そうじゃなくてこう厳しい中に時折見える優しさがグッと来ると言うかそんな感じだから悪役なんかやめて俺と結婚しよう!

甲光一念

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第一章 出会い編

13、私は誤魔化します

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「ただいま戻りましたわ。あら、お父様、そんなに慌ててどうなされたのです?」
「アンナ? 今帰ってきたのか? 今日は先生方が来ない日だったか? すまん、把握できていないから確かなことは言えんのだが……」
「二つほど授業を受けそびれてしまいましたわ。正当な理由があるので、お説教はやめてくださいね」

 家に帰ってきて早々、あまり見たくない顔を見てしまいましたわ。実の父親になんて言い草だと思うかもしれませんが、今言っていた通り、娘が日々どんな教育を受けているかも把握していないのです。当主としての務めが忙しいなどは言い訳になりません。次期王妃の教育を把握していないなどありえません。正気かと訊ねたいですわ。
 物腰は柔らかいので雰囲気に騙されがちですが、正直言ってしまって、下手をすると第一王子よりも愚かですわ。一月も見ていれば、ああ、人の上に立つ資質が無いのだなと、納得していただけるはずです。まあ、そこは今はいいのです。

 慌てているのが問題なのです。この人が慌てているときは大抵ろくなことではありません。そのうち、この屋敷も取り壊されるのではないかと思っているのですが、過去の栄光のお陰と、周りからの力添えもありどうにか保たれているそうです。
 いっそのこと、フォーマットハーフ家など早く取り潰されてしまえばいいのですが、私がいる以上そう簡単な話ではありません。次期王妃の実家が破産やら取り潰しやらの惨めな憂き目に遭えば、王族への評価も下がるのでしょう。実際にはもう下がりようがないほどに下がっているわけですが。

「正当な理由というのは? 私から先生方に伝えておくから、今教えてくれるか?」
「それは構いませんが、お父様は何か用事があるのでは? ひどく焦っているように見えたのですが」
「ああ、そうだった。忘れていた。第二縫製工場で資金の使い込みが発覚したらしい。どうにも最近報告書の記述が曖昧だと思っていたんだ。聞きに行かなければと考えていたんだが、終ぞ行けなかった」

 聞いたでしょう。私とたかが二言三言会話した程度で、対応しなければならないと考えていたはずの急務のことを忘却してしまうのです。おかしいと思っていたにもかかわらず対応を怠り、事が起きてからもこの体たらく。書類に判子だけ押させて、私が仕切った方がまともなのではないかと思ってしまうほどですわ。
 優先順位を定めるのが著しく下手なのです。下手ということはつまり、重要度の判断が出来ないということであり、人の上に立つのに向いていないことのこれ以上ない証拠ですわ。一番厄介なのは、それに本人が無自覚という点なのですが、自覚することの優先順位も低いのでしょうね、おそらく。

「でしたら私に構わずそちらの対応を優先してくださいな。報告は私とオーラで可能ですので、お父様はお父様にしか出来ないことを」
「私にしかできないこと……、ありがとうアンナ。お言葉に甘えてそうさせてもらうよ。多分今日は帰るのが遅くなると思う。温かくして寝るんだよ。風邪をひかないようにね」
「心配し過ぎですわ。まだ十歳ですが、私もそこまで子供じゃありません」

 子供らしく少し頬を膨らませての発言にお父様は満足したようで、微笑むと私に手を振って玄関へと駆けていきました。あの人の扱いも手慣れたものですわ。お父様にしかできないこと、という文句はこれまでの人生で飽きるほど使っています。毎回これで誤魔化されてくれるのですから、楽ですわよね。
 今の会話から、私への愛情を感じ取った、と思う人もいるでしょうが、あれは愛情ではないのです。あの人は誰にでもああいう対応をする人なのです。万人に平等に接し、結果として万人に不平等に接してしまう人なのです。
 良い人か悪い人かで言えば、まあ良いのでしょうが、親子という関係性からすればただの人でなしですわ。特別として見てくれない人を、どうしてこちらだけ特別として見ることが出来るのでしょう。小さくなっていく背中に手を振る気も起きませんわ。
 本当ならば溜め息の一つでも吐きたいところですが、後ろに無言のオーラが控えている以上、露骨な態度は極力避けるべきですわね。やはりオーラは私の邪魔をするために誰かから送られてきたのではないでしょうか。この国はもう少し一枚岩になってもいいと思うのですがね。

「第二縫製工場は確か、工場長が女性でしたわね。男性にすれば勤務環境が悪いと不満が募り、女性にすれば不正が発生してしまう。何が原因なのでしょうか。貴女はどう思います?」
「……無礼を承知で意見を述べるならば、旦那様に人心を掌握できるだけのカリスマが不足していることが主な原因かと思われます。上の人間が頼りないと、下の人間は根拠のない全能感に陥り、結果として勝手な行動が増えます」
「そこまで正直に言ってくれるとは思っていませんでしたが、私も概ね同意見ですわ。かと言って、他に家の仕事を任せられる親族がいないのも事実ですし……」

 博愛主義者なんて、誰も愛していないに等しいのです。特別な存在を作ることが出来ない哀れな人間の、都合のいい逃げ道でしかないのです。そうなることを周囲から望まれている私があれこれ言えた立場ではありませんが、応える期待を選ぶ意思が私にはありますので、絶対にお父様のようにはなりません。

「あら、お姉様? この時間はダンスの授業じゃなかったかしら? 疲れて逃げてる最中とか?」

 最悪ですわ。悪いことは重なりますわね。
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