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第二章 懇親会編

37、私は権利を行使するわ

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「……うーん、ですか。やっぱり十歳の女の子に、たった二年で心の底から一人を好きになれって言うのは、厳しかったですか?」
「…………」
「それはそうですよね。大人であることを強要されて育ってきたとはいえ、人間はそんな簡単に割り切れるような心は持っていない。そんな泣きそうな顔をする必要はないですよ。アンナ様の反応が自然なんです。当然なんですから」
「……望まれたのよ。私っていう存在を望まれたの。望まれたら応えるように作られたの。だから、応えなくちゃいけないのよ」
「そんなことないって、貴女自身が一番よく分かっているはずでしょう? そんな義務感から来る反応を、あの第二王子様は求めていませんよ。その植え付けられた義務感を取り除くために、あの十歳の男の子は国を越えて、実るかも分からない想いを伝えに来たんですから」
「だったら……、だったら、尚更じゃない。尚更、私はあの人の想いに応えなくちゃいけない。求められているのだから、私は」
「求めた反応だけが返ってくる関係なんて、無いも同じですよ」
「え……?」
「それじゃあただの機械ですよ。プログラムされたロボットと何も変わらない。そういう風に育てられたからと全てを諦めていた二年前の貴女と、何も変わらない」
「……変わらない」
「妥協は諦めですが、楽でもあります。自分が真に望んでいるものとは違うけれど、これでいいやと投げ出すのは楽なんです。変わらないまま、停滞は楽なんです。アンナ様は今、一番楽な道を進もうとしているんです」
「……これが、楽なの? こんなに何も叶わないのに、楽なの?」
「叶わないものを叶わないものと受け入れるのはとても楽です。そこで努力をやめられるから。納得の行っていない今の自分を受け入れるのはとても楽です。変わる努力をやめられるから」
「……私、努力してない?」
「してないですね。全部を相手に任せきりで、流されるままの二年間でした。勿論、今の貴女に大胆な行動をしろなんて言うつもりはありません。国からの監視が強くなりかねませんし。ですが、一度でも、貴女の方から彼を好きになろうとしましたか? 好きになるために、何か行動をしましたか?」
「……してないわ。異性として、見ていない。どこまでいっても、私を求めた存在として……、城の人達と、同じだから……。だから、応えなくちゃって、そう思ったから……」
「……改めて聞くとなんとも報われない話ですね。彼の二年間の行動の全ては、アンナ様の心に何一つとして響いていなかったんですから。深く考えなかったあちら側にも責任が無いわけではないですが」
「…………」
「楽をすることは悪ではありません。それもまた一つの選択肢ですから。自由に選べばいい。ですがアンナ様は、それを自覚していない。自分が楽な道という袋小路に迷い混んでいることを自覚していないのです。それは妥協よりも残酷な話です。でも、それを教えてくれるような大人は、貴女の周りにいなかった。私だって、今ようやくどういう状況なのか気付いたんですから。遅くなってごめんなさい」
「なんで、謝るの。貴女は何も悪くない。私が、悪い」
「大人には、子供に道を選ばせる義務があります。強制する権利なんかないんです。なんででしょうね。大人は皆、それを忘れてしまう。未来ある子供より、過去に縛られた大人の方が偉いと思い込んでしまう。情けない話です」
「…………」
「アンナ様に楽な道という地獄を歩かせてしまったのは、貴女の責任じゃない。だから、道を選ぶ権利が貴女にはあります。楽な道を外れ、辛い努力の道を歩く権利が」
「……自分から辛い道を行くのね。苦か楽かは、自由なのね」
「自由です。大半は、楽な道を歩き続けて、妥協して生き続けます。だから、権利なんです。進みたい方向へ苦しんでも進むことを望むかは、アンナ様の自由な権利なんです」
「…………あの人は私を好きだと言ってくれたわ」
「はい」
「思い出せないの。その時、私は何を思ったか。疑ったのか、嬉しかったのか、むかついたのか、思い出せない。あの人の告白を私は覚えていない」
「…………」
「きっと、ただ惰性で歩いてきたからでしょうね。何の障害もない平坦で楽な道を、何も考えずに歩いてきたから、途中で忘れてしまったのよ」
「それは、悲しいことですか?」
「虚しいことよ。悲しいという感情も抱けない。……無意識のうちに、あの人にどれだけ酷いことをしてきたのかしらね。下手に私がそういうのを隠せるだけに、自分が嫌になるわ」
「それは……」
「分かってる。分かってるつもりよ。……ねえリーデア、すごい都合のいいこと言っていいかしら?」
「……ええ、どうぞ」
「あの人のことを、好きになりたい。あの人と、辛い道を歩いていきたい。……勝手よね」
「ですが、受け入れてくれると信じているのでしょう?」
「……ふふ、そうなのよ。シユウ様なら、受け入れてくれるって、私はそう信じてるのよ」

 ああ、なんて身勝手。だから、その身勝手を通すために、私はこれから辛い道を歩く。それが私の権利だから。
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