画一式無個性アルカディア

稲尾みい

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6.侵攻開始 後編

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 ……「再生不能区域にナンバー体が寄りつくことはない」と言っていたが、本当にその通りだったのか……。
 この区域を歩いていて、まだ誰とも出会っていない。何なら、僕ら以外の足音すらしない。ルカもリキヤも、まだ何の力も使っていない。
「もうしばらく歩けば中枢施設に繋がる道に出るよ。準備しておいて」
 ……こんなに問題なく進むなんて、と安堵した自分の頬を叩きたくなった。そうだ、ここからが本番。ここからが問題なんだ。
 きっともう、ナンバー体を殺せないなんて言い訳はしていられない。覚悟を、意志をしっかり持って、僕は僕の意志で戦うと……――

「この道から来ると思っていたよ」

 僕と同じ声が、腐食された通路に響く。次の瞬間、ルカが素早くミコトの前に飛び出して氷の壁を作った。
 しかしその氷の壁を、反対側から赤い光がなぞったかと思うと、氷は真っ二つに切り開かれてしまう。
 二つに切り開かれた氷をさらに赤い光が連続でなぞっていく。一瞬で氷に亀裂が入り、そして氷は粉々に砕け散った。
「……私の能力に特化した武器か」
 呟いたルカに、声の主は――僕と同じ顔をしたナンバー体は、明らかに感情のある・・・・・・・・・声で返す。
「ご名答。僕はNo.111112。君たちの捕縛命令を受けてここまでやってきた、この世界にたった一人だけ存在する対異能特化型ナンバー体さ」
 No.111112は笑う・・。……どうして? ナンバー体には、そんな感情表現ができるわけないのに。
 No.111112の手に握られている武器。白く長い棒の両端に、赤い光を纏った刃が仰々しく光っているそれは――ハルトならダブルセイバーとでも呼ぶのだろうか。それを眼前に構えて、彼はあえて・・・抑揚を殺して機械的に喋る。
「No.000001、No.012587、No.111111、No.239146、No.444333。以上の五名には、政府への反逆行為を行っている疑いがある。よって、アルカディアの秩序を守るため、貴様等を捕縛する」
「……疑い、じゃなくて真実なんだけど。遠回しな物言いするんだね、アンタ」
 ミコトの反抗的な言葉に、No.111112はスッと眼を細める。武器を持つ手がぴくりと動いた気がしたが、彼はまた機械的に続ける。
「……だがこちらも無用な戦いは避けたい。今、この場で投降するのだと言うなら、温情をかけてやってもいいとの話が政府から出ている」
「投降したらどうなる? 結局処分するんだろう。処刑という形で」
「知らないね。そこから先の話は僕の管轄外だからさ」

 ……おかしい。No.111112は明らかにおかしい。
 いや、彼がハルトのような人間であるのなら、彼の言動には一切おかしいところなどない。ただの情緒にブレのある人間だ。
 だが彼は……元は僕と同じ《ナンバー体》であるはず。なのに彼の言動には皮肉が含まれていて、彼自身が望んでその言い回しを行っているように聞こえる。
 ナンバー体には、皮肉を言えるような教育は施されていない。いやそもそも、自分の言葉で喋る機会そのものが少ない。彼は抑揚を無くしてそれらしく喋ってはいるが、その内容はとても「人間らしい」……。

「……君は」
 絞り出すような僕の声が聞こえたのか、No.111112は僕の方へ振り向く。
「君は今、自分の意志で動いているんじゃないのか……?」
 問うた声に答えはない。ただ、武器を持つ彼の手に更に力が籠もったように見えた――それでも、僕は叫ばずにはいられなかった。
「……ッ! 君は今のこの世界がおかしいと思ったことはないのか!? 意思をもって動けているのに、それでもこの停滞した世界を守るつもりなのか――」
「黙れ、この大罪人が」
 僕の言葉に被せたその声は、鋭い。彼は続ける。
「不良品の御託はいい。投降するのかしないのか、僕が求めているのはその答えだけだ」
「しない。お前が不良品の御託に耳を貸さないように、我々がお前の言葉を聞くこともない」
 一瞬の間もなく返答するルカ。当然、リキヤとミコトも頷いている。

