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第一章 出会い編

21、私は訊かれます

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「というかどういうことです? なんですか七年後の恋人って。随分とロマンチックなこと言われてるじゃないですか。しかもシユウって、ロデウロの第二王子ですよね? 今日からアンナ様の通っている学園に留学してきたっていう。まさか初日で恋人に? アンナ様にいつそんな積極性が身に付いたって言うんですか?」
「ちょっと落ち着いて。説明。説明するから」
「というか、恋人を作ったってことは、あの害獣の汚物以下の存在との婚約を破棄することを決心したってことですよね? ようやくですか。待ちに待っていましたよ私達は」
「不敬罪で処刑されるわよ。正直に口に出し過ぎだから」
「固有名詞使わなければいくらでも言い逃れできます。そんなことより、アンナ様がこの屋敷から出ていくとなったら私達も連れていってくれるんですよね? 無理ですよアンナ様のいないこの屋敷で働き続けるとか」
「私は何人の使用人を連れていかなければならないの? そんなことが私の一存で決められるわけないでしょうが。というか一旦落ち着きなさい。無闇に広めないと約束するなら、事情を説明してあげるから」
「広めません。本当に信用できる何人かにしか広めません」
「広めないという言葉はどういう……」

 本心か、言葉の上かで私を慕ってくれている使用人、まあ、うちの屋敷にいるほとんどの使用人と言ってもいいですが、第一王子をかなり嫌っています。彼の悪評は割と現状、取り返しのつかない所まで拡散しています。ロデウロのシユウ様のもとにまで届いていると言っていたので、かなりの広範囲ですわね。つまり、シーツァリアの平民たちだって知っているのです。
 そうなると国への不満は高まっていくばかりで留まるところを知らず、国の内部崩壊は避けられず。うちに雇われている者達も慣れるまでは私への態度も酷いものでした。なにせ評判最悪の第一王子の婚約者ですからね。私への出処不明の悪評も相当数でした。しかし、慣れると普通に接してくれるようになったので、よほど酷い噂が広まっていたのでしょうね。完全にとばっちりですわ。

 私を慕ってくれている使用人を全員連れていくのは物理的に無理でしょう。そもそもそんなことになったら両親も妹とも全員死にますわ。生活能力皆無ですもの。私は家事はそこそここなせます。シユウ様にはまともに出来ないなどと言いましたが、あくまでもメイドと比べたらの話です。使用人がいたら私が家事をする理由なんかありませんし。

「……簡単に説明するわね。今日の放課後、シユウ様に声を掛けられたの。話があるから二人きりで話せないかって。立場的に二人きりは無理だって言ったんだけど、どうしてもって」
「ほほう。それはそれは。アンナ様の魅力を理解する男性がついに現れたということですね。これはおめでたいことです。明日はお祝いに使用人とアンナ様でちょっと贅沢なお店に行きませんか? 御馳走しますよ?」
「いつかそのうちね。レンカがもう少し大人しくなったらね」
「永遠にやってこない未来じゃないですか……」
「なんてことを……。でも否定できない……、近くで世話をしている人間の言葉の重みを感じる……」

 さて、どこまで正直に話したものでしょうか。シユウ様からの脅しが入っている以上、この情報をリーデアが横流しすることはないと思いますが、余り正直に話しすぎると、それは私が情報漏洩していることになりかねません。少なくともシユウ様が何らかの方法で未来を知ったことは伏せるべきでしょうか。しかしそうなると説明が出来ないですわね。
 私が七年後に処刑されるからこそ、シユウ様はわざわざ私を助けに来たわけで、その未来を伏せてしまうとそこの因果関係を説明するのは不可能ですわ。求婚されたということを言っても、なぜ他国の王子が一介の貴族の令嬢に国を跨いでまで告白しに来たのかという点が不可解なものになってしまいます。いえ、私からしても未だに不可解ではあるのですが。

 それとも、伏せる必要はない、のでしょうか。シユウ様が手紙の最後にわざわざ忠告を加えたということは、私の部屋にメイドが小包を届けるということを知っていたから。であるなら、私がこうして問いただされるのも理解していた、はず、でしょうか。あくまでもこれは推論ですが、最後の文は、私に対してのものでもあった、と考えるべきでしょうか。
 万が一何か問題が発生したら自分がどうにかするから大丈夫、といったような。これは期待のしすぎ、でしょうが、メイドがいることを前提に書かれた手紙なのだから、その後のことを考えていないはずがない、はずですわ。確信が持てませんわね。色々考えてはみましたが。

「それで、続きは? アンナ様のラブロマンスの続きを早くお聞かせください」
「……貴女、私の一大事を映画かなにかと勘違いしていないかしら?」

 こんなに期待した目で私を見てくるメイドを追い返すのは骨が折れますわね。ていうか無理ですわね。これは完全に、話してくれるまで部屋を出ませんと言わんばかりの態度ですわよ。いつの間に椅子に座ったのですか。せめて口頭で一回許可を得なさい。
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