そうじゃなくてこう厳しい中に時折見える優しさがグッと来ると言うかそんな感じだから悪役なんかやめて俺と結婚しよう!

甲光一念

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第一章 出会い編

17、私は頭を下げます

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 私は自分の部屋に備え付けてある冷蔵庫から林檎ジュースを取り出し、紙パックの口を開け、ガラスのコップに注ぎます。心を落ち着けてくれる香りが私の鼻を通っていき、一瞬だけ頬が緩みました。椅子に座り、コップに口を付けるのとほとんど同時に、開けている窓から車のエンジン音が聞こえてきました。可能な限り静かに発進したのでしょうが、あの年代物の車では限界がありますので仕方のないことです。
 私が学園から帰ってくる際に乗った車も、屋敷のガレージに停めてある他の二台も、わざわざ修理してまで乗り続ける意味が理解できません。私が女だから、まだ十歳だから理解できないのかもしれませんが、先代当主が趣味として集めた車を捨てる度胸がお父様にないという理由なのですから、まったくもって呆れる話です。

 音は五月蝿い、燃費は悪い、整備に時間もお金もかかる。フォーマットハーフ家にそんな余計な金銭のかかる車を置き続ける意義などないはずなのですが、何に怯えているのだか。毎日毎日乗り心地の悪い車に送迎されなくてはならない私の気持ちを少しは考えてほしいものです。無理ですわね。そんな感受性を求めるだけ無駄でしたわ。
 せめて、隣の席にシユウ様が座っていてくれれば少しは楽になるのでしょうけれど、実現不可能ですわね。ですが、もし隣に座れたのならば、きっと学園なんてあっという間に着いてしまうのでしょうね。楽しい会話というのは、人に時間を忘れさせるなんて、私は今日まで知りませんでした。
 と、部屋の扉がノックされました。上下一体型の軽いドレスを頭から被り、だらしない格好を隠します。扉を開くと、そこにいたのは家のメイドの一人。物腰が柔らかいので、そこまで警戒の必要もないと感じてはいますが、こういう者こそ警戒すべきとも思うのです。つまり全員敵ですわね。

「アンナ様、夕食の仕度が整いました」
「分かった、すぐに向かうわ。今日の献立は確か、ビーフシチューだったかしら?」
「……申し訳ありません。レンカ様の要望で、急遽オムライスになりました。報告が遅くなってしまい、申し開きのしようもございません」
「……いえ、妹がごめんなさい。また料理長に無理を言って、強引に変えさせたのでしょう? 変えないとあの子いつまでも不満を口にするものね……。本当にごめんなさい」
「か、顔を上げてください! そんな簡単に下げていい頭ではないのですから、使用人に下げては駄目です! 私達は雇われの身で、逆らえないのが当然なのです。ですから、そんなに丁寧に接しないでください……」

 ええ、本当に。どうして私が頭を下げているのでしょうか。妹の我が儘に付き合わされて振り回される使用人達には申し訳ないという気持ちは確かにあります。ですが、私が謝る理由はありません。第一王子の婚約者としては本来、頭など下げるべきではないのでしょう。そもそも謝るべきは妹で私ではありません。
 ですが、なぜでしょうね。謝ってしまうのです。家族が迷惑をかけている使用人に、どうしようもなく申し訳ない気持ちが私の中にあって、身内の無礼を聞くと謝りたくなってしまうのです。これは好かれようとしている図々しい性格なのか、聞き流せない損な性格なのかはもう分かりません。我ながら愚かですわ。

「……そうね、ごめんなさい。……お父様は今日はいないのよね?」
「はい。帰りは遅くなるか、明日になるかだそうです。どちらにせよ、夕食はいらないと言っていました」
「それ、今晩中に帰ってきたら絶対に作らせるいつもの言い方じゃない。はあ……、自分の胃袋くらいもう少し把握してくれてもいいのに……」
「いつものことですから。もう慣れたと料理長も言っていますので、どうか気になさらないでください。アンナ様がこのことで心を痛めるのを、私達は望んでいません」

 自分の空腹に対する優先順位すら把握できていないのは、もう性格云々ではなく、身体のどこかに致命的な問題があるのではと疑われても仕方ない問題だと思うのです。メイドに夕食は用意しなくていいと言っておいて、帰ってきたらやっぱり作ってくれなんて、いくら雇い主とはいえ暴挙でしょう。
 私だったら顔面を殴ってさっさと辞めています。そうしないのはやはり給金が良いからなのでしょうね。でないと人が集まりようのない場所ですもの。こんなに悪評の広まっている屋敷など。絶対にそのうち全員揃って退職届が出されますわ。というかもう、そうしてくれてもいいのですよ。

「……料理長も律儀にいつまでもうちに仕えなくてもいいのに。あの腕があればもっと待遇のいい場所に行けるでしょう? 完全に宝の持ち腐れだわ」
「……それを勧めた者は、何人かいました。ですが料理長は、フォーマットハーフ家には恩があるの一点張りなんです。……恩返しって、そんな鎖みたいなものじゃ、ないはずなんですけどね。そんな冷たいものじゃなくて、温かいもののはず、なんですけど」

 そうですわね。私はそれを奴隷と呼んでいます。
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