 そんなフライ・ハイトの面々を見て、No.111112は高々に笑う。そして武器を大きく振りかぶった。

「だったら死ね」

 ゾッとするような、明らかに憎しみの籠もったその声。それに怯むことなく、リキヤが前に飛び出してNo.111112の得物の芯を掴んだ。
 しかし、No.111112は口角を上げる。リキヤの掴んでいる場所からそれは真っ二つに自壊し――いや、あれは自壊というより分裂だ。分裂し、各々が孤立した剣になったのだ。
 不意を突かれたリキヤをカバーするように生成される氷の壁。No.111112とリキヤの距離は一度離れるが、壁は再び破壊される。
 音を立てて崩れ落ちる氷の破片。その中から、両手に剣を構えたNo.111112が飛び出す。
 
「……まっずいなあ」
 ミコトの呟く声が横から聞こえる。どうした、とハルトが問うと、ミコトは苦々しげに呟いた。
「たぶんアイツは時間稼ぎだ。援軍が見える」 
 だいぶ遅めの速度ではあるけど、このまま長々と戦っていればいずれ数で負ける……ミコトはそう言った。
 戦況は一進一退。ルカ達が押されているわけではないが、押しているわけでもない。お互いに致命傷が入らない状況だ。
 
 ……どうしたらいい。どうすれば状況が変わる?
 異能と、未知なる武器の入り交じる場所に混じって戦えるほどの能力は僕にはない。ハルトにも。じゃあ僕らは黙ってみていることしかできないのか? 仲間が戦っているのをただこの場で?
 ……僕にできることはないのか? 何一つ……?

「ハジメ!?」
 気づいたら、僕は走っていた。いつか奪った、もうエネルギーもそうない剣型の武器を片手に。
 そして、僕にまったく目を向けていなかったNo.111112に向かって思いっきり武器を振りかぶる。
 けれどその切っ先は、No.111112をかすめることもできずにただ空を切った。
「……馬鹿なんじゃないの。それで僕に勝てるとでも思っ――」
 鼻で笑うNo.111112。その瞬間、僕は武器を放り投げてNo.111112の両手にある武器に掴みかかった。
 刃の部分はおそらく超高熱。故に僕は、その柄を両の手でしっかりと掴む。
「何のつもりだ、お前――」
「ルカ! リキヤ! 今のうちに……ッ!」
「お前ごときを振り払えないと思っているのか」
 力をかけて無理矢理僕をふりほどこうとするNo.111112。いいんだ、最終的にはふりほどかれたって! ルカとリキヤのために時間稼ぎができればいいんだから!
 それだけの思いで、僕は全身全霊の力を両腕に込める。
「……いい加減にしろよ、この――」
 No.111112の後方で、リキヤとルカが体制を立て直したのが見える。僕は彼らに目で合図した。
 瞬間、身体に響くような衝撃。リキヤがNo.111112を殴り飛ばしたその衝撃が僕にまで伝わってきたことはすぐに理解した。僕とNo.111112は衝撃のままに弾け飛ぶ。
「ハジメ!」
 ルカの声が響く。助けに来ようとしているのだろう、空気の凍る音も聞こえた。しかし直に打撃を食らったはずのNo.111112はすでに立ち上がっており、ルカの氷をすべていなす。
 けれど僕には見えてしまった。……No.111112の口から、赤い血が垂れている。それはそうだ、リキヤの一撃を食らって無事でいられるわけがない。内臓にダメージがあったことは間違いないだろう。
「……どうして、そこまで」
「お前にはわからないよ。僕の考えていることなんて」
 ――何せ、僕にもお前の考えていることがわからないのだから。No.111112はそう言った。
 ルカの氷はほぼ無効化されるが、リキヤはそうではない。ルカが囮になるように氷を生成し、その合間をリキヤがくぐり抜けて再びNo.111112に接近する。

 ――今からやることを考えれば。
 今からのことを考えるのなら、脅威であるNo.111112はこの場で殺しておくのが筋なのだろう。
 けれど、けれど……意志のあるNo.111112と、一度だけしっかり話がしたい。そんな思いがあることも、また事実だった。
 このままリキヤがNo.111112を殴り飛ばせば、それで彼は死ぬか――少なくとも再起不能なまでのダメージを負うだろう。使えなくなったナンバー体を再利用するほど、人材に困っているとは思えない。
 仕方ない。仕方ないんだ。僕らが次へ進むために、今ここで自分の私情だけで全てを台無しにするわけにはいかない。そうだろう、ハジメ?

