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第3章 タランテラの微笑み
鼻血
しおりを挟む大影が次に向かったのは、並之下のW会の事務所だ。粘ってお釣りを貰った大影は、四百五十円の整腸剤を持っているというだけで何となく勇気が湧いて、大胆にも十三階建てのビルの真ん前にバイクを停めた。まあ、逃げやすいことは逃げやすい。
(相変わらず高ぇビル……)
何処のビルでも日によって高さが変わることはない。
少なくとも、ビル側にその気はない。
十三階の事務所のドアは開きっぱなしで人影はなく、換気扇と扇風機が最強で回っている。室内に充満するクレゾールの匂いを開け放したドアや窓に向かって送り出している。
大影は項垂れてテーブルの上に整腸剤を置くと、仏壇に向かうように合掌した。
(どうか恨まないでください。僕の罪を勘弁してください……アーメン)
柏手を二回打った。
大影はバカ丸出しでにこっと笑い、思い直して箱の中から黄色い包みを二つ取り出すと胸ポケットに仕舞った。
(社長と町田さんの分)
ちゃっかりしている。
(もしもケーメーとジョージがタコスを食べて喫茶店のトイレを借りに出てきたとしても、昨日のように上手く運べたかどうか怪しいな。人の話を聞く余裕はなかっただろうからな。しかも、連れ帰れたとして、うちのトイレの強奪戦を繰り広げることになったはず……)
大影は大型デスクの上の白紙に「タコスのこと、済みませんでした。僕もピーゴロしました。Fの新入り」と書いて整腸剤の箱を重しに載せた。
次いで、引き出しの中から目的の領収書を拝借し(親父にバレたら監獄行きだぜ)と咎める良心を無視してバイクを走らせた。
金髪赤スーツの鈴レーザーの生き霊が祟るようでやっぱり恐ろしい。
空模様が怪しくなった。
西武門交番前を生まれながらの泥棒みたいに冷や汗滴しながら国道五十八号線を目指す。雨がポツポツと降り始めた。
(わああっ、わかったよ。いつかきちんと謝るから今は降らないでくれええ……)
誰に頼んでいるのだ、無神論者。
コンビニの公衆電話からZ会にかけた。
「ジェーンの件なんですが……」
と言うと、相手のいきり立つのが伝わってくる。
「W会か。いったーの処に居るのはわかっているんだ。何百万も掛かっているんだぞ。一体どうしてくれるんだ。ジョージには用はないからジェーンを返せ」
バリトンのドスの利いた声。多分、喉も太い。
「はい、そのつもりです」
柔かい調子で従順に答えると相手の方が怯んで「ぬうぅ……返すって誰をかぁ」と間の抜けたことを訊いてきた。
頬を幾つか雨粒が打った。
「ジェーンですよ。今、うちの幹部がちょっと具合が悪くて、お宅さんとの面倒は差し控えるようにって訳で、二人の預かり金五百円で手を打たせて頂きたいと思いまして……」
(しまった……五十万というつもりだったのに)
口が勝手に五百円と言ってしまった。弁当代を整腸剤に使ってしまったことが余程悔やまれたのだろう、腹の虫がきゅるきゅると鳴く。
「おーい、こら。ぬーあびとぁーがぁ。お前ら、一週間も面倒見とらんくせに五百万とは高すぎるぞ。いったぁ、世の中舐めとるばぁ」
五百円を五百万と聞き間違えたらしい。
(ご、五百万っ……)
鼻血が吹き出しそうに嬉しい。
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