カードワールド ―異世界カードゲーム―

イサデ isadeatu

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ラジトバウム編

15話 エンシェントヴァーサス

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 廊下で待っていれば係の人がやってくると思っていたが、いつまでたってもこない。
 そのうちに、会場へとつながる階段の先から、「スオウザカ・エイト選手」とアナウンスが入り、俺は会場へと向かった。

 会場はスタジアムだ。舞台には広い更地が広がり、そのまわりを観客席が囲んでいる。
 更地のスペースは運動場かというくらい広いが、観客席のせいかかなりの圧迫感がある。また、地下だからだろう、観客の他愛ない会話や声までよく聞こえてくる。空席ばかりであまり観客の人数はいないが、こんなところにいるくらいだからかなりのカード狂のはずだ。

 練習のつもりだったのだが、ギャラリーがいるのではいやに緊張してくる。
 
 奇遇なことに、初戦の相手はさきほどの男だった。
 ジャン・ボルテンス。フォッシャの首飾りを持っている張本人。

 にらみあう俺たちの前に、審判が割ってはいる。

「ルールはエンシェント3on3。予選ではウォリアーカード2枚とトリックカード2枚で戦っていただきます。予選とはいえ、エンシェントの誇り高く、オドに対して礼儀の心を持ち、マナーをよく守るように」

 互いに頭を下げて一礼し、背を向けて定位置に向かう。ここまでは、モニターで見ていたからわかる。

「まさか予選から当たるとはな」

 負けるつもりはない。モニター越しで試合を見ていたおかげで、このゲームのおおまかなルールは頭に入っている。

「きっとカードが導いてくれたんだ。この勝負、負けるわけにはいかない」
「……ほう……いくぞ!」

 先にボルテンスがカードを引き放つ。一瞬あたりが暗くなり、青い閃光と共にカードのモンスター、ウォリアーが召喚される。

 あらわれた屈強な黒ずくめの男が、拳をかまえて臨戦態勢(りんせんたいせい)をとる。遠目からでも異様な殺気をまとっているのがわかる。

 フォッシャが言っていたことを俺は思いだす。
 カードには二種類ある。結闘でしか使えない古代のものと、いつでも使える現代のもの。
 通常戦闘では現代型の魔法カードしか使えないが、エンシェントルールでは古代の戦士を召喚できる。
 カードに描かれた戦士がその世界から飛び出てくる。本来なら興奮するような状況だが、そんな悠長なことも言っていられない。
 なぜならこのルールでは、自分も闘わなきゃいけない。
 俺が知ってるカードゲームとはだいぶちがうな。

 ボルテンスが俺をにらみながら言う。

「本来、戦闘行為はオドの法則により禁止されている。そのなかで、冒険士や結闘士だけが特別に闘うことを許されている。それは人間もモンスターも同じ……なのにお前からは、まるでオドに対し敬意(けいい)と忠誠(ちゅうせい)が感じられない。生半可な覚悟でやってもらっちゃあ、こまるんだよ」

 ボルテンスは早速攻撃をしかけてきた。黒ずくめの殺し屋がおそろしい速さでこちらに突進してくる。
 あのカード、名前はわからないが接近戦が得意なタイプなのだろう。対応が遅れれば命取りになる。

「俺の知ったことかよ」

 俺はカードを引き放ち、地面にたたきつける。カードは空中で制止し、光をはなつと共に戦士を召喚した。
 
 宿命の魔審官。高貴な衣装とたたずまいだが、背中には力強さがある。
 どれだけのチカラがあるのか、魅せてくれ。

「宿命の魔審官レコードアビリティ。【反逆の双弾丸<ダークディバインブレット>】」

 俺が手に持っていたカードがふたたび光る。審官の背後に二丁の拳銃が出現し、羽のように空中に漂っている。

 審官がフッと手をかざしただけで銃はそれぞれの方向を向き発砲した。ひとつは殺し屋の動きを封じ、もう一方はボルテンスをめがけていた。

 相手はたまらず二枚目のウォリアーカードを切り、なにか戦車のようなカードを召喚したが、弾丸が先にボルテンスに命中した。

 一瞬の出来事だったが、興奮で自分の呼吸が速くなっているのがわかる。まるでリアルタイムで行うカードゲームという感覚だ。

 俺が先制するのは意外だったようで、会場がざわめく。

「あのカードは!?」
「見たことないわね……」
「それだけじゃねえ、強い……! あんなカード持ってるなんて、何モンだあいつ!?」

 地下のため、小声でさえよく聞こえてくる。
 ボルテンスのほうを見ると、先制されたことよりも審官の存在に驚いているらしかった。

 ボルテンスは顔をおさえ、くっくと愉快そうに笑う。

「いいぜ、いいねえ! そうこなくちゃな。これでこそヴァーサスだ! なんなんだ……そのカードは!?」

 やたらとテンションが高いが、彼の反応をみるに、やはりかなり珍しいカードだということがわかる。

「これか? これは『宿命の魔審官』。コスト6、AS2600。スキルは【反逆の双弾丸<ダークディバインブレット>】」

 審官、審官だってよ、と観客も俺の声を拾って波のようにざわめきがひろがっていく。
 なぜか、ボルテンスはさらに不思議そうな顔をうかべた。

「な、なんで説明してくれたんだ……?」

 そこで俺も気づく。

「えっ。あっ……」

 し、しまった。説明してやらないでも別によかったのか。ついカードゲームの癖で。
 まあいいや、適当にハッタリかましとこう。

「ま、まあ、そのほうがフェアかとおもってね……」

 オドとやらがなにか作用しているのか結闘士本体の傷は衝撃程度に軽減されるようで、ボルテンスにダメージはなさそうだった。だが今ので確実にオドライフは減り、俺の勝利は近づいたはずだ。