 リキヤがNo.111112の眼前まで迫った瞬間、僕は思わず目を閉じた。

 その瞬間だったろうか。閉じた瞼を割入ってくるような光を感じたのは。
 
「お眠り、No.111112」

 どさりと何かの倒れる音と共に、僕は目を開いた。
 眼前に広がったのは――拳を振り上げたまま静止したリキヤ。地面に倒れ伏すNo.111112。そして――夢の中で何度も見た、『天使』。
 骨格のないような柔らかな羽、腰に巻かれた汚れ一つない白い布。頭に煌々と浮かぶ光輪。
 そんな天使は、僕と同じ声で笑った。

「やあ。邪魔をして申し訳ないね。なんだかここで決着がついてしまうのがもったいなく感じてさ」
「お前は……一体?」
 問うたリキヤに、天使は考え込むような仕草をする。
「一体、一体何か? ってことか。……そうだなあ、名乗る名前が必要か」
 ひらりと空中で回転し、天使は僕の方を見た。
「君の名前は、ハジメだよね」
「え? ……え、あ、そう、だ」
「だよね。そうか……君が『始まり』を名乗るのなら、僕は『終わり』を名乗ろうか」
 天使は、ここにいる全ての人間に宣言するように自らの名前を紡ぐ。
「僕はシュウ。ちょっと訳ありの……訳ありさ」
「……訳ありどころの外見じゃあないが」
「色々と説明したいのは山々なんだけれど。急がなくていいのかい? 追っ手が迫っているんだろう」
 言葉を促すように、天使――シュウはミコトを見る。
「あ……そ、そうだよ! このままだとあっちの大群に鉢合わせしちゃう、一回逸れた道に入ってやり過ごさないと」
「だそうだ。ちなみにこの子が眠っていられるのも少しのうちでね。迅速な行動をお勧めするよ」
 No.111112はまるで糸の切れた人形のようにぴくりとも動かない。またしばらくすれば動き出すなど、到底思えないほどに深く眠っているように見える。

 ツカ、とルカがNo.111112の前まで進み出る。腕に氷を纏わせて、剣のように構えている。……No.111112にとどめを刺してから次の行動に移るつもりなのだと、すぐに理解した。
「ま、待ってください」
「ハジメ。気持ちはわかるが、コイツは処分しておかなければ私たちにとって大きな脅威になる。わかるな」
「……っ」
 わかっている。止める理由はない。けれど彼には、歪んでいるとはいえ意志があるのに――。
 口ごもる僕を見て、シュウが不思議そうな声をあげる。
「敵なんだろう? その子。君にとっては」
 何も答えられない。その通りだからだ。それでも、と言葉を続ける気にはなれなかった。
「……よし。じゃあこうしよう。この子については僕に任せて。僕が責任を持ってなんとかするよ」
「おいおい……突然現れた味方とも敵ともつかない奴に、そういうのを任せられると思うのか」
 リキヤが食ってかかるその横で、ルカは神妙な顔をしている。腕に纏わせた氷が、崩れ落ちていく。
「……リキヤ。彼に任せよう」
「ルカ!?」
「彼は私の顔見知り・・・・だ。少なくともこちらに損が出るような真似はしないはずだ」
 シュウのことを完全に信じ切っているとは言えない声色ではあった。けれどもシュウはそんなこと気にも止めていないのか、嬉しそうな声をあげた。
「任せて。間違いなく最善の結果を与えるよ」
 そう言うと、シュウはNo.111112を抱き抱える。そして、空へと舞い上がった。
「君たちは早くお行き。面倒な奴らに出会う前にね」
 シュウの周りの空間が歪む。まさか、空間転移でもするというのだろうか。あまりにも人智を越えた行動ばかり繰り返す彼に釘付けになっていると、彼と目が合った。

 ――その顔はやはり、ナンバー体ぼくと全くの同一だ。

 僕への微笑みを最後に、シュウの姿は光となって消え去る。
 僕も、リキヤも、ハルトも、ミコトも。皆が惚けている中、ルカだけは残り香のようにこぼれる光を見つめていた。

「……と、とにかく! このまま直進すると、大群とばったり鉢合わせちゃうんだよね! だから一旦どこかに逸れたほうがいいんだけど……」
 いち早く我に返ったミコトが、慌てた様子でそう言う。だけどどこに、そう戸惑うミコトの手を、急に知らない人影が掴んだ。
「こっちだ」
「へっ!? わ、ちょ、待って!! ぎゃー!」
 人影はミコトの手を掴んだままどこかへと走り去っていく。待て、と叫びながらリキヤとルカが能力を使って足止めしようとするが、人影は軽々と全てをかわしていく。
「追いかけるぞ! ミコトを失うのはまずい」

 ルカの叫びで僕もようやく事態を認識した。そうして、僕らはミコトをさらった謎の人影を一心不乱に追い続けた――。
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