画一式無個性アルカディア

稲尾みい

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10.抗う意思 後編

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 白一色の通路が、じわじわと錆びたそれに変わっていく。
 アトリの提示するルートを通るからか、それとも別の要因か――フライ・ハイトを追うナンバー体の影はない。
 ひたすらルートを提示し、先導するアトリ。ハジメの後を自我無く追跡するミコトと、ハルトを背負うリキヤ。そして、その少し離れた後ろにルカ。
 そんな立ち位置で進み続けていると、あるドアの前でアトリが立ち止まり、何かを呟いた。
 すると一瞬だけ大きな駆動音を立て、ドアが開く。

 何の言葉もなく入ったその部屋に並ぶのは、数多くの薬品。ナンバー体では判別も出来ないような薬品が、棚にずらりと並んでいる。
 こんな部屋が、と驚くルカだったが同様は顔に出さない。彼女は、ハジメの次の行動を伺っていた。
「ハルトに与えなくてはならない薬は?」
 今までとは別人のように冷ややかな声で、ハジメがアトリに問いただす。その言葉から数秒間があって「あそこに」と彼が言う。
 合間を突き刺すように鋭く「取れ」という声が響いた途端、アトリは薬品を取るべく動き出した。

 ハジメは命令するように問い続ける。「最適な薬の与え方は?」「使う道具は?」「持ち運べるものか?」……そしてアトリはそれに全て答えていく。
 最終的に、ハルトに与えなくてはいけない薬が「注射器で直接投与しなくてはならないもの」であり「本来、薬品製造に特化したごく少数のナンバー体が投与キットを制作し、ハルトに投与し続けていた」ことまでがルカにでもわかった。

 ……そんなものを作っている時間はない。そう言いたかったが、自分まで自我を奪われてはおしまいだ。ルカは奥歯を噛みしめ、迂闊に言葉を発さないよう唇を結ぶ。

 ハジメは、命令し続ける。無茶にも近い命令を。それでもアトリにはその無茶を叶えるだけの知識と要領があるせいで、全て答えてしまう。
 ふとルカは思った。もしハジメの命令が物理的に答えられないものであればどうなるのだろう?「それはできない」と、命令された側は言うことになるのだろうか? しかし、今のハジメであれば簡単に激昂しそうに見える。そんな言葉を言われては――。

 ルカの背筋に冷たいものが走ると同時に、閉めていたはずのドアが蹴破られる音がした。
 ハジメとルカが振り向いた先には、数多の武装したナンバー体。そのどれもが今まで見たこともないような銃や剣を手に持ち、フライ・ハイトの面々に向けている。
 最早無条件降伏を請う口上すらない。無言のまま睨み合うその時間は、ハジメの一言で終わった。

「できるよね? ルカ。あなたは強いから」

 ――それが命令でなかったのは、ルカにとって幸いだった。自我を持ったまま、何も言わずルカは敵へ向かって走り出す。
 レーザー弾は氷を貫通する。ならば避けるしかない。ルカは驚異的な身体能力で弾を全て回避し、まずは前衛に立つナンバー体の喉を切り裂く。
 そして、一瞬の隙のうちに敵陣中央に飛び込み、ほぼ全ての敵を凍らせた。
 ……しかし、全てが足止めされたり凍り付いたわけではなく、剣を持つ二体のナンバー体はそれを逃れていた。
 しまった、とルカが気づいた頃には、その二体はハジメへと迫っている。ハジメ、とルカが名を叫びそうになったその瞬間、ハジメのほうが動き一体のナンバー体の顎を乱雑に掴んだ。

「そいつの首をはねろ」

 少し横で剣を振りかぶるナンバー体を指さしながら、ハジメは確かにそう言った。
 言葉を聞き入れた――聞かされてしまったナンバー体は、自分とまったく同じ顔をしたそれの首を迷いなく切り落とす。
 数秒、自分が何をしたのかもわからない、といった様子で戸惑いを見せるナンバー体に、ハジメは続ける。
 その表情は、酷く醜く歪んでいた。

「お前も、死――――」

 言葉を遮るようにキン、と氷の音がして、そしてその氷はナンバー体の胸を確かに貫く。くず折れる身体の背後に立つのは、ルカ。
 誉めようとでも思っただろう、ハジメがルカに対して何かを口ずさもうとしたその瞬間、ルカは固く握り込んだ拳でハジメを殴り飛ばした。

「いい加減にしろ……! 能力に溺れるのも度が過ぎるぞ、ハジメ!」
「能力に溺れる……? 僕が? 能力に?」
「確かに、君から見れば私やリキヤ、ミコトこそが能力を多用し乱用しているように見えるかもしれない! だが今の君はどうだ、仲間であるはずの人間の自我を奪って自らに従わさせ、力があるからと驕った態度で敵と向かい合う! それが能力に溺れていないと言えるものか!」
 叫ぶように諭すルカの目を見て、ハジメは言葉を失ったかのように黙り込む。それでもルカは続けた。
「その力は驕り高ぶるための力か? 違うだろう! 君は狂った世界に立ち向かいたかったんじゃあないか? 意志を剥奪されて生きる世界が嫌だったんだろう? じゃあ君の今やっていることはどうか、わかっているのか!?」
「…………僕は」
 
