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恋愛のやり直し
しおりを挟む双美はフリーマーケットで見つけた男モノのジャンパーを着て、夜食を買いに出た。近くのコンビニで男友達のAが夜勤のアルバイトをしている。
「そのジャンパー、彼氏の」と尋ねてきた。
「まさか。彼氏なんていないこと知っているでしょ」
「じゃあ、立候補しようかなぁ」
「またぁ誰にでもそう言ってるんじゃないよね。軽いヤツ」
「そっかー。残念だなぁ」
二人が笑っている傍から「じゃあ、私に立候補してよ」と専学クラスメートのB子が割り込む。
Aは双美をチラリと見て「俺、軽いヤツって言われてるんだけど、乗り換えても良いのかな」と呟く。
双美とB子が仲良くハモる。
「もっちろーん」
それから十年後、双美はろくな男に出会った試しがない。誰も彼も理想には程遠く、百歩譲歩して片目を瞑って付き合っても、やはり別れる結果になる。
B子と再会したのは何年かぶりの同窓会。帰りに二人で居酒屋に行った。
「双美は変わらないわね昔のまま」
「そうね、毎日、代わり映えしないけれどでも、確実に、年だけは取ってるわよ」
「結婚は」
「相手がいないのよ。良いわね、B子は、今や社長夫人だもの」
「そうね。苦労した甲斐があった」
明るく笑うB子を見ながら腹のなかで毒づく。
何の苦労よ
あんたが苦労したわけではなくて
Aが苦労したのでしょうが
私、知っているのよ
AとB子が付き合いはじめてから暫くは、双美も時々一緒に飲み歩いたりしたが、B子のノロケをさんざん聞かされてうんざりした。B子が話すことと言えばいつもAのことばかりだったから、二人の内情は裏の裏まで知っているつもりだった。
『おい、A。あんたも悪いのよ。いつまでも転々と職を変わって落ち着かないから、B子に対しても頭が上がらないでしょう。男ならちゃんと自立してしっかりしなさいよ。B子の腰ぎんちゃくみたいにホイホイしてないで』
酔いに任せて他人の男に説教を垂れた昔を思い出して、奇妙な感慨に耽った。
そうだ
あれから何年もしないうちに
Aはちょっとした
アイデア商品を産み出して
印税生活者になったのよね
Aは、元になった商品を次々と改良しては自分の会社を持つに至っている。人間とはいつどうなるか分からないものだ。
「B子は幸せね」
「ええ、本当に。私、話しちゃおうかなぁ。双美には昔から何でも話していたんだものね。あのねぇ、私、当たっちゃったの、宝クジ。Aに、買ってきてって頼んだら、なんと、当たりクジ買ってきてくれたのよぉ」
双美は目眩を感じた。
あの時、コンビニでAの申し出を冗談に受け流したのは人生最大の失敗だった。
その夜、双美は『人生やり直しボタン』を押した。
双美はフリーマーケットで見つけた男モノのジャンパーを着て、近くのコンビニに夜食を買いに出た。
「そのジャンパー、彼氏の」
アルバイトのAが声を掛けてきた。
ああ、あの時と同じだ
何もかも十年前に戻っている
「まさかぁ、彼氏なんていないこと知っているでしょ」
「じゃあ、立候補しようかな」
今だ
今を逃したら
B子に獲られる
「あえ、本当にぃ。私、Aのこと好きだったのよ、本当は」
そう、あの時の十年後からね
「良かった。ダメ元でも言ってみるもんだね。じゃあ、今度、食事しない」
「良いわよ。家、来る」
早い展開だけど
早ければ早いほど
良いかもね
「いやだぁ、お二人さん。私、聞いちゃった」
B子の姿にぎょっとして、心なしか身構える。十年後の幸運はB子のものだ。それを『人生やり直しボタン』で横取りしようと企んでいるのだから、双美には後ろめたさもある。
しかし図々しいB子は「私も好きだったんだけどな、Aのこと。双美と駄目になったら乗り換えてね。待ってるから」と、ぬけぬけと言う。
十年間、双美は苦労が絶えなかった。主にB子の存在が問題だった。
B子と付き合っていた頃のAは、何もできないB子の代わりに家事全般を引き受けてヒモのように暮らしていた。それを、B子よりも多少デキの良い女だと自負していた双美は、Aに家事を押し付けることはなかった。
しかし、Aには甲斐甲斐しく世話を焼かせてくれるデキの悪い女の存在が必要だった。生活のちょっとしたことから爆発的ヒットに繋がるアイデアが生まれるのだ。
それに『しっかりしなさいよ、女の腰ぎんちゃくみたいに、ホイホイしてないで』と叱咤する憧れの女性の存在も。それがあればこその十年だったのに。
AはB子と浮気していたが、共に生活することはなかったので、ストレス解消にはなりこそすれアイデア商品は生まれなかった。
双美は、二人は元々結ばれるはずの相手同士だからと見て見ぬふりをした。それもこれも宝クジのためだ。
ある夜、Aに頼んだ宝クジを貰って、双美はAと別れた。
Aにはもう用がない
B子にくれてやろう
いや、返すのだっけ
しかし、宝クジに当たったのはB子だった。Aは宝クジを二つ買い求め、当たりクジをそれとは知らずにB子へ、外れクジをやはりそれとは知らずに双美へと渡したのだ。
クジに外れたことを知った双美は、悔し涙に暮れた。
「私の十年は何だったの。好きでもない男と愛し合うふりをして暮らしたのは全て当たりクジのためだったのに」
双美は再び『人生やり直しボタン』を押した。
あのコンビニの夜に戻る。
そしてまた
やり直すのよ
今度は
他人の人生を
奪うためではない
自分の人生を
ちゃんと歩く
だって、人間は
他人の人生を
歩くことはできない
私はそれを
知ったのだから
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