうと思います。」

 「そうだな、それがいいと思うぞ。」

 「だから、もう一度村に行こうと思います。」

 「.....自分が嫌な目に合うかもしれないのにか。」

 おじさんは僕を見て言う。その表情はさっきと違って真剣なものに変わっていた。

 「それでも僕は行きます。」

 たとえ、村に行って前と同じような嫌な目にあったとしても。彼女に謝っても許してもらえなかったとしても。もう決めたことだ。

 「わかった。気をつけていくんだぞ。」

 「はい、なにか村の人に言われたら言い返してやりますよ。」

 実際、そんなつもりはなくただ強がりだったが、二人を心配させないように僕は笑って言い、朝食の残りをかき込んだ。

 「ゴホ、ッゴホ、ゴホ。」

 急いで食べようとしたので少しむせた。あわてて水を飲む。

 「ゆっくり食べろよ。朝食も村も逃げたりしないんだから。」

 おじさんはそんな僕を見て再び笑った。

 「ごちそうさまでした!では、行ってきます。」

 食器を下げて、その足で出かけようとする。

 「ちょっと待って、何も持ってかなくてもいいの?」

 もう半分ほど玄関から出ていた僕をおばさんが呼び止める。

 「エメットちゃんは花、お見舞いに持ってきてくれたんだからダニーもなにかお返しで持って行きなさい。」

 「確かにそうですね。でもなにがいいのか.....」

 「それじゃあ、これ持って行って。仲直りしてお腹が空いたら一緒に食べなさい。」

 おばさんはキッチンの上の棚から小さい紙袋を僕に手渡した。

 「なんですか、これは。」

 「ちょっと前に焼いたクッキーよ。結構自信作だから美味しいわよ。だから二人で分けなさい。」

 「ありがとうございます。じゃあ行ってきます。」

 「気を付けて行くのよ。あなたはまだ病み上がりなんだからあんまり無理はしないこと。」

 「はい、......あ、おばさん一つ聞いときたいことがあるんですが。」

 危ない危ない、おばさんに聞いておこうとしたことを忘れて出かけるところだった。

 「急に何?」

 おばさんは怪訝そうな表情で聞き返す。

 「エメットが持ってきてくれたあの白い花、なんていう花ですか?」

 「本当に急ね、どうしたの、花に興味を持ったの?」

 おばさんは予想外の質問にびっくりした表情を浮かべた。

 「実は、......」

 僕はおばさんに以前のエメットとのやりとりを説明した。

 「なるほど。良いところを見せたいわけね。」

 熱が下がったのに、顔が一気に熱くなるのを感じた。
 おばさんに聞き方を変えれば、こんな恥ずかしい思いをしなくて済んだかもしれない。

 「あの花はスノータピスといってね。水が綺麗なところにしか咲かないのよ。ある場所に一面に咲いていた花がまるで季節外れの雪みたいだったからその名前になったらしいわよ。これ以上詳しいことはわからないわ。これで良かった?」

 「全然大丈夫です、ソニアおばさんありがとうございます!行ってきます。」

 「行ってらっしゃい。」

 その声が聞こえ終わるぐらいに、もう僕は右手にクッキーの袋を持って走り出していた。
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