 つ、とハジメの頬を赤い液体が伝う。先ほど貫かれた身体から飛び散った血が顔についたのを、今このとき初めてハジメは知ったようだった。

「……そんな、つもりじゃ」

 伝う血が、シャツに落ちて赤いシミになる。

「……わかっている。私たちも無遠慮すぎた」
「そんなこと……は」
「……ここまで来てしまったのだから、ハルトを優先しなくては。そうだな、アトリ」
 ルカが目をやる先のアトリは、一度瞬きするとその言葉に答える。その目は、意志をしっかりと持っていた。
「……そうだな。もう材料は揃ってしまっているわけだし」
 そう言うと、手元にある薬を調合し始める。瞬いたミコトとリキヤの瞳にも既に光は戻っており、ハジメを見つめている。

「謝罪の言葉は後で聞くからね」
「俺たちにも問題はあった。今はこの場を切り抜けよう」
 
 連続して響く足音に、リキヤは構えミコトは後ろに下がる。なんどか「あ、あー」と喉をならしているのは、的確に指示をするための準備だろう。

「アトリ。時間はどれほど必要だ」
 ルカの声に、アトリが答える。
「キット一本分はもうすぐ。予備であと数本作らないといけないだろうね」
「動きながら作れるわけないよな」
「いくら僕がロボットでも無理な話だ」
「だよなあ。ここでしばらく持久戦か」
 
 近づく足音。やがて現れたナンバー体の集団は、数秒だけ部屋の前で止まった後、すぐに押し入ってくる。

 飛び交う氷の華。響く轟音。ミコトの指示。それらを数秒間呆気にとられたように見つめ続けて、ハジメは何かを思い出したように口を開く。

「……今こそ、」

 僕の能力で――そう思って彼は叫んだのだろう。

「ナンバー体! 全員動きを止めろッ!」
 
 ぴたり、とナンバー体は動きを止める。これなら、と安堵しようとしたハジメの耳に飛び込んできたのは、ミコトの叫び。

「止まってない! 二人とも油断しないで!」

 ……それは一秒にも満たない時間。彼らはハジメの指示に従ったのではなく、彼が大声で叫んだことに驚いて動きを止めたのだ。
 そのことを数秒理解できなかったハジメをよそに、戦闘は続く。
 
 どうして……? 呟いた声はか細い。ハジメはもうとっくに、能力を自分のモノに出来ていると思っていた。なのに……。

 考えれば考えるほど、自分への不信感が募る。そして――運良く使えた力へ依存しかけていた自分への嫌悪感も。

 今更気づく。自分は同じ顔をした人間を間接的に殺した。それも自分の意志で。ある意味、非道とも言える方法で。
 ルカが止めてくれなければ、目の前に立っていた彼に自死を命令したのだろう。そう思うと、急に自分が恐ろしく感じる。
 今まで何事もなく立てていたはずの足が、くず折れそうになる。
 自分に迫ってくる敵が見えても、反撃しようとレーザー剣の柄を握る手に力が入らない。

(……”当然”、”妥当”)

 どこか客観的な視点で――ハジメはそう思ってしまった。

「何、急に無気力になってんのさッ!!」
 迫るレーザーの刃が、急速にハジメを逸れて弾け飛んでいく。
 剣を握っていた手を撃ったのは、ミコトだった。手を撃たれたナンバー体を、ルカの氷が凍らせる。

「ハジメ! アンタのやったことは確かに良くなかったよ。でも今へこたれてる場合じゃないだろ! アンタがハルトを助けたいって言ったんだ! 正念場なんだ、自分の言葉に責任ぐらい持ちなよ!!」

 そう言うと、目の前に駆け寄ってきていたミコトが、ハジメの手にレーザー銃を握らせる。

「能力がなくても、意志ぐらい貫けるだろ!」

 それだけ言うと、ミコトはハジメから離れて指示と攻撃を繰り返す。

 あえてハジメの神経を逆撫でするように言葉を選んでいるのは、彼自身もなんとなく気づけた。
 けれど彼のドロドロに煮詰まった感情に無理矢理再点火するには、十分な発破だった。

 今だけでもいい。ハルトのために戦わなければ。
 そう言い聞かせて、ハジメはレーザー銃を自らの意志で強く握り――そして確かに構えた。
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みんなの感想(1件)

2020.09.13 ユーザー名の登録がありません

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2020.09.13 稲尾みい

感想ありがとうございます!
現代社会へのアンチテーゼの部分も確かに含んでおりますので、そう解釈していただいてとても嬉しいです。
ハジメたちの活躍をこれからもご期待ください!

解除

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