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受験のやり直し
しおりを挟む和美は今、ひょんなことから手に入った『人生やり直しボタン』を押したところだ。
毎日、寝る間も惜しんで勉学に励んだのに、大学入試の今朝に限って寝坊してしまったのだ。
目覚まし時計の電池が切れていたことに気づいた和美は、近くのコンビニで電池を買い、それを目覚まし時計にセットしてから『人生やり直しボタン』を押したのだった。
ボタンを押す前に、目覚まし時計の針を合わせた。鞄の中に問題集と筆記用具を準備した。着ていく服もハンガーに掛けてある。あとは……
「お母さん、明日のお弁当お願いね」
「任せて。和美の好物ばかりを作ってあげるから。特別にスープとデザート付きよ」
「嬉しい。だから、お母さん大好き」
和美は安心しきって眠った。明日のために十分な睡眠をとろう。早起きして、幾つかのポイントをチェックして……それから早めに家を出るんだ。何が起きるか分からないから。
和美には自信があった。担任は、和美の成績なら東大にでも入れると言ったが、和美は通学に便利な女子短大を選んだ。家政科を卒業すれば、子供の頃から夢だった保育士になれる。
数年前に亡くなった父親の保険金を、母は手付かずのまま置いてある。和美が保育士としてある程度の経験を積んだ後に、保育園を経営するのも良いかもしれないと、母も母なりの夢を描いていた。
ところが受験の朝になると、母は台所で死んでいた。夜更けに侵入した強盗に殺されたらしいことは、和美にも見てとれた。
母は和美には弁当を作るために夜中に起き出したのだ。その時、物音に気づいて、てっきり和美だと思い込んで「あら、ネズミさんかしら」とお茶目に声を掛けた。そして殺された。
和美は血の気を失った。大好きな母の無惨な死。父の死を乗り越えたばかりの母子家庭に、こんなことあってが許されるはずはない。泣いて、和美は『人生やり直しボタン』を手にした。
いや、これを押すのは止めよう
寝坊したのとは訳が違うのだ
寝坊したのだって
早く目覚めてまた寝したからだ
目覚まし時計の電池も切れていた
そんな小さな理由で人生が大きく変わるなんて和美には納得がいかない。だからボタンを押したのだ。
しかし、母の死は別の問題だ。『人生やり直しボタン』を押してしまったら、犯人を捕まえることができない。
母を殺した犯人が憎い
こんな不条理が
許されて良いはずがない
どうしても
罪を償わさなければ
そして犯人が捕まって
事件が解決してからでも
人生をやり直すことは
可能なはずだ
和美はボタンをポケットに収めて、今年の受験は諦めた。そして警察に通報した。
事件が解決するのに何日もかからなかった。犯人が自首したのだ。
和美は、受験日前夜、戸締まりを確認して『人生やり直しボタン』を押した。今夜は強盗に入られないように寝ずの番をするつもりだ。
「和美、そろそろ起きないと遅刻するよ」
「お母さん……」
揺り起こされて驚く一美に、母はにっこり微笑む。
「あれ、時計、セットしたのに電池切れている」
「まだ寝ぼけてるの。お弁当、できているから。さ、早く顔を洗って食事しなさい。電気も付けっぱなしで頑張ったのね。今日は大切な日だから、また寝しちゃあ駄目よ」
お母さん……
お母さんの言う通り
今日は大切な日だ
また一緒に
暮らせるから
格言17:22
喜ぶ心は良く効く治療薬
打ちひしがれると骨も枯れる
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