「まさかそれだけの火力カードを持ってるとは思わなかったぞ。こいつを用意しておいて正解だったな」

 声に熱がこもっている。見かけによらず暑苦しいタイプのカードゲーマーだな。
 ボルテンスは一枚のカードを額の上にかかげた。

 あの歯車と蒸気機関が描かれたハードボイルドな絵柄、カードショップで見た覚えがある。

 たしか『<蒸気革命>スチームパンク』とかいうカード。場のすべての機械族ウォリアーの攻撃力を1ターンにつき100加算する。
 おそらくエンシェントルールの場合だと時間が経つごとに強化されていく、といったところだろうか。

 考えているうちに、戦車の砲撃がすぐ近くに炸裂する。砂埃が舞い、俺は衝撃波と飛んでくる土からとっさに顔を守る。しかしその間に殺し屋が間合いを詰めてきて、拳を振りかぶった。

「テネレモ、レコード【薮盾(やぶたて)】!」

 間一髪、テネレモのスキル発動が間にあい、薮でできた盾が敵の正拳突きを防いでくれた。

 すぐに審官を近くに戻し、ボルテンスも殺し屋男を下げる。

 植物の苗のような外見をしたモンスター、テネレモ。こうして対面するのは初めてだが、なんだかおっとりゆったりしていてあまり頼りはなさそうだ。

 だが薮の盾、ヤブというくらいだからあまり役に立たないのかと思っていたが、いい意味で裏切られた。しっかりと攻撃を防いでくれる。
 ただの弱いカードなんかじゃない。ちゃんと使い道があるんだな。

 あの戦車のカードのほうは遠距離から砲撃を放ってくることはわかった。あの威力が時間が経つごとに増せば厄介(やっかい)だ。
 こっちはまだトリックカードを温存しているが、このまま受け身でいるのは、あまり得策ではないかもしれない。

 相手が全開でくるなら、こちらも迎え撃つ。

「よし! 行けテネレモ!」

 俺は様子見として、テネレモを先行させた。

 って遅ォッ!?

 あまりに遅い。何度かまばたきしても一歩も進めていない。
 さすがにすこし期待しすぎたか。知的好奇心をくすぐられてもうすこしなにができるか見たかったけど、防御タイプのキャラってことか。

「なんだよあいつのカード!」

 会場の一部の観客が笑い声をあげているのがわかった。やはり弱いカードとして認知されているのだろうか。俺の使い方が悪いせいで、テネレモに申し訳ないことになった。早く手元に戻そう。
「テネレモ、もどってこい!」

 そう号令をかけても、戻ってくるそぶりはみせずに、テネレモはのろのろと前に進もうとしている。

 ってオオオオオイイ!! ちがうよ!?

 こいつぜんぜん言うこと聞かねえよ……!
 てか……あまり目を合わせてくれないんだけど。なんか俺きらわれてるのかな!?

 この隙をつかれ、砲撃がさっきよりも近くに落ちて、衝撃で俺は後方に吹き飛ばされた。

 だめだ。思っていた以上にエンシェントはモンスターとの戦闘に近い。考える時間がない。
 カードゲームの要素のある戦闘だと考えるべきなのだろう。もうすこし柔軟に、かつ迅速に動かないと。

 立ち上がったとき、ボルテンスが困惑の表情を浮かべているのがわかった。
 会場がすっと静まり、次にはどよめきが起きる。審判も俺の顔を見つめ戸惑っている。

「は……ハハ! どうやらオドのアクシデントがあったみたいだな。棄権したほうがいいんじゃないか?」

 ボルテンスにそういわれたと同時に、右目にヒヤリとする感覚があった。液体が目のあたりをつたっていき、俺は出血したことに気づく。

 血をふさぐものがないので、骨折している左腕を固定していた布を外し、右目に巻く。巻くといっても片手ではムリなので、布の端を歯で噛んでおさえながらやった。

 さっきボルテンスに攻撃が通ったが、傷は負っていなかった。しかしなぜか俺には攻撃がそのまま通っている。なにかオドとやらが関係しているのか。

 原因はわからないが、あまりいい状況じゃないのはたしかだ。

「いいや……まだ終わっていない」

 血の気が抜けて、頭が冷静になっている。
 自分でも不思議と落ち着いてきている。
 情報は整理できた。
 この神経が研ぎ澄まされていく感覚、久方ぶりだ。まるで100年ぶりにさえ感じられるが、脳内物質がハジけたかのような集中力は、鈍っちゃいない。

 頭脳(ずのう)と精神(せいしん)の闘い。この感じ、俺はよく知っている。
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