走れ守銭奴!!(完結)

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第1章 始まりはショパン

ユメミル商事

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  目の前にぼうっと、美しい顔が浮かぶ。バックグラウンドにショパン。
雨だれの前奏曲。
少年だった秋月の顔に、妖艶な美女が重なった。


  秋月玲二はピアノコンクール小学生の部のライバルだった。痩せっぽちで色白の綺麗な顔をしていたから、女の子みたいだと思ったのが#大影#__ヒロカゲ__#の抱いた印象だ。


  互いに二年生で初挑戦し、秋月はショパンの雨だれの前奏曲を女々しく奏で、大影は同じショパンにしては珍しい男性的な英雄ポロネーズで秋月を制して一位に輝いた。


  初参加の二年生が二人、いならぶ上級生を薙ぎ倒して賞を獲ったので当時は話題になった。


  秋月の女性的なタッチを耳にして大影は敗けを自覚していたのだが、トロフィーを貰って(きっと審査員の好みの問題もあるんだろうな。ぼくが優勝するなんて、審査員の言ってた解釈がどうのって良くわからないんだけどね……)と子供の脳ミソで考えた。


  帰り際、その日が初対面だった秋月に向かって「本当は君が一番だよ」と一位の余裕で褒め称えた。しかも「素晴らしい解釈だったよ」と良くわからない言葉を付け加えて。


  秋月は、沖縄人と比べて異様に白い肌に左目を少し細めて「わかってる」と皮肉っぽい笑みを浮かべた。大影は鳥肌が立ったのを覚えている。


(うわわ。ちょっと可愛い毒蜘蛛だ。ちょっと可愛い……ドク……グモ)


  謙遜も不遜も言葉としてはまだ知らなかったが、子供ながらに秋月を(イヤミな奴だが……ちょっと……)と感じ、帰ってからも気になった。


  それから二年連続で秋月に一位を奪われ(遊び呆けるんじゃなかった。ドクグモに舐められた)と後悔して、五年生のコンクールではやっと秋月の鼻を明かすことができたが、四年続いて周囲を沸かせた二人の競り合いはその年を最後に、秋月のヨーロッパ留学で終わる。


  因みに、最終的に次席だった秋月は十四才でプロデビューを果たし、一位に輝いた大影は中学進学すると本格的な金貸業に目覚め、ピアノから離れた。


  二人の天才小学生伝説は尻切れ蜻蛉のまま、現在でも時折どこかで語られている。

しかし、秋月はピアニストとしては泣かず飛ばずの行方不明状態で、
大影は大学受験に失敗し、裏で金貸業に精を出す古着屋店員だ。

ピアノの決着が着かないまま現在に至る。


  毎日暇を持て余して古着屋の女社長は黒いレザーのリクライニング・チェアに寝そべるのが日課だ。


  六月だと言うのに真夏日のように暑い日が続いている沖縄は、それこそ空梅雨の真っ最中で、夏に予想される断水が懸念されている。が、点っぱなしのクーラーの下で空梅雨など一向に気にせず起きる気配もなく、女社長は時々猛獣並みの鼾をかいたりする。


(まるで赤いスーツを着たライオン……と、とても女とは思えん)と、勝連大影かつれんひろかげは溜め息を吐く。


  此処は沖縄県那覇市、メインストリート国際通りの南端に位置するデパート、パレット久茂地の近く。


 ちっとも流行らない古着屋。
ユメミル商事。

その商品コーナー兼オフィスの片隅で、社長に命じられてパソコンに打ち込む小説原稿の悪筆解読に苦闘していたら、社長のアルバイト先の某興信所からFax通信をスキャンしたPDFメールが届いた。


  未来の売れっ子小説家を目指す社長の見事な象形文字解読に必死やっきになっていた大影だ。

その時、既に豆を挽いてセットしたはずのコーヒーメーカーのプラグがコンセントから抜けたままだったことに気づいた。


(かなり混乱してたみたいだ、ボク様としたことが……。こんな時にPDFのスクショと一緒に芳しいコーヒーを楽しんでいただけるような幸運と抜け目なさがあれば出世も望めるのだろうに、あぎじゃびようあぁあ……)


  しかしそれは無理と言うものだ。ユメミル商事は鼾をかく女社長と入社二ヶ月目のアルバイト店員である大影の二人だけの最弱小零細古着屋なのだ。


  PDFの、拡大すれば画素の荒さで劣化する仕様の意味不明なほど簡略化された下手くそな地図と、モノクロの建築物とややこしい法的な文章から飲み込めたことは……


①Z会系列のPサロで働いていた十八才のジェーンというホステスが、三百万もの借金を踏み倒して逃げた。

②ミニクラブFのボーイのジョージと内地へ逃げるつもりらしいが、現在、空港及び港湾はZ組の監視下にある。

③調査に依って、ジェーンとジョージはZ会と対立する立場にあるW会の事務所で寝泊まりしていることが判明。

④依頼主の意向は、無傷で連れ戻してほしいとのこと。


  町田さんの処は調査だけが仕事なので、連れ戻すことに関しては一応断ったが、上手くいけば社長の経験と副収入と小説ネタになると考えて打診してきたのだ。


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