カードワールド ―異世界カードゲーム―

イサデ isadeatu

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ラジトバウム編

10話 古代魔法

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 街に出るとなにやらいつもより賑(にぎ)わいがあった。
 調査隊とやらが帰ってきたらしい。天変地異による被害の調査や周辺の警戒に出ていたようだ。
 
 武具屋のおじさんの話じゃ調査隊の多くは冒険士で編成されていたとかいう話だ。
 いま冒険士の人手が必要なのだろう。治安を維持したりモンスターを撃退したり、仕事は多い。
 
 フォッシャと俺は集会所のテーブルについて、仕事前に予定の確認と雑談などをしていた。

「召喚カードは使えないんだよな」

 俺はきのうのスライムビートルとの戦いを思い出しながらきいた。

「ワヌ。それと、強力すぎるから古代のトリックカードもオドの制限がかかっていて使えないワヌ。じっさいに魔法としてふだんから使えるのは、そこまで危険じゃないタイプのものだけワヌね」

「つまり、魔法といえど大したことはできないようになってる、ってことか」

「ワヌ。召喚カードも、もし実体化しちゃったら大変なことになるワヌよ。ま、召喚カードもただのオドの塊ワヌけどね」

「そうなのか」

「カードゲームでしか使えないカードと、実際につかえる現代カードがあると覚えとけばいいワヌね」

 じゃあ俺はきのう、戦闘の最中にいきなりカードゲーム用のカードをふところから得意げに出したってことか。
 そう考えるとなんだか恥ずかしくなってきた。そりゃフォッシャもビビるよな。
 顔が熱くなってきて、思わず俺は手で覆う。

 ふと、前の席の食事をとっていた冒険士たちの会話が聞こえた。

「アザプトレがジャングルの入り口で暴れまわってるんだってよお」
「まいるぜまったく」
「すぐに討伐依頼がくるだろ。お前がやったらどうだ?」
「やだよ。なんで俺が……」
「あ、でもそういえば今日調査隊が帰ってくるんだったな」
 と男のひとりが話題を変える。
「ああ、ローグ様が帰ってくるのか! あの人がいれば大丈夫だろう。お出迎えするか」
「そうだな」
 やり取りを見ていると、彼らと目が合ってしまった。
 特に用もないので、俺は目線を逸らす。

 俺たちへの冒険士たちの視線が妙に気になる。見慣れない新人が体じゅう包帯(ほうたい)だらけだから、心配してくれているのかもしれない。

「エイト、怪我は平気ワヌか?」
「平気じゃあないけど、簡単なクエストならやれるさ。フォッシャが頼りだよ」

 昨日の変身のことがあってフォッシャはまだすこし気まずそうにしていたが、そういわれて幾分気が楽になったようで、やわらかい表情になった。

「話は変わるけど、そういえばエイトのこと、あんまり知らないワヌね」

 フォッシャに突然話を振られて、俺は面食らう。

「俺のことか……」
「話したくないなら、いいワヌけど」
「いや……話すよ。信じてくれるかわからないけど……俺はたぶん、かなり遠いところから来た。……1枚の魔法のカードに、導かれて」
 
 俺は思い出せる限りのことを話した。
 名前のないカードの魔法に吸い込まれたことから、この街にくるまでの話を。

「それから、気づいたらある場所にいた」
「あるばしょ?」
「……黒ローブに身を包んだ、赤い目の連中。やつらは危険な存在を召喚しようとしていた。俺は復活の儀式を阻止するために、祭壇にあった召喚に必要な遺物を奪って逃げたんだ。テレポートができる道具を使っても、やつらから逃げ出すのは簡単じゃなくて。死にかけて、なんとかこの街に逃げてきた」

 いきなりの俺の不可解な言葉の羅列(られつ)をうけて、フォッシャは唖然(あぜん)としリアクションが取れないようだった。
 そりゃそうだ。俺自身自分でも何があったのかよくわかっていない。

「えっと……ツッコミどころが多すぎてなんて言えばいいのか……。ま、まず、なんでエイトがそんなことになったんだワヌか?」
「……わからない……」
「わからないって……。覚えてないワヌか?」

「記憶がない、ってわけじゃないと思う。自分の故郷のことは覚えてるからね。誰かに指示を受けて動いてたような……気がする。操られていたような……そういうトリックカードがあるのか?」
「うーん……フォッシャも知らんワヌ……」
 フォッシャの表情が、混乱(こんらん)から困惑(こんわく)に変わっていく。

 だがおそらくこれは確かな記憶だ。あの絵柄のないカードに吸い込まれてから、この街で目覚めるまでの期間に、俺は間違いなくなにかをしていた。

「俺は止めなきゃいけなかったんだ……。世界が終わるほど危険な召喚を。俺の頭にあるのはそれだけだった」

 フォッシャとの間に沈黙が流れる中で、背後からだれかがこちらの席に近づいてくるのが足音でわかった。

「あなた……ミラジオンと会って生きて逃げだせたっていうの?」
 振り返ってみると、そこにはその透き通った声の主と思しき女性兵士がいた。俺と同じ冒険士なのだろうが、装備は薄くゴスロリのような壮麗な衣装をまとっている。

 しかも一目でそれが良く似合うとわかるほどまた彼女自身が上品な気風を醸し出している。
 息を呑むほどの美女だったが、なにより俺はその気品に圧倒され、すぐには言葉を出すことができなかった。

「……ミラジオン?」
 俺が聞くと、黒いローブに赤い眼の連中のことだ、とフォッシャが小声で教えてくれる。

「ああ。たぶんね」
 俺は冒険士の目を見て言った。彼女はあきらかに不満だといいたげな敵視の目を向けてくる。こちらを蔑むかのようだ。

 今気づいたが、集会所の中が静まり返っている。
 ここにいる全員が俺たちとこの冒険士のやり取りに注目しているかのようだ。
 女の取り巻きの奇妙な覆面をした兵士一人が、すぐ側で威圧感を放っている。
 いったいなんなんだ。
 だがわかるのはやはりこの女性冒険士、只者(ただもの)じゃないらしい。

 俺の返答をきくと彼女はふっと鼻で笑った。

「へえ。さっき受付の新人の子から、アザプトレに襲われたのがあなただと聞いたのだけど……。そんなルーキーがどうやってミラジオンから逃げ出せたのかしら。どうやったのかぜひ今後のために聞かせていただけない?」
「テレポートしたんだ」
「テレポート? 伝説の古代魔法をあなたが使えるっていうの? それが本当ならお目にかかりたいわぁ」
 嘘だと決め付けるかのように、皮肉めいた調子で彼女は言う。
「今は……無理なんだ」
「今はムリ? 今は? ふふ、残念ね……」

 厄介そうなのににらまれたな。
「ほっといてくれ。だいたい誰なんだあんた」
「ローグ・マールシュ。あなたと同じ冒険士だわ。ひとつ言っておくけど……あなたのような口先だけの人間はすぐに身を滅ぼすことになる。気をつけることね、オドに見捨てられないように」


------------


 居づらかったので、フォッシャと俺は集会所をすぐに後にした。
「なんだったんだあいつ……偉そうに」
 綺麗な人だったけど、やけにつっかかってきたな。オドがどうとか意味のわからないことを言うしな。
「……ほんとにえらかったりして」
 フォッシャの言葉に、俺たちはしばらく無言で顔を見合わせる。

「ミラジオンって?」
 赤目の黒ローブの連中のことは、このあたりでは禁句かなにかだったのだろうか。

「ミラジオン……通称幻影げんえい。反オド勢力の精鋭部隊ワヌ。出会ってしまった者は生きて帰れないことから幻影という名がついたそうワヌ」
「ふーん……」
「カードを集めてなにかいつも悪さをたくらんでる連中……ということくらいしかフォッシャもわからないワヌ」

 カードを使って悪さか。どこにでもいるもんだな、その類(たぐい)のやからは。

「エイトの話はたしかに突拍子もなかったけど、それにしてもやけにあの人、苛立ってたワヌね。いきなり嘘だって決め付けるのだって失礼な気もするワヌ」
「フォッシャは俺の話、信じてくれてるのか」
「ま、フォッシャも大変な目にあってきたから、半分くらいは信じてやるワヌ」
「半分か」


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